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5章 元自衛官、異国へ赴任する

80話

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   ――☆──

  翌日の午前、大タケルの技術を少しでも盗もうと俺は鍛錬や稽古、或いは知識などを貰い受けていた。
 まずは口で説明や学習を受ける、その次に見せて貰ってどのようなものかを理解を深める、その次に実際にやってみてから振り返って更に理解を深めるという、学校の教育や自衛隊で慣れ親しんだやり方であった。

「下地の出来てる相手に教えるのは楽で良いなあ」

 ふと、大タケルがそんな事を零した。
 どういう意味なのかは理解できず、少しばかり考えてしまい──。

「意識の違いってのは、どうしたって大きく出るだろ」

 意味を汲み取り、その解答で合ってるかな? と、少しばかり反応を見た。
 どうやらそれで正解だったらしく、大タケルは頷いている。

「歳をとると別の意見が取り入れづらくなる、無理矢理だと覚えが悪くなる、地位や身分が高くなると間違いを認め辛くなる、だからと言って盲目になると選択肢が狭まる。君は良い具合にどっちつかずだから『とりあえず学んで、覚えてみて、使えるかどうかは後で判断する』という風に学んでくれるから俺もやりやすいかな」
「俺だって、これでも大分前に習った戦い方やその世界での常識に引きずられてるとは思うけどなあ」
「はは、確かに。魔法を使うのが下手だよね、ヤクモ」

 指摘されたとおり、今の所戦いに魔法を交えるのが苦手だ。
 そもそも剣を握って間もないので、攻撃の前後に挟む動作が全て慣れたもので構成されてしまっている。
 大タケルなんかは器用に魔法を織り交ぜて試すかのように攻撃をしてくるが、それに対処する俺の行動が基本的に物理動作でしかない。
 マリーに教わったからとは言え、魔法を切り裂いたりぶん殴ったり、今なんか足で蹴飛ばす事にも成功したが──どれも『魔法での迎撃か』を問われたら、ノーとしか言えない。

「元々の戦い方がある訳だし、それが歪まない程度に習得していけば良いと俺は思うよ。それに、出来ないなら出来ないなりに知っておく事は損にはならないからね」
「そう、だな。出来れば習得できるに越した事は無いけど、流石にあの一瞬で何回も切り刻むような芸当は無理──かな」

 この前見せてもらったが、瞬きをしたかどうかも分からない合間に八もの斬撃を木に叩き込んでいた。
 一対一でも脅威ではあるが、一対多であってもその速度自体は活かせる。

「けど、小手先の技術でもいいから身に付けておかないと、マリーのような相手が出てきたときに対処できなくなるからなあ……」
「彼女に勝つつもり?」
「まさか。俺なんかがどうやったら敵うんだ? それでも目に見える到達点だから追わない理由は無いし、たった一歩でも多く踏み込めるようになればその分マリーが仲間の時に相手を邪魔できると考えられるだろ? マリーの方が凄いんだから、俺はでしゃばらず足を引っ張らずに居られる実力が欲しいんだよ。そりゃ、まあ……俺が敵を排除できるのならそれに越した事は無いけど」

 けれども、そんな事はできない事を知っている。
 Do not be a HERO《ヒーローぶるな》という言葉があるように、ゲームの主人公のように一人で戦局をすべてひっくり返すようなことはできない。
 この前の軍事演習で見たように、歩兵や弓兵、騎兵や魔法使いといった部隊が連携し、うまく”いかせている”だけなのだから。
 前に出れば「出すぎておるぞ、自重せい!」と言われ、「我こそは三国無双よ!」と言えるような働きが出来るわけでもない。

「それは──前に暗殺者……みたいなものに襲われたからかな?」
「そうそう。マリーと二人して襲われてさ、相手が強いのなんのって……。マリーがあの場合近接を狙われたら弱いって分かってたのに、弱かったから転がされまくっただけで、何も出来なかった──」

 実際、あの英雄殺しは本気じゃなかったと思う。
 もし本気で殺しにかかっているのであれば、特別アソビを取り入れないのであればさっさと俺を殺すべきだった。
 マリーと俺で比べれば弱いのは俺で、俺さえ居なくなれば本筋であるマリーを殺すのは簡単だったのだから。
 マリーが自爆を敢行して、それに耐えた俺が相手の不意を撃っただけに過ぎない。

「マリーが近接に弱いのなら、それを補うのが役割じゃないかと思う。それに、フアルやタケルが近接で活躍してくれるのであれば中・遠距離が俺の役割になると思っていたけど──」
「遠近両攻……。役割を自在に切り替える事が出来ると言うだけでも十分凄いと思うけどね。弓兵は直ぐに歩兵にはなれないし、歩兵はすぐに弓兵にもなれない」
「だからと言って、現状に満足して気がついたら誰かや自分が死ぬって言うのは避けたい」

 素直な感想だったが、それに対して大タケルは顎を撫でて「へえ?」と言葉を漏らしただけだった。
 その意味は分からないけれども、警戒させたのか満足させたのかどっちかだろう。
 少しばかり様子を見ていたが、相手は頷くと話を戻した。

「なら、今のヤクモに必要なのは技……と言うよりは技術、知識だね。君の言いなれた言葉にするなら手札って奴だ」
「ってことは、やっぱり魔法を攻撃に織り交ぜる方向性?」
「俺の場合だと──言い触らさないで欲しいけど──攻撃の合間合間に暗器を使う事がある。さあて、ここで問題。魔法での合間を縫った攻撃と、物理での合間を縫った攻撃。其々の利点と欠点を述べよ」
「あぁ、えぇ~っと……。魔法は物理的な阻害をされずに済むけれども、疲弊していたり魔力切れ等と言った要素で自分の戦闘能力を著しく下げかねない。逆に物理的な攻撃は攻撃などで阻害されやすい上に行使できる回数などが限られてくるけれども魔力を消費しないから地力が高ければ有利──とか?」
「短時間での解答としては良い点を抑えてるね、及第点くらいはあげられるかな」
「及第点なのか……」
「物理的な攻撃はどうしても使用した物に全てを依存せざるを得ないけど、魔法だと魔力がある限りは属性ですら使用者の自由に出来る。炎はどうしても恐怖を抱かせるし、雷撃なんかはその速効性で距離を多少考えずに済むし、風は不可視の攻撃である事が強みになる」
「うんうん……」
「それに、俺がヤクモに見せた魔法闘技は”纏う”って感じだっただろうけど、距離なんて問わないから習得できれば絶対に助けになる。まあ、扱いを間違えたら仲間を傷つけたり自分が負傷するんだけど」

