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8章 元自衛官、戦争被災者になる

百三十話

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     ~ 学生としての日常の終わり ~

 ユニオン国の本隊が学園内部の部隊が鎮圧されたのを知ると、そのまま突撃している。
 何故そうするのか、まるで自殺志願者じゃないかとクラインは城壁から見下ろしながら考える。

「あは~、クラインさん。あんまり結界を過信しないで下さい。マリーの魔法とは別の意味で攻撃力が高いので、弾が貫通しますよ?」

 ヘラの言葉は事実で、結界を張ってはいるものの魔弾を完全に防ぐという事は出来なかった。
 同時に何発か撃ちこまれると結界の防御力を上回ってしまい、減衰したりそのまま貫通したりしている。
 だが、目下ではアイアスやタケルと言った英霊たちが”手加減してますよ”と言った様相で兵士の相手をしている。
 
「……ヘラ様」
「あは~、ヘラでいいですよ」
「ごほん! ヘラ。僕には分からないんだ。学園に手を出す、英霊に反撃されるというこの状況はどう考えたって悪手だ。彼らは既に死兵になってるのに、何故ここまでこの学園に固執するんだろう」
「それはですね~、貴方が恵まれているから分からないんですよ」
「僕が?」
「餓えた人、餓えた狼なのです。私たちが安寧の中で過ごした一日が、彼らにとってはほんの僅かな……それこそ、眠る時間ですら削った先での一握りなんです。私たちが文句を言ったりケチをつけながら食べた一皿が、彼らにとっては一日や二日分だったりするのです」
「──……、」
「学園を治めれば少なくとも彼らにとって過酷な土地とは無縁で居られます。彼らにとって一日分だと思えた食事が、二皿分三皿分も口にする事が出来る。そして痛みと苦しみをもたらす環境とは無縁で眠る事が出来るのですよ」

 ヘラは目下で掃討されていく兵士を見ながらそう言った。
 しかし、ヤクモが言った『殺すな』と言う言葉を律儀に守っているのも踏まえて、ユニオン国の兵士たちは奮戦していた。
 致命的なほどに痛めつけられなければ良い、そして門から出てきて戦っているのがタケル・アイアス・ファムの三名である以上は防御にすら数名係で回ることが出来る。
 文字通りの人の海に揉まれながら、彼らはやり辛そうにしていた。
 
 気絶させられても、回収された上で無理やり引き起こされる。
 五名を倒した所で代わりの五名がやってくる、そして後ろで気絶した五名を即座に叩き起こすという巡りの悪い事になっている。

「ユニオン国に一度言った事がありますが、あの地はかつての大戦時の環境のままなんです。私たちが当然のように触れている雪も、彼らにとっては肌を溶かし、焼くものなんです。私たちが心地よいと浴びる風も、保護をしなければ目を潰し肌を裂くモノなんです」
「ならどうして助けを他国に求めなかったのさ」
「助けなら、何年も昔から国に挙げてますよ。ヴィスコンティでは内乱の危機からほんの一握りのみ、神聖フランツ帝国のモノは輸送の負担が大きすぎて現実的じゃないですから。食事だけでもと思えばツアル皇国は常に魔物との戦争状態です。結果として、偉い人だけがそれらの恩恵を辛うじて受けられるような状態で、幾年も過ぎました」
「──……、」
「政治や外交の世界なんですよ。相手の要求を一から十まで満たす事は出来ない、けれども支援したくてもそれぞれに都合があって出来ない。ヴィスコンティにいたっては、一部の貴族が馬鹿げた事をしているので出来ないと言う状態なんです」
「……そっか」

 クラインは色々と言いたい事があったが、それでも自分が未だに”ただの跡取り”である事を思い出して黙る。
 理想を語るのは容易い。
 けれども、理想はいつも現実の前に押し潰され、歪められ、消えるものだとクラインは知っている。
 妹を救出したいという理想は、未熟さと幼さと甘さによって費えた。
 二人を助ける事はできたが、自分が五年間も眠り続ける羽目になったのだから。

「クラインさん、向こうの方で縄を投じて登ろうとしているので外してきてもらえませんか?」
「ん、了解」
「それと、アルバートくんに『肩の力を抜いて』と言ってきてください。あれじゃあ長くもたないですから」

 ヘラにそう言われ、クラインはマントを翻して言われたとおりにする。
 カギヅメロープを外すとよじ登ろうとしていた兵士たちが落下して堀に消えていく。
 それを確認していると、近くで魔弾が結界に阻まれて激しい音を立てるのに驚く。
 妄執や執念ともいえる攻撃だが、気を抜きすぎる事は出来ずに居た。
 アルバートはというと、グリムやマルコと組んでアイアスの言いつけどおりに行動している。
 グリムは城壁上での警戒と負傷兵の報告。
 マルコは街中を見下ろして相手の動向を気にかけながらもアルバートと負傷者の搬出。
 アルバートは負傷者の移送のみで忙しそうにしている。

 ヤクモがミラノが居ないと茫然自失としている間に、幾らか兵士に乗り込まれてしまったのだ。
 学園内で拘束した兵士を押し込めるような牢屋は無く、仕方が無く学園内部の使用人やメイドの住まいを使っている。
 その警戒や生徒たちの強い要望によって精神安定的に配置された兵士。
 相手の数に対して、学園は元から兵数が少なすぎたのだ。
 相手が迂回して梯子をかけてきたり、カギヅメを投げてくると兵士は常に走り回ることになる。
 そこでアルバート達は手伝いをヤクモに押し付けられた。
 元から何かをするつもりではあったが、戦闘に放り込まれると思ってなかったアルバートはイヤに緊張している。

