芋虫(完結)

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 気がつけば私はまた柴多を信じそうになっていた。

「知ってたら止めたし、そうならないようにガードしてた。絶対に上に報告するよ」

 一番知りたかったことを私はようやく知ることができた。
 柴多は優しくて真面目でとても臆病だったのだ。
 彼はきっと、私に咎められるのが怖くて、そして、苦しめることが出来なくていままで何も言えずにいたのだ。

「あの日、俺を足止めしたのは澤田と仲の良かった先輩だった」

 柴多は何も知らなかった。たとえ、知っていても今は苦しんでいる。もう、十分だと思った。

「駆けつけた時は、全てが遅かった」

 彼に許してほしい、今まで通り友達でいてほしいとすがるような視線を向けられた。

「本当に?それも上には伝えたの?」
「実はさ、俺のせいでこんな事になって、処分が一番甘くて苦しかった」

 柴多は苦笑いして胸の内を吐き出した。
 本当は3年前に本社への異動が決まっていたが、私の件があってそれがなくなったそうだ。

「本社に行くはずだったの?」
「ああ、だけど、それでよかったと思ってるよ。凛子の側にいられたし」

 柴多はそう言って屈託なく笑った。

「最後くらいは、友達として笑って挨拶できると思ってたんだけどな」
「何で言わなかったの?」

 柴多がそれこそ腹を割って話してくれていたら、私はここまで不信感を募らせることはなかった。

「気がついてないのか?凛子はずっとあの件に囚われ続けてたよ。たまに、俺の顔見るとフラッシュバックしたように怯えた顔して、怖くて言えなかった」

 柴多は言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだ。それを知った時、私は彼への怒りが消えていく気がした。
 全て打ち明けた方が彼の心は楽になっていたけれど、それをしなかったのは私のためだったのだから。

「そうだったのね」

 柴多は独りよがりだったのかもしれない。だけど、客観的に見れば彼がどれほど心配していたのかわかるのに、それを認めずに目を逸らしてきた私にも大きな問題があった。

「柴多くんだって苦しんだし、もう、これは終わりにしましょう。もっと、早く腹を割って話せばよかったね」

 最後にこんなことをしないで、勇気を出して話をすべきだった。

「そうだな」

「ずっと、友達でいてくれる?」

 私達はこの場で本当の意味で友達になったのだと思う。それは、大きな遠回りだったけれど。

「ああ、それは、もちろん」

「私、柴多くんの結婚式に呼ばれたいな」

 嫌な形で友人関係が終了せずによかった。と、私は安堵していた。きっと、これからも柴多とは何かと関わりがある気がした。

「うん、そうか、結婚式に呼ばれたいのか……、複雑だ」

 柴多が何か呟いていたけれど、よく、わからなかった。

「……困った事があったら言ってくれよ。仕事の愚痴くらいなら聞いてやれるから」

「ありがとう」

 柴多はやっぱりいい人なんだと思う。

「……あのさ、今思い出したんだけど」

 柴多は言いにくそうに前置きした。

「水津が澤田の式に出ていた」

 柴多は突然水津の名前を出した。思いもしなかった事に、怖くなって自分の肩を抱くように両手で包んだ。

「どういう事?」

「前から、見覚えがあるってずっと前から思ってたんだ。っ、なんで気がつかなかったんだろう」

 私は何も言えずに息を飲んだ。『信じられない』という感情は不思議と出てこなかった。

「澤田だけど辞めるとき俺に捨て台詞を吐いたんだ。『いつか凛子に復讐してやる』って、それ教えたら、凛子が不安になりそうだったから言えなかったけど」

 そうだったのか。私は全てを理解して目を閉じた。
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