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二人が私の事を中傷しているのを、この目で見たのは吊し上げをされてから初めて出社した日だった。
柴多の上司に頼まれて彼を探していたら、コピー室からクスクスと複数人の笑い声が聞こえてきた。
あそこは、コピー室はその時から私にとって因縁がある場所だった。
『無様だったよな。アイツ、芋虫みたいに地面に這いつくばって、犬のように呼吸を荒くさせて、笑うの我慢するの大変だったよ。なあ、柴多?最初から見せてやれなくてごめんな。協力してくれてありがとな』
澤田のその言葉を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。こうなるように仕向けたのは柴多だったのだ。
考えてみれば、私達が二人であの場所に行くことをなぜみんなが知っていたのだろう。ずっと、疑問だったのだ。
柴多は私達が婚約破棄した時『澤田とは親友だけど、小久保とも友達だからこれからもよろしく』と、話していたじゃないか。
信じていた。嘘だって言ってほしい。そう思っていたのに柴多は何も言葉を発さない。
『ここ、給料いいから辞めたくないな。口裏あわせて凛子を追い出さない?』
次に澤田が言った言葉に耳を疑った。私を辱しめる事ではない『会社を追い出す』という事にだ。
なぜ?どうして?私が何をしたっていうの!?
誰に問いかけたところでその答えはきっと帰ってこない。
分かったのは『私は邪魔者』だから排除したいと澤田たちが思っていることだ。
『大事にされたから困ってるんだよな。アイツが全て悪いことにしておこうぜ』
澤田はそう言って『全員で口裏を合わせれば何とかなるだろ』と笑い声を上げた。
この場に割って入って問い詰める勇気は私にはなかった。同期たちの笑い声がその場に響いているのを聞き。私はそれ以上ここにはいられない。と、思い逃げるようにその場から走り去った。
柴多が何と答えたのかは知らない。だけど、きっと澤田と似たような事だろう。
コピー室は誰も居ないようで誰かが見ているのだ。
「コピー室って結構声が聞こえるのよ。盗み聞きしてごめんなさいね」
私はあの時の事を思い出して乾いた笑いを浮かべた。もう、笑うしかない。怒る気力すら奪われてしまったのだ。コピー室ではその後も色々あったけれど、考えたくもない。
「あの時は、悪かったと思ってる」
「悪かった?その程度で済むと思っているの?」
「あんな事になるなんて思いもしなかったんだ」
「言い訳の常套句ね」
柴多の必死の訴えを私は鼻で笑った。
「信じてくれないってわかってる。でも、澤田は、凛子と話し合いたいと俺に頼んできたんだ。嫌がらせを受けているから腹を割って話し合いたい。ってそう言われて」
「そんなの信じられないわ」
「そうだよな。裏切ったのは事実だ。でも、アイツらがあんな事をするなんて思っていなかったし、知ってたら絶対に止めた」
柴多は必死に私にすがるような視線を向けて、身を乗り出して両肩を掴んだ。
「それ以上言わないで、聞きたくもない」
私はその手を引き剥がして冷たく吐き捨てた。あの瞬間まで私は柴多を信じていた。
だけど、違った。病院に運ばれた私に柴多は今にも泣き出しそうな顔をして、心配そうに手を握ってくれた。
『このまま何かあったら、本当にごめん』
その謝罪は心の底から謝っているようなものに見えた。私はそれを信じた。けれど、コピー室でのやり取りを見て全てを打ち砕かれた。
「聞いてくれ、あの時、確かにアイツらと話をした。だけど、それは凛子にした事の証拠集めだったんだ」
柴多はこの期に及んで言い訳を続ける。しかし、それは信憑性のある言い訳だった。
「証拠集め?」
「そうだ。信じてくれないかもしれないけど、あのやり取りは全部録音して上に提出した」
「本当に?」
「ああ、証拠もある。だけど、聞かないほうがいい。きっと、傷つくから。それでも聞きたいなら……」
確かに、退院してからみんなから冷たい目で見られることはなかった。騒ぎを起こしてとヒソヒソと話していたのはごく一部で、それを言ったのは澤田と親しい人たちばかりだった。
それに、処分されたのは私と柴多以外の人間だった。
あの場で柴多が保身のために切り捨てるべきだったのは間違いなく私だ。
だけど、それをしなかったのは恐らく、彼が言うことが事実なのだろう。
みんなの前で嘔吐しながら荒い息を繰り返し、芋虫のように無様に這う姿があまりにも憐れに彼には見えたから味方をしてくれたのかもしれない。
「本当は言うべきだと思ってた。だけど、凛子はいつも、あの時の事に怯えていて何も言えなかった。ごめん」
もしかしたら、柴多はあの事を後悔しているのかもしれない。
「澤田の言い分ばかり信じて、一度腹を割って話した方がいいって思ってた。だけど、アイツがあんな酷いことをしようと考えるなんて思いもしなかったんだ」
柴多は今も後悔しているのだろうか、両目に涙を滲ませていた。
『すでに終わった事』なのに、彼も未だに罪悪感に苦しんでいる。
コピー室で話していた時に割って入っていれば、お互いにここまで拗れさせることはなかったような気がする。
あの件は、すでに終わっている。同期達から和解金をもらい。悪質だった人は退職。反省の姿勢が見られた人は異動になった。
もしかしたら、柴多も何かペナルティがあったのかもしれない。
彼が証拠を用意していたから処罰が下されたのだと今ならわかる。
「本当に吊し上げの手引きをするつもりはなかったの?」
柴多の上司に頼まれて彼を探していたら、コピー室からクスクスと複数人の笑い声が聞こえてきた。
あそこは、コピー室はその時から私にとって因縁がある場所だった。
『無様だったよな。アイツ、芋虫みたいに地面に這いつくばって、犬のように呼吸を荒くさせて、笑うの我慢するの大変だったよ。なあ、柴多?最初から見せてやれなくてごめんな。協力してくれてありがとな』
澤田のその言葉を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。こうなるように仕向けたのは柴多だったのだ。
考えてみれば、私達が二人であの場所に行くことをなぜみんなが知っていたのだろう。ずっと、疑問だったのだ。
柴多は私達が婚約破棄した時『澤田とは親友だけど、小久保とも友達だからこれからもよろしく』と、話していたじゃないか。
信じていた。嘘だって言ってほしい。そう思っていたのに柴多は何も言葉を発さない。
『ここ、給料いいから辞めたくないな。口裏あわせて凛子を追い出さない?』
次に澤田が言った言葉に耳を疑った。私を辱しめる事ではない『会社を追い出す』という事にだ。
なぜ?どうして?私が何をしたっていうの!?
