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4章 元自衛官、休みに突入す

六十一話

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 ~ ☆ ~

 俺は昼食が来るまで、暫く酔い潰れていた。
 酒瓶は隠したから良いが、机に突っ伏して眠っているのをメイドに見つかった。
 起して貰い、体調不良を疑われたが即座に否定した。
 そしてマリーを起こして食事を摂るが、彼女は俺を見てなんとも言えない顔をしている。

「大丈夫?」
「……なにが?」
「なんだか、凄い気落ちしてるように見える」
「そんなに?」
「顔……と言うか、表情で分かるの。眉に皺が寄ったり、いつもより少し目が細まってるし」
「──ダメだな、上手く隠せてると思ったのに」

 ため息を漏らしてから、数秒考え込む。
 そして言うべきか言うまいかで悩んだが、マリーはたしかニコルやオルバの父親と関係が有ったはずだ。
 ここで言わなくても、彼女は知っているかも知れないので、あえて口を割る。

「ニコルに……資料を貰ったんだ」
「ええ」
「その内容が、ちと衝撃的過ぎて。少し、気分が悪い」
「──だいたい予想はつくけどね。貴方の知っている人が二人、使われてた。そうでしょ」
「そうだ」
「それで、何が聞きたくて、何が言いたくて、何が吐き出したい?」
「聞きたいのは、マリーが関与しているかどうかってこと。言いたいのは、返答次第。吐き出したいのは、複雑な心境」
「……私は、醜いって言われたから、召喚されてから幸いな事にずっと放置されてきたの。だから、関与はしてないし、それを止めるにしても魔力の供給が足りなくて出来なかったの」

 その言葉は事実だろう。存在そのものが魔力便りで、食事等で自力で多少吸収や回復は出来るらしいが、それでも主に主人からの魔力に頼りきりだとか。
 マリーがロリ化しているのは、ニコルからの供給だけじゃ完治には程遠いからだろう。
 魔法使いとして無能だったのか、それとも意図的に飼い殺しにしていたのかは分からないが。

「なら、特に言いたい事は無しかな」
「はやっ。もうちょっと、聞きたい事とか無いの?」
「だって、うん……」
「──複雑な心境って言うのに、関係してる?」
「……オルバは、俺の弟に似てるんだ。声も、頭が良いって事や、背格好でさえも。だから、病弱だった元の方が処分されてるって見て、悲しくなった」
「──そう」

 オルバと戦った時、俺は銃を向ける事が嫌だった。
 殴るのはまだ喧嘩の様に思えたが、剣で切り結ぶのだって本当は嫌だったんだ。
 そんな弟に似た相手が死んだと聞いて、冷静ではいられない。
 日本では家族離れが出来てないとか、マザコンだのファザコンだのと言われるのだろうが。
 俺は、そもそも生粋の日本人じゃない。
 日本での生活の方が短い、殆ど外人のようなものだ。
 海外では家族や親を馬鹿に侮辱したなら、その場で殴られても仕方が無いという。
 俺も、そちらの方だ。家族全員を大事にしているし、それぞれに誇らしいと思っている。
 だからこそ、”処分”だなんて聞いたら涙が溢れた。

「他には何も思わないの?」
「ミラノが何の目的に使われて、複製された奴がどうなったかは分からないけど……。ただ、悲しいなって」
「何に対して?」
「誰かの欲の為に攫われて、その結果兄は五年も眠るはめになって、ミラノは今日まで必至に生きてきたんだ。幸せにならないと、そんなの惨過ぎる」

 素直な思いだった。
 公爵が色々語ったミラノの状況や境遇が、全てここに起因している。
 オルバは憎い相手の子であると言う理由で憎まれても仕方が無いのに、そのオルバでさえ本物ではないのだ。

「──気持ち悪いとか思わないの?」
「なんで?」
「だって、普通じゃないでしょ。誰かの複製、偽者なんだから。母親から産まれた訳じゃなく、歴史も無ければ過去も無いんだから」
「マリーは、そういうのが気になると」
「えぇ……」

 ……マリーがミラノに対して険悪だったのは、もしかするとそこから来るのだろうか?
 だとすると、それもやはり悲しいものだ。
 けれども、俺は数秒だけ黙って、首を横へと振った。

「別に。出自は何だって良いだろ? そんな事を言ったら、俺なんてどこの誰だよって話しだし」
「けど、父親が居て、母親が居て、弟が居て、妹が居るじゃない」
「妹の話をしたっけな……。まあいいや。だとしても、俺はオルバが複製された人間であっても気にしないし、ミラノがどうこうと言うのも気にしない」
「でも──」
「オルバだって、自分で考えて、苦労や悩みを抱えて、好き嫌いがあって、それでも生きてる。出自なんてどうだって良いだろ、だってアイツも人の間で生きてる人間なんだからさ」

 そもそも、アメリカンスクールだの転勤毎に国を移動していれば、どうでも良くなる。
 様々な国籍の人が居る、様々な肌の色をした人が居る。
 様々な言語を使う人が居る、様々な思想をそれぞれ持っている。
 固定した友達が居なくて、私事での対人スキルが低い事を嘆くのなら、人を生まれだの育ちだので見ないという思考は俺の利点でもある。
 肌の色が違ったって、人間である。言語が違っても、人間である。
 宗教や思想が違っても、人間である。全員が同じ、人間なのだ。

「人間としてどうか、そこだけで判断すれば良いだろ。だから俺は悲しいけど、だからと言って気味悪いとは思わない」
「──強いのね。私は、それを聞くまではどうして良いか分からなかった」
「まあ、マリーも元は良い身分だったらしいからなあ。血統だとか、そういうのを気にしても仕方が無いか」
「けど、どうしてそんなに割り切れるの?」
「だって、ドイツもコイツも死ねばただの血と糞の詰まった肉塊だろうが」