 そりゃそうだ。
 アイアスもそういえば炎を纏って攻撃をしてきていたが、アレで自分もダメージを受けているのなら「うぉお、アッチィ!!!」と言う事になり、とてもじゃないが締まらない。
 それに、自分の攻撃で味方を傷つけるだけならいざ知らず、死なせでもしたら「お前どっちの味方だよ」となりかねない。

「……あ、なるほど。だから──」

 アルバートの兄貴、エクスフレアは軍事演習の際に少数精鋭を率いながら一騎打ちをする羽目になっていたのか。
 巻き添えを生み出すから味方の援護が受けられず、結果としてあの場がこう着状態を生み出したと。
 そりゃ武芸に長けて経験も積んでいる非魔法使いでも魔法使いに対して圧倒できる、そんな話もここに来て事実なんだなと理解できた。

「だから、なにかな?」
「ああ、いや。この前剣を教えてくれた人が教えてくれたことが、今聞いた事と繋がって理解が深まった──的な?」
「色々と教わってるんだ?」
「まあ、字も読めないし書けないってのは死活問題だしなあ……。戦いで幾らか目を見張るものがあっても、知識や知恵がなければいいように使われるだけだし、騙されたり見下されるのは嫌いだから」

 ロビンやフアルに市場を案内してもらうと言うのは、何もただただ品揃えを確認したいというだけじゃない。
 言ってしまえば『足元を見られてないか』と言う事を知っておきたいからだ。
 場所によっては品物の値段が掲示されて居ない事もあり、現代で言う『価格の二重表記』紛いな事も平気で行われる。
 俺なんかは身なり……と言うよりも、格好がそもそもこの世界の人たちと全くそぐわないので「何この田舎モン」みたいに見られる場合もある。
 そうなると他店を引き合いにして安いとか言われたりして、実際にはそんな事は無いとシステム画面で確認できてしまう訳だ。

「戦いは武力や技術力だけじゃない、情報とか頭の良さも入ってくるからなあ。今の俺は魔法と言う物を取り入れた戦い方を知らないし、それこそ国がどういった様相で構築されていて、そこでうまく生きていくにはどういった風にすれば良いかも知らないから……まあ、英雄扱いされて良い様に踊らされないように気をつけないといけないってのは確かだ」
「──ひとつ聞きたいんだけど、君の居た場所での兵士って大体君のような感じなのかな?」
「俺は……まあ、若干特別でさ。両親が違う国だから主義、思想、思考は入り混じっていてどっちつかずなだけで──。けど、同期や後輩、先輩とかも似たり寄ったりかな」
「頭がいい人ばかりなのかい?」
「と言うより、教育の有り方がそもそも違うんだ。身分や地位で学べる事柄やその質が違うんじゃなくて、有る程度は全員が出自や親の家柄に関係無く機会を与えられる。国によって全ての国民が最低九年間は義務として学習に努めるようにとしてるから、読み書きや数字の取り扱い、歴史や運動、道徳や他国と自国に付いて等々を学べる。男でも料理や裁縫を学ぶし、女子でも男性と近い境遇や機会を得られる様に学ぶ事はできる」
「──出自や親に関係なく、か。じゃあ、君の居た場所の人たちは教養高いんだ」
「さあ、どうだろう。全員が同じように学べるという事は新しい水準が設けられる訳だから、俺なんかはそこまで教養高い訳でも様々な事を知っている訳でもないかな」

 大学にも行ってないし、そもそも就職をしていないから社会も知らない。
 広大なネットの海に溺れて、ただただデジタルの世界と現実を行き来しながら妄想や理想を子供みたいに思い描いていただけに過ぎない。
 弟のように理系の大学に入るような頭もないし、妹のように経理が出来る訳でもない。
 軽くため息を吐きながら、呆れて首を振った。

「俺よりも射撃が上手い人なんて十人近く居る、格闘だって向き合えば膝が笑うような猛者が居た。偵察に関して細かい所を理解して、短時間で効果的に行動する人だって知ってる。たとえどんな重装をしていても、十五時間も行軍した後の突撃で疲労を見せずに突っ走る人だって居る。Fuck, Fuck'n Fuck...《あぁ、チクショウ》一つで誰かに勝っても、ふと上を見ればまだ上が居る。だからと安心していたら抜かれて置いていかれる」
「そこまで気負って生きる必要が有るのかな?」
「Hell ye...《トウゼ……》。あぁ、伝わる言葉……。当たり前だろ。人生はマラ……、駆けっこのような物だ。しかも道は提示されないし、終着点もわからない。同じ方向を走っていると思っても、自分の道は舗装も無く悪路で上り坂、隣を見たら舗装された平坦で緩やかな下り坂で気がつけば遠くまで行ってる……。追いつけるかも知れないと考えて追いかけた先で道が途切れていたり、人生の終着点が有るかも知れない。そう考えたら、やるべき事は押さえた上で少しでも上に行かなきゃ生きてる意味なんか無い」
「どれだけ高みに上ったかじゃなくて、どんな事をしたかじゃないかな──」
「それを見せたい相手がこの世を去った以上、もはや死ぬまで走らなきゃいけないんだよ。何か一つでも劣っているとそれが気になって仕方が無い、諦めが付くものなら仕方が無いけれども諦めるには早すぎて全てに手を出さなきゃいけない。今の所──戦いに関しては、それしかないからこそしがみ付いてでもやらなきゃいけないんだ」

 別に……積極的に生きたいとは思ってない。
 生きたいのではなく──活きたいのだ。
 ダラダラと何と無く老衰して死ぬよりは、死期を早めてでも短時間で多くの物を手に入れたい。
 効率厨? 知った事じゃないね。
 そもそも任務も、作戦も、目的も──なにもかもが『最小の手数で、最大の効率を叩き出す』為だ。
 そして人間とは『楽をする為に苦労をする生き物』でもある。
 死ぬ気で五日頑張れば良い、土日は死んだように眠れば良いだけなのだから。

