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10章 元自衛官、獣人の国でやり直す

百六十二話

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「お? なんでえなんでえ、奇遇だな!!!」
「ゾル?」

 宿で注文を終えた直後、ゾルが数名の取り巻きと共に現れる。
 自分らの姿を認識したゾルは笑みを浮かべて手を振り、こちらへと声をかけてきた。

「あ~、オメエらは適当に散れ。コイツはな、辺境の方で会った仲間だ」

 しっしと、傍に居た連中をゾルが追い払う。
 彼らは特に何も言う事無く「それじゃ、また!」と言って快活な態度で別れて行った。

「なんだ、こんな高そうな場所で泊まってたのか」
「ワンちゃんが泊まれて食事つきってのが中々無かったみたいでさ。出費は痛いけど、泊まれないわけじゃないし」
「ほぉん、そうか。必要経費ってヤツだな。ヘタな宿よか正解だ」
「高いけどな」
「気安く泊まりたいのなら等級をさっさと上げるんだな。んで、でっかい敵とやり合おうぜ? それに、6等級からは定期的に給付金が貰えたり、駆け出しには利用できなかった権利や機能を使えるようになるからな。さて、と。姉ちゃん! オレにも酒を頼むぜ!」

 ゾルはまるでそれが当たり前のようにすわり、注文する。
 苦笑していたマーガレットだが、彼女の表情を見てゾルは意地悪そうな顔をした。

「おっと、やっぱりお邪魔だったか?」
「いえ、ダイチ様からゾル様のことは伺っております。頼れる方で、色々と世話を焼いてくれたり一緒にお仕事をしてくれると言ってました。私は多くの事は知りませんが、是非ともどんなお仕事をされたのかを聞いてみたいです」
「とは言ってもよぉ? 育ちの良いオジョーチャンのお耳に入れて良い話かどうかは分からネーぜ? 血や死、浪漫の無い現実的なものばかりだ。それこそ、近しいヤツが死ぬとか、な」
「だとしても、それをお仕事にしているのなら、それを知らないで良いとは思いませんから。綺麗な所だけ、浪漫だけを聞いてもゾル様とお仕事を理解した事にはならないので。これからどんな縁になるかは分からないですけど、是非とも知っておきたいんです」

 少しばかり、マーガレットの返答にヒヤヒヤしていた。
 だが、その純粋な言葉にゾルは笑みを深くして彼女の肩を叩いた。

「いやいや、ボウっとしたダイチにゃ勿体無い彼女だな。えぇ? オイ!」
「か、彼女ってワケじゃ……」
「──……、」
「あ~、その返事は一番傷つくやつだ~」
「自分が不甲斐無いので返事を待ってもらっている身です!!!」
「カカ、そうだったのか。オジョーチャン、こういうのに限ってのらりくらりと踏ん切りがつかなくて、思いついた言い訳でその場しのぎを繰り返すんだ。だからな、普段から少し踏み込みすぎだと思うくらいが丁度いいのさ」
「そうなんですか?」
「ああ。狩りと同じだ」

 あの、ゾルさん?
 な~にをやっかいな事を吹き込んでるんですかね?
 自分の中では悪夢とは言え、洗脳されてたヘラの暴走の一件を思い出してしまう。
 あんなクッソ情けない出来事、二度と繰り返したくない……。

「そういうのは良いから、どんな活動したのかを聞きたいんだけどなあ」
「はは、ちげぇネェ。そうだな、どれを話すか……。竜の巣になっていた古の遺跡の話がいいか? それとも、大昔に難破した商船を住処にしていた悪魔の水棲生物の話もいいな。あとは、大地の裂け目の遥か下にあった古代都市に落下してそこから何十日もかけて生還した話しとか色々あるぞ」
「ど、どれも聞きたいな……」

 傭兵のお仕事と言うよりも冒険や探索の匂いの方がプンプンする。
 古の遺跡? 難破した商船? 地下にある古代都市?
 どれも面白そうなんですが!

「よし、それじゃあまずは竜の話しからしてやろうか。あれはな、ここからそう遠くない場所での話しだ。北上していったところだな。でっかい島と小さな島だらけの場所にソイツは居たんだよ。何時から有るのか分からないボロボロな橋を渡ってくとソイツはあったのさ」

 ゾルの話を聞いている途中で酒や料理が徐々に運ばれてくる。
 だが、自分は同時に何かをするというのが出来ないので、結果として話を聞くために酒しか飲めない。
 マーガレットも話を聞くときはあまり食事を進めるタイプではないらしく、結果として料理が冷めていってしまう。
 逆にテレサは器用なようで、相槌や何かを言う時以外は隙を見て食事を進めている。
 
「竜が暴れてぶち抜いた壁の向こうに、見た事の無いものが沢山あったんだよ。ただ、そこはスライムに占領されてたがな」
「へぇ~……」
「んで、まあ。竜が暴れて壁や天井は崩すわ、発見した場所は埋もれるわでサイテーだ。お互いに重傷で、次で決着って時に瓦礫に潰されて死んでやんの……。結局勝負は付かず仕舞い、あの時の事を今でも思い返して、次は勝つつもりではいるがな」
「その遺跡って、あんまり見れなかったかな? こう、なんか特長とか」
「オメェ探索者かなにかか? まあ、スゲェ変な場所だったなってのは覚えてる。洞窟の奥不覚だってのに明かりがあった。ただ、なんだか変な臭いがしてたのは覚えてるなぁ……」
「何時の話?」
「もう五年も前の話だ。言っとくが、あんな奥深くを掘り返そうだなんて思ってるヤツはイネェぞ?」
「……なら、手付かずって事か。それはいつか言ってみたいもんだなぁ……」
「オイオイ、ヒトの力でどう……ってそうか、魔法があるんだったな──。どうにかできるアテがあるって事だろうな?」
「無いわけじゃないけど、だいぶ時間かかると思う。どう崩壊、崩落したのか知らないし。ヘタに採掘や掘削なんてしたら二次被害、三次被害ってのも……」
「あぁ、難しい話はマッピラごめんだ。オマエさんの魔法は間近で見てて、今まで見てきた連中とはどっか違うってのは分かった。攻撃だとか、回復だとか、そういう程度の話じゃないからな。だが、ま。オマエさんと一緒に居りゃ、もっと面白いんだろうってのは理解できる。いつか本当に埋もれた古代の遺跡を掘り返せるかもな」