誰に問いかけたところでその答えはきっと帰ってこない。
分かったのは『私は邪魔者』だから排除したいと澤田たちが思っていることだ。
『大事にされたから困ってるんだよな。アイツが全て悪いことにしておこうぜ』
澤田はそう言って『全員で口裏を合わせれば何とかなるだろ』と笑い声を上げた。
この場に割って入って問い詰める勇気は私にはなかった。同期たちの笑い声がその場に響いているのを聞き。私はそれ以上ここにはいられない。と、思い逃げるようにその場から走り去った。
柴多が何と答えたのかは知らない。だけど、きっと澤田と似たような事だろう。
コピー室は誰も居ないようで誰かが見ているのだ。
「コピー室って結構声が聞こえるのよ。盗み聞きしてごめんなさいね」
私はあの時の事を思い出して乾いた笑いを浮かべた。もう、笑うしかない。怒る気力すら奪われてしまったのだ。コピー室ではその後も色々あったけれど、考えたくもない。
「あの時は、悪かったと思ってる」
「悪かった?その程度で済むと思っているの?」
「あんな事になるなんて思いもしなかったんだ」
「言い訳の常套句ね」
柴多の必死の訴えを私は鼻で笑った。
「信じてくれないってわかってる。でも、澤田は、凛子と話し合いたいと俺に頼んできたんだ。嫌がらせを受けているから腹を割って話し合いたい。ってそう言われて」
「そんなの信じられないわ」
「そうだよな。裏切ったのは事実だ。でも、アイツらがあんな事をするなんて思っていなかったし、知ってたら絶対に止めた」
柴多は必死に私にすがるような視線を向けて、身を乗り出して両肩を掴んだ。
「それ以上言わないで、聞きたくもない」
私はその手を引き剥がして冷たく吐き捨てた。あの瞬間まで私は柴多を信じていた。
だけど、違った。病院に運ばれた私に柴多は今にも泣き出しそうな顔をして、心配そうに手を握ってくれた。
『このまま何かあったら、本当にごめん』
その謝罪は心の底から謝っているようなものに見えた。私はそれを信じた。けれど、コピー室でのやり取りを見て全てを打ち砕かれた。
「聞いてくれ、あの時、確かにアイツらと話をした。だけど、それは凛子にした事の証拠集めだったんだ」
柴多はこの期に及んで言い訳を続ける。しかし、それは信憑性のある言い訳だった。
「証拠集め?」
「そうだ。信じてくれないかもしれないけど、あのやり取りは全部録音して上に提出した」
「本当に?」
「ああ、証拠もある。だけど、聞かないほうがいい。きっと、傷つくから。それでも聞きたいなら……」
確かに、退院してからみんなから冷たい目で見られることはなかった。騒ぎを起こしてとヒソヒソと話していたのはごく一部で、それを言ったのは澤田と親しい人たちばかりだった。
それに、処分されたのは私と柴多以外の人間だった。
あの場で柴多が保身のために切り捨てるべきだったのは間違いなく私だ。
だけど、それをしなかったのは恐らく、彼が言うことが事実なのだろう。
みんなの前で嘔吐しながら荒い息を繰り返し、芋虫のように無様に這う姿があまりにも憐れに彼には見えたから味方をしてくれたのかもしれない。
「本当は言うべきだと思ってた。だけど、凛子はいつも、あの時の事に怯えていて何も言えなかった。ごめん」
もしかしたら、柴多はあの事を後悔しているのかもしれない。
「澤田の言い分ばかり信じて、一度腹を割って話した方がいいって思ってた。だけど、アイツがあんな酷いことをしようと考えるなんて思いもしなかったんだ」
柴多は今も後悔しているのだろうか、両目に涙を滲ませていた。
『すでに終わった事』なのに、彼も未だに罪悪感に苦しんでいる。
コピー室で話していた時に割って入っていれば、お互いにここまで拗れさせることはなかったような気がする。
あの件は、すでに終わっている。同期達から和解金をもらい。悪質だった人は退職。反省の姿勢が見られた人は異動になった。
もしかしたら、柴多も何かペナルティがあったのかもしれない。
彼が証拠を用意していたから処罰が下されたのだと今ならわかる。
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