戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る

丸三(まるぞう)

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第二章 動きだす歯車

第36話 長浜の選択

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天正10年(1582年)6月 近江・長浜 竹若



評定がすぐに開かれた。

小堀、羽田、本多、磯野、そして彼らに使える奉行衆。
ねね様、母、私。
重臣と秀吉家族が顔を揃える。

ねね様と母は、本能寺の話を聞いたとき、呆然としていた。
謀反によって、大殿と当主が同時に討たれたことで、織田家そして羽柴家がどうなるか想像できず、途方にくれていたようだった。

今は、少し落ち着き、不安げな表情を浮かべながらこの場に参加している。

「これから長浜はどうすべきか」
小堀が全体を見渡し静かに言う。

「籠城すべきです」
「幸い、磯野殿の兵が詰めている」
「たとえ明智方が攻めてきても、城は守れる」
本多が威勢よく発言する

「筑前守様の正室がおられるこの城を捨てれば、天下に示しがつかぬ」
羽田も同調して言う。

小堀がゆっくりと話す。
「だが、敵味方が定まらぬ」
「そもそも、明智と羽柴の関係がわからねば行動しようがない」

「攻めてくる軍勢はすべて敵でございます」
「返り討ちにするまで」
本多は強気の姿勢を崩さない。
奉行衆にも、頷いている者が多い。

交戦的な雰囲気に、小堀が強めの口調で諭すように言う。
「敵味方が判別できない以上、城主不在のままで戦さは避けねばならぬ」
「今、誰かと戦うことは、即、政につながる」
「城は守れても、家を守れぬ恐れがある」

小堀の意見に頷く者もいるが、少なめだ。

ここで、これまで黙って聞いていた磯野が私の方に顔を向け、問いかけた。
「竹若はどう考える?」
「わしは、以前、お前に約束した」
「お前が立つとき、わしは武を持って背後に立つと」

その言葉に、全員の目が私に向く。
磯野の兵を動かすのも、止めるのも私次第。
そのように取れる言葉に対し、私がどう答えるか固唾を飲んで見守っている。


この事態に備え、できる限り準備をしてきた。
長浜に凶報が届いたのは、おそらく史実よりも早い。
家族を守れる最低限の兵を用意することもできた。
私なら何か成し遂げられるのではないか、そんな思いが少しあった…

この状況を利用し、新しい道を探れる。
長浜城を死守し、武名を上げることができるかもしれない。


…だが、祖父と約束した“私が立つとき“は、今か?
わかりやすく武名を上げることが、今の私に求められることなのか。

そもそも、ここで長浜城を死守することに大きな意味はない。
勝ち馬に乗り、この機会に勢力の回復を狙う京極や阿閉は、死に物狂に攻めてくるかもしれない。
本当に守り切れるのかもわからない….

私は、しばらく考えてから顔を上げ、息を止めて、一気に思いを吐き出した。
「今は戦うときではない」
「小堀殿の言うとおりだと思います。戦さに勝っても勝負に負ける可能性がある」
「兵の勢いを借りて勇足になるべきでない…そのように思います」

「若様!逃げれば臆病者と呼ばれまする!」
本多が叫ぶ。

その声を無視し、私はねね様に向かい合い、なるべく優しくそして丁寧に語りかけた。
「こういう危機に際して、混乱と混沌の中において、謀略と調略、外交は、伯父上と父上の御得意」
「我々が、その邪魔をしてはいけません」
「すべてを殿にお任せするべきです」

ねね様と母が、ゆっくりと頷いた。
ねね様の顔には、先ほどとは打って変わって、決意に満ちた晴れやかな表情が浮かんでいた。

「竹若殿の言うとおりです」
ねね様がはっきりとした口調で言う。
「殿はこういう局面を乗り越える天才です。必ずやなんとかしてくれましょう」
「私たちが邪魔になってはなりません」

ねね様の言葉が終わると、磯野が立ち上がった。
そして、全員に向けて、低く腹に響く声で話した。
「竹若の言うとおりだ。兵を持つ者ほど、安易に兵を頼ってはならん」
「我らは勝負に勝つための選択をすべし」
「皆の者、奥方様のご決意を聞いたであろう。我らの取る道は決まった」

これまで主戦を唱えていた者も覚悟を決めたようだった。
城主の妻の決意、長浜を長きにわたって統治してきた秀長の嫡男の言葉、そして、その背後に立つ磯野の同意。
こうまで揃えば、家臣一同、ただ首肯するしかない。