 それも、地下シェルターなどの類なのだろうか。
 それとも、起伏を利用した地上階?
 色々と考えては見るけれども、知識に乏しい頭では「何がどうなった場合、あるいはどのような条件下で崩落や崩壊が引き起こされるのか」なんて分かるはずも無かった。

「さて、二つ目だ。昔、幾らか魔物が大人しかった頃は海上貿易も幾らか盛んだった。船で遠出したり、あるいは時間がかかっても大量の人手や物資を運べるって事でな。だが、魔物が再び大暴れしだして、海上貿易が金のかかる物になっちまったときに魔物に絡まれ、座礁して、そのまま全てを残したままに乗組員は死体も残さずに消えたと言う話だ。今でも誰も近づかネーし、天気の良い日には遠くに見えるが、霧の日には誰も近寄りゃしねえ場所だ」
「……全てを残した、って言ってるのに?」
「ああ、そうだ。今でも時折あそこで残された財産で一獲千金を狙う連中が徒党を組んで行くが、今の所誰一人として帰ってきた物は居ない」
「それはおかしくないか? じゃあ何でゾルはここにいるんだ?」
「まあ、落ち着けよキョーダイ。オレが初めての生還者なんだよ。それと、最後の生還者でもあるがな。穴から潜り込んだ魔物が巣食っていて、骨も残さずに生物を喰らうという変なブヨブヨしたウミウシみたいなのが居たんだよ。んで、殴っても滑るわ、切るのも刺すのも効きゃしネェ。そこで俺は何度か部屋に隠れてやり過ごしながら、図体のでかい連中をどうやって倒すかを考えに考えたね」
「どうやったんだ?」
「なんてこたぁない。座礁した船そのものをヤツラの墓場にしてやったんだよ。油はまだ残っててな、幸いな事に死んでった連中の装備だけは溶かされずに残ってた。魔術書スクロールって知ってっか? オレらのような魔法の使えないヤツでも、封を切って開く事で一回こっきり魔法が使えると言うシロモンだ。船の下から燃え盛ってくのを飛び込んだ海から見たときは爽快だったゼ? 海岸にまで泳いで逃れた時にはヤツラの悲鳴と、焼けながら踊り来るって船から落ちていくのも見えた。まあ、あとでコッテリ叱られたけどな」
「なんで?」
「残された財産、財宝ってのがホントだったからさ。流石に食いモンとかはダメになってたが、金銀銅貨が箱詰めされてたり、倉庫に保管されてたからな。それと、武器、装具、衣類、絹とかの材料もな。きっとツアル皇国との貿易に使ってたんだろうな、あ~もったいネェ」
「流石に燃えたよな……」
「もう残骸も残っちゃネェな」
「……そりゃ残念」

 地下シェルターは山奥で埋もれて、かつて難破して乗組員の消滅した船は焼け落ちた。
 どちらも歴史に埋もれた物として価値はあっただろうに、まったくもって惜しい。

「なんだぁ? 大地。オメェ、もしかしてそういった遺跡が好きなのか?」
「子供の頃から……そういった話を聞いたり、本を読んだりしてたんだ。遠い場所でのお話しとか、本で読んでいると冗談じゃないかと思えるような事が、大人になってくると本当だったと知った時はやっぱり驚いたよ。それに、当時の連中は死んで、その遺跡の意味も多くは失われただろうけど、大事にされてるだけ凄いなってさ」
「そうかぁ? 滅べば、絶えればそれまでだろ」
「それは否定しないよ。けど、滅んだり絶えたりしたとしても、遠い未来で発掘され、検証され、何をしていたのか考察される。時には悪魔や神の宿る避けるべき場所として、時には祝福され災厄から逃れられるとして。後世では色々言われるかもしれないけど、当時のヒトが信仰していた事柄とかも絡んでくる。今こうやって踏みしめてる場所だって、かつては……沢山のヒトが縄張り争いをした戦場だったかもしれない、そういった必死な時や正義や神の名の下に争った連中も、時が流れれば希薄になり、忘れ去られる。そういうのが、なんだか好きなんだよ」
「よく分かんネェな。ツアルの連中もそういった”ワビサビ”見たいな事言ってたけどよ。死んだら、おしまいじゃね?」
「それは違うぞ? 死んだとしても、思いや何かを託せるからこそ前を向いて……生きて、いけるん──だろ?」

 言っていてから、ドクリと心臓が一瞬だけ止まったのを感じた。
 それは病や身体的な不具合ではない、気づきたくない事を気づいてしまったショックから来る物だ。
 自分は、何を誰に託せたのだろうかと。
 死ぬから無になるのではなく、繋がりを……何かを託せる相手が居ないから無になるのだと。

 当事者が居なくなったとしても、ピラミッドや水晶の髑髏、兵馬俑の意味や価値が変わるわけじゃない。
 彼らは残す事に成功しているのだ。
 存在していた事を、その証を……世界に。