 言ってから、俺は自分が何を言ったのかに気づく。
 本音ではある。けれども、それは表に出して言って良いことじゃない。
 慌てて口を押さえるが、マリーが数度瞬きをしてから少しだけ笑う。

「そうね。死ねば、誰だって同じ死体だものね」
「──ご理解頂けた用で何より。今のは内緒で」
「言っても仕方が無い事でしょ。けど、少し気が楽になったわ」
「なんでさ」
「そういう考え方をすれば良いのかって、その保証人が出来たようなものだから」

 そう言ってマリーは微笑んだ。
 とんでもない失言をしてしまったが、変な感じにならなくて良かった。
 頬を搔くと、マリーがジトリとこちらを見て居る。

「なに? 何考えてるの?」
「え? あ、いや、別に」
「隠し事、禁止」
「ああ、いや。その、ほら……。マリーが小さくなったから、なんだかどう反応していいのか判らない自分が居てですね?」
「あら、貴方好みになったのに」
「あのさ。俺は自分が癒される対象として幼い子が好きなだけであって──」
「貴方の居た場所では”合法ろり”って言うんでしょ?」
「どっからそんな知識得たぁ!!!」

 とまあ、マリーとはそんな感じで騒いでいた訳だが。
 俺は部屋から出て、クラインと公爵と接触した。
 理由は簡単で、あの書類と事実関係を質すためだった。
 大事な話が有りますと告げたが、どうやらあちらも俺に話があったようだ。
 丁度良かったので、公爵の都合に合わせて俺は午後は一度寝させてもらった。
 理由は簡単で、思考のリセットだ。
 色々な情報を整理し、落とし込み、スッキリする為でもある。
 執務室を訪れた俺は、既にそこにクラインが居るのを確認した。
 俺を見ると軽く手を振って「やあ」なんて言っている、ギャップで落ち込みそうですらあった。

「よく来たね。息子にも話があると聞いたので同席してもらった」
「僕にも話があるって、何かな。ミラノの事?」
「あぁ、その件だとしたら──すまない。娘に怒られてしまってね。不恰好だが、鼻を塞ぐ事を許して欲しい」

 公爵はミラノに殴られた時の鼻血の余韻がまだあるらしい。
 布らしきものを鼻に貼り付けて、血が垂れるのを防いでいる。
 二人とも明るい、好意的だ。だからこそ俺がこれから切り出す話題は、避けたかったが──。

「ああ、えっと。ミラノが妹になるか、姉になるかとか今はどうでも良いんで」
「え?」
「いや、娘はだな──」
「二人に聞きたい事があります。いえ、聞かなきゃいけないことがあります。五年前の事に関して、知らないといけないので」

 二人がミラノの件で呆気に取られていた。
 俺は数度深呼吸を繰り返してから、一つずつ説明した。
 ニコルが資料を寄越した事、その内容を見ていたらミラノの事が記載されていた事。
 それによると、ミラノが何かしらの実験に使われたこと。
 クラインが負傷した事など含めて、必要な説明を求めた。

「──それを聞いて、どうしたいのかな?」
「僕は、どうしても必要だと思うのなら話すけど。聞きたい事があるから答えて欲しい」
「なんでもどうぞ?」
「僕は実験の全容を知っている訳じゃないから、君には情報量では劣ると思う。それを前提として聞いて欲しい」
「ああ……」
「君は自分の身内が複製されて、その人物が同じ姿、同じ記憶、同じ声で自分を兄だと言ったとして。それを受け入れられるかな?」
「受け入れるという言い方が幅広すぎて返答しかねる。けれども、それが全く大本と同じで、人として同じであるのなら何だって良い。同じように考え、同じように行動し、同じように歳を重ね、同じように感情を抱き、同じように好き嫌いの判断をし、同じように死んでいくのであれば何ら構うものか」
「口では簡単に言うけど──」
Bullshit!クソが!だったらお前も俺と同じだろうがよ! 同じ顔をして、同じ声で、同じ見た目で、似たような思考回路をしてるお前を俺が嫌がったか!?」

 叩き付けた。
 禅問答のように時間を割くつもりは無かった。
 俺がピシャリとクラインの問いを切り捨てると、彼は驚いたようであった。

「迷うくらいなら最初から話すな。そうじゃないなら最初っから話せ。俺は──当事者なんだぞ?」
「当事者?」
「それはまたの機会にしよう、息子よ。──君は、どこまで理解しているかな?」
「──話で聞いた程度には、色々と。オルバの父親が、自分自身が永遠に生き続ける事が目的で、色々な実験をしていたという事。その行き着いた先で、魔法使いですら複製できるのか試し、その対象にミラノが狙われた事。それが誘拐事件となってクラインが助けに行って、負傷したと──」
「その通りだが──知って、どうしたいのかな?」
「別に、どうも。あの話を、どうすべきか──ふぅ──考え直す必要が有るのかどうかって事です。あの辺境伯に裏があるのかどうか、どこまで踏み込むべきか、引き返すのはどの時期がいいかも考えておきたいですし。もしかしたら知らない内にミラノ達を傷つける事だけは避けたいと思って」
「なるほど、実に正しい。が、私達が話さなかったらどうするのかな?」
「だったら、最初から養子として受け入れるだなんて言わないで欲しかったと思いますね。その方が自分に何か有ってもそちらは切り捨てるのは容易いですし、自分も最初から変な期待をしないで済むので」

