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皇子様のお披露目式
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しおりを挟む「ダメだ。眠いなら眠れば良い。」
クラウスはニッと笑って降りようとする俺の体をぎゅうっと抱き込んでしまった。
「眠りたくないんだってば。」
「良いから諦めて眠れ。」
「やだ、どうしていつも俺を寝かせようとするんだよ。」
もうやだなんでこんなに眠いんだろう。
「大丈夫だ、心配しなくても『桜の庭』に着いたらちゃんと起こしてやるから。」
そう言うとクラウスは前髪を上げて無防備なままのおでこに、頬に、唇にとてもやさしいキスをした。
そして眠気に抗うまぶたには開ける隙がないほどにいっぱいキスをする。
ダメだよ、だってこれから『桜の庭』に戻って皇子様な俺の姿を見てもらってノートンさんにも頑張ったねって褒めてもらってお母さんの『始まりの桜』の下ですごいでしょ?って言いながらみんなでお花見をするんだから。
だけどその前にもっとクラウスと話がしたい。クラウスとしたい事もいっぱいあるから今のうちに約束がしたい。
それにね、キスをするならこんなあやすようなのじゃなくて特別に甘いキスを唇にして欲しいと思ってるんだから。
「───もうダメだってば!」
眠気を吹き飛ばすように大声で文句を言ってパチリと目を開けたらそこは馬車の中でもクラウスの腕の中でもなかった。
「………え?」
「お、やっと目ぇ醒ました、もう夜だよトウヤ。ノートンさーん、トウヤ起きたよー。」
『桜の庭』のプレイルームのマットレスの上で寝転がった俺を真上から覗き込んでノートンを呼んだのはレインだった。なんで?
「随分長いお昼寝ね、気分はどう?お寝坊さん。」
それにマリーまで。鼻の奥がツンとする。
「わ、ちょっ、なんで泣くんだよ。」
「だって……マリーとレインは学校へ行っちゃっていないはずなのにいるんだもん。」
それなら今までの幸せな出来事は俺が見た夢だ。なんで?どこから?全部だったらどうしよう。
夢の中の出来事が嬉しかった分あまりにも哀しくて緩んだ蛇口みたいに涙が溢れてきた。
「なかないでトウヤ、ライがいるよ。」
「なかないでトウヤ、ロイもいるよ。」
俺の両脇にいたらしいロイとライがふたりに代わるように俺を覗き込んで小さな手が涙を拭くけど触れられたことでやっぱりこっちが現実なのだと確信を深め涙が止まらない。
「もう、なんだよ調子狂うなディノみたいじゃんか。俺達がいるのはトウヤのせいだよ桜の奇跡のお祝いに臨時休校だってさ。ほら手貸せよ起こしてやるからさ。」
そう言ってマットレスから降りた学校の制服を着たレインと同じく制服を着たマリーが俺に向かって手を伸ばした。
「おやおや、そんなに泣いて困ったね。夢じゃないよトウヤ君ちゃんと目を醒まして外をよく見てご覧、ここならトウヤ君の咲かせた桜が起きてすぐでもよく見えるだろうってみんなの提案でクラウス君に運んでもらったんだよ?」
ノートンさんは優しく微笑みながらマリーとレインが腕を引っ張ろうとしている俺の背中に手を添えてゆっくりと起こしてくれた。
プレイルームの大きな窓は開け放てば庭続きになる。ここからは庭の真ん中にある『始まりの桜』がよく見えるのだけれど涙に滲む淡紅色の中でディノとサーシャがクラウスの両肩に乗せられて遊んでいた。
「本当に?今のこれも夢じゃない?」
「本当だよ、外に出ようか君の咲かせた桜を一緒に見よう。」
ノートンさんが眼鏡の奥で優しく瞳を細めた。元の世界ではあり得ないこの金色の瞳にどれだけ励まされた事だろう。俺の心を何度も温めてくれた大きな手を差し出され握ろうとした時自分の手の中にも夢じゃない証拠があった。
「これ……。」
「ああ、クラウス君の剣帯かい?トウヤ君が手を離さないもんだから外してくれたんだよ。式典用の物だから普段見ないけどそれだけはどの騎士隊も同じなんだよね。今頃セオも着けてるのかな。」
シャツじゃなくて良かったと思う俺を余所にノートンさんがセオを思い見つめる手の中の剣帯は金糸と銀糸で作られていてクラウスをはじめ騎士たちが一様に身に着けて剣を携えていた。だけど懐かしく思うのはどうしてだろう。