「アルバート」
「ヤ……クラインか。ど、どうした?」
「肩の力を抜いたほうがいいって、ヘラが。僕が言うのもなんだけど、マリーだって居るんだし安心していいと思うよ」
「そうか? い、いや。だがな。壁と結界があるとはいえ安全とは言えぬ。あ奴ら、なにやら爆発するものを投げてくるのだ。それが、怖い」
「あぁ、あれか……」
「ヤクモの使う”しゅりゅうだん”と言う奴に似ている。威力が弱い分まだ良いが──」
「マーガレットさんやアリアがその為に回復や手当てに回ってくれてる。ヤクモが……言ってたけど、処置を素早くすればするほど、それが適切であればあるほど人は助かるんだって。グリムが知らせて、アルバートとマルコで急いで下げて、アリアとマーガレットさんで手当て。良い連携だと思うよ」
「だとして、終わりはあるのか? 貴様も、妹が……ミラノが攫われて何故落ち着いていられる?」

 アルバートがそう言うと、ギリリとクラインが歯軋りする音が濁って響く。
 
「僕だって、出来ればここを飛び出したいさ……。けど、僕には遠くまで素早く移動する手段を持たないし、手段はあっても……今度はどうやれば一番安全に、或いは確かにそれが成し遂げられるのかが分からない。前はミラノを救えたけど、今度はダメかも知れない。僕が倒れるだけじゃなくて、二人ともダメになるかもしれない……。だから、任せたんだ」
「……そうか」

 ヤクモはあれから、直ぐに学園を脱した。
 クラインやアルバートを英霊たちに押し付けると、本隊の指揮官を探しに行ったのだ。
 ヴィクトルは現在不在であり、彼に従う指揮官と兵のみになっている。
 それらを含め、ヤクモは学園を英霊と知り合いに任せた。
 当然だが、役に立てないマリーは最大限のイライラを募らせていた。

「というかヤクモ、暴走してない?」

 そして、クラインは他人事のようにそう呟く。
 遠くでは屋根から屋根へ、縄や装飾品を使って移動を繰り返すヤクモの姿がある。
 時折地上から攻撃を受けているらしく、魔弾の綺麗な輝きが空へと打ち上げられているのが見えた。
 だが、感覚は長めではあるが建物が崩落している事もある。
 或いは、射撃音が何度か響いたり、爆発音が明らかに聞こえたりしている。

「大丈夫かな……。これ、後で犯人探しが始まったら名声も地に落ちるんじゃないかな?」
「あぁ、うむ。まあ……それを言ったら、無抵抗で町に他国軍を招きいれた市長を先に糾弾すべきではあるがな」
「悪い事になりませんように──」

 クラインは半ば祈る気持ちで、殆ど意味の無い防衛線を続けた。




 ~ ☆ ~

 ドサリと、教会の近くで何かが落ちる音が響いた。
 それを聞いたアーニャとカティアだったが、カティアは捉えている相手の参謀を見なければならなかった。
 故にアーニャは恐る恐ると言った様子でそちらを見に行って、小さく悲鳴を上げてしまう。

「ひゃ!?」
「え、なに?」

 カティアはアーニャの悲鳴に思わず駆けつけてしまう。
 本来であればまだ学園に居ると思われている彼女が顔を出せば、それだけでヤクモに咎められてしまうものだが……。
 二人は、目の前に”落ちているモノ”を見て同じように声を呑んでしまう。
 なぜなら、地面に叩きつけられて意識を半ば飛ばしているのがそのヤクモだったからだ。
 
 自慢にしていた迷彩服は既に血と泥とダメージでボロボロになっている。
 アイロンがけでノリが利いていると、線を出すようにパリッと仕上げたのを喜んでいたのに。
 班長靴も綺麗に磨き上げて、つま先に漸く鏡面が出来上がったとも言っていたにも拘らず。
 全てが台無しになっていた。

 カティアは何かに気がつくと、慌てて周囲を見回す。
 そしてズルズルとヤクモを教会へと引き込むと、入れ替わるようにして兵士たちがやってきた。

「そこの修道女、男を見なかったか?」
「あ、え……?」
「見慣れないまだら模様の服を血に塗れさせた男だ!」

 アーニャは暫く、兵士の言葉が脳に入ってこなかった。
 それは、自分が生き返らせてきた男の事だと繋がらなかったからだ。
 
「い、え……私は……」

 彼女は、蘇生させてきた相手の事を理解できなくなった。
 彼女とて宗教家では有るが、そこまで熱心なものではない。
 生きていた時から聖書をペラリと捲って、いつかは報われるだろうと思いながら眠るくらいのものだった。
 だが、平和を願うのではなく”平和を掴む”という考え方がそもそも無かったのだ。
 争わなければ平和だという彼女の考えは、平和の為に争うというヤクモの死と血と相容れなかった。

「行くぞ」

 アーニャが呆然としているのを見て、それほどショックを受けたのだろうと勝手に好意的に判断した。
 兵士たちはヤクモを捜索してそれぞれに声を掛け合いながら散っていく。
 それでもアーニャは、動かなかった。