 正直な気持ちだった。
 重大な話であれば有るほど、隠し事はしないほうが良い。
 家族とは生まれ落ちた瞬間から所属する最初であり、死ぬまで一緒のコミュニティだ。
 親は子の面倒を見るが、子も親の面倒を見る。
 両親が倒れれば両親の面倒を子が見る。
 成人すれば独立して歩みだすだろうが、年に──或いは数年に一度でも良いから全員で会う。
 実現すらした事は無いが、理想の家族だ。
 事実、亡くなるまでは年に一度は家族は日本に来てくれていたし、弟も必ず日をあわせて帰省した。
 俺はそのどれにおいても任務だったりで、在隊中に会うことは出来なかったが、それが家族なのだと思っていた。
 公爵は暫く考え込んだが、息をそっと漏らした。

「……アリアが居るだろう」
「ええ」
「彼女が、複製された方でね。息子に遅れて合流した私達は、瓜二つの彼女も連れ帰った。そして……まあ、家に迎え入れた訳なんだよ」
「──……、」
「ミラノはその時の影響で、無系統の魔法を失った。そして身体も弱くなり、昔は部屋から出るのも難しいほどに弱っていた」

 ……ちょっと、待って欲しい。
 俺は午前中にミラノと何て話した? ミラノは、無が使えると言ってた筈。
 けど、公爵はミラノは無の魔法を失ったという。そこは矛盾してないか?
 少しばかり考え込み、俺は搾り出すように言う。

「つまり。俺が……自分が、普段ミラノだと思っていた相手が、複製された子だと?」
「彼女は、自らを差し出した。自分のせいで息子と娘、そして妻も倒れてしまった。だから言ったのだ、自分がミラノとして生きると。私は、何も言えなかったよ」
「間違えないで欲しいけど、彼女は何も悪くない。悪いとしたらオルバの父親だけで、彼女もまた被害者なんだ」
「自分は──いや、俺は……別にとやかく言うつもりはねーです。それに、問題にすらしてないです」

 本来のミラノを複製して誕生したのが、アリアと呼ばれる人物。
 ミラノは複製の結果弱体化してしまったので、アリアがミラノとして入れ替わる事に。
 そうやって今まで生きてきて、俺を呼び出して主人になったと。

「と言うか、ミラノが本当はアリアで、複製されて生み出された人物だとしても、気にしてねーです。ミラノはミラノで、俺の主人で、理不尽に蹴ったり怒ったりする女の子でしかねーですわ」
「蹴る、怒っ──」
「……娘は、君にも色々としていたようだね」
「けど、また重ねて言いますわ。だから、何です? 嫌ったほうがいいんですか? それとも同情してやればいいんですか? 違うんじゃねーですかね。今までどおり自分はやらせてもらいますわ。ミラノの傍に居て、今は仕事だから金を貰いながらアリアも守って。んで、時々勝手な事をして、怒られたり蹴られたりするという日常を、そのまま送らせてもらいますんで。や、出来れば怒られたくもないですし、蹴られたくもないんですけどね?」

 まあ、マリーにも言ったけど、どうでも良い事だ。
 ミラノが本当はアリアだったとして、何が問題?
 複製された人物だとして、だから嫌だとでも?
 まさか、ありえないね。
 流石にSAN値を削るような姿をしていたら、ちょっとファーストコンタクトで困る。
 それと、思考や思想に問題があって「時々人が殺したくて堪らなくなるの」的な猟奇的な彼女だったらちと遠慮したかったが。

「まあ、もうちょっと頑張ってみるかなとは思いました、以上です」
「頑張るって、何をだい?」
「辺境伯との話をです。まあ、ちょっとやそっと追い詰められたからって逃げるわけにも行かないでしょうしね」
「君には、負担をかけるね」
「そもそも、勝手に約束したのも自分なんで」
「──父さん、僕にも後で説明してくれるかな? 身内なんだから、隠し事は無しだよね?」
「勿論だ。だが、この事は内緒にしておいて欲しい。もし君が口外したなら──」
「したなら?」
「娘と、息子と、親として君を許さない。二度とこの国で生きていけなくするつもりでも居るし、叶うのであれば君をこの手でしとめる。絶対にだ」

 そういった公爵は本気だった。
 その表情と目を見てふざけたり怒り気味に話す事は出来ない。
 だから俺は、いつものように自分を差し出す。

「誓って、その通りにして下さい」
「え、ちょ!?」
「自分がもし期待に沿えなかったなら、そのようにして構いません。とまあ、そう言う事でしか信じて貰えないでしょうけど」
「──不思議な人だね、君は。息子もきっと、懸念していただろう。娘達が、或いはそのどちらかが気味悪がられると。或いは、変に同情してしまうのではないかと思ったが……」
「本人が嫌がるんじゃないですか? 花と同じですよ。水が足りないならやれば良い、けれども与えすぎれば腐って枯れてしまうように」
「ま、分かりやすくて僕としてはいいけどね。ただ、喧嘩せずに済んだって訳だ」
「何を突然」
「二人とも僕の大事な妹なんだ。二人を傷つけたら怒るし、それで君が色々言うのなら僕だって怒る。家族を守るのが長男の務めなんだ、分かるだろ?」
「ま、確かに……」
「それじゃ、君の話は終わったって訳だ。これからも上手くやっていこう、兄弟」
「自信は無いけど、努力してみるよ……兄弟」

 クラインが握り拳を此方へと伸ばしてきた。
 俺はなんだろうなと思いながら同じように握り拳を伸ばすと、なんだか見覚えのある動きをさせた。
 それがフィスト・バンプ。拳と拳をぶつけ合っての挨拶だと思い出したときには、既に終わった時だった。
 合計八回の動作、アメリカンスクールで俺が教わったものだが──なんでクラインが知っているのだろうか?
 もしかすると初対面の時に精神世界みたいな所で情報が筒抜けだったから、そこから知ったのかもしれない。