私は、一拍おき、ゆっくりと続けた。
「伊吹の山麓にある……大吉寺」
「道が狭く、兵を動かしにくい」
「女衆を隠すにも適しています」

磯野が補足する。
「源頼朝公も身を潜めたという寺だ」
「悪くない」

小堀が最後を締め括った。
「すぐに城を出る。退避先は大吉寺」
「磯野殿、指揮をお願いしたい」

磯野は短く頷いた。
「任せよ」


評定が終わり、各々が退去に向けた準備に慌ただしく動き出した。


私は、評定の間に残り、座っていた。
自分が行ってきた準備と先ほどの言葉を思い出していた。

(これで正しかったのか)
(知識では知っている。これが正しい)
(しかし、歴史は正しい選択の積み重ねででき上がっているのではない)
(もっと良い選択があったのかもしれない)
(他に先駆けて、集めた兵を使って行動を起こせば何かが変わったかもしれない)

頭の中で、同じ問いが何度も回る。


近づいてくる足音に気づき、顔を上げると、祖父ー磯野員昌が立っていた。
「竹若。先ほどのお前の意見は立派だった」
「今は、敵も味方もわからぬ。敵の姿がわからぬ中、戦さに走るのは暴挙」
「誰しも兵を持てば強くなったように、勝てるように思う」
「だが、そうやって状況判断を間違い破れていった者を多く知っている」

私は、小さな声で答えた。
「本当にあれでよかったのでしょうか」
「お祖父様の力で敵を押し返すことができるならば、母もねね様も山寺に逃げる必要はないかもしれません」

祖父は笑いを含んだ声で言った。
「戦さの勝ち負けは時の運よ。わしが出れば勝つというものではない」

そして真面目な声で続けた。
「今の最善の策は、退避することだ」
「もし….お前がわしの兵を頼みに撃って出るなどと言っておったら…」
「頭を張り倒しておったわ」

そう言って、大きくゴツゴツした手のひらを私の頭におくと、優しく撫でた。
「狼も獲物を仕留める瞬間まで身を隠すもの」
「勝負の時に、恐れずに飛び出すことができればよい」
「お前ならできるであろう」

祖父のその言葉に胸が熱くなる。
自分が正しかったこと、そして、信頼されていることが何よりも嬉しかった。

自分の考えに自信がつくと、急に頭が回り出した。
大吉寺に退避するだけであれば、あれほどの兵は必要ない。
そして、周りが動き出すまでに時間もある。

(このまま、ただで退くつもりはない)

私はすっと立ち上がり、祖父に話をした。
「お祖父様…….」




6月4日 朝(本能寺の変から2日後)

準備は、すでに整っていた。

本来は竹生島詣のために集められた物資だった。
 干飯、塩魚、丸薬、衣類、油紙、行李。
 人足の名簿。
 護衛の兵。

それらがそのまま、避難隊の装備へと組み替えられる。

磯野の号令が飛ぶ。
「先陣五十。中央に女衆」
「後衛は弓隊三十」

「道を三分する。松明は布で包め」

ねね様と母は女衆を叱咤激励しながら、装束を整え、逃避の準備に忙しなく動いていた。


伊吹山の奥は、初夏の日差しは届かず、ひんやりとしていた。
湿った風が杉林を抜け、苔の匂いを含んで谷へ落ちる。
大吉寺へ続く細道は、馬が並べば詰まるほど狭く、荷を負った人足たちは黙って列を作って登っていった。

磯野が、道の要所ごとに兵を配置しながら声をかける。
「先を急かすな」
「目先の領地、城を目的にする奴らはここまで追ってはこぬ」
「列を乱さずゆっくり歩けばよい」
兵に向けた短い言葉。
しかし、その声は女衆にも聞こえるようにわざと大きくしている。

女衆は中央に集められ、ねね様と母を囲むように歩いていた。
私は、その少し後ろを歩いていた。

磯野の言葉が彼女達の耳に届いているのだろう、皆落ち着いて歩いている。
しかし、昨晩からほとんど眠っていないためか、顔に疲れの色が出てきている。

長浜城を出てから、2刻(4時間)ほど歩き続けた。
陽が南天に差し掛かかる頃、木々の向こうに山寺の門が見えた。


女衆の中から小さく息を吐く音が漏れた。



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