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22.番の扱い
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『人間のあなたには、番と言われてもピンと来ないだろうけれど、愚息から説明はされたのかしら?』
『はい。竜人にとっての番がどういうものなのかの説明と、あと、誓約についても聞きました』
ユーリの声が固い気がして、フィルは気が気でない。あくまで音を拾うことしかできないので、表情すら分からないのだ。
『あの子なら、先走って勝手に誓約を結ぼうとすると思ったのだけど、少しは成長したのかしら』
『あの……、そもそも私がちゃんと名乗っていなくて、その、申し訳ありません』
『あら、あなたが謝ることではないわ。でも、人間にしては珍しいわね。名前で縛られることを教わっている、ということは、出身は貴族かなにか?』
『いいえ、偶然なんです。成り行きで違う名前のまま誤解されてしまっていて……、あ、フィルさんには私の本当の名前は別にある、ということは話しました』
『成り行き……? そうね、あの子ったら、シュルツで番を見つけたから連れて戻る、としか言っていないから、詳しいことを聞いてもいいかしら?』
フィルの手がじんわりと冷たい汗をかき始めた。この流れはまずい。だが、今のフィルには止める手立てもない。次兄ならともかく、長兄には勝てないのだ。
『あの、私、客人とか彷徨い人とか呼ばれる存在らしくて……、えぇと、違う世界から来てしまったみたいなんです』
『あらあらあら、まぁまぁまぁ?』
『それは珍しい。いや、大変だったのだな』
『あなたもあの子から聞いていませんの?』
『もちろん、今初めて聞いた。いや、まさか彷徨い人がフィルの番とは……。クレットあたりが喜びそうだな』
『……それなら、今後のことをちゃんと考えないといけないわ。ついでにあなたの世界の話も聞かせてもらえるかしら?』
『はい、私なんかの話でよろしければ』
『そんなに構えなくてもいいのよ。あなたにとって最良の道を模索するためには、必要な情報というだけだから』
『そんな、ご配慮いただいてありがとうございます』
『それに、……そうね、フィル。ここまでになさい?』
『え? フィルさん?』
突然、名前が出たことで驚いたのだろう。困惑したユーリの声を最後に、魔術が強制的に断絶された。
「くそっ」
「おや、母上に切られでもしたか?」
「分かっているなら、わざわざ口にしないでくれないか、兄上」
「まぁまぁ、落ち着け。別に母上は彼女に危害を加えるつもりはないだろう」
「危害は加えなくとも、変なことを吹き込む恐れがあるんだ」
「それは否定できないな。でも、ほら。もう到着したぞ」
長兄の言う通り、ずるずると引きずられて、いつの間にか軍部の建物の目の前までやってきていたようだ。母とユーリとの会話に夢中になり過ぎたことを少しだけ反省する。
「さて、ちゃんと『ごめんなさい』するんだぞ」
「……兄上、俺は幼児ではない」
「そうか? 暴れる良い口実ができたと知ってすぐ、仕事を放り出して飛び出すもんだから、てっきりまだ自分のことしか考えないガキんちょなのかと」
「すみませんでした」
どうやら母だけでなく兄もそれなりに怒っていたらしいと気づき、フィルは頭を下げた。そんなフィルの頭を、レータはぽんぽんと軽く叩く。
「母上も言ってただろう。謝るべき相手が違うと」
「……はい」
王族であることと、何より強さを買われて軍部のトップにいたフィルだが、王妃や王太子が指摘したように、責務を放り出して飛び出した今では、単なる放蕩王子でしかない。だが、国に戻ると決めた以上、仕事をして稼ぐのは当然。それならば、まず古巣にしっかりとけじめを付け、その上で戻れる隙間がないか確認するのが最初にすべきだということは分かっている。
