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8話 エリーゼとリゼ
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~ リューベック視点 ~
エリーゼが目を覚ましてから3ヶ月が経った。
その間、ミリアリアを糾弾する裁判に勝利し、子爵夫妻は一足先に北の牢獄に護送された。
ミリアリアは小さな余罪が多すぎて、今だに調査が終わらない。
修道院に行くのは決定しているのに、調査が終わらないと護送出来ないのは、法律がおかしいと思うが、今は待つしかない。
侍女長の献身的な介護で、エリーゼは食事を取ることが出来るようになった。
初めはスープを飲むのも難儀していたのに、今では柔らかい肉を咀嚼することが出来るようになった。
嬉しい限りだ。
「お嬢様」
侍女長はエリーゼを『お嬢様』と呼ぶ。決して『奥様』とは呼ばない。
その意図は聞いていないが、『奥様』と呼ぶと自ずと『旦那様』を連想して、エリーゼに悪影響が出てしまう可能性を気にしているのだろう。そして、エリーゼを虐げ、こうなった原因の俺を非難しているのだろう。
他の使用人もそうだ。
皆、言葉や態度に出さないが、目に非難めいた色を感じさせる。
「本日はイチゴのクレープが届いておりますよ」
このクレープは、俺が準備したものだ。
医者から『ストレスの原因から遠ざけて経過を観察しましょう』と言われている。
だから、原因の俺はエリーゼの視界に入ることすら出来ない。
影からこっそりと盗み見ることしか出来ない。そこで、エリーゼの好物を毎日送っている。
領地の視察時に一緒に食べたクレープやフレッシュジュース。季節の果物を送っている。
初めは『悪影響』になる可能性を気にしたが、エリーゼの為に何かしたいと侍女長に頼み込み、変化があればすぐに止める事を条件に、彼女の食卓に乗せてもらっている。
彼女が思い出のクレープを食べている。そう思うと嬉しい反面、胸が痛くなる。己の罪を思い知るからだ。
×××
あの当時、俺は歪んだ思考ばかりしていた。
視察に一緒に行くと言い出した彼女に
「君が来てくれて心強いよ」
『領地で変なことをしないか監視のつもりか』と言葉とは裏腹な事を思っていた。
馬車の中でした経済理論も
「女性にはつまらない話でしたね」
『お前にわかるわけ無いだろう』
「いいえ、とても楽しかったですわ」
「そう言ってもらえてよかった」
『聡明ぶりやがって。ゴマすってるのが見え見えなんだよ』
町の露天で買ったクレープも
「お口に合えばいいんですが」
『お貴族様が素手で掴んで食べれるわけ無いだろう』
「とても美味しいですわ」
「貴女の笑顔は愛らしいですね」
『男に媚を売るのがうまいんだな』
なんてひねくれた解釈をしていたんだろう。
彼女の笑顔も、称賛も素直に受け止めなかった自分が腹立たし。
視察の時の笑顔と、孤児院に居た『リゼ』の笑顔がだぶって思い出される。
彼女の笑顔はとても愛らしかった。
よく通っていた孤児院に彼女は居た。
茶髪で黒縁メガネが印象的な女性で、近づこうとすると風のように消えてしまう。不思議な女性だった。
件の孤児院に気づいたのも『孤児が計算できた』『孤児が文字を読んだ』と、一部王都で騒がれる事があった。
孤児であろうと努力すれば、誰にでも勉強は出きるし、働く事だって出来る。
しかし、王都のバカどもは『孤児だから』と蔑み、彼らを蔑ろにする。
むしろ孤児の方が貧しさが身に染みているので、勤勉で努力家だと俺は思ってる。
仕事をするなら、彼らのように貪欲に働く従業員の方が好ましい。
件の孤児を引き抜き、従業員として育てようと孤児院に行くと、勉強が出来るのはその子だけではなかった。なんと、殆どの子供が出来たのだ。
シスターが教えているのか聞くと、週に一度手伝いに来る『リズ』という女性だと教えてくれた。
驚いた。
孤児に勉強を教えようとする人物が居ることに。
彼女は何の見返りもなく、子供達の汚した洋服を洗い、部屋を丁寧に掃除し、子供達と遊びながら勉強を教えていた。
それこそ、今後の彼らが孤児院を卒業したのち、自分で生活する時に必要とする知識だった。
空の雲を指差し、何に見えるか訪ねると
「魚~」
「魚ね。確か、最近は値が下がってるから…。よしあの魚は100エペです。みんなは50エペと60エペ持ってます。買えますか?」
「「買える~!」」
生活に基づく勉強に、子供達は楽しそうだ。
「みんな、適当な枝や石を持って、地面に『魚』って書いてみて。書ける人は自分の名前と好きな食べ物の名前を書いてね~」
子供達は教え合い、笑いあっていた。
自分が昔通っていた軍隊の様な学校とは違う、愛に溢れた学び場だった。
