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19:朝の妻
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いまの季節は冬の真っただ中。
むき出しの顔に容赦なく触れる朝特有のキンと冷えた空気は、日課の鍛錬に行くのを躊躇わせ、温かなベッドが俺を縛り付けていた。
ん、なんだ?
冬の寒さに耐えかねて温かいベッドにしがみ付くなら判る。だが俺は、いままさにベッドに物理的に縛り付けられていた。
右半身の胸から腹にかかって感じる程よい重量、加えて普段は感じない心地よい温もりまで感じる。
まさかな……
そぅと掛布団をめくってみると、予想通り胸の上には亜麻色の丸い物体があった。一瞬声が漏れかけたが、それに見覚えがあってその声を飲み込んだ。
すっかりお馴染みになったこの色と艶。
間違いないこれはベリーの頭だ。
それに気づき心音がドッドッと早鐘を打ち始めるが、彼女はその音に気付いた様子もなく、相変わらず俺の胸の上ですぅすぅと規則正しい寝息を上げている。
まず俺は気を落ち着かせるために昨夜の記憶を探った。
寝る前にホットミルクを飲む習慣のあるベリーとリビングで語らい、そのまま別れて独りで部屋に戻って眠ったところまで思い出した。
つまり俺が寝入った後でベッドに入り込んできたのだろう。
「おいベリー、起きろ」
「んっむぅ」
軽く揺すると迷惑そうな吐息が聞こえてきた。
駄目だ。
完全に寝ているようだ。
ベリーとの生活が始まって一週間。
先日は新年の宴にも出たことだし、そろそろ疲れがたまった頃だろう。そう思えばせっかく気持ちよさそうに寝入っているのに起こすのは忍びないような気がしてくる。
しばし抱き枕に甘んじるとするかな。
さてと。体に感じる感覚から、ベリーは俺の胸と右腕の間に入り込み、横抱きに俺に抱き付いていることが分かった。
それが分かったからなんだと言えばそれまでだが、現状を把握するためにも知っておくほうが良いに決まっている。
まずフリーになっている右手。
これをそのまま下すと身長差から彼女の臀部に触れてしまう。
それは良くない。
俺は彼女を起こしてしまわないように、殊更ゆっくりと右手を動かし、掛布団の端を掴んだ。
これは封印、俺は決してこの手を離さない。
……何分経っただろうか。
まだ五分だろうか、それとももう三十分は経っただろうか?
眠気は吹っ飛び、寝返りも打てないまま微動だにしていないもつらいが、それよりもだ。ベリーの体温はどうやら俺よりも高いようで、だんだん暑くなってきてつらい。
しかしたかが暑さだ。
砂漠を行軍して渇きまで味わったあの時よりはマシだろう?
ふう。さすがにもう一時間は経ったよな?
布団の中に入り込んだベリーが動くと掛布団が動くのは当然の理だ。しかしその都度に隙間から彼女特有の甘い香りが漏れてきて俺の嗅覚を刺激するのは誤算だった。
これはきっと人をダメにする甘い香りに違いない。
だが落ち着け、密林を行軍していた最中に出会った、命を奪う甘い香りを放つ花に比べれば全然マシだ。
なあベリー、そろそろ起きてくれないか?
何の苦行か、ベリーは寝返りを打つともぞもぞと身を動かし、その柔らかい肢体を余すことなく摺り寄せてくれた。
無意識なのに俺の理性を削りにくるのは何故なんだ?
さらなる刺激を求め、右手の封印を破り、彼女の臀部を堪能したい……
いや何を言っている、駄目だ。駄目に決まっているだろう!
寝入った女性の触れるなど許される行為ではない!