「──君は独善的なのか、それとも何処までも自分に厳しいのか分からないな」
「自分の都合しか語ってないんだから独善だろ?」
「けど、戦いと言う分野で言うのならその使い方はいくつか有る。単純に正しい使い方をするか、それか悪い使い方をするかだ。けど、噂を聞く限りじゃ君は良い使い方をしている。つまりは独善と言い切れない訳だ。学んだ事を還元してるんだから」

 否定しようとした、そうする事で自分が善であるという決め付けから逃れようとした。
 しかし――それが出来る相手ではなく、それを否定する事で目の前の相手を否定してしまう事に気がついた。

「……お前、自分を盾にしてその言葉を吐き出したな?」
「否定したら、君は俺を否定する事になる。けど──君は自分と同じように命をかけて、誰かや何かの為に戦っている俺を否定する事が出来ないと思ったからね。自分を否定する為に相手まで否定する事はできない……と」

 大タケルはそう言いながら、悪びれもせずに笑みを浮かべていた。
 純粋な──或いは無垢な笑みともいえる。そこに邪推を介在させるのは難しいくらいだ。
 もっとも、まだ……疑り深く臆病な自分が目の前の相手を”嫌う”には何もかもが足りなさ過ぎるのだが。

「さて、そろそろ訓練に戻ろうか。時間は何時だって足りないからね。退屈だと思えるくらいにはたっぷり有る、けれども何かをするには足りなさ過ぎる」
「ん、了解。それで、今度は何を教えてくれるんだ?」
「そうだなぁ……。君は飲み込みが早いから訓練に必要な手順を幾つかすっ飛ばせるね。本来なら魔力を巡らせる訓練、所有している武器に魔力を纏わせる訓練、魔力を制御する訓練、想像した位置で魔法へと変換して発動させる訓練──今述べたのだけでも片手分は訓練を無かった事にしてる、何か月分かな?」
「マリーって言う優秀な教師が居るもんでね」
「英雄に師事して貰うなんて。余程の馬鹿か恐れ知らずだね」
「俺にとっては相手が何であっても、友好的であって関わる事が出来れば肩書きなんて関係ない。そもそも、魔法を最初に教えてくれた人は公爵家の娘だぞ? しかも当時の俺は人以下の召喚された身許不明の使い魔」
「そういや、そうだったね」

 市民ですらない俺も、思えば風聞だけで言えば立派になったものだ。
 実際にはあまり変わらないし、むしろ面倒な事があちらから殴り込んで来ている状態でもあるのだが。
 訓練とか鍛錬とは無関係の、外交だとかそういったのに振り回されるのはこれっきりにしてもらいたい。

「けど、実際問題教える事ってそんなに無いんだよね。だって、もう遠隔魔法発動が出来るでしょ?」
「まあ、こんな感じ?」

 剣を逆手に持ち、地面にサクリと突き刺す。
 そしてイメージした場所で火柱が上がり、その火柱を二人で収まるまで眺めた。

「魔法を交えた戦闘を行う、前段階に関しては既に習得できてるんだよねえ。後はもう実際に手合わせや実戦を交えて自分なりに掴んでいくしかないし」
「──……、」
「けど、俺は手加減が出来ないからそこは見逃して欲しい。見せるだけなら幾らでもやってあげられるけど、片目を失っている上に殺し合いしかしてないから。ちょっと間違えてヤクモが一口で放り込めるような大きさになっても嫌だし」
「そこまで細かくされるの!?」
「そもそも、この前だって空動作でさえ手加減してても見切れてなかったでしょ? そんな状態で俺とやりあう? 流石にそれは──」
「いや、思い上がってないから大丈夫。それに、手加減できないって言われてその結果が死だったら避けるしかないから頼まれても嫌だね」

 死んでも生き返るとしても、流石に目の前で一口サイズのステーキにされてからノコノコと蘇生してもらうのは気がひける。
 よしんば大タケルが「ヤっちまった!」とこの場を去った後だとしても、誤解だとか錯覚では済ませられない状態である。
 ……いっその事、幻覚や幻惑魔法の習熟に努めると言うのもアリかも知れない。
 目の前でド派手に死んでやっても「今の魔法、イッツイリュージョン!」と誤魔化せる可能性がでてくる。
 またカティアに「後ろ向きな努力やめて」と怒られそうだ。

「なら、魔法の創作でもしてみる?」
「俺としてはタケルの見えないあの刀技を少しでも真似られたら良いんだけど」
「あはは、そりゃダメだよ。俺の人生をアッサリと越えられたら、流石にへこむし。軽んじられてると言う見方も出来るしで勘弁して欲しいかな」
「まあ、そうだよな──」
「それに、君の戦い方は速さと技術に頼った物じゃないと見てる。俺と同じ戦い方をするには、応用とかじゃなくて文字通りの”時間”が必要になる。赤ん坊に今すぐ自分の足で立って走れと言うのは、酷な話だろ?」

 赤ん坊扱いされてるとは分かっているが、それでも実際にそれくらいの差があるんだろうなと認識する。
 同じように、俺が銃を渡して一から取り扱いを全部教えて、監督しながら自由に撃たせたとしても大タケルは疲弊するだろう。
 これに関してはお互い様と言う事か。

「俺の技術を真似するよりも、君は君に出来る事で自分を強くしていった方が良い。その方が、間違いなく良い結果になる。さあ、俺みたいに速さとそれに関わる技術が無い君は、どうしたら──どういう方向性でなら俺に勝てると思う?」
「──単純に考えるのなら、絶対に被らない”知識”と、唯一張り合えそうな”力”。それらに付随する技術で……だろうなあ」
「単純に考えれば、そうなるね。けど、見たとおり俺の技は相手に予備動作も、攻撃動作も、その終わりも相手に見抜かせない事が強みだ。何時攻撃が飛んでくるか分からない、しくじれば君は一刀両断だ。さあ、対策は?」
「全方位に、防御を、する……か──。攻撃の侵入経路を、限定させる? いや、けど……」

 木を切り倒した勢いだ、もしかすると更に固い物だって切り裂けるかも知れない。
 それを疑うと『魔法で土壁等を両脇に出現させる』と言う手段は意味が無い。
 壁ごと切断されてしまったらおしまいなのだから。