 カティアは引きずり込んだヤクモを起こそうとしたが、頬を叩いても反応が無いままだった。

「これはこれは……手酷くやられたものだね」

 囚われているオットーが、扉の覗き窓越しにそんな事を言う。
 ここ数日の虜囚生活ではあったが、その生活はヤクモが言ったとおり快適になるようはかられていた。
 ヤクモによってシステム的に補強された室内は、木の扉は強度のみ鋼のようになっている。
 ガラスを破壊不能オブジェクトにするなどとやりたい放題であり、人が出入り出来そうな窓は魔法で封じられていると言う徹底っぷりであった。
 だが、部屋の中であれば自由に過ごせる上に三食酒や趣向品付き。
 読書も昼寝も何でも出来たのでオットーは老体に鞭打つのを諦めた。
 その代わり、彼女に頼む本に関しては少しでも復帰した際に役立つような知識や情報に通ずるものを選んでいる。
 タダでは転ばないつもりでいたが、そんな彼も騒ぎが起きれば休んでいる場合ではなかった。

「首の裏に親指を宛がって、少しだけグッと押してみなさい。それで目が覚めれば気絶、そうじゃない場合は意識が無いと分かる」
「え、えっと……」
「もう少し右だ。そう、そこをやりなさい。ただ、君の力は強いようだ。やりすぎて首の骨を折らないように──」
「ふっ!」
「って、もうやったか……」

 やれやれとオットーは肩を竦める。
 目の前で両手両脚を一度だけ思い切りハネさせたヤクモはそのままぐったりと脱力する。
 辛うじて保たれていた半覚醒と覚醒の境界が破壊され、外部からの痛みに叩き込まれた意識が覚醒を促す。

「う、ぶっ……」
「起きた?」
「あれ、俺……」
「どこかから落ちたみたいだけど、何処通ってたの?」
「どこ……。そうだ、行かなきゃ──」

 カティアの問いかけで記憶を追走していたヤクモ。
 その遡行が終わると、自分が何をすべきで何の途中だったのかを思い出したのだ。
 
「ま、まって! その身体で何処に行くの!」
「ミラノが……あのクソやろうに攫われた。くそ……お前ら、アイツとつるんでたんだな!」
「待ちたまえ。アイツとは、誰の事かな?」
「英雄殺しとも、或いは名前の無い消された英雄とでも。もしくは、誘拐を請け負うと持ちかけた奴が居ただろ!」
「いや、初耳だが……」

 ヤクモはオットーに幾らか言葉を投げかけては見た。
 しかし、芳しい反応や引っかかりを覚えるようなものを得られずに焦りが募る。

「……君は、酷く疲れているようだ。ああ、酷く」
「もう何日も寝てないんだ。仕方が無いだろ」
「それに、ボロボロだ」
「無謀な事をするには、それに釣り合った対価を支払わなきゃならないのは何時の世も道理だろうが」
「そして……、君は危うい」
「危ういのなんて、最初から納得の上でやってる。俺には、理想はあっても手段がまるで無い。手札がチープすぎて……貧弱すぎて、百の相手に一の手札で勝つには一を百積み重ねなきゃ無利だ」
「そうじゃない。君は、盲目的というか……足元が見えていない。君はこの個人的な戦いの結果、勝っても負けてもタダではすまない。縁も所縁もない無い事柄に個人的案件に仕立て上げて、自らを強大に見せ付けた事に何の意味が? そもそも、一人で何とかできるかも知れないと言う発想がおかしいと君は気付かなかったのかね?」
「──……、」
「勝てば化物、負ければ憎悪の請負人だよ、君。戦争の大部分を破壊ではなく立ち回りで制する……その発想と行動力を誰が放置しておきたい? しかも君は主人が居ながらも繋がれていない虎と何ら変わらない。主人に繋がりがあるからと友人を、家族を、家を、村を、町を、市外を、都市を、国を守る。最期には、世界を救うのかもしれない。その途中で、君は主人を害する。分かるかな? 君は、自分の行いが正しいと言えるかな? 無論、私は間違いながら正しいと今回の我々を正当化できる。それが人だからだ」
「俺は……」
「傲慢であれば君は自分が正しいと言える筈だし、忠義に厚ければ主人の為だと言えた。そもそも仁義に富んでいれば我々の行いを間違っていると言い張れたし、それらが全て無くともやはり近しい誰かの為だと言い張れる位に信じることが出来ていれば全てが違った。君は、正しければ良いなという曖昧なものと、間違ってるという思い込みから宙に浮いた状態で頭上を蹴り上げては股下を殴るような暴挙をしている。君の周囲は、果たして君を再び受け入れてくれるだろうか? その……ミラノと言う少女だったかな? 君のした事を、なんでも無いと言ってまた日常に戻れるかな?」

 オットーの言葉は、ヤクモをいとも容易く揺らがせた。
 ミラノを攫われた事で「やらなければ良かったのでは」という疑念が彼を覆い始めている。
 その中で「君の行いは、ただ悪い状況を更に悪化させただけだ」と言われてしまえば、自我の弱い彼は揺らぐしかない。
 
 数秒の空白、カティアが口を挟もうとした瞬間にヤクモは「それでも」と続ける。

「それでも……。あんた等は俺の日常を犯そうとした、それだけで何かをする理由にはなる」
「なるほど。化物ないし我が国の兵による憎悪を甘んじて受け入れると」
「英霊だって、立場や思想が違えば化物だったんだ。なら俺が化物と見られるのと同じように、誰かの中では英霊に匹敵する英雄と言う認識にはなるかもしれない。そもそも……俺は、何の変化も無いままに終わるとも思ってないし」

 そう言って立ち上がろうとするが、彼は膝が激しく痛んで崩れ落ちてしまう。
 何事かと見るが外傷は無い。
 ただ……今までは存在しなかったふくよかな脂肪が腹に溜まっているのが分かった。
 それらがかつての自分のものだったと思い出して頭を振るが、再び見た時には消えうせていた。

