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ケーキバイキング
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ケーキバイキング
そして、ケーキバイキングの日。
調べてみると、スイーツが有名なホテルらしい。
始まる時間は16時だ。
ホテルのロビーで待ち合わせして、弓削に案内されるままにバイキング会場に入った。
予想通り女性ばかりで、男の弓削だけ浮いていた。
「僕ね。甘いものが大好きでね。でも、こういうところって男一人だとちょっと浮くでしょ?」
何でも、恋人のいない話しやすそうな女性社員を片っ端から誘っているらしく、大坪とも行ったようだ。
バイキング会場は、広いこともあって意外と静かだ。
席は、あえてなのか人が少ないところにした。
それぞれ好きなケーキを取りに行き席に着くと、弓削は脅威の速さでケーキを食べ始めた。
「最近、元気ないけどどうしたの?」
ケーキを食べつつもさりげなく質問をされて、彼はこのためにわざわざ私に声をかけてくれたのだと悟った。
「……大丈夫です」
自分でもよくわからない状況で、悪意を向けられていて困っている。なんて、弓削に言えるはずもなく嘘をついた。
「その大丈夫は、大丈夫じゃないやつだよね。そんなに僕って頼りないかな?」
弓削は困った顔をする。
頼りないのではなくて、頼った瞬間に嫌われないか不安なのだ。
「こっちも色々と聞くんだよね」
「何をですか?」
当事者の私はよくわからないのに、弓削は何を聞かされているのだろう。聞くのが怖い。
「長い間付き合ってた信木さんを、八王子さんが捨てたって話」
弓削の言ったことを理解するのに、少し時間がかかった。
信木と私はいつ付き合っていたのか、いや、それよりも、私は同性をそういった意味で好きになったことは一度もない。
そもそも、なぜ私が信木と付き合っている。という前提なのか。
そんな気配すら今までで一度もなかった。
「……そ、そんなの。知らない。付き合ってすらないです」
混乱の中でようやく否定すると弓削は「知ってるよ」と笑った。
その雰囲気からもしかしたら、こういった噂が前々からあったのかもしれない気がした。
「八王子さん、そんなことしないし、信木さんのこと苦手でしょ?」
「はい」
「見てる人は気がついてるよ」
どうやら、私の顔に出ていたようだ。
隠しているつもりだったが、分かる人にはわかるようだ。
「あまり、気にしないほうがいいよ。ああいう嘘ってすぐにボロが出るから」
「そうですかね」
弓削は励ますけれど、本当にそうなのだろうか。
正直、誰も私の言うことを信じてくれないような気がする。
「何も悪い事なんてしてないんだから。そんな顔したらダメだよ」
弓削は、大丈夫だと言い聞かせるように、私の手を握りしめる。
「信木さん。入社した時から、八王子さんと付き合ってるって思わせぶりな行動ばかりしてたけど、分かる人にはわかるから」
「え……」
自分の知らないところでそんな事になっていたのか、という驚きがあった。
ただ、考えてみれば信木の行動を見ていると、勘違いされても仕方ない事ばかりしていた。
周囲の勘違いの根は深そうな気がした。
これを嘘だと証明するのが難しそう。どうしたらいいのだろうか。
もう、いっそのこと会社を辞めた方がいいのかもしれない。
そんな事が頭の中を過ぎる。
そんな事よりも、姫川もこのことを知っているのではないかという不安の方が強い。
姫川さんに、呆れられて嫌われそう。
「あまり、気にしなくていいよ。僕も大坪さんもわかってるし、上の人にもハラスメントの件で相談してるから、そういう噂は消えると思うよ」
「はい」
噂は消えるかもしれないが、一度ついたイメージを覆すのは難しいのではないだろうか。
「味方がいるってわかったら安心でしょ?経理はみんな味方だからね。大丈夫」
「はい」
でも、その中でも味方でいてくれる人がいるのだ。
ありがたいことに。
悪意を向けてくる人に目を向けるよりも、好意を向けてくれる人に目を向けた方がずっといい。
そんな人たちに好意を返す方が前向きだ。
「だから、気にせず会社に来てね」
ほんの一瞬だけ、会社を辞めようと考えたことを言い当てられたような気分になってぎくりとした。
「辞めるって思ってました?」
「わかるよ。よく見てるんだから、これからも、いい先輩として頑張るからよろしくね」
「はい」
わかってくれる人がいるのなら、大丈夫な気がした。
姫川に嫌われてしまったらその時はその時だ。
友達としての縁が切れるのが少しだけ早くなった。それだけの事だと考えればいい。
考えるだけで寂しいと思うのは、惹かれているからだ。
「さ、せっかく美味しいものを食べているんだから楽しまないとね」
確かにその通りだ。
バイキングの残りの時間は和やかに過ごすことができた。
時間ギリギリまで過ごしてホテルから出ると、外はすでに暗かった。
「まだ5時過ぎなのに真っ暗だよ」
「そうですね」
それなりに暖かい格好をしてきたつもりだったが、少しだけ肌寒い。
「暗いし、駅まで送るよ」
するりと、優しさが出る弓削に頬が綻ぶ。
本当にいい先輩だと思う。
「ありがとうございました。奢ってもらっちゃって」
「いいんだよ。気にしないで、先輩アピールしたいだけだからさ」
私がお礼を言うと、弓削は大したことなんてしていないと言わんばかりに微笑んだ。
