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「……由々しき事態です」
結婚式を翌日に控えた夜。
ヴァレンティ商会の作戦本部(旧・会議室)は、重苦しい空気に包まれていた。
窓の外では、ゴウゴウと風が唸り、横殴りの雨が窓ガラスを叩きつけている。
100年に一度と言われる大型台風が、よりによってこのタイミングで辺境を直撃しようとしていたのだ。
「降水確率100%。風速30メートル。……これでは、経費削減のために計画した『青空ガーデンウェディング』が、『泥沼サバイバルウェディング』になってしまいます」
ルアーノは頭を抱えた。
「テントの手配は?」
「近隣の在庫は全て出払っております! 王都から取り寄せると、輸送費だけで金貨500枚の赤字です!」
セバスが悲痛な声を上げる。
「……中止、延期という選択肢は?」
「不可能です! すでに国王陛下をはじめ、各国のVIPゲストが到着されています! キャンセル料と慰謝料、それに食材の廃棄ロスを合わせると、商会が傾くレベルの損害です!」
ルアーノは電卓を叩く手が震えていた。
これは「マリッジブルー」ではない。
経営者にとって最も恐ろしい「納期直前の仕様変更(トラブル)」による「納期ブルー」だ。
「……くっ。私の計算に『天候』という変数を甘く見積もっていたのが敗因です。まさか、晴れ女の私が負けるとは……」
ルアーノががっくりと項垂れる。
そこへ、扉が開いた。
「――何を暗い顔をしている」
入ってきたのは、ギルバートだ。
彼は窓の外の暴風雨を一瞥し、涼しい顔で言った。
「たかが雨だろう?」
「『たかが』ではありません! 明日、貴方は泥だらけの新婦と誓いのキスをするつもりですか? 招待客もずぶ濡れ、ドーナツタワーは湿気で崩壊、最悪の『事業発表会』になります!」
ルアーノが食ってかかる。
しかし、ギルバートはふっと笑い、ルアーノの手を引いて窓際に立たせた。
「ルアーノ。俺の二つ名を忘れていないか?」
「……『氷の魔術師』ですが、それが何か? 雨を凍らせたら、雹(ひょう)になってゲストの頭を直撃しますよ?」
「想像力が貧困だな。……見ていろ」
ギルバートは窓を開け放った。
途端に、激しい雨風が室内に吹き込んでくる。
ルアーノが「きゃっ!」と顔を覆う。
だが、ギルバートは一歩も退かず、夜空に向かって片手を掲げた。
その身体から、かつてないほどの膨大な魔力が溢れ出す。
「『天空よ、凍てつき、覆え(アイス・キャノピー)』」
バキキキキキキッ!!
凄まじい音が響き渡った。
ルアーノが恐る恐る目を開けると――。
「……うそ」
夜空に、巨大な『屋根』が出現していた。
いや、屋根ではない。
上空数百メートルに展開された、半透明の巨大な『氷のドーム』だ。
それは領主館の庭園全体をすっぽりと覆い尽くし、雨風を完全に遮断していた。
「……な、なんですか、これ……」
「即席の会場だ。これなら雨も入らないし、ステンドグラスのように光を通して綺麗だろう?」
ギルバートが何でもないことのように言う。
「さらに空調完備だ。ドーム内の温度は常に快適な24度に保たれる。……どうだ、これなら文句ないか?」
ルアーノは口をあんぐりと開け、そして――猛烈な勢いで電卓を叩き始めた。
「……建設費ゼロ。工期数秒。収容人数5000人規模。空調コストゼロ。……か、完璧です!!」
ルアーノはギルバートに飛びついた。
「ギルバート様! 貴方はやはり最高の『優良物件』です! このドーム、結婚式の後も『全天候型イベントホール』として活用できます! 入場料を取りましょう!」
「……そこは『愛してる』とか言う場面じゃないのか?」
ギルバートは苦笑しつつも、抱きついてきたルアーノの腰を支えた。
「愛しています! 貴方のその『コストパフォーマンス』を!」
「……まあ、いいか。君らしい」
嵐はドームの外で荒れ狂っているが、中は静寂に包まれている。
二人は氷の屋根の下、寄り添って明日を待つことになった。