 嫌な事を考えてしまったと被りを振ったが、また一つ考え事が出来てしまった。
 無になりたくないのに、無にならないための努力をしていないと。

「ゾル。例えばさ、仲間や連れ添った相棒とかが死に際に何か託すかもしれないだろ? 確かに、死んだら終わりだ。けどさ、それは残される側の理屈であって、残していく側の理屈じゃないんだよ。ヒトは、永遠じゃない。争い、病、事故、寿命……それらで死に行く時に、少しでも心穏やかで居たいからそうするんだ。まあ、それが出来ないヤツも居るんだけどさ」
「──まあ、キョーダイ。一つ聞かせてくれ。例えば自分自身がそうなったとして、オマエさんはそれをどう解消する?」
「先に遺書を作っておく。一つは自分の住んでいる場所に、もう一つは自分の傍に。死体になっても書き残した物を誰かが見つければ弔ってくれるだろうし、それが出来なくても身元さえ分かればそっちから辿れる」
「おいおい、縁起ワリィな。なんで死ぬことをそんなに考えてるんだよ」
「兵士だったからさ。何時戦いになるか分からないし、どう死ぬかなんて選べない。だったら、余裕のあるときに、定期的にそうやっておけば最後の瞬間は『そっか』って諦められる、だろ?」
「──……、」

 じぃ、と。
 テレサが、酔いながらも普段の酔いどれの表情を見せずに自分を見つめていた。
 自分で口にしながら、気づいてしまうと「全部自分の事」である事実に堪えられなくなってくる。
 咳払いをして、思考を一度切り捨てた。

「死ぬ時を選べない、か。それでいいのか? キョーダイ」
「世の中、絶対なんか無いしなあ。寿命なんて目に見えないし、病なんて気にかけててもかかるわけだし。魔物だって何時どこからやってくるか分からないし、ヒトの中で生きてれば知らず知らずのうちに恨みや顰蹙を買う事だってある。毎日、僅かな積み重ねが自分の中に積み重なっていって、それが溢れた時……ヒトは死ぬんだと思う。多少は自分で気をつけることは出来てもね」
「──そうか。とと、話し込んで悪かったな。ジョーチャンも、話をマジに聞いてくれて悪い。飯冷めちまっただろ?」
「いえ、私は大丈夫です。それに、ゾル様のお話を聞いているダイチ様が、前のように生き生きとした顔を見せて下さいましたから。私はそれだけでもお腹いっぱい、胸いっぱいです」
「昔のキョーダイ?」
「昔のダイチ様はもうちょっと、自信がありました。大人しいのは変わりませんけど、それでも軸や芯になるものを自分の中にちゃあんと持ってたんです。それに……表情や顔つきも輝いて見えて、私は……それを見ているだけでも幸せでしたから」
「カァーッ!!! 胸焼けする話をありがとなぁ! ワリィ! 酒もう一杯!!!」
「私も、もう一杯貰おうかしら。なんかお酒を沢山飲みたい気分なの」

 テレサとゾルが酒をお代わりし、自分はニコニコ顔のマーガレットからギギギと首ごと目を背ける。
 彼女がまぶしすぎて、白目を剥いて溜息を吐いたり現実逃避をしたくなる。
 
「最後の一つを聞かせてくれよ。地下都市とか、ワクワクしなきゃ嘘だ」
「ちげえネェ。そうだな、あれはちょっとした仕事の最中だった。誰も自分らの足元が崩れるなんて想像した事がネェだろうな。大きな魔物が居て、ヤツラは遠吠えで仲間を呼びやがった。それでも戦っているうちに何かがギシギシと悲鳴を上げてるのが聞こえた。もちろん、誰一人としてそれが何か知らなかったけどな。んでよ、気がつけば全員崩れた地面に飲み込まれて、魔物もオレも仲間も遠い穴の先に見える”天上”と空を見ながら落ちて行った。その中で生き残りは二人いて、オレの近くに居たソイツラはついてた。あとは……まあ、潰れて拉げてやがったが」
「──……、」
「んで、スゲェとしか言いようが無かったな。石で出来た家なんだが、それが継ぎ目が全く見えやしネェ。それに硝子もふんだんに使ってやがって、まるでそれが当たり前のような場所だった。地下ってのはもっと暗くて、臭い場所だったはずだが……ソコだけは綺麗だった。いや、”綺麗過ぎた”な」
「よく無事だったな」
「城よりも大きな建物がゴロゴロしてやがったんだよ。その屋根の上……水を溜めてる容器に落ちたんだ。ただ、一人は跳ねて背骨を、もう一人は足を貫通してうかつには動けなかった。それに、地上に出る方法もわかりゃしネェ……。だが、ありやがったのさ」
「何が?」
「運があったってこった。ワケの分からネェ機械人形ども、それに沢山の骨……。機械人形どもに襲われ、隠れながらも移動し続け、怪我を癒し続けた。驚いたのは、あそこにゃ新鮮な食いモンが並んでたって所だ。ありゃ機械人形どもの楽園だったんだろうな。色々失敬させて貰いながら移動していたら、大きな空間があった。それと……上を指し示すナニカがな。ありゃ勘でしかなかったが、床が丸ごと動いてオレたちを地上へと押し戻してくれた。今でも分かりゃしネェが、地獄ってヤツを先に味わった気分だったぜ」
「なるほど……」

 地下シェルターではなく、地下をくりぬいて都市を作った場所もあったのか。
 ただ、時代の経過や地盤の変化、天上部分の劣化等々を想定していなかったのだろう。
 その結果、その真上で戦闘を繰り広げていたゾル達が崩落に巻き込まれた、と。