「化物でいいさ、状態だっての。オタクの兵士は一人も殺しちゃ居ない。腹が減って、満足な睡眠が取れず、重傷にならないから後送されずに戦線復帰させられて、餓えたままにここまで来た訳だ。そりゃ恨まれもするさ。だがな、んなもん戦いだからお互い様だろ? あいつ等だって俺のことをどれだけ痛めつけたのか語りたいくらいだ」
「なるほど、開き直りか。それはそれで一つのやり方としては正しい」
「ねえ、ご主人様を虐めて楽しい? というか、本当にミラノ様となんの関係も無いの?」
「残念だが、私の知る範囲ではとしか言えないかねえ。いやはや、お役に立てないようで申し訳ない」

 カティアはヤクモが質問攻めにされたのを見て幾らか不快そうにした。
 だが、彼を閉じ込めている部屋そのものが彼への防護となっている以上、彼女としては手出しできなかった。

「けどご主人様、私も”少し”働きすぎじゃないかって思うの。何で色々な武器とか装備とかプリドゥに貰ったのに使わないの?」
「装備ってのは、誰にでも使えるって言う”デメリット”が有るから……使いたくないんだよ。俺がそれらの装具を使ってもっと簡単に、もっと容易く事態を抑えられたとして……絶対に、何か特別なんじゃないかって探りを入れる連中が出る。その時に、装備でしたってなったときに、或いは奪われたときに対処できるかなんて俺にもわからない。俺は、俺の使える装備だから安心できるんだよ」
「あ、そっか。今回みたいに、奪われたり脅されたりした時にいつも上手くいかないって事もあるか……」
「それに、こっちは最初から能力値でズルしてるんだ。相手が自分の人生や命を賭けて戦いを挑んできてるのに、鼻穿って屁ぇこいて、尻搔きながら状況をぶっ潰したらそれこそ馬鹿にしすぎだろ。ゲームも、人生も……ズルチートをしすぎたら、面白みはないんだから」

 そういえば、両手両脚で四キャラを操作していた主人公も居たなと彼は思い出す。
 けれども、憧れはしても到達は出来ない事も同じように思い出していた。
 理想と現実をすり合わせる能力が低すぎて、理想に傾倒しがちなのだから。
 あるいは、全てを敵にしてでも上手くやっていけるほどのヴィジョン作成が出来ないと、自認している。
 理想と、現実を礎にした夢はまた違う。
 そういう意味で、彼は何処までも夢想家だった。
 
「俺には相手が馬鹿げてると思えるほどに無双して、その後を上手くやれる自信は無い。もしそうするのなら、四十六時中核弾頭をも防げるパワーアーマーを着続けたまま、人里から離れて山奥でひっそりと暮らすしかない。俺はまだ人の中に居たい」
「難しいわね……。それか、要求レベルが高すぎるのか」
「さあ、どうだろう。けど、誰かや今を守りたいって思うことは、そんなに無謀で有っていい事じゃないと……思うけどね」

 オットーやカティアとの会話で幾らか落ち着きを見せるヤクモだが、その意識は半ばほど別次元へと飛んでいる。
 死を経験しすぎたせいか、幾度と無く”失敗した未来”が流れ込んでくるのだ。
 ユニオン国の侵攻に何もしなかった未来、アリアと一緒に逃げ出さなかった未来。
 プリドゥエンから貰った装備で大暴れした未来、最後の最後まで抵抗を続けられなかった未来……。
 英霊を頼ってしまった未来、だれも頼らなかった未来なども含めて、全てが見えている。
 そのどれもが、後悔と失望と絶望に溢れた光景だった。
 カティアに気付けをされてからも、半分現実と半分夢を行き来している。
 それが過労と睡眠不足から来るものなのか、或いは本当に未来なのかすらもはや曖昧になっている。
 あるいは、気が狂っていると考えた方が彼にとっては一番気楽だったかもしれない。

「君の言葉は大分大言壮語だけど、それが出来るのかも知れないね。けれども、ここにまで我々の部隊が来ていて、後は学園に入るだけだ」
「もう学園内部は全て一掃した。俺はヴィクトルを探してただけなんだ」
「ヴィクトル様……? まさか、居なかったとでも?」
「居なかったさ。じゃ無けりゃさっさとぶん殴って終わってる。アンタに話を聞かなくても直接締め上げて話を聞けば──そうだ、ミラノ」

 意識が曖昧で、再び起き上がるヤクモ。
 今度は膝が痛みはしなかったが、クスリと酒で無理やり動かしている身体が付き合いきれなくなっている。
 心臓が時折不定脈を打ち、胸が苦しくなる。
 自分の死因に関わるその痛みと苦しみとの付き合いが浅い分、彼は立ち止まらなければならなかった。

「……えい」

 胸を押さえて苦しむヤクモを、カティアは無理やり引き倒した。
 そして足を枕として差出し、彼を休ませる。

「カティア、休んでる場合じゃ……」
「聞いたわ。蘇っても、疲れとかは抜けないって。蘇生を何度も繰り返すうちに、完全には回復できなくなるって。今、ご主人様は大分疲れてるはず」
「けど、相手の大将を……ミラノを、早く見つけないと」
「ご主人様。逆に考えたら良いじゃない。その大将とミラノ様が一緒に居る可能性が高いのなら、たとえ都市を出たとしてもバイクで追いかけられるって。そもそも今回の目的が果たせないと知ったら、まずどうするか……ご主人様になら分かるはず」