これに対抗するには……
俺は再び森で出会った蛮族の奇怪な仮面に頼った。
ベリーがちゃんと目を覚ましたのは朝日が昇り、朝特有のキンとした空気がすっかり緩和した頃だった。
ううんと一声、甘い吐息を漏らした後は、何のためらいもなく掛布団ごとガバリと起きて辺りをきょろきょろと見渡す。
そして俺と目が合うと、蕩けるような笑みを浮かべながら「おはようございます」と首を少し傾けた。その拍子にまだ結われていない長い髪がひと房、はらりと落ちて俺の腹に触れた。
まったくの無防備なその姿に、先ほどとはまた違った危機感を覚える。
眠った後に入り込むのはやめてくれ、頼むから無防備な姿は見せないでくれ、などなどそのあたりの感想やら感情を一切合切胸にしまい込んで、「おはよう」とだけ返した。
「ん……」
起きた時の勢いはどこに行ったのか。返ってきた返事は鈍く、うっかりすればそのまま再び閉じてしまいそうに見えた。
「お、おいベリー?」
再び声を掛けると、ほや~とどこか遠くを見ていたベリーの瞳が今度はしっかり線を結んだ。
瞳の形はすっかり見慣れたアーモンド形に、そのまま俺とベッドの間に視線を彷徨わせて、頬を真っ赤に染める。
「す、すみません! 寝ぼけていたようです」
「それは良かった。
それで、その、早速どいてくれると助かるのだがな」
俺を抱き枕にしていたベリーが起き上がった場所は、俺の右太腿の上で、いまの彼女はそれに跨るかのような姿勢で身を起こしていた。
要するに俺の右脚にはベリーの柔らかいお尻が乗っているのだ。
なるべく意識しないようにと努めていたがそろそろ限界。できればすぐにでもどいて欲しい。
「ひゃぁ! 重ね重ねすみません!
重かったですよね」
「いや別に」
「むっ…………
いえ信じましょう。
えと、すぐに朝食の支度をしますね」
しばしこちらを値踏みするかのように睨みつけた後、ベリーはパタパタと走り去っていった。
今の間はなんなんだ?
めちゃくちゃ怖かったんだが!?
むき出しの顔に容赦なく触れる朝特有のキンと冷えた空気は、日課の鍛錬に行くのを躊躇わせ、温かなベッドが俺を縛り付けていた。
ん、なんだ?
冬の寒さに耐えかねて温かいベッドにしがみ付くなら判る。だが俺は、いままさにベッドに物理的に縛り付けられていた。
右半身の胸から腹にかかって感じる程よい重量、加えて普段は感じない心地よい温もりまで感じる。
まさかな……
そぅと掛布団をめくってみると、予想通り胸の上には亜麻色の丸い物体があった。一瞬声が漏れかけたが、それに見覚えがあってその声を飲み込んだ。
すっかりお馴染みになったこの色と艶。
間違いないこれはベリーの頭だ。
それに気づき心音がドッドッと早鐘を打ち始めるが、彼女はその音に気付いた様子もなく、相変わらず俺の胸の上ですぅすぅと規則正しい寝息を上げている。
まず俺は気を落ち着かせるために昨夜の記憶を探った。
寝る前にホットミルクを飲む習慣のあるベリーとリビングで語らい、そのまま別れて独りで部屋に戻って眠ったところまで思い出した。
つまり俺が寝入った後でベッドに入り込んできたのだろう。
「おいベリー、起きろ」
「んっむぅ」
軽く揺すると迷惑そうな吐息が聞こえてきた。
駄目だ。
完全に寝ているようだ。
ベリーとの生活が始まって一週間。
先日は新年の宴にも出たことだし、そろそろ疲れがたまった頃だろう。そう思えばせっかく気持ちよさそうに寝入っているのに起こすのは忍びないような気がしてくる。
しばし抱き枕に甘んじるとするかな。
さてと。体に感じる感覚から、ベリーは俺の胸と右腕の間に入り込み、横抱きに俺に抱き付いていることが分かった。
それが分かったからなんだと言えばそれまでだが、現状を把握するためにも知っておくほうが良いに決まっている。
まずフリーになっている右手。
これをそのまま下すと身長差から彼女の臀部に触れてしまう。
それは良くない。
俺は彼女を起こしてしまわないように、殊更ゆっくりと右手を動かし、掛布団の端を掴んだ。
これは封印、俺は決してこの手を離さない。
……何分経っただろうか。
まだ五分だろうか、それとももう三十分は経っただろうか?
