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水津と体の関係になってから初めて痛みに苛まれない休日を過ごした気がする。
水津と顔を合わせるのが少しだけ気まずいけれど、そこは置いておこう。
月曜日、会社に行くと柏木がやってきた。
「おはようございます。今日は顔色がいいですね」
柏木は私の顔をしげしげと見る。最近は、体調が悪いことが多くて心配をかけてしまったかもしれない。
「おはよう、柏木くん。なんだか病人みたいじゃない」
「体調あまり良くなかったでしょう?」
苦笑い混じりに答えると、柏木は、困った顔をしている。やはり、気が付いていても見て見ぬふりをしていてくれたようだ。
「そんなふうに見える?」
「隠してても、わかりますよ」
「ダメな上司ね」
体調不良を気付かれてしまうなんて上司失格だ。
「小久保さんが休んでくれないと、みんな休めないんですよね」
「そういう物かしら?」
休むのに上司の顔色なんて伺う必要なんてないのに、「休め」と言った上司が休まないと確かに説得力がないかもしれない。
「そうですよ。だから、僕のこともっと頼ってください」
柏木は、好意でそう言ってくれている。わかっているのに、それを素直に受け取れないのは私が過去に囚われているから。
「ねえ、一緒にお仕事するようになって2年ですよ。頼れる部下になった気がしませんか?」
柏木が本音をまぜて冗談めかして笑う。
「最初から頼りになる部下だったわよ?」
確かに柏木は、仕事では誰よりも頼りになる存在だ。
「もっと、頼られるように頑張ります」
柏木は、そう言ってデスクに戻っていった。
ふと、視線を感じて私はそこに目線を向ける。そこにいたのは水津で、何かを探るように私の事を見ていた。
目が合うと彼は気まずそうに逸らした。
その日から、水津の態度が明らかに変わっていった。仕事は変わらず真面目だけれど、何かと私を気にかけるようになった気がする。
わかりやすかったのが、私が転びそうになった時に水津に支えられた事があった。
「わっ!」
「あぶない!」
フロア内で何もないところで転びそうになった瞬間、向かい側から来た水津に咄嗟に抱き抱えられた。
「あ、ご、ごめんなさい。助かったわ」
慌てて離れると水津は少し寂しそうな顔をして「大丈夫ですか?」と、声をかけた。
彼に心配をされる事なんて、一生ないだろうと思っていたのでその衝撃は凄まじかった。
しかし、そのやり取りをフロアの人が皆見ていたので、進藤に睨みつけられて居心地が悪かった。
進藤の水津への執着は少し常軌を逸している気がする。やっていることは、嫉妬深い女子中学生みたいに。
その週の金曜日、帰り際に水津に声をかけられた。
「小久保さん。相談したい事があるんですけど」
「あ、あの、何か?」
水津が私に相談なんてありえない。上司としてなんとか平静を装っていると、彼は意地の悪いことを考えているかのような微笑みを浮かべる。
とても嫌な予感がする。何をするつもりなのだろう。
「この後、時間ありますか?」
水津の言葉にフロア中の女子社員が色めき立つのがわかった。これだと、デートの誘いにもとれてしまうじゃないか。
声をかけるにしても、こんな目立つ場所でなぜするのだろうか、変な目で見られる可能性だってあるのに。
間違いなく水津はわかっていてこれをしている。
「水津さん。主任に親しく話しかけすぎです。年の差を考えてくださいよ」
進藤が私に親しげに話しかけてきた水津を窘めるように止めるが、言葉の端に悪意がある。
年増に気安く声をかけるな変に勘違いするぞ。と進藤は言っているように聞こえた。
「……」
進藤の一言でフロアの空気が凍りついたのがわかる。私の年齢の事を下手に庇うとそれを認めたことになり、洒落にならないからだ。
フロア内は氷漬けの空気が流れるが、この場をなんとか変えなくてはいけない。
「水津くん。僕が相談に乗るよ?」
真っ先に氷漬けの空気を破ったのは柏木だった。ギラついた目で水津ににじり寄る。
「僕、小久保さんに相談したいんです」
「僕じゃ、不服って意味?」
しかしなぜだろう。とても険悪な雰囲気に変わっているのは。
「す、水津くん。私でよければ話し聞くわよ。お役に立てるかはわからないけど」
私は慌てて水津に声をかけた。
彼の様子では私が話を聞くまでは、引き下がらない気がしたのだ。
「柏木くん。ありがとう、直属の上司の私がちゃんと話を聞くから心配しなくていいわよ」
私が柏木にお礼を言うと、引き攣った表情で笑った。
「じゃあ、柏木くん。また月曜日にね。水津くん、いきましょうか」
私は上司としての仮面を被り水津と一緒に歩きだした。
「あ、ちょっと!」
進藤の止める声が聞こえたが、水津から話がしたい。と、言ってきたので彼女の言い分を聞く理由はない。
腕でも捕まれて呼び止められると思ったが、「進藤さん、少しやりすぎ」と、柏木の制止が入りなんとかフロアから出る事ができた。
「年増のくせに!」
進藤の私を罵倒する声が嫌でも耳に入ってきた。しかし、それに反応したのは水津の方だった。
「俺、注意してきます」
「いいから、やめて」
水津が引き返そうとしたので私は慌てて止めた。
「でも!何もしてないのに、なんで貴女がここまで言われなきゃならないんですか!」
「貴方が出たら揉めるわ。いいの、慣れてるから」
私の一言に水津は、悔しそうに唇を噛み締めて「わかりました」と渋々だが納得した。
「ねえ、気分を変えましょう?こんなの、大したことないから」
私がにっこりと笑うと水津は、不愉快そうに顔を顰めた。
