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本当の結婚
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しおりを挟むクラウスの話 王都編 ㉔
今夜も冬夜の部屋の灯りを合図にして『通信石』に魔力を流す。
少しよそ行きの声にどんな顔で返事をしているのか想像しながら裏口へ誘い出した。
少しも待っていないけれど「お待たせ」と裏口へ駆けてくる。院長の所へ寄ってくるのは想定済みだし許可を得ているから自分でもこの扉は開けられる。けれど冬夜の領域に『招き入れられる』事が小気味いい。
今夜も変わらず現在任務中の俺はどうすれば冬夜が自分から俺の元へ来るのか学習した。だから余裕を持って腕の中に招き入れたはずだった。
「いらっしゃい、お疲れさま。」
抱きついた腕の中で俺を見上げる花咲く笑顔にあっさりと心を射抜かれた。跳ね上がった心のままに抱き上げれば思いの外高く持ち上げてしまい驚かせてしまった。
冬夜を前にすると俺はいつも抑えが効かない。人に見られたら『何を青臭い事を』と、笑われるだろう。
けれど年甲斐もなくはしゃぐ俺と違って今夜の冬夜には昨日ほどの元気はなかった。
理由は治癒士の2人に結婚の事を詳しく聞いたからだと言った。そして『やっぱり無理だ』と腕の中で小さな身体を更に小さくする。
下を向いてしまった冬夜は泣いているだろうか。
自慢ではないが長年剣を握る俺の手は無骨だ。最近はなるべく手入れをするよう心がけてはいるが何の準備もなく冬夜の柔らかな目元に触れられるのは指の背くらいで確かめるためにするりと撫でれば黒曜石が僅かに揺れながら俺を見返した。
泣いてはいない。けれど俺に申し訳なく思う心は隠せてはいない。教会へ行くのを不安に思うのは俺も同じだ。だから敢えて詳しく話さなかったけれど結局それが裏目に出てしまった。
どうしたら笑ってくれるだろうか。
昨日の笑顔を思い出し冬夜の真似をする。
俺の左手に輝くリングに、俺を護る飾り紐に、冬夜の魔力で桜色に光るピアスに、俺の心に。いつもお前がいることを伝え冬夜の華奢な左手の俺達の結婚の証に口付けた。
「ありがとうクラウス、俺幸せだよ。」
言葉とは裏腹につらそうに笑う冬夜の瞳から溢れた涙が頬を伝った。泣かせまいと何度誓っても失敗してっしまう。どうしていつも俺はこの涙を拭うハンカチの一枚も持っていないのか。キールのマメさを見習うべきだ。
「くすぐったいよ。」と身を捩る頃には涙も止まって俺の身体に身を預けると少しだけ機嫌が良くなったのか口元に笑みを浮かべて自分の銀のリングを撫で始めた。その姿にホッとしたのは一瞬だった。
しかもまたしても原因は俺だ。兄2人に第一皇子。挙げ句切れ者の宰相首席補佐官相手に同じ言い訳ができなかった事を『困ったこと』と言ってしまった。
だけど『今すぐ行け』と言わんばかりに取り囲まれたあの場面でその理由を子供達が気がかりだとしたことは我ながら妙案だと思ったんだ。それなら少なくとも小さなディノが学校に上がるまでは、『桜の庭』に愛し子のいるうちはそれでごまかせる。
けれど冬夜は俺に謝るとまた下を向いてしまった。
何が悪かったのか、何が「俺のせいで」なのか。聞き出そうにも瞳は俺に向かないまますがるように首に手を回し俺の肩に顔を埋めてしまった。
理由を話してくれない以上俺に出来るのは背中を撫でてやることくらいしかない。
冬夜を悩ませているのはその結婚の事なのだろうか。
結婚してしまえば冬夜は俺だけのモノになる。あの男達の様に他の人間に手を出される心配もなくなる。神の祝福により互いに愛し愛されるのだからそうした2人が結婚しないのは滅多にない。
たけどたとえ式を挙げなくても生涯愛し続ける自信はある。愛想を尽かされるとしたら俺の方だ。「教会へ行こう」と急かした程に丸ごと手に入れたいと思ったのは後にも先にも冬夜だけなのだから。
院長には『ままごと』と言われてしまったけれど冬夜が感じている不安と比べたらこのまま指輪だけの結婚で俺は充分だ。
だから待ちに待ったはずの休みの申し出も断った。冬夜自身がとても乗り気とは思えない。けれど返ってきた返事は予想と違っていた。
「俺クラウスと一緒にいたい。」
「別の理由を考えなくちゃいけなくなるがそれでもいいのか?」
「うん、でも次はちゃんと俺の理由にする。だから明日の夜から俺の傍にいて。」
様子を伺おうにも冬夜の顔は肩に埋められたままだ。でも照れているわけではないのはその声でわかる。心から望んでいるわけでもないのに子供達と離れ俺と過ごそうと決めた理由までは読み取ることはできない。