「それじゃ、僕は特にもう用は無いから。行っても良いかな? ミラノとアリアに話があったんだけど、君がどうしてもと言うから同席しただけなんだ」
「それじゃあ、また」

 クラインが立ち去り、俺も同じように立ち去りかけた。
 しかし、公爵が俺に話があると言っていたのを思い出して立ち止まった。

「ええっと。それで、公爵からの話と言うのは?」
「あぁ、うむ。君には申し訳ないのだけれども、休みの間に仕事としてやって貰いたい事がある。これは残念ながら、私には拒絶できない」
「となると、難しい話ですね。それで、内容は?」
「一つ目は君の知っての通り、ニコル辺境伯が君を一度招きたいと言っている。娘が気に入った相手だから、一度家を見てもらいたいとね。ただ、それは表向きだろうと思っている」

 まあ、そうだろう。
 実際にはこんな資料を手渡してきたくらいだ、時間が無いと言っていたのも納得出来る。
 頭が少しばかり痛くなったが、それでも仕方が無いと受け入れる。

「それは了承するしかないですね。ここで下手にゴネても、表向きは婚姻の挨拶だから、説明がつかないですし」
「そう言ってもらえると助かる。それと、此方は更に重要でね。どうしても君にはやってもらわなければならない」
「なんでしょう?」
「──神聖フランツ帝国に行って欲しいのだ」

 数秒考え込んでしまう。
 神聖フランツって、あれだよな? たしか、宗教国家と言うか、聖職者の権威が強いという。
 今は亡きクロエですら教えを大事にしていたし、表向きは悪く無さそうだが……。

「あの、何故自分が? 自分なんか、何の地位も無い若造ですよ?」
「彼の国は英雄にご執心でね。それがかつての英雄であれ、功績を重ねそう謳われた生きた人であれ気にかけているそうだ」
「それで、自分が引っかかったと」
「その通りだ。ただあちらに行って、挨拶をして、帰って来るだけで良い。頼めるかな?」
「や、その。自分、道も分からないんですけど。案内とか、それこそ世間知らずでも大丈夫な補佐とかって付きますかね?」
「それに関しては大丈夫だ。きっと頼もしいだろうが、アイアス殿とマリー殿、それにロビンが一緒になる。ヘラ殿の案内の下で一緒に行動してもらうんだ、身の危険も少ないだろう」
「……よくニコル──辺境伯がそれを許しましたね」
「分別があった、というだけの話だろう。流石に個人と国、どちらが優先されるかを分かっていたという事だ」

 うへぇ。旅がしたい、外の世界が見てみたいとは言ったけれども、まさかこんな早くに、しかも任務で行く事になるなんてなぁ……。
 しかし、仕方が無い。休みは一月以上もあるのだし、終わるまでずっと屋敷に篭っているのも退屈な話だ。
 同行者も頼れる相手ばかりだし、ここで公爵の顔に泥を塗るわけには行かないだろう。

「了解。自分で良ければ、その話受けさせてもらいます」
「そうか、助かる。ヘラ殿が戻ってきてから数日後に発つ事になるから、それまで自由にしなさい。何か要望や必要なものがあれば、加えるが」
「それじゃあ、思いついたらまた言いに来ます。自分なりに何が必要か考えてみて、その上でまた話をしたいと思います」
「ヘラ殿が戻ってくるのは遅くても三日後だろうから、それまでに頼むよ」
「了解」

 俺は執務室を退室し、頭を搔いた。
 落ち着く暇がないと言うか、どうしても過密スケジュール過ぎる。
 屋敷に来た当初はクラインを演じていたし、クラインが戻ってきた翌日には大怪我だ。
 体調崩して寝込んでたのもつい先日で、休みらしい休みを享受出来ていない。

「──参ったなあ。楽したいなあ……」

 何で他人の前だと出来ることをやろうとしてしまうのだろうか?
 楽がしたい、どうしようもないくらいにダメになりたい。腐っていたい。

「……装備の点検と、旅に耐え得る物品があるか点検するかあ。あと、今度運動して、身体の調子を確認して、射撃訓練と、格闘訓練と……」

 まあ、何だかんだ公爵とクラインに質問しておきながら、結局『気になったからそれっぽい雰囲気で聞いてみただけ』と言う、どうでも良さ。
 けれども、踏み込んだのだから「バラしたら殺すね」と言われても仕方が無い。
 俺としては、口外するつもりもないし、どうでも良いのだが。

「一度、休もう……」

 何だかんだ、精神的に疲弊してしまった。
 やっぱり対人関係は苦手だし、疲れる。
 部屋まで戻った俺は、誰も居ないのを確認すると『睡眠中』という掛札をしてベッドに倒れこんだ。
 するとまあ、匂う事匂う事。
 マリーがそういや寝てたなと思い出して、自分とは違う誰かの匂いを気にしてしまう。
 けれども、脳裏で自分が伏せた情報などを考えれば、どうでも良くなる。
 オルバの事は死ぬまで秘めておこう。
 それが周囲にも、本人の為にもなるだろうから。



 ~ ☆ ~

 ヤクモが自室にたどり着いたころ、クラインはミラノとアリアを前に全てを正直に明かした。
 包み隠さないという意味では、彼もまたヤクモと同じであり、少なからず衝撃を与えた。
 ミラノは午前中の多幸感が消えうせ、アリアは感情すら浮かべずに居る。
 クラインは希望を語るが、それは当事者じゃないからこその言葉だ。
 当事者である彼女達からして見れば、最も怖いのが裏があるのではないかと言う事だ。

「どうやってかは知らないけど、彼は知ってしまった。父さんと僕が二人で色々言ったけど──」
「言ったけど、どうだったの?」
「『どうでも良い』だってさ」
「ぷっ……」
「──……、」

 ミラノは噴き出した。
 変な緊張や悪い考えはまだ拭えていなかったが、それでも脳裏で言動が想像出来たからだ。
 彼女の中で、本当に面倒くさそうに「どうでも良いっての……」と言っている。
 それを何度か繰り返すと、彼女は落ち着きを見せた。