***
翌朝。
台風一過――とはいかなかったが、ギルバートの氷ドームのおかげで、会場は完璧なコンディションだった。
「すごい……! まるで水晶宮だわ!」
到着したゲストたちが、口々に感嘆の声を上げる。
氷のドームは朝日に照らされて七色に輝き、幻想的な光を会場に落としていた。
「やあ、ルアーノ嬢! おめでとう!」
「陛下! 遠路はるばるありがとうございます!」
ルアーノは花嫁衣裳(昨日完成したパンツスーツドレス)に身を包み、受付でゲストを出迎えていた。
そう、新婦自ら受付である。
「本日は『ご祝儀』の代わりに『会費制』となっております。受付で金貨10枚をお願いします。領収書が必要な方はお申し出ください」
「か、会費制……! さすがだね」
国王は苦笑しながら財布を取り出す。
「あ、陛下。VIP席をご希望でしたら、追加料金で『最前列・ふかふかソファ席』をご用意できますが?」
「……払おう。腰が痛いのでな」
ルアーノはチャリンと金貨を回収し、次のゲストへ向かう。
結婚式というより、完全に『興行』である。
一方、厨房では。
ミーナが戦場のような忙しさで叫んでいた。
「ドーナツタワー、設営急いで! 高さ3メートルよ! 倒壊したら全員給料抜きだからね!」
「イエスマム!」
ミーナは純白のコックコートを着て、現場指揮官として君臨している。
彼女にとっても、今日は一世一代の晴れ舞台だ。
「見てなさいよ、アレクセイ殿下……。私が作った最高のドーナツで、ゲスト全員を幸せにしてやるんだから!」
(※アレクセイは鉱山でくしゃみをしている)
***
そして、いよいよ式の時間が迫る。
控室にて、ルアーノは最後の仕上げ(メイク直し)をしていた。
コンコン。
「ルアーノ。入ってもいいか?」
新郎のギルバートだ。
ルアーノが振り返ると、そこには純白のタキシードに身を包んだ、息を呑むほど美しい男が立っていた。
氷の魔術師の二つ名に恥じない、冷涼で、けれどどこか熱を帯びた美貌。
「……ギルバート様」
ルアーノは見惚れそうになるのを堪え、咳払いをした。
「……悪くありませんね。商品価値(イケメン度)が高まっていて、ゲストへの訴求力も抜群です」
「君もだ。……そのドレス、似合っている」
ギルバートが近づき、ルアーノの手を取る。
彼が見ているのは、マダム・ポンパドールとルアーノが喧嘩しながら作り上げた『パンツスーツ・ドレス』だ。
動きやすさを重視したパンツスタイルだが、腰から後ろには長いレースのトレーンが広がり、凛とした美しさと優雅さを兼ね備えている。
まさに『戦う花嫁』のための戦闘服だ。
「……ありがとうございます。機能性は抜群ですよ。これなら、披露宴の途中でトラブルが起きても、全速力で走れます」
「走らせないと言っただろう。今日は、俺に守られていろ」
ギルバートはルアーノの額に口づけ、そして一枚の紙を取り出した。
「ところで、ルアーノ。神父に渡す『誓いの言葉』だが」
「はい。私が昨日、徹夜で修正(リライト)しておきました」
ルアーノが胸を張る。
本来の誓いの言葉は『健やかなる時も、病める時も……』という情緒的なものだが、ルアーノはそれを『法的拘束力のある契約条文』に書き換えていたのだ。
「……これなんだが」
ギルバートが紙を読み上げる。
『甲(ギルバート)は乙(ルアーノ)に対し、浮気・借金・隠し事をした場合、即座に全財産を没収の上、火竜ボイラーの燃料として焼却処分されることに同意する』
「……焼却処分は厳しくないか?」
「抑止力(ペナルティ)は明確でなければ意味がありません。不服ですか?」
「いや。……絶対に裏切らないという自信があるから、サインしよう」
ギルバートは笑って、その物騒な誓約書をポケットにしまった。
「さあ、行こうか。俺たちの『共同経営(じんせい)』の始まりだ」
「はい。利益(しあわせ)を最大化しましょう、パートナー」
二人は腕を組み、光溢れるドームの下へと歩き出した。
ファンファーレが鳴り響き、盛大な拍手と、香ばしいドーナツの香りが二人を迎える。