「───わかった。どこか行きたい所はあるか?」
「ううん。どこにも行かなくていい。だだずっとこうしてクラウスの腕の中にいたいんだ。」
そう言って首に回された手に更に力が込められた。
冬夜の理由はどうであれ、形だけとは言え結婚して一番良かったと思うことはこうして冬夜が素直に俺に甘えてくれることだ。『目一杯優しくしてやる』とマデリンから連れ出したあの日の約束を今になりようやく果たせている。
「冬夜の望むままに。」
俺の答えを聞いてようやく顔を上げた冬夜はやっぱりお世辞にも喜んでいる顔ではなかったけれど気づかない振りをしておでこにキスを落とし部屋に帰した。
******
『桜の庭』を後にした俺は王都に戻ってから1度だけ訪れたとある場所へ足を向けた。
「まぁクラウス、おかえりなさい。どれだけ手紙を出しても一向に返事をよこさないのに突然訪ねて来るなんて酷いわ、でもこんな時間に訪ねて来るという事は今夜は泊まっていくんでしょう?あなたの近衛騎士の昇格のお祝いもできなくて私、どれほど待ちわびたかしら。」
他人を尋ねるには少し遅い、でも身内なら許される時間、実家のエントランスですでにナイトドレスに身を包んだ母とハグを交わしながら小言付きの歓迎の言葉を頂いた。
「いえ、すぐに宿舎に戻ります。ただ少しだけお母様にお伝えしたい事があったので仕事の帰りに立ち寄らせて頂きました。」
残念そうに眉を下げ唇を尖らせて拗ねて見せる。本当に若々しいその姿はとても3人の大きな息子がいると思えない。
「じゃあいつになったらあなたのお祝いができるの?ユリウスに何度も手紙を送ったのに酷いわクラウス。」
「すみません、でも兄上からは手紙は受け取ってません。」
「え~!?そうなの?ユリウスったらクラウスにばかりいいお話が来て羨ましいのかしら?でもあれだけのお見合いのお話を『忙しい』だけでお断りするの大変……」
「お母様。」
「……なあに?」
ユリウスから俺の手元に母の手紙が届いていないのは事実だ。理由はわからないが見合い話を断わってくれているのは冗談ではなかったようだ。長々と続きそうな小言を溜息とともに遮ればようやく話しを聞いてくれる気になったらしい。
「明後日、お母様に紹介したい人を連れてきたいと思っていますがご在宅でしょうか。」
流石に照れくさく思い切り他人行儀な伝え方になってしまった。けれど途端に母の顔が華やいだ。
「まぁまぁまぁ!どんな方?おいくつ?何をしてる方なの?」
「……在宅ですか?時間が未定なのでお出かけになるようでしたら諦めます。」
「もちろん在宅します。予定があっても全部取りやめて朝から待ってるわ。ああ、でも今からだと準備が間に合うか心配ね、できればお夕食の時間に連れていらして!お母様もお呼びしなくっちゃ。何が好きかしら?いいえ苦手なものは?」
「あの……ここに来る事はまだ相手の了解をとっていないのでだめになるかも知れません、なので何の準備も必要ありません。」
前のめりな母の予想を超えるはしゃぎ具合に思わず後ずさってしまった。
「断られるような場合があるの?でもそんなのだめよ?もう聞いてしまったもの。無駄になってもいいの。おもてなしできずにあなたの価値を我が家が下げることはできないわ。」
「そんな事で相手を見る人間ではありません。」
「まぁまぁまぁ!私を前にのろけるなんて事かしら。でも素敵な方なのね。いずれその方と結婚するのかしら?」
「はい。」
「きゃ~!聞いたわねあなた達!我が家の一大事よ!完璧なおもてなしを準備してちょうだい!」
夜分にも関わらずエントランスで母と共に俺を出迎えた筆頭執事と数人の使用人に興奮した面持ちで母が声をかければ全員が笑顔で礼をして応えていた。
「お母様、彼は貴族ではないのであまり華美なもてなしは苦手です。服も平服できますので程々でお願いします。ではこれで失礼します。」
「え、もう?残念だわ。じゃあ明後日待ってるわよ、あなたの大切な方必ず連れてきてね。」
にこやかな母の顔にホッとしながら早々に実家を後にした。
冬夜がこの結婚の形を不安に思うなら第一皇子様や兄達のように俺達のことを認める人間を増やせば少しは安心してくれるんじゃないだろうか。そう思ってここへ来た。
両親に会って欲しいと話したのは求婚した翌朝院長へ報告する前の事だ。あの時すでに了解は貰ってる。
「さて、次は近衛騎士隊長に報告だな。」
これが今夜の一番の難関だ。急に決まった明日の夜からの『仕事』。表向きは治癒魔法士冬夜の外出の護衛、実際は恋人の逢瀬をからかわれないわけがなかった。
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