芋虫(完結)

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 終わりの日は案外早くやってきた。あれから数日過ぎた。鞄の中身を荒らされる事がたびたびあった。
 鞄を持ち歩こうと考えたが、柏木に不審に思われたら面倒になる気がして出来なかった。
 取られて困るものは持ち歩いているし、表面上では何もないように見えるのでそのままにしていた。
 水津と進藤は相変わらずだった。
 進藤は私に対しての態度は改められる事はなかった。むしろ、挑発的に私を見てきたと思えば、睨み付けてきたり酷くなっている気がする。
 この日は、最後まで残っていた柏木が帰ったのを見送ってから帰支度を始めた。
 フロアを出て廊下を歩こうとした瞬間だった。
 カツカツとヒステリックな蹄音が、私に近づいてくるのがわかった。

「……誰?」

 何が起こっているのかわからない間に、誰かが私に勢いよくぶつかってきた。

「わっ」

 私は声をあげてその場に尻餅をつく、そして、思わずぶつかった相手を見上げる。
 私にぶつかってきたのは進藤だ。

「し、進藤さん!?」

 彼女は鬼のような形相で私を睨み付けて、尻餅を着いたときに投げ出した私の鞄を掴んだ。

「や、やめて!」

 私は突然過ぎて驚きながら鞄の紐を掴み引き寄せようとした。

「取らないで……!」

 驚きと同時に鞄やその中身を盗られるかもしれない恐怖で、消え入りそうな声で進藤を制止する。

「スマホ!その中にあるんでしょう?よこしなさいよ!」

 鞄の中に入っていて取られて困るものは頭痛薬と財布とスマホだ。
 財布やスマホは悪用される可能性が高く、盗られた時の事を考えると洒落にならない。
 進藤がなぜスマホを欲しがっているのか考えて鳥肌がたった。
 スマホさえあれば『何か』の証拠はいくらでも捏造できるのだ。

「やめて、取らないで!」

 その恐怖で私は鞄の紐を必死になって引っ張る。

「何言ってるんですか?アンタのせいで水津さんは迷惑しているのよ!その証拠を出しなさい!」

 進藤は鞄から私を引き離そうと頬を勢いよく叩いた。
 カッと頬が発火したように熱くなり、すぐにそこはじんじんと痛みを伴うようになった。

「っやめて。離して」

 私は必死に鞄にすがり付く。程なくして、それはビリッと子気味悪い音をたてて取っ手の所が一部分破れた。

「早くスマホを出してよ!」

 進藤の声が私の頭の中と廊下に響く。まるで、彩那に怒鳴りつけられているような気分だ。

「やめて!」

 私達はお互いに必死で周囲の事に気を配る余裕がなかった。

「何してるんですか?」

 ……静かに水津の声が響いた。
 顔を向けると彼の隣には一人女子社員が居た。進藤と同年代だろうか。
 突然聞こえた水津の声に驚いて、お互いに鞄を持つ手が緩んでしまった。
 パサっと音を立てて鞄はその場に落ちた。
 その中にあった私のスマホは鞄からこぼれ落ちて、水津の方へ飛んでいった。

「あ、水津さん。私、貴方のためにこの女からスマホを取り上げようと思っていて」

 進藤は必死になって水津に状況を説明した。

「スマホさえあれば、この女に脅迫された事の全ての証拠が出てきます。だから、それを私にください。お願いします!」

 先程の鬼のような形相が嘘のようだ。彼女の方が被害者のように見える。

「……」

 水津は何も言わず彼女の訴えを信じたように私を冷たく見下ろす。

「……」

 私は咄嗟に頭に何も浮かばないで言葉に詰まる。何て言ったら彼らは私の事を信じてくれるのだろう?

 答えなんてない。

「何してるんですか……!?大丈夫、進藤さん!部下に怪我をさせるなんて最低」

 水津と一緒に居た女子社員が座り込んでいる私の事を親の敵のように睨み付け、わざわざこちらに来てドンと押した。

「あ……」

 私はそのまま仰向けに倒れてしまう。
 彼女は進藤に駆け寄り安心させるように、その背中を優しく撫でていた。
 この状況じゃ、どう見たって私が加害者で彼女が被害者にしか見えない。

「凛子さん立てますか?」

 水津は進藤と引っ張り合いになって紐が千切れた鞄を手に持ち、もう一つの手には私のスマホが握りしめられている。
 あぁ、そうか。と、私は全てを理解した。こうなるように水津が仕向けたのだと。
 奪われたスマホで私の弱味を捏造されるんだ。そもそもここに居る人間は、私の身の破滅を望んでいるのだから信用なんて誰も出来ない。
 身の破滅はすぐそこにまで迫ってきている。

 足元にある薄皮の氷の膜が崩れて底なし沼に落ちて行くような、そんな気がした。
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