忘れられた妻

毛蟹葵葉

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ローディンとチネロを見送りセインは唇を噛み締めた。
引き止める事すら出来なかった。ローディンの脅しにセインは屈した。というよりも飲まないと自分に不利だと思ったのだ。

それにしても、なぜ、こんな事になった。アレが餓死寸前で生きていたなんて……。
メイドには「死なない程度に生活の面倒を見ろ」とは言った。しかし、それは不自由を感じない程度に生活をさせろという意味だった。
不自由のない生活をさせれば、離縁の時に文句など出るはずもないと彼は思っていた。
それに、不貞を起こすものだと信じて疑わなかったのだ。

忌々しい式から、セインはチネロの存在をすっかりと忘れていた。それは、一度も彼女の話を聞かなかったからだ。
ローディンに叱責されて、チネロの身体を見たセインは事の重大さにようやく気がついた。

アレにしたことが表に出たら責任問題になる。

確かにチネロに、腹を立てていたのは事実だ。しかし、メイドに食事を抜けなどと指示はしていないし、死んで欲しいなどと思ったことはない。
セインは顔を合わせないようにして、白い結婚を成立させるつもりだった。

しかし、メイド達はセインの態度から、何をしてもいい。と、判断したのだろう。
自分は悪くない。セインはそう思った。悪いのは貴族の娘を軽んじたメイド達だ。

「僕は、ちゃんと指示をした。それを間違って受け取ったのはメイド達だ。悪いのは僕じゃない」

チネロが助かったとしたら、きっと、裁判になるだろう。

もしも、裁判になったとしてもセインは勝てるだろうと思っていた。
この事実を知っているのはローディンだけだ。しかし、チネロが人並みの生活をする事になったらすぐに体付きは元に戻るだろう。
そうなると餓死寸前まで痩せ細った証拠など無くなっしまう。痩せまま生活させたらチネロは死ぬだろう。
そうなったらセインはローディンを逆に訴えてやろうと思った。
二人が駆け落ちした事にして、不貞と名誉毀損とチネロへの虐待で訴えてしまえばいい。

ローディンは平民だ。過去は公爵家の次男だったけれど、『結婚相手を見つけてもらえなかった』件もある。彼に味方する貴族などいるはずがない。

セインは、そう思うと、取るに足らない相手だと自分に言い聞かせる。
法律は上にいる人間を守るためにあるのだ。

しかし、自分たちがした事がバレてしまえば一巻の終わりだ。咎は受けなくても悪い噂はついて回る。別邸に残っている証拠を消して、チネロに日常的な虐待があった事を外に出さなければいい。

ここに来ることができないローディンは証拠を集める事などできないはずだ。
まずは、メイドたちから話を聞いた方がいいだろう、

「お前たち!チネロに何をした!」

「私達は旦那様の指示に従っただけです。死なない程度に調節して生活の面倒を見ました」

「アレは子爵といえ貴族だ。お前らごときがそんな事をしていい相手だと思っているのか?いいか、お前たちが勝手にやったことだ。その責任はお前たちにある」

「そんなっ」

メイド達は怯えたように顔を青ざめさせた。

「アレにした事よりも酷いことをされたくなければ証拠を早く消せ」

セインの指示にメイドたちは慌てて別邸を片付け始めた。
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