まぶしい。
『リズ』という女性を中心に、その光景を眩しい、羨ましいと思った。
エリーゼが目を覚ましてから3ヶ月が経った。
その間、ミリアリアを糾弾する裁判に勝利し、子爵夫妻は一足先に北の牢獄に護送された。
ミリアリアは小さな余罪が多すぎて、今だに調査が終わらない。
修道院に行くのは決定しているのに、調査が終わらないと護送出来ないのは、法律がおかしいと思うが、今は待つしかない。
侍女長の献身的な介護で、エリーゼは食事を取ることが出来るようになった。
初めはスープを飲むのも難儀していたのに、今では柔らかい肉を咀嚼することが出来るようになった。
嬉しい限りだ。
「お嬢様」
侍女長はエリーゼを『お嬢様』と呼ぶ。決して『奥様』とは呼ばない。
その意図は聞いていないが、『奥様』と呼ぶと自ずと『旦那様』を連想して、エリーゼに悪影響が出てしまう可能性を気にしているのだろう。そして、エリーゼを虐げ、こうなった原因の俺を非難しているのだろう。
他の使用人もそうだ。
皆、言葉や態度に出さないが、目に非難めいた色を感じさせる。
「本日はイチゴのクレープが届いておりますよ」
このクレープは、俺が準備したものだ。
医者から『ストレスの原因から遠ざけて経過を観察しましょう』と言われている。
だから、原因の俺はエリーゼの視界に入ることすら出来ない。
影からこっそりと盗み見ることしか出来ない。そこで、エリーゼの好物を毎日送っている。
領地の視察時に一緒に食べたクレープやフレッシュジュース。季節の果物を送っている。
初めは『悪影響』になる可能性を気にしたが、エリーゼの為に何かしたいと侍女長に頼み込み、変化があればすぐに止める事を条件に、彼女の食卓に乗せてもらっている。
彼女が思い出のクレープを食べている。そう思うと嬉しい反面、胸が痛くなる。己の罪を思い知るからだ。
×××
あの当時、俺は歪んだ思考ばかりしていた。
視察に一緒に行くと言い出した彼女に
「君が来てくれて心強いよ」
『領地で変なことをしないか監視のつもりか』と言葉とは裏腹な事を思っていた。
馬車の中でした経済理論も
「女性にはつまらない話でしたね」
『お前にわかるわけ無いだろう』
「いいえ、とても楽しかったですわ」
「そう言ってもらえてよかった」
『聡明ぶりやがって。ゴマすってるのが見え見えなんだよ』
町の露天で買ったクレープも
「お口に合えばいいんですが」
『お貴族様が素手で掴んで食べれるわけ無いだろう』
「とても美味しいですわ」
「貴女の笑顔は愛らしいですね」
『男に媚を売るのがうまいんだな』
なんてひねくれた解釈をしていたんだろう。
彼女の笑顔も、称賛も素直に受け止めなかった自分が腹立たし。
視察の時の笑顔と、孤児院に居た『リゼ』の笑顔がだぶって思い出される。
彼女の笑顔はとても愛らしかった。
よく通っていた孤児院に彼女は居た。
茶髪で黒縁メガネが印象的な女性で、近づこうとすると風のように消えてしまう。不思議な女性だった。
件の孤児院に気づいたのも『孤児が計算できた』『孤児が文字を読んだ』と、一部王都で騒がれる事があった。
孤児であろうと努力すれば、誰にでも勉強は出きるし、働く事だって出来る。
しかし、王都のバカどもは『孤児だから』と蔑み、彼らを蔑ろにする。
むしろ孤児の方が貧しさが身に染みているので、勤勉で努力家だと俺は思ってる。
仕事をするなら、彼らのように貪欲に働く従業員の方が好ましい。
件の孤児を引き抜き、従業員として育てようと孤児院に行くと、勉強が出来るのはその子だけではなかった。なんと、殆どの子供が出来たのだ。
シスターが教えているのか聞くと、週に一度手伝いに来る『リズ』という女性だと教えてくれた。
驚いた。
孤児に勉強を教えようとする人物が居ることに。
彼女は何の見返りもなく、子供達の汚した洋服を洗い、部屋を丁寧に掃除し、子供達と遊びながら勉強を教えていた。
それこそ、今後の彼らが孤児院を卒業したのち、自分で生活する時に必要とする知識だった。
空の雲を指差し、何に見えるか訪ねると
「魚~」
「魚ね。確か、最近は値が下がってるから…。よしあの魚は100エペです。みんなは50エペと60エペ持ってます。買えますか?」
「「買える~!」」
生活に基づく勉強に、子供達は楽しそうだ。
「みんな、適当な枝や石を持って、地面に『魚』って書いてみて。書ける人は自分の名前と好きな食べ物の名前を書いてね~」
子供達は教え合い、笑いあっていた。
自分が昔通っていた軍隊の様な学校とは違う、愛に溢れた学び場だった。
まぶしい。
『リズ』という女性を中心に、その光景を眩しい、羨ましいと思った。
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