愛? 不要です。私が欲しいのは『慰謝料』と『商機』だけ!

桃瀬ももな

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「いらっしゃいませぇ~! 『エンジェル・ミーナのスイーツハウス』へようこそぉ! 甘くて可愛いマカロンはいかがですかぁ?」

辺境のメインストリートに、場違いな甘ったるい声が響き渡った。

ルアーノの工場の真向かい。
そこに建設された(というか、ミーナが金に物を言わせて突貫工事で作らせた)店舗は、暴力的なまでのピンク色だった。
屋根にはハートのオブジェ。
入り口にはレースのカーテン。
看板には、ミーナ本人の似顔絵(美化度200%)が描かれている。

「……景観条例違反で訴えたい気分ですわ」

向かいの自社工場からその様子を眺めていたルアーノは、渋い顔でミントティーを啜った。

「目が痛いな。攻撃魔法の一種か?」

隣に立つギルバートも、眉間に深い皺を刻んでいる。

「あれで客が入ると思っているのでしょうか。ここは王都の表参道ではありません。魔獣が出る森と、荒れた農地が広がる辺境ですよ?」

「まあ、見てみよう。お手並み拝見といこうじゃないか」

二人は「市場調査」という名目で、野次馬モードに入った。

***

ミーナの店には、物珍しさから数人の客が入っていった。
主な客層は、森での狩りを終えた冒険者や、農作業の休憩中の村人たちだ。
彼らは泥のついたブーツで、ピカピカのピンクの床を踏みしめる。

「お、なんだこの店。飯屋か?」

熊のような体格の冒険者が、カウンターにドカッと座った。
ミーナはひきつった笑顔で応対する。

「ち、違いますぅ! ここは夢と魔法のスイーツ空間なんですぅ! オススメは『初恋ピンク・マカロン』です!」

「マカロン? なんだそりゃ。まあいい、腹が減ってるんだ。それとエール(酒)をくれ」

「お酒はありません! あるのは『虹色ハッピーソーダ』だけです!」

「あぁ? なんだそのふざけた名前は。……まあいい、じゃあそのマカロンとやらを5個くれ」

「はい、ありがとうございますぅ! お代は銀貨5枚になりまぁす!」

「ぶっ!!」

冒険者が噴き出した。
銀貨5枚。
この辺境の相場で言えば、定食が5回食べられる金額だ。

「おいおい、姉ちゃん。冗談だろ? 菓子5個で銀貨5枚って、ボッタクリにも程があるぞ」

「ボッタクリじゃありません! 最高級のアーモンドプードルと、王都から取り寄せたジャムを使ってるんですから、これでも赤字なんですぅ!」

ミーナが涙目で抗議する。
しかし、出されたマカロンを見て、冒険者の顔色が変わった。
小指の先ほどの、ちんまりとした菓子。
一口で終わるサイズだ。

「……これで銀貨1枚か? 俺の親指より小さいぞ」

「可愛いでしょ?」

「腹の足しにもなりゃしねぇ! ふざけんな! 俺たちは遊びで食ってるんじゃねぇんだ!」

ダンッ!

冒険者がテーブルを叩き、立ち上がった。
他の客たちも騒ぎ出す。

「そうだそうだ! 高すぎる!」
「もっとガッツリしたもん出せよ!」
「店の内装に金かけるなら、肉を増やせ!」

殺気立つ店内。
ミーナは「ひぃっ」と悲鳴を上げ、カウンターの裏に縮こまった。
彼女の想定では、優雅な貴族たちが「美味しいね」と微笑み合うはずだったのだ。
汗臭い男たちに怒鳴られるなど、シナリオにはない。

「うわぁぁぁん! ルアーノお姉様ぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」

結局、彼女が泣きつく先はそこだった。

***

「……はぁ」

工場の窓際で、ルアーノは盛大なため息をついた。

「呼びましたか、お客様」

「呼んでないが、向かいから悲鳴が聞こえるな」

ギルバートが楽しそうに言う。

「放置してもいいのですが、暴動が起きて飛び火すると、うちの工場の操業に支障が出ます。治安維持(リスクヘッジ)のために介入しますか」

ルアーノは電卓をポケットに突っ込み、立ち上がった。
ギルバートも「護衛」という名目で、嬉々としてついてくる。

二人がミーナの店に入ると、店内は一触即発の空気だった。

「おやめなさい」

ルアーノの凛とした声が、怒号を切り裂く。
冷徹で、絶対的な響き。
荒くれ者たちが一斉に振り返る。

「なんだぁ、お前は……って、げっ!?」

彼らの顔が引きつった。
ルアーノの後ろに、周囲の空気を凍らせながら立っている男――『氷の魔術師』ギルバートに気づいたからだ。
彼らはルアーノの店の常連(ミントパウダー愛用者)でもあり、ギルバートの恐ろしさをよく知っていた。

