上 下
75 / 103
第五章 仮面のない生活

頼み事

しおりを挟む



「やっほー……」
「お疲れ様です」
「お疲れ」


 セキュリティを解除して入ってきたのは三馬鹿トリオ。
 顔色はいつも通りだが心なしかテンションが低い気がする。
 気になって三人の後ろを確認してみると、マリモの姿がどこにも見当たらない。
 元気のない理由は恐らくそれだろう。
 俺と政宗は「お疲れ」と返事し、“あいつはどうした?”という如何いかにも触れて欲しそうな話題は一切口にしなかった。

 三人は仕事をする素振りもなく。
 ソファーに座りってため息をつき暗いオーラを纏っている。
 そこだけ空気がよどんでいて、別世界の入り口ではないかと勘違いさせる。
 いつだったか、マリモもこんな風に落ち込んでいた時があった。

 気付いて欲しい。
 声をかけて欲しい。

 言葉にせずとも態度で自分に注目を集めようとする。
 自分中心に世界が回っていると勘違いている奴の典型的なアピール。

 カップルや夫婦と同じで、長時間一緒にいると行動や思考が似てくるのだろうか。

 どんな理由があれ俺を苛立たせるのには十分で、貧乏ゆすりが止まらなかった。

 もう少しで仕事が終わる。
 さっさと届けて残りの仕事は寮でやろう。

 そう思うことでどうにか苛立ちを心の奥底へと押しやる。


「なぁ、春都」


 ハゲ校長が消したデータを作成し終わり、校長室に届けてそのまま寮へ帰る為に鞄へ書類などを詰めていると、おもむろに蓮夜が俺の名を呼んだ。
 ソファーに前屈みの状態で座り、自分の膝に肘を乗せ、手を組んでこちらを見つめている。
 隣に座っているあおちゃんと麗は、背に力なく寄りかかりながらも、蓮夜と同じように俺を視界に入れていた。
 言葉を発する代わりに、続きをどうぞ?という意味を込めて視線を合わせる。


「正人の所に……行ってやってくんねーか?」
「は?」


 落ち込んでいる理由がマリモなら、会話の内容もマリモに関する事だろう。
 予想はしていた。


「あいつ、レイプされてから塞ぎ込んでてさ。だから会いに行ってやって欲しい」
「大人数で寄ってたかって心配するものじゃない。そっとしておいてやるのも優しさだぞ」
「わかってる。でもあいつ、ずっとお前の名前呼んでんだよ。会いたいって。俺らが側にいるのに」


 組んだ手をきつく握り、血が止まっているのか指先は白く、関節の部分は赤く染まっていた。
 そこで血液が堰き止められているのは明白で、血管が悲鳴をあげる前に気付いて力を緩めてあげてくれと、血管の気持ちを代弁してみる。

 それにしても、自分達が側にいるというのに、好きな相手が他の男の名前を口にしているという事に傷付いていたわけか。
 今までの俺なら“そんなことで落ち込んでんじゃねーよ”などと思っていただろう。
 だが今は違う。
 なんとなくだが、気持ちは分かる気がする。
 だからこそ行くべきではないと思うんだ。


「お前らや野山には悪いとは思うが、俺は会いに行けない。お前らが側にいてやれ」
「お前じゃなきゃダメなんだよ!」


 組んだ手に額を乗せ悲痛な叫びをあげる蓮夜。


「あいつはお前の事が好きで、お前に側にいて欲しいと思ってる!俺達じゃダメなんだ!だから、会いに行って欲しい。あいつの為に」


 これは驚いた。
 どうやらマリモは蓮夜達に自分の気持ちを伝えていたようだ。
 何度思い返しても俺は好かれるような事はしていないし、傍観者として様子を伺いはしても関わろうとはしなかったというのに、なぜ辛い時に側にいて欲しいと懇願されるほど想われているのだろうか。


「……気持ちには答えられないぞ」
「それでもいい。頼む」


 蓮夜だけでなく隣にいる二人も頷いた。

 こいつらはやはり三馬鹿トリオだ。
 その場しのぎばかり。
 俺が行く事であいつは喜ぶかもしれない。
 再び想いを伝えてくるだろう。

 好きだ。
 慰めて欲しい。
 側にいて欲しい。

 気持ちに答えられない俺が頷くはずないじゃないか。
 例え“今回だけでいいから”と言われたとしても絶対に。
 会いに行けばマリモが俺に振られるという更に酷な現実を突きつける羽目になるのに、お前達は会いに行く事が最善の策だと疑わない。

 あいつが会いたいと言うから叶えてやりたい。
 目先の事しか考えられないただのバカ。
 お前達がもっと賢ければ……立ち回りが上手ければ、こんな事にはならなかったというのにな。


「校長室に寄ったら行く。お前の部屋だろ?いるの」
「あぁ。帰る時、テーブルの上にカード置いておいてくれ」
「わかった」


 立ち上がり、俺にスペアのルームカードを渡してきた。
 こいつらは俺とマリモが交わると信じて疑わない。
 例え気持ちに応えられなくても、抱いてやって欲しいと思っているに違いない。
 悪いが、俺はそこまで優しくないんだよ。


 “恋は盲目”


 そう例えた人間がいた。

 盲目な恋ほど恐ろしいものはない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

平凡で特徴なんて何一つもない俺が総攻めなワケ

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:443

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,810pt お気に入り:4,186

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:520pt お気に入り:387

腐男子会計の王道計画!

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:288

男娼ウサギは寡黙なトラに愛される

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:263

処理中です...