英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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23.過去の清算

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「フィル?」
「いや、行く。ちゃんと行く。兄上、ここまで連れてきてくれて感謝する」
「目がうつろだけど、大丈夫かい?」
「兄上の心配するように大丈夫ではないが、それでも、これは俺がしっかりやらないといけないことだ」
「うん、それが分かってるなら大丈夫だな。それなら、決心が鈍らないうちに行きなさい」

 バチン、と背を叩かれ、その勢いそのままに軍部の建物に足を踏み入れたフィルは、扉をくぐった直後に「フィル殿下!」「フィル殿下だ!」「マジか!」「お帰りなさい、フィル殿下!」とかつての部下たちに歓迎の挨拶を受けた。

「みんなには迷惑をかけた。……ロシュがどこにいるか知っている者はあるか?」
「ロシュ様なら、長官室にいると思うっすよ」

 教えてくれた者に「ありがとう」と感謝の言葉を掛け、フィルは長官室へ足を向けた。かつては自身の部屋だったが、今は誰が長官になっているのだろうか。融通の利く相手だといいが、と考える。
 それだけの強さを持つのだからと軍部に行くことを推薦されたときは、同じように力を持て余している者たちの中でなら、息もしやすいだろうと勝手に思っていた。事実、腕っぷしが全てにおける尺度になっている軍部はフィルにとってはすごく居心地が良かった。
 ただし、それも下っ端だった最初の数年の話だ。
 王族という血筋、何より強さを評価されてあっという間に長官という職まで上り詰めたとき、仕事の大半は書類仕事と人事調整ばかりで、たまの訓練や周辺国に睨みを効かせるための演習は心のオアシスだった。毎日積まれていく書類の山に鬱々としていたところに魔物の大侵攻の報せを聞き、飛び出して行ったのは仕方のないことだと今でも言える。そもそも書類仕事に向いていないのだ。書類と格闘するより、妙なことをしでかす輩をぶちのめす方が性に合っていたし、魔物の大侵攻だってその延長のようなものだった。
――――そんな過去を振り返っていたら、いつの間にか長官室の前まで到着してしまっていた。慣れとは恐ろしいもので、足はしっかり道筋を覚えていたようだ。

(……腹をくくるか)

 フィルは拳を握りしめ、ドアをノックする。コンコン、ではなくドンドンとなってしまったのは、緊張で力み過ぎたためだ。

「どうぞ」

 入室を許可する声は、間違いなく副官だったロシュのものだった。意を決してドアを開けると、長官の机でせっせと書類に目を通している姿が最初に飛び込む。記憶にある姿と全く変わらない副官の姿に、戻って来たのだと改めて実感が湧く。

「少し待ってください。この書類を終えたら話を聞きます」

 入室したのがフィルだと気がついていないのだろう。その声に混じる感情は無だった。

(いや、少し痩せた、というかやつれたように見えるのは気のせいか? あれだけ気を遣っていた鱗の調子がよくないように見えるな)

 武官でありながら書類仕事をそれほど苦にしていなさそうな副官だが、外見にはよく気を配っていたことを思い出す。竜人に角があるのは珍しくないが、ロシュの角は珍しく二股に分かれており、二股に分かれた先も細いながら強靱なので、かなり凶悪な武器になるものだった。ただし、本人は角の分岐箇所に汚れが溜まりやすいという謎な愚痴をこぼしていた。
 そんなことを思い出しながら観察していると、書類に承認印をポン、と押したロシュがようやく顔をフィルの方に向けた。

「お待たせしまし――――は?」
「あー……、久しぶり?」

 口を開けたまま自分の方を凝視しているロシュに、居心地の悪さを感じながら手を挙げて挨拶すると、ガタン、と音をたてて立ち上がったロシュが、ずんずんと彼の方へ向かって来た。

「久しぶり、だぁあん?」

 巻き舌で威嚇するようにメンチを切られたかと思った次の瞬間、ロシュの手がフィルの顔を鷲掴みする。

「よくもまぁ、おめおめと顔を出せたものですねぇ、フィル殿下?」
「いや、ロシュにはすまなかったと思っている」
「アタシ、には?」

 ロシュは自分より少し高いフィルの頭を力尽くで下に押さえ込み、ガツンと頭突きをくらわしてきた。

「アタシだけじゃないでしょうがっ! この唐変木野郎!」

 斜め上から頭突きを食らって尻餅をついたフィルは、呆然とロシュを見上げた。女性でありながら、軍部の上位に上り詰めた彼女は、決して書類仕事に能があるだけではない。それだけの実力を持っているのだ。任務中や訓練中にうっかり暴走しそうになった彼を、時には力尽くで止める役目を負っていたのも彼女なのだから。その力は、今も健在である。

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