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第四章 転機

その筋肉を舐めたい

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 すぐそこまで迫っていた三人が、なだれ込むようにして部屋に入ってきたのは、四人が声を漏らした直後だった。
 俺の存在など無視をして、一直線にマリモに駆け寄る。
 あおちゃんと麗は、「大丈夫?」や「怖かったよね?」などと当たり前のことを口にしていた。
 蓮夜は二人にマリモを任せて、四人に罵声を浴びせながら殴る蹴るの暴行を加えている。
 マリモを抱きしめている二人は、蓮夜と同じ気持ちなのか、止める素振りすらなく。


ーーー……ドカッ!ゴンッ!ガンッ!


 鈍い音が拳や足から発せられている。

 俺は一言も発することなく立ち上がり、出口へと向かって歩き出す。
 外に一歩踏み出したところで開けっ放しにされた扉を閉め、寄りかかって一息つく。
 ここに侵入する前に開けた窓からは、マリモの叫び声にも似た喘ぎ声ではなく、鈍い音と蓮夜の声だけが聞こえてくる。

 そんなことをして何になる。
 今起きている問題の何が解決するというのだ。

 仕返しと言わんばかりに暴行する蓮夜の姿を思い浮かべては、その言葉を投げかける。


「春くん一人?猪突猛進のクソバカ野郎達は中かな?」


 パタパタという足音と共に風紀委員の三人と、適当に捕まえてきたであろう先生、そしていっちゃんだった。


「そー。中で相手ボコってるー」
「はぁ?そんなことより転校生を連れて行くのが先でしょーが。脳みそないのか?あいつらは」
「ないんでしょーきっとー。ていうか春くんは何で上半身裸なの?Tシャツはー?」


 ため息混じりに言う圭。
 蘭は圭に後ろから抱きつき、顔だけを出して疑問をぶつけてくる。


「んー?野山に貸したー」


 扉に寄りかかっていた体を離し、両足で立ってから中を指差す。


「なるほどねー。僕達がジャージの上着てれば貸してあげられたんだけど、運悪く誰も着てないんだよねー。ごめんね春くーん」
「別にいいよー。寮に帰るだけだし」
「そんな姿で歩いてたら、みんな鼻血出しちゃうよー!ねっ、まこちー?」


 蘭が振り返り、後ろで一言も発さずに立っている誠に声をかける。
 俺も蘭に習って目を向ければ、ジッとこちらを見ていた。
 固まっている……と言っていいだろう。

 瞬きすらせずに何を見ているのか。
 そう思い視線の先を辿ると、俺の腹筋辺りだった。
 スポーツこそやってはいないが、トレーニングが趣味である俺は、それなりに体は引き締まっていると言える。
 誠が凝視している腹筋も、六個に割れている。
 同じクラスであれば体育の着替えで嫌でも見ることになる。
 しかし、クラスが違う誠はそうはいかない。
 だからだろう。
 こんなにも見つめているのは。


「誠さーん。見ーすーぎー。そんなに俺の体、そそる?」


 したり顔で言えば、ゴクリと息を飲む。
 ようやく瞬きが再開した。


「……やべぇ」
「そりゃどーもー」


 ポケットに手を突っ込み、返答に満足した俺は笑みを浮かべる。


「惚けてるまこちは放っておいて、僕たちは中に入ろっかー!早く止めてあげないと、蓮夜があの四人を殺しちゃいそーう」
「うわ、本当だ。病院送りとか勘弁してよ。後先考えない所が嫌いなんだよなー……」


 二人はブツブツと文句を言いながら、扉を開けて中に入って行く。
 連れてきた先生を連れて。


「腹筋、触りたいならどーぞ?」
「……あぁ」


 腹筋が好きであろう誠に、今回駆けつけてくれたお礼がてらそう言えば、素直に頷き距離を縮めてくる。
 手を伸ばせば触れられる位置で立ち止まり、恐る恐る触れてくる。


「……っ、……お前、手あったけーな」
「平熱たけーからな」


 背後でいっちゃんがオロオロしながらこちらを見ている。
 笑いかけ、顎でグラウンドを指せば、静かに頷いてゆっくりと歩き出した。
 触るのに夢中な誠は、この無言のやり取りには気づいていない様子。
 何が楽しいのかわからないが、許可した手前引くに引けない。
 だから好きにさせてやることにした。
 しかし、それが間違いだった。


「……っ!…おま、……っ、…舐めんな」
「触っていいって言っただろ」
「舐めていいとは言ってねーよ。変態かお前は」
「舌で触れるのも手で触れるのも同じだろーが」


 素早く屈んだ誠が、俺の腹筋を舌で舐め回す。
 そして強く吸い付いた。


「……んっ!」


 チクッとした痛みに思わず声が漏れた。


「あぁーーーー!!!抱きてぇ!」


 叫ぶ誠。


「うるせー。さっさと仕事しろ変態まこちー」
「いつか必ず、俺の下でかせてやるからな!」


 屈んでいた体を元に戻し、捨て台詞を吐いて乱暴に扉を開け、二人と同じく中に入って行く。

 先程まで舐められていた自分の腹を見ると、へそ付近に虫に刺されたような赤い痕があった。


「ちっ。痕なんか付けてんじゃねーよカスが」


 閉ざされた扉を睨みつけ、誰もいないのをいい事に、仮面を取っ払って素でそう吐き捨てる。
 そしていっちゃんの後を追い、グラウンドへと歩き出した。
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