 ──……、

「てか、ゾル。崩落や崩壊によく巻き込まれる奴だな。船も洞窟も地面も全部崩れてるじゃないか」
「はは、どうやらそういう風が背中でも押してるんだろ。だからこそ家を出たんだが……」
「そういう事も有るさ。というか、アレか。家があるのに傭兵やってて戻らないのは、そういうのを気にしてるのか?」
「ん? まあ、そういうのもあるな。家に居るのも若干飽き飽きしてた所で、刺激も足りゃしネェ。それに……オマエは知らないだろうが、この国では英霊ファムを信仰してる。巨大な剣を操り、一人で沢山の敵を屠ったというな。その伝説を、追いかけたかったんだよ」
「……なるほどなあ」
「やけに素直に聞くんだな。ここは笑うとこだぞ」
「けど、そのために自分を賭けてるんだろ? 他人が大事にしてる物を一々笑う必要は無いだろ。自分にはなんら危害や不利益は無し、それを一々突いて回るのは子供のするこった」
「──だな」

 ゾルはニヤリと笑う。
 まあ、最近じゃLGBTだので大分騒がしかったからなあ。
 映画の台詞じゃないけど、基本的に「ゲイだろうがバイだろうが構いやしない。それを押し付けなけりゃな」というスタンスで居る。
 ツイッターでも大分論客や論議もチラホラと見ることが出来て、時折焚書や平和を標榜しながらも独裁的な思想を持つ連中も居る。
 そういうのを眺めていくと、自分というのがいい具合に薄まってきて「あ、コレくらいで良いや」と角が取れてくる。
 右派も左派も関係ないように、男女平等の根底は理解できるように。

「まあ、近いうちに闘技場も開かれるからな。それがいまじゃ待ち遠しいね」
「たしか、身分回復だっけか」
「それだけじゃネェぞ? 普通に力試しで参加する事もあるからな。それはそれ、これはこれで別けてんのよ。年に四度開催されて、それこそ単なる腕試しから命を削る殺し合いもある」
「……ゾルは、参加するのか?」
「そのつもりは無かったが……、今年は面白くなりそうだからな、出るのさ」
「それで、強さを証明するのか」
「──昔、守りたかった奴が居たんだよ。だが、ガキにゃ出来る事なんて何もネェ。気がつけば親父に死んだとか抜かされて、弱い自分が嫌で、人間の小ざかしさに負け続けるのも癪だったんでな。家を出て、旅をしてるのさ。だが、弱ぇ自分ってのは、勝っても勝っても追いかけてきやがる。それが振り払えるまでは、戦い続けなきゃなんねえ。だから、等級も上げて、戦い続けるのさ。いつか、救えなかった自分が消えるまでな」
「そっか……」

 ゾルは言い終えてから、自分が何を言っているのか気づいたようであった。
 髪をワシワシと掻くと、酒を一息で飲み込む。

「いや、何言ってるんだろうな。久しぶりにこんな話をしたぜ。オマエは不思議な奴だな。えぇ? キョーダイ」
「……そうじゃないさ。ゾルが言っても良いと思えるくらいに信じてくれたって事だろ? それに見合う事をしてきたかは分からないけど、ありがとな」
「おいおい、こういうときはオレが感謝すべきだろ。なのに、なんでオマエが感謝してんだ?」
「──ヒト付き合いが苦手なんだよ。自分が他人に好意を抱くことはあっても、他人からのは言って貰わなきゃ分からないからさ」

 いや、言って貰っても……それが性根の物からかは分からない。


 ── 必死に生きているヒトの傍で、ふざけた事しないでよ!!! ──

 あの時叩かれた右手が、今でも痛む気がした。
 ミラノは、自分を大事にしろといった。
 けど、彼女を含めた全てを守りたかった。
 そのために”必死で、真面目に”全てを行なってきた。
 なのに……。

「ま、お互いスネに傷があるもの同志ってワケだな」
「そう、なるのかな?」
「綺麗なカワイコちゃんが追っかけてくるくらいなんだ、それでも出てこなきゃいけない理由があったんだろ。違うか?」
「……偉いヒトが間違った事をしたから、ついカッとなって剣を向けちゃったんだよ。それで、今の所お咎めは無いみたいだけど、不義理を……裏切り行為を働いちまったんだ。それに、主人にも嫌われて……居られなかった」
「主人? ナニしてやがったんだよ」
「付き人。それも、ちょっとしたお偉いさんの娘さんのさ」
「ダイチが? にっあわネェなあ!!! 第一、付き人ったってなんのだよ」
「荷物持ち、話し相手、怒ったり不愉快そうにしてたら宥めたり、ちょっと頑張って威容を見せ付けたり……」
「ダイチ様はあちらでは大分頑張ってたんですよ? 英霊の方々とも親しげにしてましたし、魔法について話し合ったり、戦い方を教わったりもしてました」
「英霊ね。眉唾モンだと思ってたけど、人間連中はかつての英雄を奴隷のようにしてなにがしたいんだか。だが、そうは見えネェなあ」
「一時の誤りか、あるいは……何かの間違いだったんだよ。失敗だらけの人生なんだ、少しうまくいったかもしれないけど、それが当たり前じゃなかったってだけの話だろうし」
「うまくいく保障なんてドコにもネェよ。今のオレの話を聞いたか? 洞窟は崩れて埋もれる、船ごとお宝はパー、地下都市はまた崩れるかもしれないから封鎖だ。そう、アンだけ色々あったのにだ。だが、オレはオマエの話を信じるぜ? キョーダイ。少なくとも、等級に見合わず肝が据わってるってのと、戦いの場でもほぼほぼ変わらないまま行動が出来るってのはそうそう身につかない。見知らぬ相手と組んだ即席となりゃ、新人は口数が多くなるか、緊張でどうしようもなくなる。だが、魔物を順序だてて抑え込んで、倒すのにも無駄に力んだりしてなかった。大したヤツだよ、オマエは」
「……そうかな?」
「オレの等級を忘れたか? 流石に1等級とかの連中がなんて言うかは分からネェが、オレから見りゃ十分見応えはある。魔法が使えて、それだけじゃなくて武器を使って戦う事もできる。そんなヤツが仲間とか、心強ェじゃネェの」
「それに、ダイチ様は野営とか料理とかも得意ですから。そういった支えの部分でも頼れます」