「──けど、なにかな?」
「……半端な防御を魔法で作り出しても、それこそ壁とかを間に挟んでも切り裂かれそうだって思ったから、現実的じゃないかなと」
「先手を打たれたら防げないのなら、先手を取るしかない。現実的じゃないけれども見切って防ぐか回避して反撃をするのも手だし、自信があるのなら完全に防ぎきって後手をとるのも良い。と言う風に、相手に合わせて自分の出来る事を考えれば良いけど──」
「と言うか、そもそも潜り込まれたらおしまいだと思って遠距離から撃てば良くね?」

 少しばかり落ち着いて、自分の相手にとって不利である点は何かを考えてそこに行き着く。
 ……そうだよ、別に魔法と剣を学んでるからってそれらで手段を限定する必要は無かったんだ。
 俺がそういうと呆気にとられた大タケルの表情が見れた。少しばかり気分がいい。

「はは、そっか。そうだった、それが一番手っ取り早い。相手と同じ土台で戦ってやる理由なんて無いんだから、遠距離が苦手な奴には遠距離から君のその”ジュウ”とやらを撃ちこんでやればいい。逆に近接戦闘が苦手なら、徹底的に張り付いて嫌がらせをしてやれ。……そっか、そうだった。君は近距離だけじゃなくて、多少遠距離もいけるんだった、忘れる所だった」

 まあ、今回の訓練が近接戦闘時の魔法による補佐と攻撃だったから仕方が無い。
 そう言えば剣で魔力を飛ばす事は出来るけど、指鉄砲でも出来るのだろうか?
 「バァン」なんて言いながらイメージしつつやってみたら何と無く出来た。
 これはこれで何かの役に立ちそうだから置いておくとしよう。

「君のその”ジュウ”って、どれくらいの距離までなら届くのかな?」
「あ~、っと……。ただ撃つだけなら千や二千までなら行くんじゃないかな、当てられるかどうかは訓練しないと無理だけど」
「撃つだけじゃダメなのかな?」
「遠くなればなるほど、余計な計算が必要になるんだよ。風速、重力、弾道落下、コリオリ──」
「なんだかよく判らないけど、矢と同じ原理だと考えていいのかな?」
「大体は」

 とは言え、ただの自衛官だった俺がレンジャー教育を経て狙撃手になった人たちの知識を保有している訳が無い。
 そこらへんはシステムで何とかならないのだろうかと見ていると、時間だの風向きや風速、湿度とかがちゃっかり表示されている。
 これなら単独狙撃も可能なのだろうかと考えながら、あとは実際に弾数をこなすしかないなと研究課題とした。

「けど、千や二千か──。音を聞いて反応できるかどうか……」
「あぁ、音よりも弾の方が速いから、遠くになればなるほど弾が届いてから音の方が後から聞こえるよ」
「じゃあ、俺は君と戦う事になったらまず君を排除しないと助からない訳だ」
「なんで俺がタケルと戦わなきゃいけないんですかねぇ……? 何かしら俺と対立する理由に心当たりでもあるの?」
「可能性を鼻から排除して死ぬよりは、可能な限り多くの対策を立てながら、それらが無駄になってくれた方が良くないかな?」
「それは、確かに」

 俺はそれでつい先日、痛い目を見て居る。
 魔物が犯人だと思い込み、人間が犯人である可能性を排除していた。
 その結果、胃がひっくり返りそうな程に吐き散らかした。
 ……正確には誰も被害にはあっていないのだが、俺自身が自身の楽観的な面を見せ付けられてへこんだだけとも言える。
 そして、覚悟の無いままに最善手を選択したが故に気分も悪くなった。
 戦場における人殺しの心理学──理由と意味で自分を誤魔化せるのなら、どんな事でも躊躇しないというもの。
 敵だと認識できている相手を殺めるのは──多少躊躇いは無い。
 しかし、降伏して一件落着だと思った矢先に救出対象の受けた惨状と、無抵抗の相手を殺すという現代における道徳や倫理に引きずられた俺には厳しすぎた。
 だから、同じ醜態を晒さないように──今度からは人間が敵と言う可能性も考慮する。
 魔物が居る中でも団結できずに同族を苦しめるとか、まさに”人類が破滅の危機に陥ろうとも、決して団結する事は無い”だ。

「それに、俺も君も所属が違うから敵対する理由も可能性も皆無とは言えないだろう? 国と言うものに背中を押され、周囲の人々と言う勢力に半ば強いられ、逃げる事もあたわず、意思や意志を無視して結果だけを求められる──。俺の方が、或いは君の方が強制されて否応無く戦うはめになるかもしれない、その時に上手くやる為にも考え続けなきゃ生きていけない。……紛いなりにも、命のやり取りをしてるならね」

 その言葉を受け止めて、俺はやはり甘っちょろいなと自分を笑った。
 暫く頷いてから、その言葉を受け入れて話を少しばかり戻す。

「それじゃあ、空動作でも何でもいいから魔法戦闘の技を見せて欲しい。それらを見ながら知識や発想の下敷きにして、何かしら自分で編み出してみる」
「ん、それが良いね。俺も勉強させてもらうよ、真似できるかどうかはさて置いてね」
「それで、一つ面白いの思いついたんだけど相談に乗ってくれると助かる」
「構わないよ」

 大タケルと一緒に、俺は魔法戦闘に関して色々見せてもらい、考え、そして実際に幾らかプロトタイプを作り出しながら近接戦闘能力を高める事に集中した。
 後は指摘された点を改善しながら、或いは別のプロトタイプと合流させたり分解したりしながら進めて行く。
 ――こういう時間は意外とあっという間に過ぎ去ってしまうもので、昼を食べに戻るのが幾らか遅れてしまった。


 ~ ☆ ~


 昼を挟んでからの午後、食事にすら遅れてきたマリーをおんぶして再び街の外へ。
 おんぶの理由? そんなものは単純で、夜更かし所か徹夜までしていたからである。
 まさか「移動中寝る」とか言って、背中に負ぶさるなり眠りだすとは思わなかった。
 先日マリーと魔法合戦を繰り広げた場所は、なんと言うか──鳥だのなんだのと死骸になっていたり、地形が宜しく無かったりで諦める事にした。
 
