愛? 不要です。私が欲しいのは『慰謝料』と『商機』だけ!

桃瀬ももな

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「……ルアーノ様、大変です! 屋敷の前に、ピンク色の派手な馬車が止まりました!」

早朝。
『公爵令嬢の目覚め(ミントパウダー)』の出荷作業を確認していたルアーノの元に、セバスが血相を変えて飛び込んできた。

「ピンク色の馬車? 新型の広告宣伝車でしょうか?」

「いえ、王家の紋章が入っております。あれは……」

セバスが言いかけた時、玄関の方から甲高い声が響いてきた。

「ルアーノお姉様ぁー! 出てきてくださぁーい!」

ルアーノの手が止まる。
その声には、聞き覚えがありすぎた。
背筋に悪寒が走るタイプのアレルギー反応だ。

「……まさか」

ルアーノが玄関へ向かうと、そこには予想通りの人物が立っていた。
フリフリのレースをあしらったピンクのドレス。
泥だらけの辺境の地面に似つかわしくない、厚底のヒール。
そして、頭の中がお花畑であることを象徴するかのような、大きなリボン。

元婚約者の浮気相手であり、自称・悲劇のヒロイン、男爵令嬢ミーナである。

「……ミーナ様。なぜここに?」

ルアーノが冷ややかに問うと、ミーナはぷくっと頬を膨らませた。

「ひどいですぅ、お姉様! 私、お姉様が心配で様子を見に来てあげたのにぃ!」

「心配? 不要です。見ての通り、私はすこぶる健全に経済活動を行っておりますので」

「ううん、嘘よ! だって、こんな田舎で寂しく暮らしてるって殿下が言ってたもん! だから私、お姉様を励ますために、ここにお店を出してあげようと思って!」

「……はい?」

ルアーノは耳を疑った。
店を出す? この子が?

「私ね、考えたの。お姉様が地味な草の粉を売ってるって聞いたから、私がもっと可愛くて、キラキラした『マカロン屋さん』を隣で開いたら、もっと人が集まるんじゃないかなって!」

ミーナは両手を合わせて、うっとりと夢見るような顔をした。

「お店の名前は『エンジェル・ミーナのスイーツハウス』! 内装は全部ピンクで、制服もフリルたっぷりで、私が店頭で『あーん』してあげるの! どう? 素敵でしょ?」

ルアーノはこめかみを指で押さえた。
頭痛がする。
この田舎にマカロン?
湿気対策は?
原材料のアーモンドプードルの調達ルートは?
そもそも、ターゲット層である荒くれ者の冒険者や農夫が、フリルの店に入ると思っているのか?

「……ミーナ様。貴女、ここを原宿か何かと勘違いしていませんか?」

「ハラジュク? なにそれ、新しいスイーツ?」

「はぁ……。単刀直入に言います。帰ってください。ここは貴女のおままごとに付き合っている暇な場所ではありません」

「ひどい! おままごとじゃないもん! 私だって、お姉様みたいにチヤホヤされたいんだもん! ……あ、違った、ビジネス? を成功させて、殿下を見返して……ううん、殿下に褒めてもらいたいんだもん!」

どうやら本音がダダ漏れのようだ。
おそらく、王城での書類仕事から逃げ出したくて、「私だって事業くらいできます!」とタンカを切って飛び出してきたのだろう。
アレクセイもアレクセイだ。止めるどころか、「やってみろ」と厄介払いで送り出したに違いない。

その時、屋敷の奥からギルバートが現れた。
作業着姿だが、その美貌は隠しきれていない。

「……なんだ、騒がしいな。新手の魔獣か?」

「ギ、ギルバート様ぁっ!?」

ミーナが素っ頓狂な声を上げた。
彼女の目が、獲物を見つけた肉食獣のように輝く。

「ど、どうして氷の魔術師様がここに!? しかも、そのワイルドな格好……素敵すぎますぅ!」

ミーナはルアーノを押しのけ、ギルバートに駆け寄ろうとした。
だが。

パキィン。

彼女の足元の地面が、一瞬にして凍りついた。

「きゃっ!?」

ミーナはつんのめり、派手に転んだ。
泥と氷が混ざった地面に、自慢のピンクのドレスがダイブする。

「……俺に近づくな。香水の匂いがきつい。鼻が曲がる」

ギルバートは氷のような瞳で見下ろした。
手加減なしである。

「うぅ……ひどい……ドレスがぁ……」

ミーナが泥だらけの顔を上げて泣きべそをかく。
普通ならここで手を差し伸べるのが紳士だが、ギルバートはルアーノの方を向いた。

「ルアーノ。この騒音発生源(ノイズメーカー)をどう処理する? 凍らせて王都へ郵送するか?」

「魅力的ですが、送料が無駄です。……仕方ありません」

ルアーノは溜息をつき、倒れているミーナに歩み寄った。

「ミーナ様。本気でお店をやりたいのですか?」

「やるもん! 絶対やるもん! お姉様なんかに負けないんだから!」

「結構。では、勝負しましょう」

「え?」

「貴女が店を出すのを許可します。場所は、うちの工場の向かいにある空き店舗を使っていいです。ただし条件があります」

ルアーノは懐からいつもの電卓を取り出した。

「一ヶ月以内に黒字化すること。もし赤字なら、即刻店を畳んで王都へ帰り、二度と私の前に現れないこと。そして違約金として、金貨五百枚を支払うこと」

「ええっ、五百枚!?」

「自信がないのですか? 『愛』と『可愛さ』があれば、商売なんて簡単なのでしょう?」

挑発的なルアーノの笑み。
ミーナはカッとなって立ち上がった。

「や、やってやるわよ! 私の可愛さで、この領地の男の人たちを全員虜にしてみせるわ!」

「契約成立ですね。セバス、契約書を」

「はっ」

用意周到に差し出された羊皮紙に、ミーナは震える手でサインした。
泥だらけの指で押された拇印が、彼女の運命を決定づけた。

「……いいのか? あんなのを近くに置いて」

ミーナが「見てらっしゃい!」と捨て台詞を吐いて去った後、ギルバートが呆れたように言った。

「問題ありません。彼女は商売の『し』の字も分かっていませんから」

ルアーノはニヤリと笑う。

「それに、彼女の店が失敗するのは目に見えています。その時、彼女が建て直した店舗の内装や設備は、そのまま居抜きで我が社が接収します。つまり、彼女は自腹で私のための『第二工場』を作ってくれるようなものです」

「……悪魔だな、君は」

「経営者と呼んでください。さあ、ギルバート様。向こうが『可愛い』で攻めてくるなら、こちらは『実益』で勝負です」

「まだ働かせる気か?」

「当然です。競争相手(ライバル)の出現は、市場を活性化させます。この機に乗じて、新商品『激辛ミントガム』を投入しますよ!」

「……辛いのか?」

「眠気覚ましには刺激が必要ですから。ターゲットは夜警団と受験生です。さあ、開発(実験)再開です!」

ルアーノは楽しそうに工場へ戻っていく。
ギルバートは空を仰いだ。

「……王都より忙しいな、この辺境は」

こうして、ルアーノの『合理的実益ショップ』対、ミーナの『ふわふわドリームショップ』という、あまりに次元の違う戦いが幕を開けたのである。
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