芋虫(完結)

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「小久保さん。いいですか?」

 昼休憩の時間になると、進藤がすぐさま声をかけてきた。
 他の同僚は、ワクワクした様子というよりも、どこか心配そうにやり取りを見ているようだ。

「ええ。行きましょうか」

 私は上と掛け合って借りることができた。会議室の鍵を手に取る。

「コピー室で話します」

 進藤はなぜか、場所の指定をしてきた。

「え、あそこ?人が意外と通るわよ。人気はないけど声も響くし、小さめの会議室借りれるようにしたからそこで」
「……。じゃあ、そこで」

 渋々。「余計な事をするな」といった様子で進藤は頷く。

「どうぞ。腰を掛けて」
「そんなの必要ない」

 会議室の椅子に腰をかけるように促すけれど、進藤はそれを拒否して忌々しそうに私を睨み付ける。
 昨日の夜。水津に絞められたように、じわじわと息の根を止めるように、進藤の悪意が私の首に巻きつく。

「相談って何かしら?」

 私は構わず立ったまま話を続ける。

「水津さんはどんな相談をしたんですか?何したんですか?あれから」

 進藤は水津と私の事を知りたいようだ。しかし、とても言えるものではない。
 言ったら彼女は間違いなく逆上する。それに、もしも、本当に相談をされたとして、周囲に洩らす事なんてできるわけがない。
 悩みを知られるということは、自分の内面すべてを人に曝すことになるのだ。
 水津が私をどれだけ嫌っても、大切な部下である事には変わらず。それが不利益になっても絶対に言うことなんて出来ない。

「それは、とてもプライベートな事なので、私から教えることはできません」
「やっぱり。水津さんと」

 私が断ると、進藤は絶望的な表情を浮かべる。

「私は彼に個人的な感情なんて持ってません。彼もそうですよ」

 私は水津の事を好きでも嫌いでもない。それだけはハッキリと言える。
 もう、強く誰かを想うことなんて私には出来ない。

「本当に?」
「ええ、考えてみてください。私の彼との年齢差。いくらなんでも釣り合いなんてとれてないでしょう?」

 私の言葉に進藤は安堵したように胸を撫で下ろし、うっすらと両目に浮かぶ涙を桜色のネイルで彩られた指先で拭う。その手はとても綺麗だ。私とは全く違う。

「良かった。私、少し不安になってしまって」

 ふと、私は水津の車にあったピンク色のクッションの事を私は思い出した。
 水津があれを片付けた意図はわからないけれど、もしかしたら、すぐに嫉妬する進藤に少し疲れてしまったのかもしれない。
 どれだけ好きでも想いの釣り合いは取れない物だから……。

「うふふ、そうですね。確かに水津さんと凛子さんじゃ釣り合いなんてとれませんものね」

 牽制をかけるような一言かグサリと私の胸に刺さる。

「そうでしょう?冷静に考えたら」

 しかし、なぜ彼女がここまで私に言うのだろう。
 私は水津に相手になんてされていないのに、肉体関係は確かにあったが、今は『ただの友達』になっている。
 彼女が警戒する必要なんてないのに。
 それに、水津は大切な進藤を抱けなくて私を抱いたのだと思う。愛されているのに進藤はこんなにも不安そうなのだろう。

「話し合った方がいいわよ。私になんて聞かないで」
「そうですね」

 進藤は安堵したように笑い。そして、今度は意地悪そうに唇を歪ませる。

「ねえ、私、知ってるんです。貴女の事を、言われたら困るでしょう?」

 進藤は何を知っているのだろう。考えかけてすぐに答えが見つかる。ショッピングモールで感じた視線は、進藤の物だったのだと。
 あれを見られてしまったのか。
 私は少しずつ血の気が引いていくのがわかった。あれを知られてしまったら……。

「水津さんに迷惑をかけたくなかったらこれ以上関わらないでください」

「何が言いたいの?」

「ふふふ、別に……、だけど、私みたいに知ってる人はたくさんいると思いますよ?じゃあ、さようなら」

 進藤はショッピングモールの事はあえて言及せずに意味深そうに笑って会議室から退室した。
 残ったのは甘やかな彼女の香水の匂いだけだ。ラズベリーの匂いだろうか。それに、背筋がぞくりとした。
 彩那が使っていた香水と同じ匂いだった。
 私は過去のことを思い出して、また、何か嫌なことが起きそうな予感がした。
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