夜会で婚約破棄……復讐が待っている

前編

「婚約破棄……ですって？」

　夜会で婚約破棄を宣言された令嬢クリスは、婚約者であるスミス王子の突然の言葉に驚愕していた。胸に手を当てれば必ずしも自分が善良な人間ではないことが分かる。つまりは全て名誉のためなのだ。公爵令嬢という、貴族の中でも上位に立つ令嬢……だからこそ、上流の貴族と婚約しなくてはならない。スミス王子は中々のプレイボーイであると有名だった。でも、決まった婚約者がいないこともまた有名な話だった。

　そこで、クリスは公爵である父親に頼った。時の皇帝と旧友である父親の力を利用して婚約にこぎつけようと考えたわけなのだ。だからこそ、ある意味、生き甲斐であり今後の人生を決定づけるであろう大切な婚約を取り戻すために、必死で思考をめぐらせた。

　そもそもどうして？

　疑問が一瞬湧いたのだが、それはすぐさま頓挫してしまった。彼女はスミス王子が自分のことを愛していなかったことに気付いた……というよりも、ある意味最初から分かっていたことなのだ。そう、非常に簡単なこと。殊更美しくもないクリスを婚約者に選ぶ必要がスミス王子にはなかったのだ。確かに次期皇帝の基盤を築くため、そろそろ婚約する必要があるのは事実なのだが、だからと言って、クリスを選ぶ必要はなかったのだ。

　しかし、人一倍プライドの高いクリスにとって、スミス王子が他に恋をしているという事実は耐えがたいものだった。涙がこぼれ落ちる中、クリスは会場から逃げ出した。これはある種の偽善と本当の悲しみが半分ずつ籠った結晶だった。

　私はそれを見て、彼女を追いかけた。クリスは階段のところで立ち止まり、泣き崩れていた。私は彼女に優しく手をかけ、彼女を抱きしめた。ダメだと一瞬思った。でも、今ならチャンスだと思った。どうせ、人間はどこかで悪事を働くことになる。なら今だと思った。

　幸いなことに、私はクリスのことを知っている。一目惚れだったのだ。

「大丈夫、僕がついているから」と私は彼女に囁いた。

「あなた……」不思議なことにクリスは私を認識してくれた。

「覚えてくれていたのか、光栄だよ……」

　白馬の王子様……彼女は確か、私にこう言ったと思う。幼い頃、私はクリスの命を救ったことがある。遊びに興じて道に迷い、川に落ちてしまった彼女を私は助けることに成功した。

「白馬の王子様……」

　私はとことん、自分が悪いことをしているのではないか、と思った。この場面で私が彼女に手を差しのべてしまったら、その後どういう結末になるのか、おおよそ決まっているわけだから。

「でも、私は......」彼女は泣き続けていた。

　やはり、婚約者のことを思っている……まあ、当然のことだと思った。婚約破棄は令嬢にとって非常に不名誉なものなのだから。でも、私はそんなことなんてどうでもよかった。あの時みたいに……悲しみと絶望の淵にいる彼女を助けてあげたいと思ったのだ。

「もう、忘れてしまおう……」

　こう言うだけで精いっぱいだった。女経験の少ない私にとって、これで十分だった。

「君に何ができるかわからないけど、僕がそばにいることは確かだ。君が支えになれるように、僕が力を貸してあげる」と私は言った。

　ああ、全然白馬の王子様じゃない……私は後悔した。でも、彼女の反応は私の期待以上だった。彼女は私の言葉に感謝の気持ちを込めて、私に微笑んだ。彼女の笑顔を見た瞬間、私は自分の決意を新たにした。そして、いくら強がっていても、結局は純粋な女の子なんだと私は感じた。

　さあ、純粋な女の子を踏みにじった男には、白馬の王子様として黙っていられない。

「スミス王子のような男に、君を傷つけさせるわけにはいかない。僕たちは彼に復讐する」と私はクリスに宣言した。

　クリスは私の言葉に驚いたが、すぐにその意味を理解した。そして、非常に不安げで儚い表情を見せた。関係ない。もう一度白馬の王子様になってやると決めたのだ。