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本当の結婚
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しおりを挟む答えを出すのが怖かった。でもそれじゃ駄目だってわかっていたからこれ以上逃げないために休みを貰う事にした。
だからもう心を決めなくちゃいけない。
アルフ様に反対されていないことは本当に嬉しかった。でもだったら尚更このままではいけない。
ノートンさんには『クラウスが忙しいから』、クラウスの周りの人達には『俺が子供達のことが気がかりだから』と教会で結婚式を挙げられないのは俺のせいなのにクラウスや子供達を理由にしてしまっている。しかも全部クラウスに言わせてしまった。
こんな誤魔化しはいつまでも続けられない。
ここは今まで生きてきた場所とは似ているけれどやっぱり違う。本当はわかっていた。わかってるから教会へは行けないと思っていた。わかっているくせに『結婚式なんてしても、しなくても何も変わらない』と矛盾している事に気づかない振りをして自分に都合よく思い込もうとしていた。
最初から選択肢は2つしかなかった。
クラウスと教会で結婚式をするか、クラウスを諦めるか。
でも諦めるなんて出来ない。もう俺にはクラウスが傍にいない事は考えられない。
だったら教会へ行くしかない。
思い浮かべるのは教会で見た洗礼式。
俺の血をあの聖杯と呼ばれる水の中に垂らしたらどうなるんだろう。
あの子と同じ様にきらめく光で俺をこの世界の人間にしてくれるかな。
そうしたら俺はこの世界の人間と認めてもらえるかも知れない。それでクラウスとも無事に結婚して、この先もずっと一緒にいられるかも知れない。
でもそうならなかったら?
そのせいで神様が忘れてた俺の存在に気付いてしまったら?
俺の血を垂らした途端あの透明な水が黒く濁ってこの世界から弾かれてそのまま元の世界に戻されてしまったら?
今元の世界に戻ったらどうなるんだろう。俺の住んでいた部屋はもうないだろうな。仕事も無断欠勤でとっくにクビになってる。
俺が突然いなくなったって誰も心配なんてしていない。ただ『やっぱり施設上がりは』って言われてるんだろうな。
あの世界でまた生きていく。
ひとりで。
クラウスのいない所で。
気がつけばいつの間にか泣いていた。想像しただけで哀しくて苦しくて怖くて身体が震える。心臓が締め付けられる。これがずっと答えを出せ無かった一番の理由。たらればを繰り返してこの結果に結びつけるのが一番怖かったんだ。
前の俺と一番違うのは今の俺には失いたくない大切な人がたくさんいるということ。今の俺はこれまで想像もしなかった場所にいる。
憧れた保育士の様に子供達と毎日を過ごし、俺を見守ってくれるノートンさんと同い年だけどお兄さんの様なセオ。毎日笑顔で笑ってくれるカイにリトナ。
頼る人も話す人さえもろくにいない、目的もなく朝起きて仕事に行って家に帰って眠る。そんな毎日を繰り返していた時とまるで違う幸せな日々。
そしてその中に俺を導いてくれた人。
なんの前触れもなくこの世界に迷い込んで不安だったけど知らない場所で1人で生きるのは初めてじゃない。学校でも養護施設を出た時も職場でも1人だったなのは変わらない、だから今まで通り自分の力でなんとかなる、なんとかやって行ける、そう思ってた。
でも俺の世界とはあまりにも違いすぎて、失敗ばかりで、そんな俺をクラウスが何度も救ってくれた。
何年も泣くことなんて無かった。辛くて泣いても悲しくて泣いても慰めてくれる人なんていなかったから。
だけどクラウスは俺の涙を受け止めて慰めて抱きしめてくれた。
この名前が嫌いだと泣いた日も星の綺麗な冬の夜が好きだと、春に咲き誇る桜が好きだと、だから嫌わないでくれと眠るまで抱きしめてくれた。
クラウスに呼ばれる度にあんなに嫌いだった名前が少しずつ好きになっていった。
それでもやっぱり目を背けていた夜の冬枯れの桜をクラウスは『捨てられた場所』から『始まりの場所』に変えてくれた。愛してると言ってくれたあの夜を思い出せば一瞬で心が幸せで満たされる。
俺の一番大切な人。
だけど今は俺の弱さがあの夜のプロポーズを台無しにしている気がした。
このまま教会へ行かなかったら俺はクラウスにもクラウスの大切な人にもノートンさんや子供達にも顔向けができなくなっていつかクラウスを諦めてしまうことになる。
それは元の世界へ戻されてクラウスのいない世界で生きるよりずっと残酷だ。
何度も堂々巡りを繰り返し出した答えはやっぱり初めと同じだった。
結局教会へ行くのが最良だ。その結果が俺の考えた最悪であってもそれもきっといつか最良に変わるかも知れない。答えは一つなのだから幸せな『この先』だけを考えよう。
明日とその先の準備がようやく終わって冷え切った身体をベットの中に押し込んだ。
「クラウス、俺に勇気を頂戴ね。」
愛を込めて『お守り』に口づけを送る。もうとっくに日付は明日から今日に変わっていた。
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