 カティアの言葉に、急くばかりで実は空回っていたのだと理解する。
 そもそも手紙にはミラノを引き渡すとは書いてあったが、そもそも英雄殺しがユニオン国のヴィクトルと一緒である確証はないのだと。
 つまり逆だ、ヴィクトルからミラノを辿るのではなく、”ヴィクトルとミラノを辿れ”という事に気がついた。

 起こしかけた半身を再び倒し、幼いが故に肉付きがまだ豊満ではない彼女の足を枕にする。
 カティアはそんなご主人に苦笑して頭を撫でたが、髪の毛はワックスを塗ったように固まっていた。
 パリパリと何かが剥がれる音がして、それが血だったのだと理解した時には手にざらついた汗の結晶まで付着していた。

「少し、休む?」
「……眠れる気がしない。凄く眠くて、凄く疲れてるのに、やらなきゃいけない事が頭にこびりついてる。それに……頭が痛い」
「疲れてるから頭が痛むのよ」
「そうじゃ、ないんだ……」

 片目の赤眼の向こうで自分が失敗した光景が広がり続ける。
 体が痛いのは、頭が痛むのは寝てないのと疲れているからだと。
 それだけじゃなく、死に過ぎてるからだと遠まわしに伝えたのだ。
 
 そこまで時間が経過して、ようやくアーニャが教会へと戻ってきた。
 その時には半分寝落ちたヤクモがそこにいるだけで、オットーもそんな彼に痛ましさすら覚えている。

「彼様は……」
「寝そうなとこ。もう……一週間近く寝てないんだって。ずっと動き続けて、身体を休めてるときは情報整理と考えてる事が多くて、今ようやく一息吐けたところ……かしら」
「……正気とは思えません」
「あら、それを貴女が言うの? そもそも貴女が断じた正気じゃないと言う判断は、何処を基準点に行ったもの? 貴女が基準だったとして、貴女が転じて正気である保障にはならない。個人的な主観から来る善悪をまるで人類を背負ったかのように言うのは止めていただけるかしら? 一応、こんなでも、私のご主人様だから」
「失礼しました。だとしても、どんなに言い繕っても私には理解が及びません……」
「そんなの、私だって同じだし。けど、同じようにご主人様からしてみたら他人だって同じように理解の出来ないものじゃないかしら。理解したつもりにはなれても、今回みたいに理解できない事なんて……生きてれば有るって、ご主人様も言ってたし」
「──……、」
「理解できない事は否定しないけど、理解したつもりになる事と相手を否定しない事。それが大事なんじゃないかしら」

 カティアはヤクモをベースとした多少の知恵や知識はある。
 だが、元はといえば産まれて間もない子猫でしかないのだ。
 他猫ならぬ他人との関わり方すら知らない。
 自分に餌をくれる為に秋の寒空の下長々と付き合ってくれたのはヤクモしかいなかったのだ。
 今は多少の交友や関係は有っても、そのベースは全て彼から教わっている。

「私は……うん、他人って言う存在がそもそも理解できないし。チョクチョク聞いたり、言われたりしてるから。けどね、ご主人様の言うことはそう変じゃないと思うの。相手を否定して、気に入らないと言えば言うほど私も否定されるもの。けどね、相手を否定しないであげればあげるほど、私も否定されないでいられる。否定しない事から始めて、肯定できる事を肯定していけばいいんだ~って」
「そうれは──」
「だからね、私は貴女が余り好きじゃない。むしろ、嫌いな方かも。人のことを理解できない、正気じゃない、変だって言えてしまう貴女は」
「なっ!? 私がどれだけの事を──」

 アーニャは、ヤクモが無理できるのは裏で自分が頑張っているからだと言い掛けた。
 事実、そう言おうとした。
 だが、眩暈を覚えた彼女はそれ以降の言葉を吐き出せない。
 ゆっくりと長椅子へと腰掛けた彼女は、この世界の民が作った世界の創造主の像を見つめる。
 有り得ないほどに母性と美しさを備えているその像を見上げて、自分を比較して幾らか笑ってしまう。

「私が、なに?」
「いえ……」
「なんだか、辛そうに見えるけど」
「嫌いって言った方に、優しく出来るのですね」
「個人的な好悪と、人としての好悪もまた別だもの。個人的な好悪は無視出来るものだけど、人としての好悪はどうにも出来ないって言われたわ。個人的に相容れないものなんて、ただの趣向だとか。なら、私は貴女が嫌いかも知れないけど、気にかけない理由にはならないって事……だと思う」
「そういう事を貴女様に教えてるのですか」
「うん。まあ、色々」

 アーニャは二面性を垣間見ていた。
 けれども、暫くして様々な彼女の見てきた作品の中に出てきた”主人公”を思い出してしまう。
 そして、該当する言葉も見つかった。

 幸せな世界、平和な世界、何も起こらなかった世界。
 それを目指して、或いはその為に行動し続けるという事は理解できなくも無かった。
 だが、アーニャは『もしかすると、その光景や世界の中に彼自身が居ないのではないか』と言う危惧へと至る。
 それなら理解できるのだ、それなら納得がいくのだ。
 理想に己は無く、夢に他人が居ない。
 
 理想を押し付けて自分が去るか、理想を諦めて自己完結するか。
 平和に生きたいという願いですら遠く、夢には他人と上手くやるということすら高望みして斬り捨てる。
 狂気ではなく、ただただ諦観しきった一人の人物にしか過ぎないことに、アーニャは気付いてしまった。

「どうしたら……」

 どうしたら、幸せになれるのだろうか。
 どうしたら、満足いく第二の生を送れるのだろうか。
 どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら……。