前代未聞の『商魂ウェディング』が、今まさに幕を開けようとしていた。
結婚式を翌日に控えた夜。
ヴァレンティ商会の作戦本部(旧・会議室)は、重苦しい空気に包まれていた。
窓の外では、ゴウゴウと風が唸り、横殴りの雨が窓ガラスを叩きつけている。
100年に一度と言われる大型台風が、よりによってこのタイミングで辺境を直撃しようとしていたのだ。
「降水確率100%。風速30メートル。……これでは、経費削減のために計画した『青空ガーデンウェディング』が、『泥沼サバイバルウェディング』になってしまいます」
ルアーノは頭を抱えた。
「テントの手配は?」
「近隣の在庫は全て出払っております! 王都から取り寄せると、輸送費だけで金貨500枚の赤字です!」
セバスが悲痛な声を上げる。
「……中止、延期という選択肢は?」
「不可能です! すでに国王陛下をはじめ、各国のVIPゲストが到着されています! キャンセル料と慰謝料、それに食材の廃棄ロスを合わせると、商会が傾くレベルの損害です!」
ルアーノは電卓を叩く手が震えていた。
これは「マリッジブルー」ではない。
経営者にとって最も恐ろしい「納期直前の仕様変更(トラブル)」による「納期ブルー」だ。
「……くっ。私の計算に『天候』という変数を甘く見積もっていたのが敗因です。まさか、晴れ女の私が負けるとは……」
ルアーノががっくりと項垂れる。
そこへ、扉が開いた。
「――何を暗い顔をしている」
入ってきたのは、ギルバートだ。
彼は窓の外の暴風雨を一瞥し、涼しい顔で言った。
「たかが雨だろう?」
「『たかが』ではありません! 明日、貴方は泥だらけの新婦と誓いのキスをするつもりですか? 招待客もずぶ濡れ、ドーナツタワーは湿気で崩壊、最悪の『事業発表会』になります!」
ルアーノが食ってかかる。
しかし、ギルバートはふっと笑い、ルアーノの手を引いて窓際に立たせた。
「ルアーノ。俺の二つ名を忘れていないか?」
「……『氷の魔術師』ですが、それが何か? 雨を凍らせたら、雹(ひょう)になってゲストの頭を直撃しますよ?」
「想像力が貧困だな。……見ていろ」
ギルバートは窓を開け放った。
途端に、激しい雨風が室内に吹き込んでくる。
ルアーノが「きゃっ!」と顔を覆う。
だが、ギルバートは一歩も退かず、夜空に向かって片手を掲げた。
その身体から、かつてないほどの膨大な魔力が溢れ出す。
「『天空よ、凍てつき、覆え(アイス・キャノピー)』」
バキキキキキキッ!!
凄まじい音が響き渡った。
ルアーノが恐る恐る目を開けると――。
「……うそ」
夜空に、巨大な『屋根』が出現していた。
いや、屋根ではない。
上空数百メートルに展開された、半透明の巨大な『氷のドーム』だ。
それは領主館の庭園全体をすっぽりと覆い尽くし、雨風を完全に遮断していた。
「……な、なんですか、これ……」
「即席の会場だ。これなら雨も入らないし、ステンドグラスのように光を通して綺麗だろう?」
ギルバートが何でもないことのように言う。
「さらに空調完備だ。ドーム内の温度は常に快適な24度に保たれる。……どうだ、これなら文句ないか?」
ルアーノは口をあんぐりと開け、そして――猛烈な勢いで電卓を叩き始めた。
「……建設費ゼロ。工期数秒。収容人数5000人規模。空調コストゼロ。……か、完璧です!!」
ルアーノはギルバートに飛びついた。
「ギルバート様! 貴方はやはり最高の『優良物件』です! このドーム、結婚式の後も『全天候型イベントホール』として活用できます! 入場料を取りましょう!」
「……そこは『愛してる』とか言う場面じゃないのか?」
ギルバートは苦笑しつつも、抱きついてきたルアーノの腰を支えた。
「愛しています! 貴方のその『コストパフォーマンス』を!」
「……まあ、いいか。君らしい」
嵐はドームの外で荒れ狂っているが、中は静寂に包まれている。
二人は氷の屋根の下、寄り添って明日を待つことになった。
***
翌朝。
