愛? 不要です。私が欲しいのは『慰謝料』と『商機』だけ!

桃瀬ももな

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「……暑い。喉が渇いた。おい、まだ着かないのか!」

辺境へと続く街道。
豪華だがサスペンションの効かない王家の馬車の中で、アレクセイ王太子は不機嫌に喚き散らしていた。

「申し訳ありません、殿下。先日の大雨で橋が流されておりまして……迂回路を通っているため、予定より遅れております」

御者が恐縮して答える。

「橋が流された? なぜ直していない!」

「はぁ……以前はヴァレンティ公爵家が予算を出して定期メンテナンスをしていたのですが、婚約破棄以降、その予算が打ち切られまして……」

「えぇい、言い訳はいい! すべてルアーノが悪いのだ! あいつが勝手に予算を引き上げるから!」

アレクセイはハンカチで汗を拭う。
王都を出てから三日。
旅は散々なものだった。
街道は荒れ果て、宿屋の食事は不味く、夜は魔獣の遠吠えに怯える日々。

「あいつがいれば、快適な魔導馬車を手配し、宿の手配も完璧だったはずだ。……くそっ、なぜ私がこんな目に遭わねばならない!」

彼はまだ気づいていない。
その「快適さ」が、ルアーノの緻密な計算と私財によって維持されていたことに。

「見えてきました! ヴァレンティ領です!」

御者の声に、アレクセイは窓から顔を出した。
荒涼とした辺境の地――のはずが。

「……なんだ、あれは?」

アレクセイは目を疑った。
視界に飛び込んできたのは、綺麗に舗装された道路。
その両脇には、整然と並ぶ街路樹と、豊かに実った農作物。
遠くに見える屋敷からは、何やら近代的な煙突(火竜ボイラーの排気口)が突き出し、活気ある煙を上げている。

「なぜだ? 王都より栄えているじゃないか……?」

***

一方、その頃。
ヴァレンティ商会の敷地内にあるガーデンテラス。

「……ふぅ。平和ですね」

ルアーノは優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。
テーブルには、ミーナの店からデリバリーさせた新作『塩キャラメル・ドーナツ』と、自社製ハーブティー。
向かいには、ギルバートが座っている。