 こういう時に気の利く人物であれば多少良い場所を直ぐに探して戻れるのだろうけれども、残念ながら自分は気の利かない人だと思う。
 気に入った服や靴、ズボンやシャツを着続けたり、似通ったものを溜め込むくらいに見慣れたものや、馴染んだもので落ち着いてしまう習性が有る。
 午前に大タケルと一緒に居た場所までマリーを連れてくると、ビーチチェアを思い浮かべてから指を鳴らした。
 それらしく土から作られたそれに、エアマットをストレージから出して敷いてやってからマリーを寝かせた。
 パラソルも有った方が良いだろうかと少しばかり考え込み、寝心地や居心地が良いほうがいいだろうと言う『楽する為に努力する精神』を発揮させた。
 柱のようなものを作り、雨衣の内側の肩の部分へと引っ掛けて簡単な遮光を作り出す。
 魔法の消費は少ないし、撤去も設営も簡単だ。
 使えるものは本来の用途とは違っても、それでダメージが行かないのなら何でもやれって教えは本当に役立つもんだ。
 官品では絶対やっちゃダメだけどな!

「マリー、ついたぞ~。お茶も淹れたぞ~……」
「ん~……」

 ヒタヒタとマリーの頬を叩きながら起こす。
 それでも中々目を覚ましてくれず、淹れたはずのお茶が温めになってからマリーは目を開いた。

「眠そうだねえ……」
「だって、寝てないし。背中に負ぶさって久しぶりに寝たかも」
「人の背中を寝床にしないでくれませんかねえ? それで、今度は何を研究してたのさ」
「前も言ったけど、隷属させられてるこの召喚魔法と言う呪縛から抜け出す方法。結ぶ方は簡単なのよ、新しく誰かと繋がりを作って魔力の供給を受けるのは」
「それは隷属とか命令とか無しで?」
「アンタは生身の人間だから魔力を経由した命令に抵抗できるけど、私達はこの身体は魔力のみで構成されてるから魔力経由で命令されると拘束力が強いのよ。けど──ふぁあ……──結ぶにしても今の所その”隷属”を抜け出す手段が見えてこないのよね。ただ、ひとつ方法を見つけたんだけど」

 そう言って彼女は俺を見ながら何かを見透かそうとしていた。
 その意味と目的を理解できずに居たが、彼女は服の内側から一本のナイフを取り出した。
 短刀……だろうか? 女性でも”最低限の抵抗”と言うものが出来るくらいの代物に見える。
 ナイフなんかを出してどうするのだろうかと思っていたら、彼女はスラリと抜くと握り締めて──滑らせた。
 ──頭の中が真っ白になりそうになる、血の気が引いたのを嫌な寒さで感じ取った。
 当然のようにナイフを伝って血が流れてくる。
 その血が地面を濡らし、その血がゆっくりと魔力の残滓へと変換されて消えるのを見て俺は現実に帰る。

「マリー、お前……」
「落ち着いて、直ぐに話は終わらせるから。魔力は命、生命そのものである。それは知ってるわよね?」
「そりゃ、まあ──けど……」
「だから、召喚という”召喚者を経由して顕現する”という物は、その時点で繋がりが出来てる。それはアンタのような例外も含まれるみたいだけど……。アンタの言っていた”領域”の中に私達が含まれていると言う考え方ね」
「──……、」
「容器を人、その中の水を魔力だと考えて。その中身がアンタの言う珈琲であれ、紅茶であれ器の中である以上は逃れられない。そして当然だけど器を壊せば中身の魔力ごと私達も流れ出て、その内消えるしかない」

 そう言ってマリーはカップを少しばかり傾けて紅茶を零した。
 簡易テーブルを覆っているシートに紅茶が垂れて、珠となって震えていた。
 その紅茶の珠が蒸発して消えてしまう事は、俺には理解出来ている。

「器から別の器へと移す事は出来るけど、結局それは何も変わらない。けど、互いの血が交わる──”制約”ではなく”誓約”なら対等な関係で居られるの。強制された主従ではなく、お互いが相手を受け入れ誓う事で──」

 そう言ってマリーは俺にナイフでスッパリと切った手の平を俺に見せてきた。
 瑞々しい切り口、そこから生命を感じさせるように溢れる血、そして彼女が生身の人間ではなく魔力で構成されていると思い知らされる魔力の粒子。
 俺は落ち着くことが出来ずに一度だけ目をそらして深呼吸をし、直ぐに彼女へと回復魔法をかける。

「つまり、お互いに誓い合って受け入れる事で繋がりが出来る? 血の掟とか、血の盟約みたいだ……」
「お互いの血が相手に混じるんだもの、どちらかが拒絶すればそれはただの異物でしかない。それに、これは私が見つけた──理論で構築しただけで、実際にどうなるかは分からない代物。アンタは私の血を受け入れたら死ぬかも知れない、私もアンタの血を受け入れたら消滅するかも知れない。……脅しじゃなくて、それくらいの覚悟をお互いに持って行うものよ」
「相手を信じ切れなければ、疑ってしまえば成立しない──まるで……」

 まるで、結婚《死が二人を別つまで》みたいだ。
 どんな困難があろうとも、どんなに貧しくとも共にあるという誓い。
 俺は、そんな盟約を背負いきれるほどタフな男じゃない。
 言葉を切って考え込んだ俺を、マリーは治癒を受けながら怪訝そうに見つめていた。

「まるで、なに?」
「運命共同体みたいだな、って」

 そのまま告げるわけにも行かず、いつものように半分嘘、半分本当の言葉を返した。
 間違いなんかじゃない、ただ──男女としてなのか、そうじゃないか位の差だ。
 人生を共にする事と、運命を共にする事は似て非なる。
 俺はそう思う。

「よくこんな事を思いついたな」
「昔……遠い昔、歴史が途絶える前にそんな宗教があったらしいの。『これは あなたがたのためのわたしの体である』と言って、血を以って繋がりとしたんだとか」
「あ~……」

 まあ、深くは語らないで置こう。
 それは血じゃなくてブドウ酒であり、現代なら赤ワインが妥当なんじゃないか?
 しかし、魔力が生命の源でもあり、それを互いに交わす事で繋がりとなると言う理屈は素人にも妥当なんじゃないかと思えた。
 