 それは、どうかな。
 ただ、天幕を簡単に設営できて、さらには石油ストーブで暖も取れる。
 簡易ベッドで雑魚寝せずに済み、寝袋でぬくぬく出来る上に明かりも幾らか漏らさずに済む。
 けれども、それは自分の成果ではなく、道具の使い方を知っていて道具を保有しているのが自分だったからと言うだけに過ぎない。
 銃と同じで、誰にでも出来る事なのだから。

「──そういや、ダイチ。なんでこっちに来たんだ? 首都に来るなんて、自ら敵中に飛び込むようなモンだろ?」
「まあ、そうなんだろうけどさ。もしかしたら……ってのもあってさ」
「もしかしたら?」
「襲撃を仕掛けてきてる連中の親玉が、ひょっとしたら対話をする気になるかもしれないっていう、瑣末な願望」
「オマエなあ……」
「まあ、あとは……どういう奴か、少しでも知れたらなって思ったんだよ。相手を知らないでいるよりかは、知っている方がやりやすいからさ。そうだ、ゾルは……この国の王子ってのを知らないかな? そいつと話が出来れば、敵対するにしても手打ちにするにしても曖昧じゃなくて済むんだ」
「まあ、知ってるには知ってるけどよ。だが、ヤツには取り巻きがごまんと居る。ヤッコさんがその気だったとしても、周囲を黙らせられるとは限らネェんじゃネェか?」
「そんなの、上に立つ立場が周囲に圧されるってどんなバカだよ……」
「バカ、ねぇ……」
「上に立つものが最終的な決定権とその責を負うなんて、古今東西決まりきった話だ。当人が争いを選択するにしても、手打ちを選択するにしてもそれが周囲の声に翻弄されてなされたものなら意味が無い。後々問題になって、手の平を返されかねないのは目に見えてる。だから、当人が周囲を説得するか、それこそ身分や地位からくる責任を持って決定する。それが上に立つヤツのやり方だろ」

 違うだろうかと、言ってから心臓が恐怖に震えた。
 自分は、人の上に立つものとしても、下で付き従う者としてもやってはならない事をしている。
 カティアの事を一方的に丸投げし、付き人なのに勝手に離脱してしまった。
 今はトウカ達を放置して逃げ出し、何をとっても駄目な人間である。

「──そう簡単にいくもんかよ」
「まあ、王子の事情や都合なんて知らないからなあ。同じように、あっちもこっちの事情なんて知らないんだろうけどさ」
「だろうな」
「というかゾルは王子について何か知ってそうだな」
「長年居りゃ、それなりに分かる事もあるさ」
「教えてくれるかな?」
「そうだな……。王子は武闘派で、闘技場をいつも楽しみにしてるヤツだな。んで、本人もそれなりに場数を踏んでるヤツだ。それが強いもんだからヒトが群れる、その結果テメエの考えとは別に、周囲に群がる連中に振り回されて、疲れ果てたようなヤツだ」
「──なんか、そう聞くとちょっと同情するな」
「なんで同情なんかスンだよ」
「ヒトが群れると、当人の意思や声がかき消される事があるってのを知ってるからさ。んで、実力主義で弱肉強食、そんななかで強さを示してヒトが群れてきて首が絞まるってのは、かわいそうだなって思わないでもない」
「どうだかな。さっきキョーダイが言ったように、自己決定が出来ないだけかも知んネェぜ?」
「だとしても、それは自分の周囲に集った連中が慕ってついて来た連中で、悪く言えば強制させられる間柄というには難しい関係だからだろ? あるいは、遠慮や配慮してるからとも言えるかも知れないが……となると、取り巻きが襲撃を率先してんのか?」
「そういう可能性も有るだろうが、それを王子が許すと思うか?」
「許さなくても、自分の考えを押し通せないのならどっちに転んでも黙認せざるを得ないだろ。相手を否定する事も、自分を肯定させる事もできないんだからさ」

 優しすぎたり、他人の顔色を伺いすぎるヤツはヒトの上に立つに向かないと言う。
 班長と副班長、小隊陸曹に小隊長に至るまで自分は言われてきた。
 立場が、年季が、経験が勝ってきたらたとえ不平や不満が溢れようとも時には”無理強い”しなければならないと。
 なぜなら、命のやり取りが商売だ。
 そのなかでなあなあで済ませてはならない場面が少なからずある。
 たとえ嫌われようが、”命令”しなければならないと教わってきた。
 幸い……後輩たちはいい子ばかりだった、だから最後まで仲良くやってこられた。

「まるで、経験した事があるみたいだな」
「まあ、数年ほど兵士をやってたからね。その時の経験と教訓だよ。たとえその時は嫌われても、その先を見据えてお互いに良い結果を導いてやらなきゃいけないんだからさ。甘やかした結果、死ぬのが自分だけならまだ許せる。けど、部下や部隊の皆、守るべき相手を巻き添えにするのは……ダメだ」
「──なるほどな。オマエさんの考え、篤と承ったぜ。とりあえず、この話はまた今度にしようや。酒、それと飯だ」
「違いない」