「う、ヴァレンティ商会の会長だ……それに、あの旦那も……」

ルアーノはスタスタとカウンターへ歩み寄り、泣いているミーナの首根っこを掴んで引きずり出した。

「みっともないですわよ、ミーナ様。商売を舐めていますか?」

「だ、だってぇ……みんな酷いんだもん! 私のマカロン、可愛いのに……」

「『可愛い』は食べられません。飢えた人間に必要なのは『カロリー』と『塩分』と『満足感』です」

ルアーノは客席に向き直った。

「皆様、申し訳ありません。当店の店長は少々、市場調査(マーケティング)が不足しておりました。すぐにメニューを改善させますので、少々お待ちを」

「お姉様……? 何する気?」

「黙って見ていなさい。厨房を借ります」

ルアーノは厨房に入ると、棚にあった材料を確認した。
大量の砂糖、小麦粉、そして売れ残ったマカロンの山。

「……ギルバート様。あの売れ残りマカロンを全て粉砕してください」

「また粉砕か。俺の魔法はミキサーじゃないんだが」

文句を言いつつも、ギルバートは風魔法でマカロンを一瞬で粉末にした。

「それに小麦粉と水を加えて練って……砂糖をさらに追加。油で揚げます」

ジュワアアアア!

香ばしい匂いが店内に広がる。
ルアーノが作ったのは、拳大の巨大な揚げドーナツ(サーターアンダギー風)だった。
仕上げに、マカロンの粉末をまぶして色味をつける。

「はい、お待たせしました。新メニュー『冒険者の拳(フィスト・ドーナツ)』です」

ドン! とカウンターに置かれたのは、ゴツゴツとした巨大な揚げ菓子だ。
ピンク色の砂糖がかかっているが、そのボリューム感は圧倒的だ。

「これで銀貨1枚です。腹持ちは抜群、糖分補給も完璧」

冒険者が恐る恐るそれを手に取り、かぶりつく。
ザクッ!

「……うめぇ! 外はカリカリで、中はズッシリだ! これだよ、俺たちが求めてたのは!」

「おお、こっちもくれ!」
「俺もだ!」

店内が一気に活気づく。
飛ぶように売れていくドーナツを見て、ミーナは呆然としていた。

「そ、そんな……私の繊細なマカロンが……あんな野蛮な揚げ物に……」

「ミーナ様。貴女が売りたいものではなく、客が買いたいものを売る。それが商売の鉄則(基本)です」

ルアーノはミーナの耳元で囁いた。

「今回の売上から、私のコンサルティング料として30%いただきますね。あと、材料費の補填も忘れずに」

「鬼ぃぃぃぃ!」

***

騒動が収まり、閉店後の店内。
疲れ果てたミーナが、カウンターに突っ伏していた。
ルアーノは涼しい顔で、本日の売上(の30%)を回収していた。

「勉強になりましたね。この調子で、明日は『塩キャラメル味のプロテインバー』を開発しなさい。肉体労働者には塩分が必須ですから」

「……お姉様、なんでそんなに詳しいの?」

ミーナが恨めしそうに見上げる。
ルアーノはふふんと鼻を鳴らした。

「貴女がお茶会で「どのドレスが可愛いか」を議論している間、私は領地の収支報告書と市場統計を読んでいましたから」

「可愛くない……」

「可愛げなど金になりません。……さて、行きましょうかギルバート様」

ルアーノが店を出ようとすると、ずっと黙っていたギルバートが口を開いた。

「……いや、訂正しよう」

「何をです?」

「『可愛げがない』というのは間違いだ。的確に指示を出し、迷える子羊(ミーナ)と、腹を空かせた狼たち(客)の両方を手玉に取るその姿……」

ギルバートはルアーノの手を取り、その甲に口づけた。

「ゾクゾクするほど魅力的だったぞ」

「……っ!?」

不意打ちだった。
ルアーノの顔が、カッと熱くなる。
商売の話ならいくらでも返せるが、こういう直球の好意には耐性がない。

「な、何を馬鹿なことを! 疲れているのですか? 糖分が足りていないのでは!?」

「足りていないな。ドーナツ一つ分くらいの甘さが欲しい」

ギルバートが顔を近づける。
整いすぎた顔が至近距離に迫り、ルアーノはパニック状態で後ずさった。

「へ、閉店です! 本日の営業は終了しました! 解散!」

ルアーノは真っ赤な顔で店を飛び出した。
背後から、ギルバートの低い笑い声が追いかけてくる。

「……逃げ足の速い経営者だ」

店に残されたミーナは、その様子を見てポカンとしていた。

「……あれ? もしかして氷の魔術師様って、お姉様のこと……?」

彼女の中で、「ルアーノ=いじめっ子」という図式が、「ルアーノ=なんかイケメンに愛されてる勝ち組」という認識に変わりつつあった。
それはミーナにとって、商売の失敗以上に許しがたい事実だった。

「キィーッ! 負けないもん! 絶対にお店を成功させて、魔術師様を私の虜にしてやるんだから!」

ミーナの闘志(という名の勘違い)に再び火がついた。
辺境のドタバタ劇は、まだまだ続きそうである。
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