「……なら、不安は有るけど魔力の供給を受けるという手段自体は出来た訳だ」
「まだまだ研究する必要が有るけどね。けど、繋がりを絶つって、どうやれば良いのか──何か考えは無い?」
「素人意見でも良いのなら幾つか有るけど……」
「どういうの?」
「自分の身体が魔力で出来てるのなら、自分の身体を構成している魔力の状態を探ってみるとか。或いは、人の身体を切り開くような感じで自分がどういった感じで出来上がっているかを理解する──みたいな」

 考え方はパソコンのスキャンである。
 あるいはX線でも良いけれども、これだとただの異常探知でしかない。

「で、自分を構成している箇所と、ニコルと繋がっている箇所を見つけ出してそこから逆に辿っていく事で何かしらの突破口になるんじゃないかなとは思うけど──」
「……人を切り開くって、アンタの考えは幾らか異常だと思ってたけど、これ以上とない異常をぶっこんできたわね」
「なんで!?」
「人を切り開くとか、そんな事を考えた人を聞いた事が無いから。……アンタの居た場所ではそれが当たり前なの?」
「必要に応じて、負傷や病気といった症状に応じてやるよ。何かの破片とかが体内にある場合は摘出したり、負傷の度合いによっては切除とかもやるし。あと内蔵とかに腫瘍とか、変な物が出来てたら切ったりとか──色々?」

 そこらへんは医学持ちじゃないので良く分からない。
 出来る事といえば止血法や、最悪の場合の摘出くらいだ。
 その摘出も弾丸摘出だから、多分応用は出来ないだろう。

「ここじゃ解剖学……と言うか、人体切り開いたりとかはしてないのか」
「大分昔に禁じられたわ。理由は色々有ったと思うけど、覚えてるのだと……そうね、魔法使いの身体は庶民と違うので、その身体自体が祝福を受けたものであるとかなんとか」
「胡散くさっ」
「そう思うなら他の誰かの前で言ってみなさい? そっこうでアンタは異端者扱いされるから」
「面倒くさっ!?」

 けれども、それらもなんと言うか……知っている歴史と合致するものなんだなぁ。
 なんだっけ? 死者の冒涜だっけ? それとも遺族の要望と言うものが大きくなったから解剖が一時的に凍結されたんだったか……。
 あんまり良く覚えていない、世界史の授業で聞いた気はするんだよなぁ。

「けど、その発想は面白いから貰っておくわね。そっか、自分が魔力で出来てるから魔力的に検査をして自分を構成している部分と、そうじゃない部分を割り出して──それなら直ぐに出来そう」
「天才はいいねえ」
「馬鹿言わないで。天才って言葉、侮辱にしか聞こえないんだから」
「けど、理解力と聞いた話を応用する力が有るってのは事実だろ?」
「私は天から才を与えられたんじゃない、ここに至るまで数多くの物を掴むように努力してきただけ。私からして見れば、知識を引用や応用して魔法への理解を色々すっ飛ばしたり、新しい領域に踏み込むアンタの方がよっぽど天才に思える」
「──……、」

 大タケルのときもそうだったが、これも否定するのは難しかった。
 マリーを褒めるつもりで、否定された上で「それだったらアンタも」と括りつけられてしまった。
 マリーが天才じゃない事が、イコールで俺も天才じゃ無いと言う主張になってしまっている。
 マリーが天才なら俺も天才にされてしまうので、これ以上突くのはよろしくないと撤退するしかない。

「……そう言えば、魔力の供給に関してちょっとだけど別の考えが浮かんだんだけど」
「なに?」
「俺の使っている銃に似た奴をユニオン共和国が使っていると聞いたんだけど、弾は魔力を用いた物だって聞いた」
「あぁ、その”魔石”を用いれば誰かを頼らなくても単独で顕現し続けられるんじゃないかって事ね」
「話が早くて助かる」
「けど、その考えは現実的じゃない。供給し続けるお金も無ければ、鉱山を運営する権利も、人を働かせて入手し続ける方法も無い」
「──と言う事は、魔石の魔力含有量が不十分って事か」
「アンタは一度の食事で一つ週が巡る時間を、或いは月が一度巡る期間を何も食べずに生きていられる?」
「無理。まず水を飲まなきゃ三日で死ぬ」

 俺がそういうとマリーは「ほらね」と言った。
 ……食事でも供給できるとは聞いたが、それじゃ不足するのだろう。
 浅慮だったかなと思ったが、マリーは「けど」と続けた。

「姉さんが持ってる杖の……あの魔石なら、大分魔力が有るかも知れない」
「って事は?」
「運が良ければの話だけど、魔力を沢山含んでいる物が見つかれば契約破棄だけしてやっていけるかもね」
「乗り気じゃないように見えるのは俺の気のせい?」
「運任せにしたくないの。楽観的に構えて、気がついたら魔力枯渇寸前で手段が見つからなかったら餓えて死ぬだけじゃない。餓えるのは嫌」

 そう言ってマリーは強く拒絶反応を示した。
 俺だって餓えるのは嫌だ。出来れば水が飲めなくて乾涸びるのだって御免被りたい。
 
「けど、マリーは詠唱を破棄してでも魔法を素早く使えるようにしたのに対して、ヘラは杖に魔石を入れて詠唱してるのは何でだ?」
「それは簡単な話よ。私は攻撃する事を選んで、姉さんは誰かを守る事を選んだから。負傷者の手当てとかは一人ずつ見なきゃいけないし、私みたいに自分に負担をかけてまで詠唱を捨てる意味も理由も無かったし」
「ふぅん……。あ、見つけた。こんにゃろ──」

 そう言って彼女は空動作で何かを掴もうとしているような……。
 或いは、虫を追い払おうとしているようにも見える動作を始める。
 俺はそっと椅子から立ち上がって珈琲を庇いながら後ずさる。

「俺、邪魔なら帰るから……」
「違うっ! アンタの言った通り、ニコルとの繋がりを見つけたのよ!」
「え、早くない?」
「全身魔力みたいなものだし、こんなの楽勝よ。ふふへへ……どうしてくれようかしら、コイツ──」
「待て、早まるなマリー。考え無しにその繋がりを絶ったら後がなくなるぞ!」