 お互いに酒を頼み、飯を食らう。
 ゾルは「それじゃ、ここはオレさまが持つぜ!」と言って、太っ腹な提案をしてくれた。
 その後も飯を食い、酒を飲む。

「でヨォ。用を済ませてたら蛇が出てきて、イチモツを見て止ってやんの。おう、やんのかテメエって下でにらみ続けてやったらヤッコさん、文字通り尻尾巻いて逃げやがった」
「だっはっは!? それ本当かよ!」
「おうよ! だがな、この話には続きがある。蛇に気を取られてたオレは、後ろから来る犬っころに気づかネェで縄張りを示しちまったのさ。そしたら噛まれて、腸詰めかなにかと勘違いしてんじゃネェのかってキレちまったね! 玉は腫れるわ、服に引っ掛けるわ碌な事がネェ。用を足す時には周囲に気をつけろって、7等級の時に学んだのさ!」

 ゾルが色々な失敗から来る昔話をしてくれて、それを肴に酒を飲む。
 次第に口にするものが酒だけになり、マーガレットは匂いに負けてうつらうつらと船をこぎ始めた。
 それを見かねたテレサも、飲みすぎたことを理由に部屋へと引き上げていく。
 昼だったはずが、既に三時も過ぎてしまった。
 視界の隅っこに、泥酔状態だという状態異常の表示が示された。
 どうやら、飲みすぎたようだ。

「いや、ゾル。ごめんな? 奢りとは言え、少々飲みすぎたみたいだ」
「あ~、だな。だが、最後に一杯だけ……良いだろ?」
「けどな……」
「それに、こうやって男二人ってのもそうそう無いんだ。次にいつ会えるかはお互いの都合次第だ。だから、最後に乾杯しとこうぜ?」
「……それも悪くないな」

 別れの挨拶ではないが、景気づけとかこれからの進展を祝ってとか……。
 そういった理由付けされた対等な酒にはどうしても弱い。
 同期が家に押しかけてきたときだって、そうやってよくしこたま飲まされてたもんだ。
 
 ゾルがフラフラとしながら酒を取りに行き、こっちは飲みかけの酒を飲み干した。
 飲みまくると小として分解・放出が行なわれ、腹に溜まる前に消えていってしまう。
 高くつくだろうなと思いながら、ゾルが持ってきた酒を受け取る。

「それじゃあ、キョーダイ。これからのオマエさんに乾杯だ!」
「有難うな、ゾル。ならこっちも、ゾルのこれからに乾杯ぁ!!!」
「「乾杯!!!」」

 杯を重ね、酒を飲む。
 そして酔いすぎて遠のく意識と、ゾルが支えてくれるのを感じ取った。

「とと、気をつけろよ? どうした、歩けないか?」
「……久しぶりに、美味しい酒だった」
「いつも飲んでなかったか?」
「あれは、酒を楽しんでるんじゃない。悲しみを紛らわせるためだけに、全てを泥に沈めるために飲んでた、だけなんだ……」
「いつか、いい事があるって」
「そうだと、いいなぁ……」

 机に突っ伏して、グルグルと瞼の裏で世界が回るのを感じた。
 そして自分自身が、酷い酔いと睡魔に飲まれているのを自覚しながら、まあ良いかと眠りにつく。









 それが、過ちだなんて事は、ついぞ思いもしなかった。

 ~ ☆ ~

 痛む頭、二日酔いだと思えるくらいに酷く吐き気もする。
 それどころか身体も痛むし、喉も渇いた。

「水……」

 ボヤキながら喉に触れ、ソコに違和感を覚えた。
 なにかが首に巻きついているのだ。
 これはなんだ?
 そもそも、ここは……ドコなんだ?

 薄暗い場所、かび臭さを感じさせる部屋。
 そんな中で、自分は床に転がされていた。
 起き上がろうとして、両足が縛られているのも気づく。
 これ、囚われ?

「起きたか、キョーダイ」
「ゾ、る……」

 声を出そうとしても、少し食い込んだ巻きつく何かと酒で焼けた喉。
 少しずつ眼が暗さに慣れて行き、周囲が見渡せるようになる。
 そこには、決して少なくは無い人数の獣人たちが居た。

「ゾル。なんだよ、これ。笑えねえよ……」
「悪いな。だが、決まったんだ」
「決まった、って?」
「オマエさんをどうすべきか、ってな。闘技場に放り込んで、最後まで生き残る事が出来たら、ここに居る連中全員が許しても良いってな」

 そう言われてから、周囲の連中の表情が怒りや憎悪に塗りたくられているのを理解した。
 それに怯える……と、いう事は無かった。
 期待や頼られる事を恐れてきた自分が、敵意や悪意、害意の方が慣れているというのも不思議な話だ。

「……そう、王子が言ったのか」
「──そうだ。勝ち残って、勝ち上がって名誉を回復したら許すとな。だが、王子は追加条件をつけてるが、きくか?」
「聞くしか、ないだろ?」
「条件は無制限、命のやり取りすら視野に入れた勝負を望んでる。そこでオマエさんが勝てば、結果を問わずこれ以上手出しはさせない。今後ろにいる連中が納得しなくても、王子の名の下に黙らせるってな。……あぁ、遅くなった。オレさまがオマエさんの言ってた王子ってヤツだ。ゾルザル王子、族長の息子だ。──ヨロシクな」
「うそだろ……?」
「ホントさ」
「──犬にチ○コ噛まれた奴が、王子?」
「それを今持ち出すんじゃネェよ!!! ってか、もうちょっと驚いても良いだろ!?」
「いや、だって……。戦って、勝ち抜ければとりあえずは良いんだろ? それに、ゾルと戦わなくても一部の連中が不満を持って勝手に攻撃してくるってだけだし、逆を言えば……捕まってる間は無事なわけだろ?」
「キョーダイ、それはちと落ち着きすぎじゃんよ……」
「いや、だってなあ。自分の命だけが乗っかってるんだし、あとは実際に戦って勝つか負けるかしかないわけだろ? 今更特訓や訓練をした所で意味無いしなあ……」