水津と顔を合わせるのが少しだけ気まずいけれど、そこは置いておこう。
月曜日、会社に行くと柏木がやってきた。
「おはようございます。今日は顔色がいいですね」
柏木は私の顔をしげしげと見る。最近は、体調が悪いことが多くて心配をかけてしまったかもしれない。
「おはよう、柏木くん。なんだか病人みたいじゃない」
「体調あまり良くなかったでしょう?」
苦笑い混じりに答えると、柏木は、困った顔をしている。やはり、気が付いていても見て見ぬふりをしていてくれたようだ。
「そんなふうに見える?」
「隠してても、わかりますよ」
「ダメな上司ね」
体調不良を気付かれてしまうなんて上司失格だ。
「小久保さんが休んでくれないと、みんな休めないんですよね」
「そういう物かしら?」
休むのに上司の顔色なんて伺う必要なんてないのに、「休め」と言った上司が休まないと確かに説得力がないかもしれない。
「そうですよ。だから、僕のこともっと頼ってください」
柏木は、好意でそう言ってくれている。わかっているのに、それを素直に受け取れないのは私が過去に囚われているから。
「ねえ、一緒にお仕事するようになって2年ですよ。頼れる部下になった気がしませんか?」
柏木が本音をまぜて冗談めかして笑う。
「最初から頼りになる部下だったわよ?」
確かに柏木は、仕事では誰よりも頼りになる存在だ。
「もっと、頼られるように頑張ります」
柏木は、そう言ってデスクに戻っていった。
ふと、視線を感じて私はそこに目線を向ける。そこにいたのは水津で、何かを探るように私の事を見ていた。
目が合うと彼は気まずそうに逸らした。
その日から、水津の態度が明らかに変わっていった。仕事は変わらず真面目だけれど、何かと私を気にかけるようになった気がする。
わかりやすかったのが、私が転びそうになった時に水津に支えられた事があった。
「わっ!」
「あぶない!」
フロア内で何もないところで転びそうになった瞬間、向かい側から来た水津に咄嗟に抱き抱えられた。
「あ、ご、ごめんなさい。助かったわ」
慌てて離れると水津は少し寂しそうな顔をして「大丈夫ですか?」と、声をかけた。
彼に心配をされる事なんて、一生ないだろうと思っていたのでその衝撃は凄まじかった。
しかし、そのやり取りをフロアの人が皆見ていたので、進藤に睨みつけられて居心地が悪かった。
進藤の水津への執着は少し常軌を逸している気がする。やっていることは、嫉妬深い女子中学生みたいに。
その週の金曜日、帰り際に水津に声をかけられた。
「小久保さん。相談したい事があるんですけど」
「あ、あの、何か?」
水津が私に相談なんてありえない。上司としてなんとか平静を装っていると、彼は意地の悪いことを考えているかのような微笑みを浮かべる。
とても嫌な予感がする。何をするつもりなのだろう。
「この後、時間ありますか?」
水津の言葉にフロア中の女子社員が色めき立つのがわかった。これだと、デートの誘いにもとれてしまうじゃないか。
声をかけるにしても、こんな目立つ場所でなぜするのだろうか、変な目で見られる可能性だってあるのに。
間違いなく水津はわかっていてこれをしている。
「水津さん。主任に親しく話しかけすぎです。年の差を考えてくださいよ」
進藤が私に親しげに話しかけてきた水津を窘めるように止めるが、言葉の端に悪意がある。
年増に気安く声をかけるな変に勘違いするぞ。と進藤は言っているように聞こえた。
「……」
進藤の一言でフロアの空気が凍りついたのがわかる。私の年齢の事を下手に庇うとそれを認めたことになり、洒落にならないからだ。
フロア内は氷漬けの空気が流れるが、この場をなんとか変えなくてはいけない。
「水津くん。僕が相談に乗るよ?」
真っ先に氷漬けの空気を破ったのは柏木だった。ギラついた目で水津ににじり寄る。
「僕、小久保さんに相談したいんです」
「僕じゃ、不服って意味?」
しかしなぜだろう。とても険悪な雰囲気に変わっているのは。
「す、水津くん。私でよければ話し聞くわよ。お役に立てるかはわからないけど」
私は慌てて水津に声をかけた。
彼の様子では私が話を聞くまでは、引き下がらない気がしたのだ。
「柏木くん。ありがとう、直属の上司の私がちゃんと話を聞くから心配しなくていいわよ」
私が柏木にお礼を言うと、引き攣った表情で笑った。
「じゃあ、柏木くん。また月曜日にね。水津くん、いきましょうか」
私は上司としての仮面を被り水津と一緒に歩きだした。
「あ、ちょっと!」
進藤の止める声が聞こえたが、水津から話がしたい。と、言ってきたので彼女の言い分を聞く理由はない。
腕でも捕まれて呼び止められると思ったが、「進藤さん、少しやりすぎ」と、柏木の制止が入りなんとかフロアから出る事ができた。
「年増のくせに!」
進藤の私を罵倒する声が嫌でも耳に入ってきた。しかし、それに反応したのは水津の方だった。
「俺、注意してきます」
「いいから、やめて」
水津が引き返そうとしたので私は慌てて止めた。
「でも!何もしてないのに、なんで貴女がここまで言われなきゃならないんですか!」
「貴方が出たら揉めるわ。いいの、慣れてるから」
私の一言に水津は、悔しそうに唇を噛み締めて「わかりました」と渋々だが納得した。
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私がにっこりと笑うと水津は、不愉快そうに顔を顰めた。
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