「アイツらしいわね」
「姉さん……?」
「たぶん、本当にそう思ってる。身分も、立場も関係ないから。けど、そういう事が本当かどうかを調べる為にも、私が行くから」
「けど、それだと姉さんに負担が──」
「そうだよ、ミラノがやらなくても……」

 ミラノは、いつものように自分が前に立つと告げた。
 アリアとクラインは反対するけれども、ミラノは静かに首を横へと振る。

「むしろ、逆。父さまから、アイツと婚姻をと言われた時はよく分からなかったけど。もし私が妻になるのなら、それくらい信じてあげられないのなら止めた方が良いと思ってる。だから、これは私のためでも有るし、アイツの為でもあるの」
「──そっか。ミラノは、決めたんだ」
「ええ。けど、その前に色々と誤解やすれ違いを解かないといけないけどね。立派なお父さまと兄さまが慎重になりすぎて、上手く伝えられないのが困ったものだけど」
「勘弁してよ、ミラノ。だって──僕は真っ直ぐ伝えたつもりなんだ」
「兄さまの真っ直ぐは、一歩手前で届いてないの!」

 そんな二人のやり取りを、未だにどうすべきか迷っているアリア。
 彼女は──違う道を選んだ。

「私は、もうちょっと様子を見るよ」
「──僕は無理強いしないし、尊重するよ。僕に出来る事があったら、何でも言って欲しいな」
「ありがとう、兄さん」

 そう言ってクラインが兄らしく格好付けたものの、直ぐにその名を呼ぶ声が廊下から聞こえてくる。

「クライン? クライ~ン! どこだ? 稽古しようぜ!」
「ちょっと、エクスフレアさん。そんな大声をあげると、迷惑になります」

 エクスフレアとオルバだった。
 連日、クラインと稽古だの乗馬だのと色々な事をしている。
 その声を聞いたクラインが「やばっ、約束してたんだ!?」と慌てる。

「ゴメン、二人とも。とにかく、無理はしないで良いから!」
「はいはい、行ってらっしゃい兄さま」
「またね、兄さん」

 クラインが去ってから、暫く二人は部屋の中でそれぞれに沈黙していた。
 しかし、そのあり方は対照的であり、俯いているアリアに対し、ミラノは部屋の中を歩き回っていた。

「アリアは、どうする? 待ってる?」
「うん、そ──だね。なんだか、衝撃的過ぎて、疲れちゃった」
「じゃあ休まないと。大丈夫、私がちゃんと見てくるから。それに──こういうのは、一番忌避されやすいのは私だって判ってるし」
「──姉さん。兄さんも言ったけど、無理しなくて良いからね? 私は……わざわざ突きに行かなくても良いと思うんだ」
「けど、それってその場凌ぎにしかならないでしょ。私達が離れるか、アイツが離れるかしないと」
「うん……」
「それに──分からないよりは、分かった方が良いでしょ。本当にどうでも良いと思ってるなら良いし、どこか引っかかってるのなら慎重になれば良いんだから」
「強いね、姉さんは」
「強い、のかな? むしろ逆。ゴメンね。私のせいで」
「お互い様、だよ。私達は、誰も悪くないんだから」

 そうアリアは言った。
 本来なら彼女が有していた無系統の魔法を失い、身体が弱くなってしまった。
 にも拘らず、彼女は自身の複製である──本当なら、自分が名乗るべきミラノの名を背負った彼女を許した。
 それは昔から、今に到るまで何度も聞いてきた謝罪で、何度もしてきた受諾だ。

「それじゃ、私もちょっとアイツの婚約者、全部メタメタにしてくるから」

 そう言ってミラノも去っていく。アリアは自室の中、一人ぽつんと残された。
 コテンとベッドに倒れこみ、ベッドの天蓋を見つめながら漏らす。

「いいなあ……」

 羨望だった。
 自分の周囲で、過去に沈んでいた人達が前を向いて歩き始めている。
 父親も、母親も立ち直りつつあった。兄は戻ってきた、そしてミラノも──家ではなく自分を考え始めた。
 そうやって変化しつつある周囲に、アリアは自分が取り残されている気さえしていた。
 そしてもう一つ。アリアはミラノがヤクモと婚姻を結ぶという話を聞いている。
 女性としての憧れもあり、だからこそ先ほどの言葉が漏れ出たのだ。
 何よりも──秘密を語った後でも「それでも、信じられる」と言ったにも等しい彼女を見て、嬉しいんだろうなとか、幸せなんだろうなとか考えている。
 そして何よりも……そこまで誰かを信じられるという事が、アリアにとって羨ましかった。

「けほっ──」

 彼女は枕を抱きしめると、そのままコロリと横に転がった。
 毎日飲んでいる薬があり、それが自分なのだと意識せざるを得ない。
 魔法使いとして出来損ないと笑われ、身体が弱い事から女性としての価値も低く見られている。
 それを意識してしまうと、羨んでも届かない場所の出来事なのだと、彼女は思い知らされる。

「私も、治してもらえるのかな……」

 ヤクモは兄を回復させたとアリアは聞いていた。
 なら、相談したら自分も弱い自分とさようなら出来るのだろうかと考えたのだ。
 しかし、それも直ぐに否定された。
 頼れば、もしかしたら治してくれるかも知れない。
 けれども、そうやって頼る事で自分が依存していってしまいそうな怖さを感じたのだ。
 困っていれば、きっと助けてくれるのだろうなと想像はできる。
 結局は、怖いのだ。
 頼った結果希望を失うのも、助けられた結果何も対価に差し出せないのも。