 アーニャの中で、ぐるぐると思考が巡る。
 だが──それを追求することは出来ない。
 なぜなら、それを追求してしまうと宗教にまで口を出さなければならなくなるからだ。
 カティアがヤクモの目を閉ざしてやる。
 その動作ですらゆっくりと、刺激しないようにしなければならないくらいに彼は張り詰めていた。
 




  ──  ☆  ──

 泥仕合のような時間は暫く続いていたが、それが続けば続くほどに天候は悪化していく。

「……嫌な天気だ。うん、嫌な……天気だ」

 クラインはそう溢していた。
 空を見上げるも、暗雲で空は見えることが無い。
 しかもその雲の厚みは徐々に増すのに、雨が未だに降ってこないのだ。
 雷鳴が低くうねりながらも落ちることは無く、雲の中でゴロゴロと渦巻いている。
 ヤクモが睡眠不足と疲労から休息し、ひっそりとカティアに魔法で眠らされたくらいの頃であった。
 
 クラインが不思議そうに空を見ていたあたりで、戦闘にも変化が生じる。
 英霊による鎮圧行動も、ユニオン国による無謀な突撃も全てが沈黙し始めた。

「何だ……?」

 兵士の群れの中、幾らかボロボロになったアイアスが異変を察知する。
 それはほんの僅かな異変であり、それを知るものは殆ど居なかった。
 だが、英霊が立ち止まり行動を止めた事によって当事者になっている兵士たちのざわめきや騒ぎが他の兵士にも届くようになっていた。

「助けてくれ!」

 その一声が響いた時、英霊も兵士も関係無しに全ての場が闇に飲み込まれる。
 アイアスも兵士も、タケルもファムも関係なく突如として地面から滲み出てきたどす黒い液体に戦い所ではなくなってしまったからだ。
 
 英霊たちはそれぞれに「それ所じゃない」と判断し、城壁の上から見ているだけであったマリーやヘラも俯瞰する事でより状況を把握していた。
 どす黒い液体は舗装された道の隙間から滲み出て溢れ、そして膝の高さまで彼らを飲み込む。
 この場に居てはいけないと察知したものや、辛うじてそれらの液体から外れていたものは幸運であった。
 逆に逃れることが出来なかったものや、危機感に薄い者は不幸である。

 足元が地面であるにも拘らず、彼らは液体から生じた多数の手に絡め取られると、そのまま液体に沈んでしまったからだ。
 助けようとした者、或いは沈む相手に捕まれた者は連鎖して液体へと没していった。
 そうして兵士たちが百名以上飲み込まれた時になって学園の橋は下ろされ、落とし格子門はヘラによって物理的に持ち上げられていた。

「皆さん! 早く逃げて!」
「戦いは止め! ちゅーし! 死にたく無い奴から武器を持ってさっさと逃げろ!」

 ヘラが、マリーがそう言うのを聞いて、ユニオン国の兵士はようやく我に帰った。
 兵士たちが没したアタリで人の姿をした、黒い液体を纏った者が立ち上がる。
 仲間を、同期を、後輩を、部下を飲み込まれた兵士たちは逃げながら、或いは逃げ終えてから彼らを見る。
 だが、それらは人ではなかった。
 獣人を知るものは「彼らは獣人とはかけ離れた存在だった」と言う。
 獣人を知らぬものでも「あれは魔物だ」と言い切った。
 ユニオン国に現れる魔物とも違う、ヴィスコンティに現れる魔物とも違う。
 ツアル皇国や神聖フランツ帝国のとも違う、禍々しい魔物が大量に現れたのだ。

 兵士が一人、二人と学園内部に逃げ込んでいく。
 タケルやアイアス、ファムが出来る限り拾い上げて安全な場所へと避難させるが、それでも間に合わない。
 液体は徐々に都市を飲み込んでいくが、黒い液体から化物が生じるたびに収集していく。
 逃げ遅れた兵士が一人、その化物の前で転ぶ。
 すると、その時の音に反応して全ての化物の目が真紅に光った。
 その目の色を見て、好意的に見る者は居なかった。
 敵意や悪意、害意や憎悪と言うものを滲ませる様なものだったからだ。
 
「く、来るな! 来るなぁぁぁあああああッ!!!!!」

 逃げ遅れた兵士に化物は殺到したかと思うと、その兵士の姿は即座に化物たちに埋もれて消えた。
 そして高く宙へと舞い上げられたものがあり、それが学園側へと落下する。
 一度だけ地面で跳ねたそれは、今しがた逃げ遅れた兵士のものであった。
 それを見て、英霊と事を構えた上でまだ敵対しようと考える者は居なかった。
 学園所属の衛兵が跳ね橋を急いで上げ、ヘラが落とし講師門を閉ざすとマリーが声を張り上げる。

「呆けてんな! 敵が変わっただけで、アンタらの戦いは終わってない!」
「オラオラ、兵士どもはさっさと城門上からその武器で撃ち下ろせ。衛兵どもは弓を使え!」

 マリーとアイアスの声が響き、彼らは理解も状況の変化にも対応できずに居る。
 だが、それもケツを蹴られ背中を魔法で焦がされながら押し上げられると考えも変わる。
 学園が……学園だけが、先ほどの化物によって包囲されているからであった。
 
 覗きこむようにして身を乗り出した兵士は、いつの間にか城壁に張り付いて登ってきていた化物に引き摺り下ろされて化物の海へと沈む。
 沈んだ瞬間、まるで粉々になるかのようにその生命は終末を迎えていた。
 そこまで来てようやく、敵も味方も無くなったのだと兵士たちも英霊たちも理解した。
 先ほどまで手加減していた英霊たちも、全員が己の武器を召喚する。