 悪あがきする意味が無いのだ。
 座り込みながら、足を縛っている縄に手をかけて魔法で焔を出す。
 縄だけを焼く事で脆くし、適度な所で引きちぎった。
 ただ、首に手をかけたところでゾルが待ったをかける。

「おっと、首のソレを外すのは止めといた方が良いゼ? 首から上が吹っ飛ばされたくなけりゃな」
「おい、奴隷かよ……」
「ヴィスコンティのバカが作った特別性だよ。条件をつけたりして行動を制限する事も出来るンでな」
「って事は、危害を加えようとしたり逃げようとすれば……」
「ボン! だな。どうだ、ビビッただろ」
「いや、別に?」
「別にだぁ!?」

 そもそも、俺は死なないし……。
 アーニャが倒れてる今はどうか分からないけど、あえて爆発させてしまえばもう縛り付けるものは何もなくなってしまう。
 
「だって、闘うしかないんだろ? なら逃げもしないし、危害を加えたらゾルの取り巻きが黙っちゃ居ない。これで解決するって言うのなら、だまって闘技場に参加するしか……ないだろ」
「ほう。それは諦めか? それともヨユーってヤツか?」
「……何時だって、俺は諦めてるよ」

 大きく溜息を吐いた。
 今回も、神様は俺の事を見てはくれなかった。
 いや……違う、俺が神様を裏切ってるんだ。
 信神深くあれとは言ってない、ただ……悪い事があったときだけ神様のせいにするな。
 俺だ、俺が悪いんだ……。

「で、ゾルさん。試合まで好きにしていいんですよね?」
「あ゛?」
「だって、こいつは得たいの知れねぇ人間だ。しかも同族を殺した! 少しくらい遊んだってバチはあたらんでしょ?」

 まあ、そうなるよな。
 甚振られ、舐られ、消耗した先で試合をさせられるのは分かりきってる。
 つまり、こいつらは最初から勝たせるつもりなんて無いのだ。



 ……そう、思っていた。

「おい、オマエ。それはオレさまに、この国の歴史と誇りに泥を塗れって言ってンのか?」

 だが、ゾルは……違った。
 彼は胸倉を掴み、いった奴に凄んでいる。

「テメエら、今まで襲っておきながら一度でも成功したか? 前回は何人送り出して、何人負かされたよ?」
「け、けど。あの時は仲間が居たから……」
「じゃあここに居るテメエらでヤってみるか? 悪いがな、オレには全員ノされる展開しか見えネェんだよ」
「まさか……」
「この中で”ニオイ”が変わったのが分かったヤツはいるか? 居ネェだろうが。ツアル皇国モノノフ、ヴィスコンティの騎士、ユニオン国の兵士、フランツ帝国の聖騎士。コイツは、腹が据わったぞ。遊び半分で手ェ出せば、食われるのはコッチだ。あとよ、オメエら……テメエで誇りを穢すんじゃネェよ!!!」

 一喝というよりも、吼えるという表現が似合うような怒声だった。
 だが、毛並みが逆立ち、相手は金縛りにあったように動かなくなる。
 ゾルが手を離すと、ぐんにゃりと軟体動物のように崩れ落ちた。

「良いかテメエらァ! 闘技場で闘うって事はな、コイツにとって人間である以上既に不利なんだよ! 生き残れば許すつってんだ、そのオレの決定を踏み躙ンじゃネェ!!!」

 ゾルの意図が、よく分からなかった。
 睨み付けると「行け」と顎で促す。
 全員が、唾でも吐き捨てるような表情で睨み付けてから去っていく。
 最後に、ゾルだけが残された。

「お前、何がしたいんだよ」
「気が変わったのさ。人間が同胞を殺したと聞いたときは、オレも同じ気持ちだったさ。だが、追いかけてみれば……話を聞いてみれば、キョーダイだけに非があるとは思えなかったんでな。だから、英霊に尋ねてみる事にしたのさ。オマエさんが生き延びて許すに値するのか、無様を晒して二度とここいらを歩けなくする方が良いのか……」
「随分、悠長だな」
「言ったろ? 気が変わったのさ。オレさまとしては、個人的にオマエさんの事は嫌いじゃない。だが、さっき居た連中の気を収めてやる言い訳が必要だった。だから、これからも平穏に生きたいのなら闘って勝て。それと、オレさまと勝負しな」
「実は戦いたいだけだろ?」
「ハハ、その通りさ。自信が無いとか言っちゃ居るが、追い込まれた時に果たしてそのままで居られるかどうかってのも気になってな」