眠気は吹っ飛び、寝返りも打てないまま微動だにしていないもつらいが、それよりもだ。ベリーの体温はどうやら俺よりも高いようで、だんだん暑くなってきてつらい。
しかしたかが暑さだ。
砂漠を行軍して渇きまで味わったあの時よりはマシだろう?
ふう。さすがにもう一時間は経ったよな?
布団の中に入り込んだベリーが動くと掛布団が動くのは当然の理だ。しかしその都度に隙間から彼女特有の甘い香りが漏れてきて俺の嗅覚を刺激するのは誤算だった。
これはきっと人をダメにする甘い香りに違いない。
だが落ち着け、密林を行軍していた最中に出会った、命を奪う甘い香りを放つ花に比べれば全然マシだ。
なあベリー、そろそろ起きてくれないか?
何の苦行か、ベリーは寝返りを打つともぞもぞと身を動かし、その柔らかい肢体を余すことなく摺り寄せてくれた。
無意識なのに俺の理性を削りにくるのは何故なんだ?
さらなる刺激を求め、右手の封印を破り、彼女の臀部を堪能したい……
いや何を言っている、駄目だ。駄目に決まっているだろう!
寝入った女性の触れるなど許される行為ではない!
これに対抗するには……
俺は再び森で出会った蛮族の奇怪な仮面に頼った。
ベリーがちゃんと目を覚ましたのは朝日が昇り、朝特有のキンとした空気がすっかり緩和した頃だった。
ううんと一声、甘い吐息を漏らした後は、何のためらいもなく掛布団ごとガバリと起きて辺りをきょろきょろと見渡す。
そして俺と目が合うと、蕩けるような笑みを浮かべながら「おはようございます」と首を少し傾けた。その拍子にまだ結われていない長い髪がひと房、はらりと落ちて俺の腹に触れた。
まったくの無防備なその姿に、先ほどとはまた違った危機感を覚える。
眠った後に入り込むのはやめてくれ、頼むから無防備な姿は見せないでくれ、などなどそのあたりの感想やら感情を一切合切胸にしまい込んで、「おはよう」とだけ返した。
「ん……」
起きた時の勢いはどこに行ったのか。返ってきた返事は鈍く、うっかりすればそのまま再び閉じてしまいそうに見えた。
「お、おいベリー?」
再び声を掛けると、ほや~とどこか遠くを見ていたベリーの瞳が今度はしっかり線を結んだ。
瞳の形はすっかり見慣れたアーモンド形に、そのまま俺とベッドの間に視線を彷徨わせて、頬を真っ赤に染める。
「す、すみません! 寝ぼけていたようです」
「それは良かった。
それで、その、早速どいてくれると助かるのだがな」
俺を抱き枕にしていたベリーが起き上がった場所は、俺の右太腿の上で、いまの彼女はそれに跨るかのような姿勢で身を起こしていた。
要するに俺の右脚にはベリーの柔らかいお尻が乗っているのだ。
なるべく意識しないようにと努めていたがそろそろ限界。できればすぐにでもどいて欲しい。
「ひゃぁ! 重ね重ねすみません!
重かったですよね」
「いや別に」
「むっ…………
いえ信じましょう。
えと、すぐに朝食の支度をしますね」
しばしこちらを値踏みするかのように睨みつけた後、ベリーはパタパタと走り去っていった。
今の間はなんなんだ?
めちゃくちゃ怖かったんだが!?
応援ありがとうございます!
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