 怪しい笑みを浮かべているマリーに、とりあえずの警告だけしておく。
 考え無しだとは思いたくないけど、彼女がどれだけ鬱屈しているかを考えると否定できない。
 勢いで「やっちゃった」とか言われて「契約して、新しいご主人サマになってよ!」とか言われるのは流石に嫌過ぎる。
 しかも拒絶できない自分が見える見える。
 今回の一件が終わってからニコルとの関係が冷え込みそうだし、俺の扱いでまた公爵は悩みそうだし、危険を呼び込みそうで嫌だ。

「そっ、そんな事する訳無いじゃない。私を後先考えないじゃじゃ馬みたいに言わないでくれる?」
「動揺を隠せてない時点で信じられる訳無いんですが!? って言うか、なんか怖くなって来たからさっき言った血の契約だか血の盟約だかの方法教えて?」
「あんでよ」
「怖いからに決まってるだろ!? ほら、Hurry, hurry《はよ、はよっ!!!》!!!」
「急かさないでよ! 手順だけは教えるから……」

 そう言ってマリーは紅茶を飲み干すと、魔導書を机に置いた。
 俺も珈琲を口にしながら椅子に戻り、彼女が項目を見つけ出すまでノンビリと構えた。

「あぁ、あったあった。とは言っても、手順自体はそう面倒じゃないけどね。互いに血の交わりをしながら、十の盟約を互いに口にする」
「それって絶対?」
「召喚魔法の設定とかを全部破壊できなかったから、上書きして置き換えてここまでに出来たの。むしろ感謝して。はい、十の盟約」

【一つ】 互いに敵意や悪意、害意を向け合う事を禁ずる
【ふたつ】 あいてをうたがわない、うらぎらない
【三つ】 お互いの物を奪ったり、傷つけたりする事は禁止
【四】    お互いを尊重し、対等な関係で居続ける事
【五つ】 上記のどれか一つでも守れない場合、盟約は締結されぬ
【六つ】 盟約を結んだ際に生じた負債は互いに補う事
【漆】 結ばれた盟約は双方の合意無しに破棄出来ないものとする
【八】 お互いに話し合って決めた事なら、上の規定は無視できる
【きゅう】 どのような状況下でも、これらのルールは遵守されます
【ジュウ】 シがタガイをワカつまで、トモにアユむコトをチカいますカ? →誓います

「……十の盟約って聞くと、『アッシェンテ!』的なものか、血の掟《オメルタ》か、モーセの十戒を思いついたけど。これは──」
「これは……私達の間で決めた物を当て嵌めた物よ。本来の召喚だと一方的に主人への忠誠だとか、奪ったり踏み込んだりするな~って物だけど、それを改竄したの」
「ちょっと待っててくれ、写すから。──それで、血を交わしながらこれを互いに言って、それで終わり?」
「最後に言うのよ血の契約を《アシエンテ・デ・サングレ》って」
「──……、」

 なんか、こう……。頭の中でマフィアの掟やら、血の盟約やら、色々な知識がごっちゃになってきて突っ込めば良いのか迷ってしまう。
 しかし、数秒後には「ま、いっか」と思考を放棄した。
 全ての道はローマに通ずと言うくらいだし、そもそも『アシエンテ』って単語自体は王室由来の言葉だから!
 ……俺が過剰に反応しすぎなのかな。

「あの時は皆が指を切って、同じ紙に血判をしたっけ。懐かしい……」
「その時から血の契約をしてたのか」
「血の契約じゃなくて血の盟約って言ってたけど、今は契約でいいでしょ」
「で、その誓いを口にするとどうなる?」
「口にした時点で、お互いに定められた十の約束事を遵守する意識があれば上手くいくはず。そうじゃない場合は契約自体が無効になるから、強制や悪巧みに使えない」
「これに関しては強制力って?」
「絶対。そこも改善出来なかったから文言を弄って少しでも抵触し辛いようにはしてるけど──」
「けど、なに?」
「そんなに難しい事を要求されてるわけじゃないし。『裏切らない、奪ったり傷つけたりしない、仲間大事に』位の大雑把な括りでもやっていけるんじゃない?」

 マリーにそう言われては黙るしかない。
 魔法を改竄して、ルールを騙しているのだから仕方が無いのだろうが──。

「これさ、十の盟約──だっけ? これ全部数字の割り振りとかが違うのって──」
「その時に誓いあった仲間、一人一人の言葉を思い出しながら書いたから。誰かが……原文を持ってる筈なんだけど」
「じゃあ、盟約を設けるにあたって一人が全員に強いる事柄を決めたのか。自分だけじゃなく、皆が平等になるように」
「ええ、そうね」

 その文面を眺めながら、より良い改竄法は無いだろうかと考え込んでしまう。
 しかし、使い魔召還の原文を知らない俺は弄りようが無いし、そもそも英雄を召喚するという行為そのものが根源であったとしても、遥か昔に定められた物に食い込めるかと訊ねられたら首を横に振るしかない。
 そもそも当時の人たちと神が定めたルールとかになるのだろうから、そこには踏み込む事が出来ないだろう。

「けど、これって──例えば俺とマリーが互いに誓い合ったとして、魔力を取られ続けるだけ俺が損してるような気がするんだけど」
「そう思うでしょ? 使い魔契約だと一方的に相手の居場所を探ったりと色々出来たけど、これは相互のものだから。それに、繋がりが出来るからアンタの使い魔とやってる会話のような真似事も、一方からじゃ無くて相互に出来るようになるの」

 カティアと俺は別に使い魔契約のシステム上で会話をしている訳じゃないんだけどな……。
 けど、それを言い出すと「MMOゲームのようにパーティーメンバーと通話が出来るんだ」なんて説明をしなきゃいけなくなる。
 たぶん、MMOってなに? ゲームって何? となるので黙るしかない。
 ただ、聞いている限りだと俺とカティアがパーティを組んでいるのと同じような恩恵を得られるという事か。
 一点違う所が有るとすれば、それによってカティアやマリー達のような魔力体の相手が供給を受けられるようになると言う点くらいか。
 そしてマリーがそれを利点と言うという事は、やはり距離を無視して互いの状況を知る事が出来る上に会話が出来ると言う要素がでかいのかも知れない。