「平和なのはいいが、君、また新しい商売を考えているだろう」

ギルバートが呆れたように言う。
ルアーノの手には、いつもの電卓ではなく、何やら設計図のようなものがあった。

「ええ。アレクセイ殿下が来るという情報をキャッチしましたので、急遽『迎撃プラン』を練っているところです」

「迎撃? 氷漬けにするか?」

「物理的な攻撃は外交問題になります。私が用意するのは、もっと精神的かつ経済的なダメージを与える罠(トラップ)です」

ルアーノは悪い顔で笑う。

「名付けて、『王太子殿下・特別歓迎キャンペーン』です」

「……ろくな予感がしないな」

その時、屋敷の門番が駆け寄ってきた。

「お嬢様! 来ました! 王家の紋章が入った馬車が、今しがた領内に入りました!」

「来ましたか。カモ……いえ、お客様が」

ルアーノはスッと立ち上がり、ドレスの裾を払った。

「ギルバート様、ミーナ様を呼んでください。役者は揃った方が面白いですから」

「了解だ。……やれやれ、せっかくのティータイムが台無しだ」

ギルバートは文句を言いながらも、その瞳は楽しげに光っている。
ルアーノと共犯者(パートナー)として動くことが、板についてきたようだ。

***

屋敷の正門前。
アレクセイの馬車が到着すると、すでにルアーノたちが出迎えていた。
使用人たちが整列し、一見すると最上級の歓迎ムードだ。

馬車の扉が開き、アレクセイが降り立つ。
彼は長旅の疲れを隠し、精一杯の虚勢を張って胸を反らせた。

「……出迎えご苦労、ルアーノ。私の到着を待ちわびていたようだな」

「ええ、お待ちしておりましたわ。殿下」

ルアーノは完璧なカーテシーを見せる。

「ようこそ、ヴァレンティ領へ。旅の疲れも溜まっていることでしょう」

「ふん、分かっているならいい。さあ、案内しろ。まずは風呂だ。そして最高級の食事を用意しろ。話はそれからだ」

アレクセイが当然のように屋敷へ入ろうとする。

「かしこまりました。では、こちらへ」

ルアーノが示したのは、屋敷の入り口……ではなく、その横に設置された『受付カウンター』だった。

「……なんだ、これは?」

「チェックイン手続きです」

「は?」

「当領地の迎賓館(私の屋敷)は、完全会員制のリゾートホテルとなっております。宿泊をご希望の場合は、こちらの宿泊名簿への記帳と、前金のお支払いをお願いいたします」

「な、何を言っている! 私は王太子だぞ! なぜ私が金を払わねばならん!」

「王太子殿下といえど、ここでは『お客様』の一人に過ぎません。公私混同は非効率の極みですので」

ルアーノはニコリと笑い、料金表を指差した。

『1泊2食付き(スイート):金貨50枚』
『入湯税:金貨5枚』
『特別警備費:金貨10枚』
『アレクセイ殿下特別割増料金:+200%』

「た、高すぎる! それに最後のはなんだ! 割増料金だと!?」

「殿下は過去に、私の部屋のカーペットにワインをこぼしたり、備品を壊したりといった『リスク行動』が多い顧客ですので。保険料とお考えください」

「ふざけるな! 誰が払うか!」

「お支払いただけない場合は、野宿となります。この辺りは夜になると『暴れ熊』が出ますが、よろしいですか?」

「く、熊……!?」

アレクセイが青ざめる。
彼の護衛騎士たちは数人しかおらず、しかも長旅で疲弊している。
熊と戦う余力はない。

「……くっ、分かった! 払えばいいんだろう、払えば! 後で財務省に請求しろ!」

「いえ、当店は『現金一括前払い』のみとなっております。ツケはお断りです」

「鬼か、お前は!」

結局、アレクセイは財布の中身を全て叩き出し、さらに身につけていた宝石のついた短剣を質に入れることで、なんとか宿泊費を捻出した。

「ありがとうございます。では、お部屋へご案内いたします」

***

通された応接間。
アレクセイはソファに深々と沈み込み、ようやく一息ついた。

「……まったく、ひどい目に遭った。だが、まあいい。これでルアーノを取り戻せば、金などいくらでも回収できる」

彼は独り言を呟き、ニヤリと笑う。
そこへ、扉が開いてルアーノが入ってきた。
後ろには、無表情のギルバートと、なぜかコックコートを着たミーナが控えている。

「お待たせいたしました。ウェルカム・ドリンクの『特製ミントソーダ』です」

ルアーノがグラスを置く。

「ああ、気が利くな。……さて、ルアーノ。単刀直入に言おう」

アレクセイは足を組み、上から目線で告げた。

「私と一緒に王都へ帰ろう。許してやる」

「……はい?」

「お前のこれまでの無礼、すべて水に流してやろうと言っているのだ。光栄に思え。その代わり、王都に戻ったら馬車馬のように働け。溜まった書類を片付け、財政を立て直すのだ」

