婚約破棄されたので全力で『やったー!』と叫んだら、餌付けされています。 

桃瀬ももな

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結婚式から、早三年。

王城の執務室は、今日も今日とて書類の山……ではなく、整然と片付いた美しい空間となっていた。

「……よし。決裁完了」

私は最後の書類にサインをし、ペンを置いた。

「北部の治水工事、予定より二週間前倒しで終了。予算も一割削減成功です」

私が報告すると、向かいの席で執務をしていたアレクセイ殿下が顔を上げた。

「早いな。さすがは我が妻だ」

「当然です。この後の『おやつタイム』のために、全神経を集中させましたから」

私はふぅ、と息を吐き、背伸びをした。

今の私は、名実ともにこの国の「王太子妃」である。

そして、世間からはこう呼ばれているらしい。

『氷の王太子を溶かした、食いしん坊の賢妃』と。

……語弊がある気もするが、概ね間違ってはいないので訂正はしていない。

「休憩だ、メリーナ」

殿下がベルを鳴らすと、待機していた侍従たちがワゴンを運んできた。

今日のメニューは、季節のフルーツをふんだんに使ったパフェと、焼きたてのスコーン。

「わぁ……!」

私の目が輝く。

「今日は東方の希少な桃を使ったパフェか。……やるじゃないか」

殿下も満足げだ。

私たちはソファに移動し、並んで座った。

結婚して三年経つが、この「三時のお茶」の習慣だけは、何があっても(たとえ国王陛下が泣きついてきても)死守している。

「あーん」

殿下が自然な動作で、スプーンを私の口元に差し出す。

「……殿下。もう新婚ではありませんし、自分で食べられますよ」

「断る。お前が美味そうに食う顔を至近距離で見るのが、私の午後の活力源なのだ」

「……はいはい」

私は諦めて口を開けた。

甘くて、瑞々しい桃の味が広がる。

幸せだ。

激務であるはずの王太子妃生活だが、不思議と苦ではない。

なぜなら、この人が約束通り、私の労働環境を徹底的に守ってくれているからだ。

定時は絶対。休日は二人で街へデート。そして、美味しい食事。

「そういえば、北の開拓村から定期報告が来ていたぞ」

殿下が紅茶を飲みながら言った。

「ジュリアンとリラですか?」

「ああ。どうやら、ようやく『泥団子作り』から『農業』へと進化したらしい」

殿下は報告書をパラパラとめくった。

「『今年はカボチャが豊作だ。送ってやるから感謝して食え(意訳:許してください)』とのことだ」

「ふふっ。逞しくなりましたね」

私は笑った。

風の噂では、二人は毎日泥だらけになって喧嘩しながらも、なんだかんだで協力して畑を耕しているらしい。

王城という温室よりも、泥臭い大地の方が、彼らには合っていたのかもしれない。

「メリーナ」

ふいに、殿下が私の名前を呼んだ。

「ん?」

「幸せか?」

唐突な問いかけに、私はスプーンを止めた。

殿下は、あのプロポーズの時と同じ、優しくて、少しだけ不安そうな瞳で私を見ている。

「お前の望んでいた『スローライフ』とは程遠い生活になってしまったが……後悔していないか?」

カブ畑で寝転がる生活。

確かに、それは私の夢だった。

でも。

私は執務室を見渡した。

窓から見える平和な王都の景色。

頼もしい部下たち。

そして、隣にいる、私を世界一甘やかしてくれる旦那様。

「……そうですね」

私は少し考えて、ニッコリと笑った。

「カブ畑はありませんが、ここには『世界中のスイーツ』と『最高のパートナー』がいますから」

私は殿下の肩に頭を預けた。

「今の生活、星五つです。満点ですよ」

「……そうか」

殿下は安堵の息を吐き、私の髪にキスをした。

「よかった。……実はお前に隠していたことがあるんだが」

「はい? まさか、また無断で仕事増やしました?」

「いや、違う」

彼は少し顔を赤らめて、一枚の紙を取り出した。

「離宮の庭なんだが……お前が寝ている間に、庭師に命じて『カブ畑』を作らせておいた」

「えっ!?」

「今度の休日、収穫に行けるぞ。……どうだ?」

私は目を見開いた。

この人は、どこまで私を喜ばせれば気が済むのだろう。

仕事も、愛も、そして私の些細な夢まで、全部叶えてくれる。

胸がいっぱいになった。

私は立ち上がり、窓際に立った。

あの日。

あの夜会で、婚約破棄を突きつけられたあの日。

もし、あそこで泣いて縋っていたら、今の私はなかっただろう。

もし、あそこで大人しく引き下がっていたら、こんな幸せな毎日は訪れなかっただろう。

私は窓ガラスに映る自分に向かって、そして過去の自分に向かって、心の中で語りかけた。

(よくやった、私)

そして、振り返って殿下に満面の笑みを向けた。

「アレクセイ様!」

「なんだ?」

私は右拳を天高く突き上げた。

あの日、王城の廊下でやったのと同じように。

でも今回は、悲壮感もヤケクソ感もない、純度100%の幸福なポーズだ。

「やっぱり、あの時ガッツポーズして正解でしたね! 私の人生、大勝利です!」

殿下は一瞬きょとんとし、それから今日一番の大きな声で笑った。

「あははは! そうだな、大正解だ!」

彼は立ち上がり、ガッツポーズをしたままの私を、力強く抱きしめた。

「愛しているぞ、私の最強の王妃」

「私もです、私の最高の旦那様」

私たちは笑い合い、そして甘いキスを交わした。

机の上には、空になったお皿と、明日への希望が詰まった書類たち。

これが、元悪役令嬢と氷の王太子の、忙しくも甘い「最高の日常」。

私のガッツポーズは、これからもこの幸せな日々の中で、何度も何度も繰り返されることだろう。

さあ、休憩は終わり。

次は夕食のメニューを決める会議(という名のデート)に出発だ!
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