それでも、慣れ親しんだ建物を前に、足を踏み出すのを躊躇ってしまうのは、最もフィルの勝手な行動の余波をくらったであろう副官の怒りを想像できてしまうからだろうか。
『はい。竜人にとっての番がどういうものなのかの説明と、あと、誓約についても聞きました』
ユーリの声が固い気がして、フィルは気が気でない。あくまで音を拾うことしかできないので、表情すら分からないのだ。
『あの子なら、先走って勝手に誓約を結ぼうとすると思ったのだけど、少しは成長したのかしら』
『あの……、そもそも私がちゃんと名乗っていなくて、その、申し訳ありません』
『あら、あなたが謝ることではないわ。でも、人間にしては珍しいわね。名前で縛られることを教わっている、ということは、出身は貴族かなにか?』
『いいえ、偶然なんです。成り行きで違う名前のまま誤解されてしまっていて……、あ、フィルさんには私の本当の名前は別にある、ということは話しました』
『成り行き……? そうね、あの子ったら、シュルツで番を見つけたから連れて戻る、としか言っていないから、詳しいことを聞いてもいいかしら?』
フィルの手がじんわりと冷たい汗をかき始めた。この流れはまずい。だが、今のフィルには止める手立てもない。次兄ならともかく、長兄には勝てないのだ。
『あの、私、客人とか彷徨い人とか呼ばれる存在らしくて……、えぇと、違う世界から来てしまったみたいなんです』
『あらあらあら、まぁまぁまぁ?』
『それは珍しい。いや、大変だったのだな』
『あなたもあの子から聞いていませんの?』
『もちろん、今初めて聞いた。いや、まさか彷徨い人がフィルの番とは……。クレットあたりが喜びそうだな』
『……それなら、今後のことをちゃんと考えないといけないわ。ついでにあなたの世界の話も聞かせてもらえるかしら?』
『はい、私なんかの話でよろしければ』
『そんなに構えなくてもいいのよ。あなたにとって最良の道を模索するためには、必要な情報というだけだから』
『そんな、ご配慮いただいてありがとうございます』
『それに、……そうね、フィル。ここまでになさい?』
『え? フィルさん?』
突然、名前が出たことで驚いたのだろう。困惑したユーリの声を最後に、魔術が強制的に断絶された。
「くそっ」
「おや、母上に切られでもしたか?」
「分かっているなら、わざわざ口にしないでくれないか、兄上」
「まぁまぁ、落ち着け。別に母上は彼女に危害を加えるつもりはないだろう」
「危害は加えなくとも、変なことを吹き込む恐れがあるんだ」
「それは否定できないな。でも、ほら。もう到着したぞ」
長兄の言う通り、ずるずると引きずられて、いつの間にか軍部の建物の目の前までやってきていたようだ。母とユーリとの会話に夢中になり過ぎたことを少しだけ反省する。
「さて、ちゃんと『ごめんなさい』するんだぞ」
「……兄上、俺は幼児ではない」
「そうか? 暴れる良い口実ができたと知ってすぐ、仕事を放り出して飛び出すもんだから、てっきりまだ自分のことしか考えないガキんちょなのかと」
「すみませんでした」
どうやら母だけでなく兄もそれなりに怒っていたらしいと気づき、フィルは頭を下げた。そんなフィルの頭を、レータはぽんぽんと軽く叩く。
「母上も言ってただろう。謝るべき相手が違うと」
「……はい」
王族であることと、何より強さを買われて軍部のトップにいたフィルだが、王妃や王太子が指摘したように、責務を放り出して飛び出した今では、単なる放蕩王子でしかない。だが、国に戻ると決めた以上、仕事をして稼ぐのは当然。それならば、まず古巣にしっかりとけじめを付け、その上で戻れる隙間がないか確認するのが最初にすべきだということは分かっている。
それでも、慣れ親しんだ建物を前に、足を踏み出すのを躊躇ってしまうのは、最もフィルの勝手な行動の余波をくらったであろう副官の怒りを想像できてしまうからだろうか。
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