「けふん……」

 だからアリアは一人でベッドの中で転がり続けた。
 静かに、一人で。


 ~ ☆ ~

 部屋に戻ってベッドに転がっていると、召喚要請なんてものが視界に現れた。
 カティアだろうなと思いながら、無難な位置に彼女を呼び出す。
 受諾すると、カティアの姿がゆっくりと現れて地面に降り立った。
 その姿は幻想的ですらあり、良いなと思えた。

「ふぅ、お茶会楽しかった」
「あぁ、今日は姿を見ないなって思ったら、お茶してたのか」
「公爵夫人とね。お菓子とか沢山貰ったの」
「そりゃ良かったじゃないか。良くしてもらったか?」
「ええ。まるで娘のように可愛がってくれたし、本のお話とか沢山したわ」
「今度お礼を言いに行かないとなあ……」

 なんて、俺はベッドに転がったまま仰向けになって逆さまの彼女を見る。
 カティアは何か言いかけたが、俺がこういう人物だと理解したのか何も言わなかった。

「体調はどう?」
「まあ、ベッドから抜け出せなかったり、動き回って気分が悪くなる事はないよ」
「現代医学って言うのも、大したものね。血が足りなくても大丈夫なんだ」
「あ~、えっと。あれだよ、輸血って奴でね。痛々しい上に、失敗すると悪化しかねないから夜の内にね」
「輸血、血を輸送……?」
「そうそう」

 実は違う。誰にも言いたくない手段で、俺はこの身体を再生させた。
 もしそれを言えば誰もが罵るだろう。
 そして侮蔑し、嫌うかもしれない。
 なら、嘘だとしても優しい嘘の方を俺は選んだ。

「そう言えばカティア、仕事だ」
「え、仕事? なになに、何をすれば良いの?」
「あ~、カティアにじゃなくて。俺に仕事、かな。なんか俺が頑張った事で、神聖フランツ帝国が俺を招きたいんだって。んで、ヘラが来て数日後に出発する」
「それはまた……。随分急ね。それで、何かやる事はあるかしら?」
「ヘラが来ないと詳細が分からないけど、カティアも一応出られる準備をしておいて欲しい。ただ、最悪招かれてないとか反発食らうかもしれないから、その時は諦めてミラノ達と一緒に居てくれるか?」
「えぇ~……。なんか、私の扱いが酷くないかしら」
「いや、流石に外交的な意味合いが含まれてるのに、無理には連れて行けないでしょ……。聞いてみるけどさ、大丈夫かどうかまでは約束できない」
「なんだか、思い通りにいかないものね」
「俺を見て思い通りに行ってる所ってある?」
「やりたい事をしてるけど、思っても無い事ばかりね」

 そもそも、認められたいとか誇れる人になりたいと願いはした。
 しかし、英雄にされたり爵位を貰ったりとか考えても居ないのだ。
 んで、今度はその影響で結婚と外交だ。もう話にもならない。

「やだなあ……。外交とか責任重大じゃん、ただの冒険や旅で訪れたかったのに、面倒くさい……」
「ご主人様って、常に後ろ向きに全力ね」
「だって、どう考えたって大きな思惑や勢力が絡んでるじゃん。クラインの時でさえ胃がムカムカして仕方が無かったのに、外交でお客様扱いとかヨイショと御伺いでゲロ吐く……」
「戦いの時は凛々しいのに、勿体無いの」
「戦いで勇ましい戦士でさえ、政治が絡むと弱くなりかねない。そして混乱に満ちた時は戦士は有用だけど、平時は政治の方が重視される」
「う、えっと……」
「つまり、俺の苦手分野だし、手の出せない領域の事には何も出来ないし、俺はそもそも人見知りする上に大多数の人間に注目されるのが苦手なの」

 ディベートの時間とかは大の苦手だった。
 自分の考えを述べよ。それだけなのだが、その根源が『自分』だからどうしても緊張と視線を意識していしまう。
 逆に自衛隊にいた頃は逆に何ら揺らぎもしなかった。
 相手も自分も自衛官であり、教わり学んできた事をそのまま伝統のように引き継がせるだけだ。
 自分を意識しないのであれば、二十人だろうが百五十名だろうが気にならない。
 そういうものだと思う。

「でも、行くんでしょ?」
「同行者が全員『マジモン』の英雄ばっかりだし。拒絶してもたぶん、目が覚めたら麻袋に詰められて馬にくくりつけられて出発とかありえるんだよなあ……」

 アイアス、ロビン、マリーにヘラ。
 つまりはそれぞれの主人が既に許可を出していて、その誰もが俺よりも身分や地位の高い人ばかりだ。
 俺みたいな下っ端が「嫌です!」といえば、その瞬間に抗命罪の発生だ。
 わざわざ自分から罪を被りに行く必要もないだろう、カティアも辛い思いをするのだし。

「あぁ、それと。婚姻関係は二人にまで絞れたから」
「二人? よく何十と居た中からそこまで絞れたわね」
「政略結婚と、俺じゃなくて肩書きしか見てないのを全部排除したら一発で終わった。ミラノが『楽になった~』って喜んでたよ」
「本心かしらね……?」
「本心だろ。ウッキウキで『全部叩きつけてやるんだから』って出て行ったんだから」
「それで、誰が残ったの?」
「一人はマーガレットで、もう一人はまだ分からない。けど、ミラノが言うにはちゃんとした相手らしい」
「ふ~ん……」

 カティアはそう言って、椅子を持ち上げて寄ってきた。仰向けに転がる俺の傍で椅子に腰をかけ、本をストレージから出して見せた。
 逆さになっていて良く分からないが、大人びていない感じの表紙だ。