 そう言って、ゾルはしゃがみ込んで目線の高さを合わせてきた。
 嘘偽りを見せず、むしろバカ正直なほどに言葉を真実だと裏打ちしている。

「なぜソコまでして戦いたいんだ」
「言ったろ? 強くなりたいんだ、強いという事を証明したいのさ」
「何のために?」
「……昔の自分を、許すためさ。弱くて何も知らなかったから守る事が出来なかった、女の子をな」
「──……、」
「つい最近まで一緒に遊んでいて、明日も遊ぼうと約束する。ガキにゃそれが当たり前だと思ってた。だが、気がつけば国そのものがひっくり返っていた。部族の長の息子と言うだけだったオレが、いつの間にかこの国を主導するオヤジの子に早代わりさ。んで、前主導者は処刑、その娘は行方知れずよ。それを知ったのが、出かけたまま顔を見せないオヤジが帰ってきて、誇らしげに肩を叩いた時だってのが信じられるか? だから、あの時の自分が……未だに許せネェのさ」

 そう言って、理解は出来るが自分を巻き込まないで欲しいと思ってしまった。
 だが、仕方が無いのだろう。
 自分の苦悩を他者が理解できないように、自分には他者の苦悩の重さを理解できない。
 自分にとっては笑い飛ばせる悩みでも、当人には深刻な場合だってあるのだから。

「まあ、心配すんなって。表向きは腕試しをしに来た、オレの客だという事にしておいてやる」
「首輪をかけておきながら何言ってるんですかね……?」
「自分を追い込むため、逃げないためにそうしてるという事にしておけばいいだろ? それに、首輪はオレの所有物と言う意味でもある。ヘタに誰かがチョッカイ出せば、その瞬間これよ」

 ゾルはそう言って握りこぶしを作り、風切音と共に突き出した。
 タコ殴り、ボコにするという事だろう。
 安心して良いのか、悪いのか……。

「三食付き、試合がなけりゃ地下で好きにしな。時折顔は出すようにするが、あまり騒ぐなよ」
「騒ぐなって、なんでだよ」
「オヤジが大の人間嫌いだからさ。オマエさん、最近一緒だったワンちゃんのニオイが大分染み付いちゃ居るが、オヤジは人間のニオイをビョーキなくらい嗅ぎ分けるからな。そうなったら、オレの事情なんてお構い無しに殺そうとするだろうさ」
「なんでそんな場所にオレを!?」
「仕方ネェだろ? さっき拘束縄を焼いたみたいに、下手な場所じゃ魔法で逃げ出すだろうしそれに、オマエさんがその首輪を外せないという確信も無かったからな」
「どうかな、どうだろう……あ、外れたわ」
「おいぃ!?」

 触れると視界に「この装備は装着した相手の自由を奪い、装着させた人物に隷属する物です」と表記された。
 それと同時に解決策として「浄化しますか?」と出たので浄化してしまう。
 そうすると「ただのネックベルトです」と出てきたので外した見たが、爆発しなかった。

「……あのな? それを使って、ヴィスコンティの連中は奴隷として同胞を沢山浚って行ったんだよ。それを、なんでそう簡単に外しちまうかなあ、オマエさんは……」
「で、出来たんだから仕方が無いだろ?」
「と、とにかくつけとけ。保護してやれネェぞ」
「わ、分かった」

 なんか、ゾルにも言われたけれども落ち着いていられるのは、どこか慣れたからだろうか?
 いや、そんなんじゃない。
 諦めたのだ、もうどうにでもなれと。
 それに、半ば自分が望んだ結果でもあるのだから、ここで足掻いても仕方が無いのだ。

「それと、持ちモンはソコに纏めてある。大丈夫だ、盗ませちゃいネェよ」
「助かる」
「剣も、売っ払われたら戦うどころじゃネェからなぁ」

 へんな気遣いをされながら、これは果たして誘拐なのか自ら志願したのかすら分からない状況になってしまった。
 ただ、ゾルの言葉を信じて、とりあえずは戦うしかない。
 溜息を吐きながら、隅っこに置かれた質素な寝床にその日は寝転がる。
 飯も酒もちゃんとしたもので、流石に高級宿程ではないが美味しいものは美味しい。
 ……召喚された当初、冷めた飯だけだったのに比べれば温情に溢れている。

 その日は丸一日を地下で過ごす羽目になった。
 簡易的な牢のような場所ではあるが、自分以外に誰も居ないのは何故なのだろうか?
 罪人とか、基本的に闘技場送りにしてるとか……。
 考えても仕方が無い、出来るだけ考えないようにしよう。
 ……359°全てが敵とか、糞オブ糞で嫌になる。
 
 生き抜け、そう言い渡された最後の戦いを演じる羽目になるゲームを思い出した。
 瓦礫と崩壊の中、転がっているのは仲間と僅かな敵の死体。
 生き抜けと示された任務の中、プレイヤーは果て無き戦いを続けなければならない。
 弾が切れたら倒した敵から、あるいは仲間の死体から剥ぎ取る。
 ダメージを受ければ受けるほど、ヘルメットのバイザー経由で得られるHUD情報が皹や欠損で見えなくなっていく。
 そして、その戦いには”敗北”と言う名の正史しか残されていない。
 
 果たして、この闘技場がその死地にされるのかどうかまでは分からない。
 だが──。


「死んで、ここで終わりにした方が楽なのかもしれないな……。人生終わりにするか、争いを終わりにするかだ──」

 一番楽なのは、人生を終わりにする事。
 自分さえ居なくなれば、後は放棄できるのだ。
 しかし、チカチカと昏睡中に見た幸せな夢を思い出してしまう。
 幸せすぎて、落差に絶望して死にたくなるくらいの夢。
 だが、荒唐無稽な夢ではなく……そうなれたかもしれないと信じる事ができた。
 だから、今は……もう少しあの夢を信じたい。
 今となっては砕けてしまった夢だけれども、その破片の一つ位は掴めるかも知れない。
 
 マーガレットを、放っておけない。
 じゃあ、生きるしかないじゃないか。
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