その優しさが何よりもありがたかった。
そして、ケーキバイキングの日。
調べてみると、スイーツが有名なホテルらしい。
始まる時間は16時だ。
ホテルのロビーで待ち合わせして、弓削に案内されるままにバイキング会場に入った。
予想通り女性ばかりで、男の弓削だけ浮いていた。
「僕ね。甘いものが大好きでね。でも、こういうところって男一人だとちょっと浮くでしょ?」
何でも、恋人のいない話しやすそうな女性社員を片っ端から誘っているらしく、大坪とも行ったようだ。
バイキング会場は、広いこともあって意外と静かだ。
席は、あえてなのか人が少ないところにした。
それぞれ好きなケーキを取りに行き席に着くと、弓削は脅威の速さでケーキを食べ始めた。
「最近、元気ないけどどうしたの?」
ケーキを食べつつもさりげなく質問をされて、彼はこのためにわざわざ私に声をかけてくれたのだと悟った。
「……大丈夫です」
自分でもよくわからない状況で、悪意を向けられていて困っている。なんて、弓削に言えるはずもなく嘘をついた。
「その大丈夫は、大丈夫じゃないやつだよね。そんなに僕って頼りないかな?」
弓削は困った顔をする。
頼りないのではなくて、頼った瞬間に嫌われないか不安なのだ。
「こっちも色々と聞くんだよね」
「何をですか?」
当事者の私はよくわからないのに、弓削は何を聞かされているのだろう。聞くのが怖い。
「長い間付き合ってた信木さんを、八王子さんが捨てたって話」
弓削の言ったことを理解するのに、少し時間がかかった。
信木と私はいつ付き合っていたのか、いや、それよりも、私は同性をそういった意味で好きになったことは一度もない。
そもそも、なぜ私が信木と付き合っている。という前提なのか。
そんな気配すら今までで一度もなかった。
「……そ、そんなの。知らない。付き合ってすらないです」
混乱の中でようやく否定すると弓削は「知ってるよ」と笑った。
その雰囲気からもしかしたら、こういった噂が前々からあったのかもしれない気がした。
「八王子さん、そんなことしないし、信木さんのこと苦手でしょ?」
「はい」
「見てる人は気がついてるよ」
どうやら、私の顔に出ていたようだ。
隠しているつもりだったが、分かる人にはわかるようだ。
「あまり、気にしないほうがいいよ。ああいう嘘ってすぐにボロが出るから」
「そうですかね」
弓削は励ますけれど、本当にそうなのだろうか。
正直、誰も私の言うことを信じてくれないような気がする。
「何も悪い事なんてしてないんだから。そんな顔したらダメだよ」
弓削は、大丈夫だと言い聞かせるように、私の手を握りしめる。
「信木さん。入社した時から、八王子さんと付き合ってるって思わせぶりな行動ばかりしてたけど、分かる人にはわかるから」
「え……」
自分の知らないところでそんな事になっていたのか、という驚きがあった。
ただ、考えてみれば信木の行動を見ていると、勘違いされても仕方ない事ばかりしていた。
周囲の勘違いの根は深そうな気がした。
これを嘘だと証明するのが難しそう。どうしたらいいのだろうか。
もう、いっそのこと会社を辞めた方がいいのかもしれない。
そんな事が頭の中を過ぎる。
そんな事よりも、姫川もこのことを知っているのではないかという不安の方が強い。
姫川さんに、呆れられて嫌われそう。
「あまり、気にしなくていいよ。僕も大坪さんもわかってるし、上の人にもハラスメントの件で相談してるから、そういう噂は消えると思うよ」
「はい」
噂は消えるかもしれないが、一度ついたイメージを覆すのは難しいのではないだろうか。
「味方がいるってわかったら安心でしょ?経理はみんな味方だからね。大丈夫」
「はい」
でも、その中でも味方でいてくれる人がいるのだ。
ありがたいことに。
悪意を向けてくる人に目を向けるよりも、好意を向けてくれる人に目を向けた方がずっといい。
そんな人たちに好意を返す方が前向きだ。
「だから、気にせず会社に来てね」
ほんの一瞬だけ、会社を辞めようと考えたことを言い当てられたような気分になってぎくりとした。
「辞めるって思ってました?」
「わかるよ。よく見てるんだから、これからも、いい先輩として頑張るからよろしくね」
「はい」
わかってくれる人がいるのなら、大丈夫な気がした。
姫川に嫌われてしまったらその時はその時だ。
友達としての縁が切れるのが少しだけ早くなった。それだけの事だと考えればいい。
考えるだけで寂しいと思うのは、惹かれているからだ。
「さ、せっかく美味しいものを食べているんだから楽しまないとね」
確かにその通りだ。
バイキングの残りの時間は和やかに過ごすことができた。
時間ギリギリまで過ごしてホテルから出ると、外はすでに暗かった。
「まだ5時過ぎなのに真っ暗だよ」
「そうですね」
それなりに暖かい格好をしてきたつもりだったが、少しだけ肌寒い。
「暗いし、駅まで送るよ」
するりと、優しさが出る弓削に頬が綻ぶ。
本当にいい先輩だと思う。
「ありがとうございました。奢ってもらっちゃって」
「いいんだよ。気にしないで、先輩アピールしたいだけだからさ」
私がお礼を言うと、弓削は大したことなんてしていないと言わんばかりに微笑んだ。
その優しさが何よりもありがたかった。
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