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1章 乙女ゲームに転生したようです

10話 過去

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『なんでお前はこんなことも1人でできねぇんだよ!』

誰かが私を怒鳴りつける。ちがう。誰か、じゃない。私のお兄ちゃんだ。

『なんでこんなにどんくさいの?!このくらい1人でできるでしょ?!いちいち頼ってこないでちょうだい。』

お母さん…。違うの、私はただ話したかっただけで…。

『邪魔よ!あっちいきなさい!』
『お前邪魔なんだよ。1人でやれよ。』

1人で、1人でやらなきゃ。嫌われちゃう。頼っちゃダメなんだ。1人で…1人で、私、ならできる。大丈夫、これくらい。嫌われたくない。だって私は二人が―――。




「1人で、1人でやらなきゃ。嫌われちゃう。私は、1人でも大丈夫…。大丈夫。」

座り込みうつむいて、うわ言のように呟く。流れ続けるトラウマのような記憶に頭がうまく回らなくなってしまう。

「おい、エル様?エル様!」

肩を揺すぶられハッと前を見ると心配そうなオーリ。
今、いるのは、わたくしの部屋で、オーリがいて…。わたくしは今何を言った?何を見た?私、は記憶に溺れて……。
ああ今はそんなこと重要じゃない。オーリを心配させてしまった。

「な、なんでもないわ。ごめんなさい、ちょっとぼうっとしちゃって。」

なんでもない風をよそおい、笑いかける。一人言のようなアレを聞かれてないといいんだけど。まあ、聞かれていたとして、今までオーリはわたくしが誤魔化すと呆れ顔でスルーしてくれていたから大丈夫だろう。
ちょっと取り繕ったような笑顔になってしまったかもしれないが致し方ない。

「嫌われるって、誰に?俺?頼られただけでエル様を嫌うと思われてんの?そんな顔色で大丈夫とか言われても説得力ないんだけど。」

しかし予想外にオーリは眉をギュッとよせ不機嫌そうな、それでいて悲しそうな声音でつぶやく。

「むしろもっと頼ってほしいって思ってるし、1人で無茶すんな、って思う。エル様頑張りすぎなんだよ。俺これでも結構エル様のこと好きだよ?俺ってそんなに頼りない?」

眉をさげ、悲しそうにするオーリ。
違う、悲しい顔されたいんじゃない。怒らせたいのでもない。たった2ヶ月だけど一緒に勉強して、ご飯食べて、練習に付き合ってもらって、頼れる人だって分かってる。
オーリじゃない。私が嫌われると思ってるのは、前世の兄と母、それから友達。
ただ前世の記憶に縛られているだけ。わたくしはわたくし、だけど、それでも。私の気持ちも分かるから。わたくしは私でもあるから。
嫌われるのは嫌だ。それだけはずっと、ずっと変わらない。

そう、言葉にしたくても声がでてこない。ただ小さく首をふることしかできないわたくしを、オーリがそっと抱き締める。

「そんな泣きそうな顔しないでよ。とりあえず、落ち着け。話はそのあとでいい。」

いきなり取り乱したわたくしに色々聞きたいはずなのに、それでも優しく背中をポンポンとあやすように撫でてくれるオーリ。
じわりと涙が浮かぶ。思わずわたくしもオーリに抱きついて泣いてしまった。らしくもない…。


しばらく撫でられていると、安心してしまったのか気がゆるみつい、ポロっと…。


「ほんとにいい人ね、オーリは。私のお兄ちゃんとは大違い。」


「…え?」



「……………え?」



あれ!?わたくし今何て言った?!

背中を冷や汗が伝う。
今は抱きついている状態。つまりはすぐ近くに顔があるわけで。聞こえてないわけがないんですよ。

「お兄ちゃん、って…?」

わけが分からないといったような顔のオーリからそろ~と離れ立ち上がり、脱兎のごとく逃げ出す。

まっまってまってまってまってぇええ。わたくしはなにを言った!?お兄ちゃんとか口走っちゃったよね?!
エリューシアは元々一人っ子だったしできたのは弟だし…。

「エル様!エル様!」

少し遅れて追いかけてくるオーリ。当たり前だがすぐに追い付かれ捕まってしまう。

「なんで逃げるのさ…。何かありますって言ってるようなもんだよ…?」

はぁ、とため息をつかれる。結局抱っこされ、部屋に連れ戻されてしまった。


「…で?」

ソファーに座らされ、話を促される。
どうしようどうしよう。考えろ。伊織ならできる。伊織の特技でしょう!?人間観察と、状況把握、その場面に合わせて演じるのよ!ああ、もう!

珍しく焦りで頭が働かない。こんなこと想定外だ。
話すのが吉とでるか凶とでるか…。
もう口を滑らせてしまったあとだから、誤魔化しもきかない。

…もう、いいわ。どうにでもなれ!

焦った脳では良い考えなど浮かばず、そればかりか半ばやけになり、話はじめる。外面はあくまで冷静を装って…。

「取り乱してしまってごめんなさい。もう取り繕っても無駄よね。いいわ、私の秘密教えてあげる。不気味だと思ってくれても、嫌ってくれても構わない、どんな反応でも受けいれるわ。」

前置きをし、何か喋ろうとしたオーリが声を発する前にポツリ、ポツリ、と話はじめる。


わたくしには前世の記憶があること。
水島伊織という名前で母子家庭、兄が1人いたこと。
家族から嫌われていて、好かれたくて、もがいて、人に合わせて演じる私ができあがったこと。
五年しか生きていないエリューシアより十数年生きた伊織の方が強いが、わたくしは、伊織ではなく、間違いなくエリューシアだということ。
私が生きていた世界のこと。


アザレアのことは言わなかった。言ってしまったら何かが変わってしまう気がして、自分が悪役だなんて言いたくなくて、言えなかった。

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