「それ何の本?」
「ナーサリー・ライム……。公爵のお兄さんが大好きだった本なんだって」
「ふ~ん」

 脳裏では『素直な気持ち抱きしめ~』なんて音声が再生される。
 いやいや、そんな訳が無い。
 何で成人向けアダルトゲームを公爵夫人が勧めるんだ? 理解できない。

「どう、面白い?」
「ええ、今の所とても。ご主人様が読むような、長ったらしい文章じゃなくて、素直で手短なものばかり」
「へいへい、どうせ俺は古典派夏目漱石ですよ……」
「はいはい、拗ねない拗ねない」

 頭を撫でられる。それはそれでなんだかなあと思ってしまうので、うつ伏せになりながらそれを回避した。

「まあ、なんにせよヘラが戻ってきたら話を詰めるよ。その流れ次第でカティアがどうなるかも変わると思うけど、使い魔だからって事は主張しておく」
「出来れば、身内であり家族だからとも言って欲しいけど」
「周囲がそれを認めるかどうかは別問題だろ。いつかそれを臆面無く言って、笑う奴や嘲笑する奴が居なくなるようには努力はするけど」
「別に、そういう人は無視すれば良いじゃない」
「俺が笑われるのは別に良いけど、カティアが笑われてると思ったら──たぶん我慢できない」
「──そういうものかしら」
「育ちが違うからさ、俺。身内や家族の認識の仕方や、そういった物事の価値観が日本人とは多少ズレてるから」

 そう言ってから、俺は深く息を漏らした。
 そして色々考えたが、カティアにはミラノ達の抱えている事情を教えるかどうか迷う。
 隠し事をすれば、家族としては裏切りだ。
 けれども、わざわざ蜂の巣を突くような真似をしなくても良いだろう。

「──カティアは」
「なに?」
「もし。俺が使っている装備とかを使ってみないかって訊ねたら、どうしたい?」
「それが命令なら、なんでも」
「命令じゃない、無理強いはしたくない。性に合うのか、合わないのか。扱えそうか、扱えなさそうかで判断して。その上で、使いたいかどうか判断してくれれば」
「──私は、たぶんご主人様のように沢山身に纏って行動するのは難しいと思うの。身体も小さいし、体力もご主人様ほどは無いから。それでも、使えないのと使えるのではまったく違うのでしょうけど」
「だったら、拳銃とナイフくらいは──学べば良いんじゃないか? 主装備じゃなくて、あくまで補助として」
「扱えるかしら?」
「たぶん、踊るように相手を蹴り飛ばすよりはずっと楽だね」

 まあ、やや肯定的な意見を聞けただけでもよしとしよう。
 前に無理して鍛錬に巻き込んで、限界突破で動けなくさせてしまったし。
 けれども、走ったりするわけじゃなくて射撃訓練程度なら出来るだろう。
 安全装置をかける、狙いをつける、撃つ、射撃した時の自分の癖を含めた着弾点を意識する、それを現実と照らし合わせて調整していく。
 そうすりゃ百発百中だ、ゲームの力は偉大だな。
 じゃ無きゃ射撃で表彰される事もなかっただろう。

「けど、準備といっても私達荷物があまり無いけど」
「俺なんか普段からストレージに突っ込んでるから、何かあってもこのままでも大丈夫だし」
「私も、ストレージを知ってから色々と溜め込んでますの。というか、場所も管理も必要ないから便利ね」
「便利だねえ……。便利といえば、コタツとか、クーラーとか欲しくなる」
「たしか、五月蝿い扇風機だったかしら」
「それは室外機。エアコンって言って冷暖房自由自在。夏は涼しく、冬は暖かく過ごせる素晴らしい機械だよ」
「でも、電気がないじゃない」
「そもそもエアコンはガスが必要だから、使い倒すと一年で動かなくなるからなあ……」
「と言うか、私達にそれって必要かしら?」
「魔力が切れたら使えないのが──。あぁ、認識の違いか」

 普段から使っていようと言うのは流石に都合の良すぎる話だ。
 以前カティアが走ってきた時に、汗を流した姿を見せないように身体を冷やしていると聞いた。
 じゃあ、それと同じで必要な時に必要なだけ使えば良いのだ。

「……そうか、エアコンが無いのなら代替物を探すかつくれば良いのか」
「ブロンドでもないのに閃くのね。それで、どういうの?」
「ユニオン共和国は魔力を銃弾にして撃つ武器を開発してるって聞いたから、それってつまりは体内から魔力を『経由で』放出できるって事だろ? 詠唱も無しに、引き金を引いて」
「うんうん」
「と言うことは、引き金をスイッチだと認識すれば、スイッチを入れることで魔力が出る訳で……。引き出す道があるということは、溜め込む事も出来るんじゃないかって」
「ダム、みたいなものかしら」
「そゆこと。まあ、魔力の補充はしなきゃいけないけど、バッテリーが有れば魔力を行使し続けなくても大丈夫。しかも眠っていても離れていても稼動するから──料理とか、空調とか、それこそ洗濯とかが楽になる!」

 人間とは愚かな生き物である、と言うのが持論だ。
 何故なら、楽をするためにそれ以上に努力をするからだ。
 しかも、そうやって積み重ねられた結果様々な発見と進歩があるのだから、たまったものじゃない。
 人は義務で進歩するのではない、楽しようとした結果進んでいく。
 俺もまた、一歩踏み出す。

「なんか、こう……。どっかで聞いたな。魔力を溜め込むとか、どうとか……」
「ヘラ様の杖かしら?」
「だったかな。つまり、可能性は皆無じゃない訳だ。あぁ、けど。今度はそしたら──」
「ミラノ様と同じ、魔力を魔法に変換する技術を取り込まないといけないわね」
「まあ、そこら変はプログラミングと同じで多少何とかなりそうな気はする」
「心得でもあるの?」
「ゲームを改造する時に散々やったんだよ」

 unpackゲームデータ展開とか、指定の書き換えだとか条件変更だのだのと色々やった。
 え? 個人の趣味で楽しむ範囲ですよ? 流石に『チート』はしない。それは犯罪だ。