「タケル! 先に捕えた学園内部の兵士たちもこっちに回すように言って来い! ファム、俺と一緒に行くぞ。ヘラは絶対にあいつ等を通すんじゃねぇ。マリーは登ってきた奴を確実に殺せ!」

 そう言ってから、アイアスは城壁から飛び降りた。
 先ほど兵士が落ちて血煙に変化したのを知っていながらの無謀さに周囲の連中は唖然としたが、アイアスは槍と魔法で焔を生じさせる。

「くぅぅうたぁぁばあぁあれぇぇぇえええええ!!!!!」

 獣のような方向、無秩序な群れ。
 その中に突っ込んだアイアスは槍ごと焔を周囲へとなぎ払った。
 思い切り振るった槍はその勢いにしなり、鞭のように薙がれたその一振りは化物たちをまるで障害と認識しないかのように破砕して行った。
 ただ、アイアスは化物を砕いても不愉快そうにしていた。
 打ち倒した化物から、まるで人のように内臓や血を撒き散らされるからだ。
 彼らが英霊となるまでに、そして英霊になったその瞬間までの相手は魔物だった。
 人を殺しているような錯覚を覚え、酷い嫌悪感がアイアスを貫く。

「まったく、単身だなんて勇気があるのか、それとも考え無しか……」

 そう言いながらタケルも同じようにアイアスの近くへと降り立っていた。
 着地の音に反応した化物たちがタケルへと殺到したが、彼は刀に手をかけて素早く腰を下ろして一回転した。
 そして兵士たちには抜いていないように見えた刀をカチリと納めると、化物たちはそれぞれに腹部や袈裟、首や顔面を真っ二つに切り裂かれた。
 
「テメェ、言った事は!」
「ヘラに任せてきた。勇敢な生徒たちも居るみたいだし、短時間なら大丈夫だよ」

 そう言ってからタケルもアイアスには動作のみが辛うじて見える刀さばきで化物を刻んでいった。
 だが、化物は倒した数よりも生じる数の方が多い。
 それでも、舗装された地面ごと破壊する破壊神も現れる。

「あははははははは!!!!!」

 普段の語尾も消え、凄惨な笑みを浮かべたままに背丈の倍以上ある大剣を振るうファム。
 彼女の大剣が振るわれるたびに化物どもが血煙と化す。
 アイアスやタケルよりも攻撃力に全振りした火力は人の姿でありながら人とは比べるべくも無い攻撃力を出す。
 魔法で攻撃力や威力を増しているアイアスや、魔法で技術的な補佐をする事で切断力を増しているタケルとも違う。
 二人に内臓や血が降り注ぎ、少しばかり呆気に取られている。

「……アイアス。君は感情的になりすぎる。俺が居なかったらファムの制御を誰がするのさ」
「う、ぐっ……」
「ただ、何をすべきか直ぐに押さえてくれたのは正直助かったよ。勢いでだけど、ユニオン国の兵士を巻き添えにして味方に付けられた訳だし」

 城壁の方から、疎らながらも魔弾が化物へと降り注いでいく。
 それを見てユニオン国の兵士が味方してくれているのをアイアスは理解する。

「俺は、敵陣を裂いて来る。北門も気になるし、君の思う時間の感覚で戻るのが遅いと思ったら北も敵だらけだったって思っといてよ」
「お、おい。ファムは──」
「連れてくよ。アイアスには止められないだろうし、君は止める勇気が無いだろうから」

 そう言ってタケルは、興奮して出現した彼女の”尻尾”を鷲掴みにした。
 次の瞬間「にゃぁぁぁああああッ!?」という悲鳴と共に、ファムから狂気が薄れた。

「痛ぁぁあああい! 何するにゃ!」
「北に行くよ。ここだけが戦場とは限らないし、威力偵察をするから手伝ってよ。俺だけじゃ流石にこの数じゃ疲れ果ててしまうから」
「にゃにゃ、それじゃあ行くにゃ!」

 タケルがファムを引きつれ、南門から去っていく。
 アイアスは暫くしてから「あれ、オレは一人か?」と思わないでもなかったが、そうではなかった。
 二人が抜けた穴を、マリーが面倒くさそうに魔法で埋めてくれたからだ。
 ただし、ファムよりも周辺への被害は大きかったが、効果的ではあった。

 だが、当然ながら学園側の戦力は低かった。
 ユニオン国の兵士たちは連日ヤクモとの遭遇戦や物資の焼き討ち等にあっていて、そもそもマガジンである魔石の備蓄が足りなくなっていた。
 打って出るには学園側の警備兵は少なく、中には守るべき生徒が沢山居た。
 アルバートやクラインと言った生徒たちも参加しているにはしていたが、そもそも”殺し合い”の経験が少なすぎて役に立っているとは到底言い難い。

 アイアスの耳に、遠くから悲鳴が響くのが聞こえた。
 学園に殺到していただけかと思ったが、幾らかは都市へと漏れていた。
 その結果市民が犠牲となり、犠牲となった分だけ化物が増えるという悪循環を呈している。

「ク、ッソ、がぁぁぁあああああッ!!!!!」

 アイアスは、己の”英霊”と言う肩書きを恥じた。
 魔物を相手にするだけなら幾らでも出来る、戦い続けることだけが彼の取り柄だった。
 だが、それは”犠牲を許容できない”と言う怒りを根底に抱いたものだったからだ。
 誰よりも弱いとされ、誰よりも感情的である彼にとっての英霊になれる素養はそれが大きい。
 犠牲を許せない、犠牲を強いた敵を許せない、それらを許容するしかなかった自分を許せない。
 怒りだけが、彼を突き動かした。
 
