英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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65.ドレスを仕上げよう

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「いいから手を離しなさい! これからユーリさんはドレスのフィッティングなのよ? それともお披露目でユーリさんに恥をかかせる気なの?」

 王妃のもっともな説教に、ようやくフィルはユーリの手を離した。番の誓約を交わしたことで、少しはユーリに対する執着が治まるかと思いきや、逆に「ようやく自分の番だと大手を振って主張できる!」と振り切れてしまったのか、ユーリをとにかく自分の傍らに置きたがるようになってしまったフィルに、王妃はげんなりとした。

「本当に、うちのバカ息子が、迷惑をかけているわ」
「あの、謝らないでください。私も受け入れてしまっているので」
「そう言ってくれると助かるわ」

 二人のいる室内では、ようやく仮縫いの終わった衣装を着せることができる、と、ヒヤヒヤしながら成り行きを見守っていたお針子達が忙しなく動き始めていた。
 お披露目、というのはユーリが彷徨い人であることを各国に知らせることと同時に、フィルの番であることを知らしめるものだ。彷徨い人の言語理解能力や異世界知識は富をもたらすことが多く、それゆえに占有されることを禁じられてきた。それゆえに保護した国は早々にそれを発表し、平等にその恩恵を得られるよう調整するのだ。面倒な役回りに聞こえるかもしれないが、調整のさじ加減はその国次第であり、よほどあからさまに自国に偏った調整をしない限り、非難されることはない。下手に非難すれば、悪い印象を与えてしまい、不利に調整されかねないからだ。
 そもそも、いち早く彷徨い人を発見した者がこっそり隠してしまえばどうとでもなるんじゃないかとユーリは疑問に思ったが、世の中が平穏であれば、各国の抱える占者によって早々に発見されてしまうものなのだと聞いて、また少し常識の違いを痛感させられた。

「いかがでしょうか。動きにくいところなどございますか?」
「そうね。ユーリさん、少し歩いてみて貰える?」

 慣れないヒールと足元の見えないドレスにヒヤヒヤしながら、ユーリは真っ直ぐに歩いてみる。用意された大きな鏡には、白銀の光沢を持つ生地に、藍色のオーガンジーのような薄い生地が重ねられたマーメイドラインのドレスを着た自分が映っている。一生のうちに着れるかどうかも分からない高価そうなドレスに気が遠くなる思いだった。

「少し、デザインの変更が必要そうね」
「妃殿下もそうお思いですのね。やはり、お顔が少し若返られてしまったことで、違和感が出てしまっております」

 デザイナーと王妃の言わんとすることはあまり理解できないが、番の誓約によってフィルの年齢に引きずられて若くなってしまったユーリには、少し背伸びしたデザインになってしまっている、ということらしかった。

「でも、ジェノサイドスパイダーシルクの生地なんて、早々手に入るものでもないし、今から大幅な変更はきかないでしょう?」
(なんて物騒な名前の生地!)
「ラインの大幅な変更は納期の面からも厳しいと言わざるをえません。ですが、こちらのクラウドマッシュルームコットンで腰のあたりに大振りのリボンを付けてみては――――」
(キノコ? キノコから綿が採れるの?)
「悪くはないけれど、それならばデコルテのラインをビスチェではなくオフショルダーにしてもいいのではないかしら」
(ごめんなさい、そもそも私の知識がないせいで、翻訳できていても謎単語に聞こえます!)
「そうですね。そうなると肩に羽織るショールのデザインも変更を加えた方がよいでしょう」
(ショール? ふわっと羽織るだけのショールにデザインも何も関係あるの?)

 ユーリは自分が諦めで半眼になってやしないかと心配した。もはや自分が口を突っ込んでいいジャンルではない。自分の役目は言われた通りに動くマネキンなのだと悟ったのだ。

(そもそも、このベースを決めるときも、いかにフィルさんの色を取り入れるか、っていうところからスタートしてたし……)

 ドレス生地の白銀の光沢はフィルの鱗に似ているものを、そこに重ねられた藍色はフィルの髪色だ。ハーフアップする予定の髪に添えられる飾りも、銀の土台にラピスラズリやサファイアをはめ込んだものだ。ちなみに、フィルが着るのはユーリの髪色である黒をベースにした詰め襟の軍服っぽいデザインの上下だ。その生地を選ぶときに、フィルの口から「烏の濡れ羽色のような」などという比喩が出て来たのには驚かされた。ユーリは自分の髪をそんなふうに形容されたことなどないし、そもそもフィルがそんな詩的な比喩を知っていたこと自体が驚きだった。そんな形容をされたせいで、フィルの纏う服の生地もブラックエンパイアシープという貴重な魔獣の毛を織ったものになっていたりする。その魔獣の名前を聞いたときのユーリは、羊に対してご大層な形容がついていることに笑いを堪えるのが大変だった。なんたって、黒いし皇帝だ。

 そんなこんなで、ユーリを置いてけぼりにして決まったデザインに、最終確認にやってきたフィルが悶絶した後、「こんなに愛らしいユーリを大勢に見せるなんてとんでもない!」と絶叫したのはご愛敬である。

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