英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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51.不利益しかないので

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 イングリッドの滞在予定についてユーリから尋ねられた王妃は、一瞬、彼女があの探究心の塊であるイングリッドに連れられてエルフの国サランナータへ行ってしまうのではないかという危惧を抱いた。

「どうして、そのことを確認するのか、理由を聞いても?」

 王妃の質問に、ユーリは逡巡する様子を見せた。そこには不安が見え隠れする。

「あぁ、違うのよ。純粋にそんなにあの方のことが気になったのかと思って」
「……違うんです」

 ユーリはゆっくりとかぶりを振った。

「あの人が来てから、フィルさんとの夕食もなくなりましたし、お仕事も中断することになって、それに先程のことも……、えっと、あの人がどういう身分の方なのか、ちゃんと理解できていないので、不敬になってしまうかもしれないんですけど」

 ぽつぽつと語るその表情に、王妃は自分の懸念が霧消するのが分かった。

「――――あの人が来てから、不利益しか被ってないので」

 最後のセリフを吐いたユーリの表情には、困惑よりも嫌悪が強く彩られていた。

「そうね、この国にとってあの方は『フィルの客人』でしかありません。世界という目で見ればまた別なのだけど、――フィルはその説明もあなたにしなかったのかしら?」
「魔物の大侵攻で、フィルさんと並び称される英雄だということは伺いました。ただ、その魔物の大侵攻がこの世界にとってどういうものだったのか、ちゃんと理解できている自信がなくて……」

 ユーリの不安を聞いた王妃は、ここにいない残念な三男に対して何度目かのため息をついた。本当に言葉が足りていない、と。

「話の邪魔をしてしまうようだけど、確認してもいいかい? わたしたちはフィルと君の親交を深める邪魔にならないようにと、君とフィルが二人で夕食をとれるよう取り計らっていたんだけど、君たちはそこで何を話していたのかな」
「夕食の席で話すのは、だいたいその日にあったことが多いです」
「つまり、君の常識を補完……あぁ、言い方が悪かったね。君にこの世界のことを深く知ってもらう場にはなっていない、と」
「そういう話はむしろクレットさんとすることが多かったと思います。……あ、でも、今回の話はそもそもイングリッド様がいらっしゃってから改めて疑問に思ったことなので」
「あぁ、いいんだ。ちょっとこちらとしての目論見が少し外れてしまったというか、いや、改めて世界を違えた人への対応の難しさを再確認したというか、うん、ユーリさんのせいじゃない」

 弟が、ユーリにこの世界に溶け込んでもらうことよりも、自分に好意を持ってもらうことを優先したのだとわかり、少しばかり頭痛を堪えたレータは、こっそりため息をついた。次期国王たる自分からすれば、もう少し国益を考えて欲しかったところだ。だが、相手が番となるとそういう配慮も薄れてしまうのだろうと弟を弁護する結論づけておく。なんだかんだ言っても弟が可愛いのだ。

「レータの言うように、こちらとしても彷徨い人であるあなたへの接し方は手探りの部分が多いの。だから、こうして申し出てくれたことは本当にありがたいということは、覚えておいてもらえるかしら」
「い、いえ、とんでもないです」

 正直なところ、この場にくるだけでも心臓が破裂しそうな程に緊張していたユーリだが、王妃から感謝の言葉を告げられるとなんだか逆に申し訳ない気分になる。

「常識を身につけるというのは、本当に難しいものね。子どもではないから、疑問に思ったことをすぐにその場で口にするのは難しいでしょう。こちらとしても誤解や齟齬のないように、すぐに確認できる場を整える配慮が足りなかったのね」
「そんな、その、王妃様が謝るようなことではないと思います。私も、その都度面倒がらずに聞いてしまえば良かっただけのことなので」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」

 にこりと上品に微笑んだ王妃は、レータの口から魔物の大侵攻について説明をさせた。あの大侵攻を放置していれば、この大陸全土が壊滅していたであろう未曾有の大災害だったと聞いて、ユーリは少し青ざめる。そんな災害の最前線にいたとは思わなかったのだ。

「フィルと同じく英雄と称される方々は、その侵攻を食い止めるために目覚ましい活躍をした方々なので、イングリッド殿も生まれ持った身分という観点でみれば、平民でしかありません」
「そうなんですか」

 ユーリはホッと胸をなで下ろした。ただでさえ王族ロイヤルな方々に囲まれて恐縮する日々なのに、さらにその相手が増えるなど考えたくなかったのだ。

「ただし、個人の武力という観点であれば、要注意と言えるでしょう」
「え?」

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