「なんにせよ、使う機会が無い事を願うよ」
「さあ、それはどうかしらね。アンタくらいに魔力の保有量を誇る人物が他に居れば候補に入れてもいいけど、私は信じられない相手と契約を結ぶつもりは無いの」
「俺を選ぶのもどうかしてると思うけどな」
「アンタは──むしろ勝手に死なれないか見張られる方でしょ」

 それを言われると何も言い返せないんだよなぁ……。
 どうせ生き返るからと自分の頭をぶち抜いた所を見られたのが弱みになっている。
 あんまり他人に弱みを握られたくないんだけどなぁ……。
 開き直る事も出来そうだけれど、それが出来るほど距離が遠くないのだ。

「どうする、予行でもやってみる?」
「しないよりは良いかな。あと、ついでに昨日の……なんだ? 精神操作系の魔法への抵抗の練習もしておきたい」
「自分の心の傷口を抉りたいって人、初めて聞いた。そういうのって、受けて抵抗するんじゃなくて魔法防御するものなんだけど」
「まあ、その、なんだ。念の為ってやつ? 魔物がそういった精神汚染攻撃してきた時に少しでも抵抗できた方が良いし」

 先日の光景を思い出す。
 全ての色が抜け落ち、何処を向いていて何処が地面で何処が空なのかすらわからない状況。
 あんな世界に長時間居たら、間違いなく精神が壊れる。
 自分にとって決して無意味では無い死体。
 すすり泣く声、血色の空……。
 
 辛い時は、もっと辛かった時を思い出せと言われた。
 なら……これは一つの自己強化に繋がるのでは無いだろうか?
 これ以上とない”最悪”を体験する事で、どんな時でも揺らがないような人物になれるかも知れない。
 弱くて、脆い自分は嫌だ。
 失望されて、嘲笑されて、見捨てられるのは嫌だ。
 だからやるんだ――そう、やるのだ。

「血の交わりって、出血してれば何処でも良い感じ?」
「多分ね。本来は手首だか、腕を切ったらしいけどね」
「……手の平を互いに切ったという想定でいこう?」
「そうね」

 どっちの手が良いだろうかと一瞬考えてしまった俺は、どうしようもなく海外育ちである。
 握手の意味が『武器を持っていませんよ』と言う所から来ていると知っていて、かと言って左手は無礼だという事も知っている。
 右手か左手かで悩んでから、右手を差し出した。
 少なくとも礼を失している度合いで言えばこちらの方が低い。
 そして無意味に悩んだ俺を嘲笑うかのように、マリーは左手を出して指を絡めて握ってきた。
 臆病な──自分の核が悲鳴を上げ、心臓が不必要に騒ぎ立てる。
 
 しかし、だ。
 なんとか──まだ中途半端に自衛官だった頃の自分に片足を突っ込んでいたので、表面上は取り繕うことが出来た。
 手汗とか出ないか心配になったが、誤魔化すように空いた手でメモした十ヶ条を読み上げようとする。

「これでお互いが血を交わしているという状態になった、ということにして。さっきの十個を、お互いに読み上げるの」
「それはどちらかが先とか、遅れたり早かったりしても大丈夫なの?」
「あまりにもズレが酷くなければね。はい、一つ目から」
「一つ目……」

 そこから粛々と一つずつ読み上げる。
 マリーが先導するように、或いは俺のメモに間違いが無いか確認させてくれるように最初に言う。
 俺はメモを見ながら、彼女の言葉を聞きつつ間違いが無いか確認しつつ後を追う。
 しかし、一人が一つだとしてなぜ十なんだ?
 十二ないし十四じゃないのか?
 互いに誓いをあげた時期が、丁度十人しか居ない時だったのか?
 それに、カタカタ表記の言語が出て来てるけど、誰も疑問に想わずにこれを通したのか?
 そもそも最後なんて、なんと言うか──平仮名とカタカナしかない。
 マリーの写しでさえ十分に歪んでいるが、翻訳して意味を併記してる時点でおかしい。

「『きゅう、どのような状況下でも、これらの”るーる”は遵守されます』」
「『きゅう、どのような状況下でも、これらのルールは遵守されます』」

 しかし、そんな考え事をしている間にも拙くも九番目まで契約の文言は言い終わってしまった。
 そして十番目──今までスラスラと自分の言葉のように繰り出していたマリーが、そこで間を作った。
 深く息を吸って、吐く。
 その音が少しばかり珍しく、深刻そうに見せた。

「『──ジュウ、シがタガイをワカつまで、トモにアユむコトをチカいます』」
「『ジュウ、シがタガイをワカつまで、トモにアユむコトをチカいます』」

 最後の一つだけ、結婚式と同じなんだよなと思ってしまう。
 背景はまったく違うけれども、求められている事は同じなのだ。
 どちらか一人が、或いはお互いに苦しく、辛く、明日が見えない状況であっても決して見捨てない。
 たとえ死ぬ事になろうとも、そのギリギリまで支えあって、助け合って生きていく。
 ──そういう言葉だ。
 
「……形は違うけど、まさかこの言葉をいう事になるなんてなあ」
「アンタの言いたい事は分かってる。けど、へんな深い意味は無いから」
「これに関しては何も言わないよ。マリー達、仲間同士の誓いなんだ、それを踏み躙るような事はしたくない」

 そう言ってから、マリーの手が俺の手を握っている力が弱いことに気がつく。
 ゆっくりとマリーの手から逃れると、地味に手汗をかき始めていた手を拭い、ペンを取り出してメモを眺めた。
 するとすぐさま後頭部を叩かれ、意味が分からずに呆けてしまう。

「え、え!? なに、何か悪い事した!?」
「べっつに。手がべとべとして気持ち悪かったから、つい」
「せめて頭じゃなくて俺の服で拭ってくれません!? あぁ、なんだっけ。何考えてたか忘れた!」

 実際にはまだ考え出しても居ないけれども、こちらが何かを失ったことで”相子”となるような流れを作る。
 下手に余裕を見せると追求や追撃がきかねないし、これをやっておくと大抵の相手は余計なことをしなくなる。
 マリーも自分がしたことで余計なダメージを与えたと思ったのか、それ以上何かを言ったりはしなかった。
 そして暫くの間、先ほど挙げた疑問点を箇条書きにして考え込む俺を、マリーは何を考えているのか分からない様子でじっと見つめてくるのであった。
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