剣帯を小さく畳んでいるとジェシカさんとハンナさんがそばに寄ってきた。
「トウヤ様、少々失礼いたします。」
二人してお辞儀をすると王妃様の侍従さんみたいに涙の残る顔を拭き寝転んでほつれた髪を直して着崩れていた衣服を整えてくれた。
「ねぇこれって私達の作ったやつ!?まさか今日これをつけてたの!?」
「うん、お陰で頑張れたよ。」
すっかり元に戻して貰った髪のリボンの結目に二人にもらったミサンガの花飾りを差したのを見て信じられない、と両手を頬にあててマリーが青ざめている。どうやら俺が眠っている間にすっかりわかっているみたいだ。それはレインも同じ。
「……トウヤ、前にちゃんと教えてくれたのに俺が茶化してごめん。」
「ううん。俺の説明が悪かったんだ。」
今思えば何の証も示さずに絵本を指さしただけでわかってもらおうって方が無理がある。
仕上げに唇にグロスを塗られながら先日の自分の雑さを反省していると庭から入って来たサーシャがマットレスに肘を付いてうっとりとした顔で俺をみた。
「トウヤかわいい。ほんもののおひめさまみたい。」
「ふふ、ありがとうサーシャ。」
笑った顔が可愛くて素直にお礼を口にした。髪にリボンがついてるのはサーシャがお絵かきをする時の女の子の印ではあるけれどどうして誰も訂正してくれないのかな。
「は、早く靴履けよ。」
「やだ。レインたらトウヤ見て照れてる。」
急かされてハンナさんがブーツを履かせてくれようとしたけれど迎えに来たクラウスがそれをやんわりと遮ると「この方が早い」と俺を抱き上げた。
「うわぁおうじさまとおひめさまみたい。」
サーシャの褒め言葉にクラウスも俺も満更ではなかった。だってサーシャのそれは俺達が『お似合い』って事だよね。
「かわいいのはトウヤできしさまはおひめさまじゃないよサーシャ。」
「かわいいけどトウヤがおうじさまだよサーシャ。」
目をキラキラさせていたサーシャは珍しくしかめっつらのロイとライの指摘にこんがらがってしまった。ふたり共ちゃんと俺を皇子様と認識してくれてありがとう。でもサーシャの気持ちはよく分かる、だってリボンをつけた俺に比べてクラウスはかっこよすぎて物語の王子様みたいなんだ。
俺を軽々抱き上げて外に出るとそのまま『始まりの桜』の下まで運んでくれた。
空はすっかり暗いけれどそこかしこに灯った明かりが庭を埋め尽くすような満開の桜の花に反射してなんだかとても明るく感じる。
「これねぇでぃのがさいしょにみつけたんだよ。おうじさまがさかせてくれたのすごいでしょう。」
俺がクラウスをとってしまったけれどレインに肩車されたディノはご機嫌だ。そっか、ディノが最初に気づいてくれたんだね。
「バカだなディノ、その『皇子様』がトウヤなんだって。」
「そなの?じゃあすごいねとおや!」
「学校の桜もすごくキレイだった。ねえトウヤ、どうやったの?」
入学式を終え知識欲が芽生えたのか俺の答えを心待ちなマリーとレインにもっともらしい事を言いたいけれどこればっかりは仕方ないよね。
「俺もよくわかんないけどみんなと一緒に桜が見たいって思ったら咲いちゃったんだよね。」
「咲いちゃったってなにそれ。」
あざとく首をかしげて見たけど全力で呆れられた。でも本当にそうなんだ、だって入学式には桜が付き物でしょう?
「仕方ないよマリー、トウヤ君は魔法が上手く使えないんだから。だけどこんな規格外のことが出来るのはトウヤ君しかいないんだから本当に凄いよねぇ。」
「僕、凄いですか?」
「もちろんだよ、ガーデニアの常春の桜の奇跡をこの目で見られるなんて思いもしなかったよ。」
「ふふっ、やった。ノートンさんに褒められちゃった。」
『始まりの桜』の下でノートンさんに褒めてもらっていつもと違う姿を可愛いと言ってもらった。それから俺の咲かせた桜の花を凄いでしょうって自慢しながら一緒にお花見をする。満開の桜を見上げる愛しい人達の真ん中にはクラウスに抱っこされた俺。
大好きな人の腕の中で見るそれはひとりぼっちだった俺がずっと夢見てた景色だった。
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