忘れられた妻

毛蟹

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「どういう事だ。アレで手を煩わせるなと話してあっただろう」

セインは苛立ち混じりにメイドを睨みつけると、彼女は「ひっ」っと小さく悲鳴をあげる。
セインの裏の顔を見たような気分になって、ローディンは友人だった頃に気がつかなかった鈍さに腹が立った。

「食事を持っていったのですが、食べた形跡がないんです」

メイドはセインの苛立ちに怯えつつも、言うべき事はちゃんと伝える。
どうやらチネロに侍女をつけるどころか、生活の世話すらしていなかったようだ。
しかも、食事を食べた形跡がないことに気がついて慌てる。ということは、長期間チネロに食事を与えていない事を裏付けているようにローディンは思えた。

「その程度の事を僕に報告したのか?最後に食事を出したのはいつだ?」

しかし、セインはメイドの言葉を大した事ないと捉えたようだ。

「3日前です」

「なんだと!?ずっと食事を与えなかったのか?」

セインは、3日間食事を与えられなかった事に驚いていた。
ローディンは、3日も食事を与えられない扱いに、恐怖を覚えた。人にしていい扱いではない。

「なぜ、そんな事をしたんだ」

「反抗的な態度を取ったんです。セイン様とエリー様の事を侮辱したんですよ。彼女は!」

メイドの苦し紛れの言葉にローディンは、怒りを覚える。きっと、もっと酷いことをこのメイド達はしている。
セインは「それなら仕方ないか。わからせるための教育は必要だ」と呟くのが聞こえて、ローディンはチネロをこんなところに置いておくなんてできないと思った。

すぐに保護しないと……。

「様子を見に行け」

「僕も見に行っていいよね?」

セインはあくまで自分では様子を見に行くつもりはないようで、メイドに指示を出す。
それに、ローディンは乗っかるように自分もついて行くと言い出す。

「アレのために手を煩わせるのは申し訳ない」

セインはしばらく悩むような素振りを見せて、それを固辞しようとする。しかし、このまま放置したらチネロは間違いなく死ぬかもしれない。あるいは、もう、亡くなっているかもしれない。
どのみちこのまま放っておくことなんてできるわけがないのだ。

「彼女が死んでいるのかもしれないのに、そんな事を言うのか?」

「勝手に死んだんだろう?僕には関係のない事だ」

セインはあくまで他人事のようにローディンから目線を逸らした。
ローディンは、まだ、どこかに残っていた友人としての情を捨て去った。
ローディンは罰を受けるつもりでいた。しかし、セインには、された事をそっくりそのまま返されたとしてもまだ足りない。彼は、チネロだけではなく彼女を愛した人達すら踏みつけにしたのだ。

「扉は僕が開けるよ。君たちは余計な事をしないで!」

セインは二人にきつく注意すると、別邸の扉を開けた。
別邸の玄関にはベッドが置かれていて、薄汚れたシーツが盛り上がっていた、チネロは体力を使わないためにここで寝起きしていたのだろう。

「ぅっ……」

うめき声と共に薄汚れたシーツがモゾモゾと動いたのが見えた。
そこから露わになったのは、痩せ細り骨と皮になった手足だ。
病人の方が健康に見えるようなそんな手足だ。

「なんだ、生きているじゃないか、僕の気を引くためにわざと食事を摂らなかったんだな」

セインには、どれだけ彼女が痩せ細っているのか目に入っていないようだ。
こんなにも痩せ細ろうとしても、病でなければ心の中でストップがかかるものだ。
どれだけ、チネロは過酷な生活をしていたのだろう。ローディンは想像するだけで胃がキリキリと痛み出した。

「それは本気で言っているのか?どうみても病人だろう!彼女は連れて行く!」

ローディンが怒鳴りつけると、セインは驚いたようにポカンと口を開けていた。
ローディンは、チネロを抱き上げようとベッドに近づくと、今の状況をまずいと思ったのか、セインがそれを止めようとした。

「お前にその権限があるのか?ただの平民にそんな事できないだろう。それに、ここでなら手厚く看護ができる」

どの口が言っているのだろう。こんなところで生活させたらチネロはすぐに死んでしまう。
ローディンは、チネロを死なせるつもりはなかった。

「確かに平民だ。だけどね、ここで彼女が亡くなったらどんな扱いを受けていたのか調べられると思うけど、それでもいいの?そうなったら、どうなるんだろうね。僕はこの状況を見ている」

ローディンの脅しにセインはこのままチネロが亡くなったら、どんな扱いをしていたのか知られたら何かしら咎を受けると思ったのだろう。
渋々だが、承諾した。

「っ、連れて行け」
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