台風一過――とはいかなかったが、ギルバートの氷ドームのおかげで、会場は完璧なコンディションだった。
「すごい……! まるで水晶宮だわ!」
到着したゲストたちが、口々に感嘆の声を上げる。
氷のドームは朝日に照らされて七色に輝き、幻想的な光を会場に落としていた。
「やあ、ルアーノ嬢! おめでとう!」
「陛下! 遠路はるばるありがとうございます!」
ルアーノは花嫁衣裳(昨日完成したパンツスーツドレス)に身を包み、受付でゲストを出迎えていた。
そう、新婦自ら受付である。
「本日は『ご祝儀』の代わりに『会費制』となっております。受付で金貨10枚をお願いします。領収書が必要な方はお申し出ください」
「か、会費制……! さすがだね」
国王は苦笑しながら財布を取り出す。
「あ、陛下。VIP席をご希望でしたら、追加料金で『最前列・ふかふかソファ席』をご用意できますが?」
「……払おう。腰が痛いのでな」
ルアーノはチャリンと金貨を回収し、次のゲストへ向かう。
結婚式というより、完全に『興行』である。
一方、厨房では。
ミーナが戦場のような忙しさで叫んでいた。
「ドーナツタワー、設営急いで! 高さ3メートルよ! 倒壊したら全員給料抜きだからね!」
「イエスマム!」
ミーナは純白のコックコートを着て、現場指揮官として君臨している。
彼女にとっても、今日は一世一代の晴れ舞台だ。
「見てなさいよ、アレクセイ殿下……。私が作った最高のドーナツで、ゲスト全員を幸せにしてやるんだから!」
(※アレクセイは鉱山でくしゃみをしている)
***
そして、いよいよ式の時間が迫る。
控室にて、ルアーノは最後の仕上げ(メイク直し)をしていた。
コンコン。
「ルアーノ。入ってもいいか?」
新郎のギルバートだ。
ルアーノが振り返ると、そこには純白のタキシードに身を包んだ、息を呑むほど美しい男が立っていた。
氷の魔術師の二つ名に恥じない、冷涼で、けれどどこか熱を帯びた美貌。
「……ギルバート様」
ルアーノは見惚れそうになるのを堪え、咳払いをした。
「……悪くありませんね。商品価値(イケメン度)が高まっていて、ゲストへの訴求力も抜群です」
「君もだ。……そのドレス、似合っている」
ギルバートが近づき、ルアーノの手を取る。
彼が見ているのは、マダム・ポンパドールとルアーノが喧嘩しながら作り上げた『パンツスーツ・ドレス』だ。
動きやすさを重視したパンツスタイルだが、腰から後ろには長いレースのトレーンが広がり、凛とした美しさと優雅さを兼ね備えている。
まさに『戦う花嫁』のための戦闘服だ。
「……ありがとうございます。機能性は抜群ですよ。これなら、披露宴の途中でトラブルが起きても、全速力で走れます」
「走らせないと言っただろう。今日は、俺に守られていろ」
ギルバートはルアーノの額に口づけ、そして一枚の紙を取り出した。
「ところで、ルアーノ。神父に渡す『誓いの言葉』だが」
「はい。私が昨日、徹夜で修正(リライト)しておきました」
ルアーノが胸を張る。
本来の誓いの言葉は『健やかなる時も、病める時も……』という情緒的なものだが、ルアーノはそれを『法的拘束力のある契約条文』に書き換えていたのだ。
「……これなんだが」
ギルバートが紙を読み上げる。
『甲(ギルバート)は乙(ルアーノ)に対し、浮気・借金・隠し事をした場合、即座に全財産を没収の上、火竜ボイラーの燃料として焼却処分されることに同意する』
「……焼却処分は厳しくないか?」
「抑止力(ペナルティ)は明確でなければ意味がありません。不服ですか?」
「いや。……絶対に裏切らないという自信があるから、サインしよう」
ギルバートは笑って、その物騒な誓約書をポケットにしまった。
「さあ、行こうか。俺たちの『共同経営(じんせい)』の始まりだ」
「はい。利益(しあわせ)を最大化しましょう、パートナー」
二人は腕を組み、光溢れるドームの下へと歩き出した。
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