 だが、そうやって戦闘を続けていると即席の抗戦では穴が出来てしまう。
 タケルとファムは戻らず、ユニオン国の兵士から射撃武器の弾が無くなり、ヘラとマリーのみによって城壁到達を防いでいた有様だった。
 ヘラが汗を滲ませて、いつもの貼り付けた笑みも失いながら結界を維持するが、それももたない。
 城壁をよじ登り、結界に張り付いた化物がそれぞれに結界に腕を突っ込み、たとえ腕が消失しようが胴体を、頭を、足を突っ込んで通り抜ける。

「やめろっ、はなせっ!!!」

 そして、ヘラの結界を通り抜けた化物どもは城壁の上で殺戮を繰り広げる。
 辛うじて一般人よりも強いマリーですら、腕を、足を掴まれて拘束される。
 化物の口は大きく開き、彼女を丸呑みに……或いはそのまま半身を齧る勢いで彼女へと向かっていく。
 だが──。
 その化物が、マリーを食らうことは無かった。

「ふむ……。どうやら私の聞いた話とは違うようだ」
「ええ、どうやらそのようですね」

 学園側から化物を挟んで反対側に展開する連中が居た。
 マーガレットの父親である辺境伯とオルバがそこにおり、オルバは長い長い銃を構えている。
 かつてヤクモに銃を見せてもらい、ユニオン国での武器の話を聞いた上での新しい銃であった。
 それでマリーを食らおうとしていた化物を打ち、彼女を救っただけの話である。

「な、なんじゃ? これは……なんなのじゃ?」

 クラインが学園に居るからと、父親を説得して何とか自分も暫く見学しようとしていたヴィトリー。
 オルバと共に学園に久々に戻ってきたが、その学園が再び蹂躙されているのを見て顔を青ざめさせていた。

「ヴィトリー様。お下がりください。ここはどうやら死地故。面倒を見切れるとは思いませぬ」

 公爵は動けなかったが、その代わりに少数の兵士と共に辺境伯を学園へと遣わせた。
 本来であれば国内への監視役をする筈であったが、公爵が肩代わりして本国に残ったのである。
 辺境伯は薄ら笑いを浮かべながら、目の前の光景を見ていた。

「マリー。まった?」

 オルバの新銃による狙撃、そしてタイミングを見計らったロビンの突入で周囲の化物が一掃される。
 一本の矢が空に放たれると、それらは散って化物のみを頭上から綺麗に射抜いたのであった。
 そしてロビンとの再会にマリーは暫く思考に空白を生んだが、直ぐに我にかえる。

「おっそい!」
「ん。げんきげんき。で、ど~ゆ~こと?」
「知るか! 化物が出た! 今戦ってる! 危ない! それだけ!」
「ん、りょ~かい」

 マリーの説明になってない説明で理解したのか、ロビンは城壁から辺境伯を見る。
 そして、片手を上げるとそれをゆっくりと化物どもへと向ける。

「なるほど。どうやら状況と言うものが変わったらしい。くく……生きるという事は飽きを生じさせない」
「言ってる場合ではありませんよ。我々だけでも大分難しい状況かと」

 辺境伯は公爵の命令で少数で向かってきたが、それでも化物を鎮圧するには幾らか少なかった。
 むしろ半ば焼け石に水であり、それだけでは意味を持たなかったかもしれない。
 だが、彼らを救ったのはロビンの帰還でも、辺境伯の援護でも、ユニオン国の合流でもなかった。
 クラインが気に入らないと吐き捨てていた空の一部が解放され、そこからやってくる存在が居たからだ。

 天界、空の上に住まう者。
 国王などと言った上位の人物くらいしかまず会う事は無く、その存在は基本的に英霊に並んで神話や伝承のように語られていたものであった。
 だが、空からまるで神罰を下すかのように現れた白い羽を有する天使のような軍隊は、都市の状況を一瞥して人類へと加担した。

 天界の住人が居た、敵か味方かも分からない。
 そんな中で、化物へと攻撃して支援してくれる。
 英霊たちもユニオン国の兵士も、そうでないものも唖然としていた。
 だが、空から来た援軍が化物を一掃するのに助成してくれた。

 最後の化物が排除されたとき、空が文字通り”砕け”た。
 まるで今まで見ていた空が偽りだったかのように、亀裂が入りガラスのように砕けて落ちていく。 
 貼り付けられた偽りの空の向こうにはいつものように何気ない空が広がっていたが、それを見た時にはアイアスも兵士たちも関係無しに疲弊しきっていた。
 周囲には化物の痕跡は無い。
 ただ化物に飲み込まれた人の臓腑と、まるで溶かされたかのように骨だけを残して死体だけが残されていた。

「クソ、なんだってんだ……」

 アイアスは全てが終わった時にはそう溢していたが、それを知る者は居ない。





 そして、そんな出来事が有ったとはヤクモは欠片にも知らずに都市を出て行っていた。
 ヴィクトルが見切りをつけ、化物の登場と共に国へと帰っていたからだ。
 ただ、それを知ったのがカティアによって翌日まで眠らされ、起き抜けにプリドゥエンからの連絡が入った時であった。
 ほぼ丸一日の喪失、行き先をプリドゥエンと手分けしての捜索。
 彼らがヴィクトルとミラノの居場所を掴んだのは、実に四日が過ぎた後だった。
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