「──ちょっと、楽しくなってきたかもしれない」
「ご主人様は気の多い人ね。私、不安になってきた」
「無趣味な人間よかマシだって」
「さっきまで『あぁ~、もう何もしたくないよぉ~!?』って言ってた人の言葉だとは思えないのよ」
「カティアは、食後のデザートは嫌いかな?」
「嫌いなワケないじゃない。むしろそっちのほうがもっと欲しい」
「趣味は別腹。苦労じゃなくてただの作業。やってて楽しい事は、時間を幾ら費やしても楽しい。you got it?理解したかな?
「──ええ、理解したわ」

 あれ、英語も理解できるのか。ちょっと驚きだ。
 まあ良いやとグダグダしていたら、なんだか眠くなってきた。
 そういや、自衛隊の戦闘衣をずっと壁にかけっぱなしなんだよな……。
 しかも、気が付いたら綺麗にアイロンされてる。
 俺が部屋に居ない間にやったのだろう。しかもちゃんとラインを入れてくれてる、ありがたい。

「──その本、内容はどんなの?」
「一人の騎士が、仕えている相手に愛想を尽かして一人の旅人となり、たどり着いた遠い地でその日暮らしの仕事をするお話かしら。まだ序盤だけどね」
「面白そうだな」
「その騎士はね、自己犠牲を厭わずに主人に尽くしてきたけど、その主人と不仲になってしまって、出て行ってしまうの。それでその主人は後悔するのだけど、その時にはもう領地を出て行ってしまった。彼の居た部屋は、自分の物なんて何も無くて、与えられた時のままだったのを見て、自分がその忠義に酬いなかった事を初めて理解するの」

 カティアはそういいながら、本から目を離さなかった。
 俺はなんだか漫画のような、けれども実際には大分理解しやすく彼女なりに語ってるのだろうと思う。
 俺はそれを聞きながら、ベッドにちゃんと横になった。
 異様に眠くなってきた、精神的疲労が酷いのかも知れない。
 或いは、無理矢理血が足りないのを治した悪影響か。

「騎士は一人で頑張りました。様々な困難がありましたが、その度に自分に出来る事をしました。決して楽ではありませんでしたが、彼には神の加護があったのです。どんなに追い詰められても、立ち向かう意志さえ見せれば、多くの困難は退けられました」
「──……、」
「仕えるべき相手を失った騎士でしたが、やがて転機が訪れます。魔物が力を付け、人類を襲い始めたのです。騎士は、その国でただの傭兵として戦い続けました。傷ついて、それでも多くの人を守りながら──」
「ふぁ……」

 聞いていたらかなり眠くなった。
 欠伸を漏らすと、カティアが笑いながら本を閉じる。

「寝る? ご主人様」
「ん~、寝る」
「寝てばっかりね」
「忙しくない時は、休みを溜め込んでおくんだよ。どうせ忙しくなるし、その前払いで今休んでおけば良いかなって。どうせヘラが来ないと何も出来ないしなあ……」

 うだ~っとする。
 そして仰向けに天井を眺めていると、射撃訓練で「肩付け」に関して教わったのを思い出した。
 八九小銃を出して、必要な安全点検をすると天井に向けて構える。

「また訓練してる……」
「訓練じゃ──」
「みぎ肩よ~い、ひだり肩よ~い、射撃よ~い……」
「──……、」

 カティアが先日教えた言葉を羅列してきて、俺は目線でさえも集中させてしまう。
 そして待つこと数秒。「出た」と言われないので、からかわれたなと知った。

「銃持ってるときはふざけないで貰っても良いですかね……?」
「訓練じゃ無いとか言って、十分に意識してるじゃない」
「すこし過去に浸ってただけだよ。銃を構える時のアドバイスを思い出してね」
「ご主人様、ワーカーホリック?」
「俺はむしろ現在進行形でワーカーホリズムだっての……」
「仕事出来るけど仕事したくない人ね」

 暫くそのまま銃を弄っていたけれども、ノックが聞こえたので返事をする。
 どうやらミラノだったようで、俺はグダ~っとしたまま迎え入れた。

「──何してるの、アンタ」
「え? うん、何だろうね。昔を思い出して、こういう訓練もやったなあって。――っと、どうしたの?」

 八九小銃をそのままストレージに突っ込む。
 装備アイテム一覧からストレージに突っ込むと、その時点で光の粒子となって消えていく。
 重みや存在ですらその瞬間から無くなり、手放しても俺の顔面を叩くよりも先に銃は消えた。
 俺はゴロリとうつ伏せになった。完全にスイッチが入っていないのだが、ミラノが怪訝そうな顔をする。

「どうしたの? どこか調子が悪いの?」
「いや~、なんか……公爵に仕事頼まれちゃってさ。それを考えたらやる気が無くなった、みたいな?」
「仕事?」
「神聖フランツ帝国にちょっと顔出しして来いってさ。なんか、あっちから要請があったらしくて、ヘラが戻ってきて数日後に出発だとか」
「──ちょっと待っててね?」

 ミラノが部屋を後にする。
 何だろうなと思っていたら、なんだかデジャヴった。
 早足から駆け足となって遠ざかっていくミラノ、暫くして騒ぎ声が聞こえて、ゆっくりと歩いてくる足音が聞こえる。

「どうしたのかしら?」
「あ~、知らない方が良い」
「?」

 その足音が部屋の前に到達し、ノックも無しに扉が開かれ、そこに立っていた人物を見てカティアが数秒凝視していた。
 あぁ、またか。また公爵は殴られたのか……。
 娘だから受け入れているのか、それともそうされても仕方が無いと思ってるのか──。
 どちらにせよ、アーメンと十字を切ってやるくらいしか俺には出来なかった。
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