恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

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恋する女

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恋する女

 月曜日、会社に到着すると、私は姫川を探す。
 旅行の予約が取れたことを彼に伝えるためだ。
 歩き回ることも考えて、三連休のはじめの日にした。
 
「姫川さんに声かけないと」

 キョロキョロと周囲を見回しながら、姫川を探すと背が高いのですぐに見つかった。
 そして、姫川のすぐ隣には河合がいた。

「あれ?河合さんだ」

 イケメンの姫川と、小柄で可愛らしい河合が並ぶととてもお似合いで、……なんだか胸が痛い。

「何してるんだろう」

 姫川が河合の肩を掴んで、何やら熱心に話しているように見える。
 まるで、口説いているみたいな。

「……」

 自分には関係のない事なのに、なぜ、こんなにもモヤモヤしてしまうのだろうか。

 二人の仲が良かったとしても、私には関係のない事だもの。

 一度寝ただけで、仲のいい異性について口出しするような権限は私にはない。

 しばらく二人を見ていると、何やら熱心に話し合いしばらくして河合が離れていった。

「……」

 一瞬だけ河合と目が合った。
 彼女は、挑発するかのような笑みを浮かべた。

「姫川さん」

 姫川が完全に一人になったのを確認して声をかけると、不機嫌そうな顔をして私を見た。

「……何か用?」

 冷たい目を向けられて、ゾクリとした。
 もしかしたら、信木の件を知って彼も私のことを軽蔑しているのかもしれない。
 聞くのが怖くて、それに触れることができなかった。

「あの、旅行の件で」

「ああ、そうだったね」

 すっかり忘れていたと言わんばかりの口調に、自分だけ本気になって温泉と食事の予約を取ってしまった迂闊さに恥ずかしくなった。

 社交辞令を本気にしてしまったわ。

「……温泉と食事の予約も取ってしまって」

 言わなきゃいいのに、予約を取ってしまった事を伝えると、姫川は少し驚いた顔をして、はぁ、と大きくため息を吐いた。
 また、呆れさせてしまったかもしれない。

「あ、そうなんだ。いけないかもしれません。その、忙しくて、キャンセル代が必要だったら僕が払うからやめておこうか」

 投げやりな口調で「いけないかもしれない」と、言われて、断られると本能的に私は察した。
 別にそれはいい。

 私が勝手に予約したのに、キャンセル代を支払わせるなんて、申し訳ない上にこれ以上幻滅されるのは怖い。

「わかりました。もし、行けなくても誰か誘って行くので気にしないでください」

「そうしてくれると助かるかな、行けなかったらごめんね」

 苦笑い混じりに謝る姿に、断るんだろうな。と、察する。
 本当に忙しいのかはわからないが、忙しい事がわかる時期に予定を決めた自分の空気の読めなさが嫌になる。
 誰を誘おうか、姫宮に声をかけてみて断られたら、キャンセルしよう。

「大丈夫ですよ。気にしなくても」

 暗い顔をしたら、変に気を遣われそうで無理して笑顔を作る。
 その時になってみなければ、わからないものね。

「……誘ったらすぐに来てくれる人がいていいね」

 ポツリと呟いた姫川の声は恐ろしいほどに冷たかった。
 なぜ、そんなことを言われるのかわからなかった。
 よそよそしさを感じながら、姫川と離れるとすぐに腕を掴まれて強く引っ張られた。

「ねえ、少しいいですか?」

 私の腕を引っ張ったのは河合だ。
 彼女は、私と姫川との会話が終わりまで待っていたようだ。

「人前で話すことじゃないので、こっちに来てくれませんか?」

 河合は私の返事を聞くことなく、強引に引っ張って行き人気のない場所へと連れてきた。

「姫川さんに付き纏うのやめてもらえませんか」

 河合の単刀直入な物言いに、頭の理解が追いつかない。
 友人として親しくいていたつもりでいたが、付き纏っていたとは全く考えてなかった。
 けれど、河合の目線からしたら付き纏っているように見えていたようだ。
 
 誘ってくれたのは姫川さんの方だったし、……あまりにも寂しそうに見えたのかな。だから、気を遣って誘ってくれてたのかもしれないわ。

「迷惑だってわかりませんか?」

「……」

 先ほどの姫川の態度を見ていると、声をかけられる事すら迷惑そうにしていたし、嫌悪すら感じた。
 もしかしたら、信木との噂を聞いて嫌われてしまったのかもしれない。

「私、姫川さんと付き合っているんです」

 河合は勝ち誇った顔で私を見ていた。
 嘘だ。と、反射的に思った。けれど、河合が残酷な事実を突きつけてくる。

「ねえ、知っていますか?ここの会社って同じ部署で交際すると異動になるんですよ。姫川さんが付き合うから責任を取って上に報告してくれたんです」

 姫川に河合の事を聞いた時、話を濁したのはそのせいだったのか。
 穏便に私とフェードアウトする事を、その時から考えていたのかもしれない。

「この写真、見てください。証拠です」

 スッと差し出されたスマホの画面はおしゃれ絵日記だった。見覚えのあるクレープの写メが載せられている。私と行った別の日に。
 私が食べたいちごのソースのクレープの写メがある。
 姫川がその写メを撮ったけれど、それを見せてもらった事はなかった。

「ここのクレープ屋さんで姫川さんはこれを食べました」

 あの時確かに「次はこれを食べよう」と、話していたのが聞こえた。

「姫川さんとデートした場所です。顔を出さない事を約束してSNSに出してるんです」

「……これ、私と」

 河合が見せてくれた写メはすべて、姫川と一緒に行った場所だった。

「それって、私とデートするための下見だったんじゃないんですか?……ふふふ、可哀想」

 河合は声を出して私を馬鹿にするように笑った。
 嘘だ。と思ったが変に納得している自分もいた。

 そうよね。姫川さんが私なんかに、あんなに優しくて親切だったのは、利用価値があったからなのね。
 私なんか彼の友達にすらなれないのよ。

「少し優しくされたからってつけ上がって、彼女面するのやめてもらえませんか?」

 一度寝ただけで彼女面するな。と、何度も自分に言い聞かせていたじゃない。優しさに本気になりかけた自分が痛い。
 知らず知らずのうちにそうなっていた事に気がつく。

「……」

「私たち愛し合ってるんです。入社した時から彼に恋してて、告白されて凄く嬉しかった」

 幸せそうに話す河合、その顔は恋する女そのものだ。
 ……考えてみればわかる。背が高くて無愛想で可愛くない私は姫川に恋する資格すらない。
 小柄で可愛らしい河合が姫川に選ばれて当然だ。
 それに、一度寝た相手がすぐそばにいるのは、姫川にとっていい気分ではないはずだ。
 私に対して、よそよそしい態度を取るようになった理由がようやくわかった気がした。

「……」

 私が何も言えずに黙り込んでいると、河合は敵意を持って私を睨みつけた。

「平気で浮気して、パパ活するような女に姫川さんを渡すつもりはありません」

 浮気とは、信木との事を指しているのだろうか、それよりも、聞き覚えのない単語に私は首を傾げる。

「パパ活、って何?」

 パパ活とはなんなんだろうか。パパになる活動なのか、妊活の亜種なのか。

「……もう少ししたらすぐにわかるんだから!今のうちに会社でもやめたら?これは最初で最後の通告だから」

 河合は、パパ活の答えも出さずに、私を突き飛ばしてどこかに行ってしまった。

「……」

 残された私は、その場で尻餅をついた。
 自分の身に何が起こっているのか、これから起きるのか全く予想ができなかった。





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