あまりの自己中心的な発言に、室内の空気が凍りついた。
ギルバートの周囲で、パキパキと氷の結晶が生成され始める。
ミーナは持っていたお盆を曲げそうになっている。

だが、ルアーノだけは冷静だった。
彼女はゆっくりと首を傾げた。

「お断りします」

「……は? なんだと? 聞こえなかったのか? 『許してやる』と言ったんだぞ?」

「聞こえております。ですが、お断りです。なぜなら」

ルアーノは懐から、一枚の紙を取り出した。
それは第1話でサインさせた『婚約破棄合意書』の写しだ。

「契約はすでに履行されました。私と殿下は赤の他人。復縁には、双方の合意による『新規契約』が必要ですが、私にはその意思がありません。メリットがないからです」

「メリットだと? 次期王妃の座だぞ!?」

「激務、薄給、責任重大。そして夫は無能。ブラック企業そのものです。私は現在、ここでホワイトな自営業を営んでおり、極めて快適です。転職する理由がありません」

「ぶ、ブラック……無能……!?」

アレクセイの顔が真っ赤になる。

「き、貴様……! そこまで言うか! いいだろう、ならば強制連行だ! これは王命だぞ!」

アレクセイが立ち上がり、ルアーノの腕を掴もうとした。

その瞬間。

ドゴォォォォン!!

轟音と共に、アレクセイの足元に巨大な氷柱が突き立った。
あと数センチずれていれば、串刺しになっていた距離だ。

「ひぃっ!?」

アレクセイが腰を抜かして倒れ込む。

「……その汚い手で、俺の雇い主に触れるな」

ギルバートが前に出る。
その瞳は、絶対零度よりも冷たく、そして激しい怒りに燃えていた。

「ギ、ギルバート!? 貴様、王太子に向かって……!」

「王太子? 知らんな。俺の目の前にいるのは、宿泊費を払っただけの『クレーマー』だ」

ギルバートはアレクセイを見下ろす。

「ルアーノ嬢が断っただろう。なら、それが全てだ。これ以上つきまとうなら、ストーカー規制法違反で氷の彫像にしてやる」

「そ、そんな……」

アレクセイは震え上がり、助けを求めるようにミーナを見た。

「ミ、ミーナ! お前からも言ってくれ! ルアーノを説得しろ!」

「……やだ」

ミーナが冷たく言い放った。

「え?」

「『やだ』って言ったのよ。殿下」

ミーナは一歩前に出た。
かつての『か弱く守られるヒロイン』の面影はない。
そこには、ドーナツ屋の店長として修羅場をくぐり抜けてきた、一人の自立した女性がいた。

「私、ここの生活が気に入ってるの。毎日忙しいけど、自分の力でお金を稼いで、お客さんに『美味しい』って言ってもらえる。……殿下の横で、ただニコニコしているだけの飾り物だった頃より、ずっと楽しいわ」

「ミ、ミーナ……お前まで……」

「それに、殿下。私、気づいちゃったの。殿下って、顔だけはいいけど、中身は空っぽだなって」

グサッ。
ミーナの無邪気な一言が、アレクセイの心臓に突き刺さる。

「……ルアーノお姉様の方が、ずっとカッコいいし、頼りになるもん! だから私、王都には帰らない! ここで『ドーナツ女王』になるの!」

「ドーナツ女王……?」

ルアーノが小さく突っ込むが、ミーナは胸を張っている。

「そういうことですので、殿下」

ルアーノはにっこりと微笑んだ。
それは悪役令嬢らしい、勝ち誇った笑みだった。

「お引き取りください。……と言いたいところですが、宿泊費は頂いておりますので、一泊だけは許可します。明日の朝食後、速やかにチェックアウトをお願いしますね」

「そ、そんな……私の国だぞ……私が王太子だぞ……」

アレクセイは床に膝をつき、項垂れた。
完全なる敗北。
金も、権力も、女も、すべてを失った男の末路だ。

「……あ、そうだ」

ルアーノが思い出したように付け加えた。

「夕食は別料金となっております。ルームサービスをご希望の場合は、こちらの呼び鈴を。ただし、チャージ料がかかりますのでご注意を」

チャリン。
ルアーノの瞳が、金貨のように輝いた。

「ようこそ、地獄(課金沼)へ。たっぷりと搾り取らせていただきますわ」

アレクセイの絶望的な悲鳴が、リフォームされたばかりの美しい屋敷にこだました。
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