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10話 エリーゼの本当の姿
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~ リューベック視点 ~
俺の準備したクレープを半分ほど食べて、エリーゼの口は動かなくなった。
もう要らないのだと判断し、皿を下げようとした侍女長は、エリーゼの顔を見て驚いていた。
「お嬢様?!」
エリーゼは泣いていた。
さらに、手を動かして、クレープに触れた。
「だっ、誰か!お医者様を!」
侍女長は声を張り上げ叫んだ。
急ぎ医者を手配し、診察をしてもらった。特に体の異常はないことから、クレープの起因する『何か』に対して反応したのではないかとの見解になった。
状況から見て、悪い反応ではないと考えられた。
「彼女の思い出の場所や人に会えば、症状は良くなるのだろうか?」
俺の執務室に移動し、医者にすがる気持ちで尋ねた。
エリーゼは他のメイドに任せ、侍女長と執事長も一緒だ。
「一概には言えません」
「というと?」
「何がトリガーになるのかわからないからです」
医者は難しい顔をした。
「今の奥様はとても不安定です。些細なことで体調に異常が出ます。成功すれば、症状は改善するかもしれません。ですが、判断を誤れば、奥様の体は耐えられないかもしれません」
三人で顔を見合わせた。
「あの、お嬢様はよく孤児院に行って、子供達の世話をしていたようなんです。帰宅されるときは、とても嬉しそうな顔をされてました」
侍女長は当時のエリーゼの様子を話し出した。
週に一度、朝から夕方まで孤児院で何か手伝いをしていたようだ。
「マイクが名前を書けるようになった」
「パックは計算の天才よ!」
「子供達の肌着が少なくなってきたから、古いシーツやタオルが合ったら持ってきてもらえないかしら。無理はしなくて大丈夫よ。出来る範囲で何かしたいの」
侍女長の話を聞いて、愛しさと痛みで胸がいっぱいになった。
貴族としては裕福ではないが、それは子爵夫人やミリアリアが新しい物を次々と買うからであって、自分だけでも節約したり、二人が要らなくなったものを中古店に売ったりして、領地に還元したり、従業員の記念日にプレゼントを贈ったりしていたようだ。
また、子爵は金銭が足りなくなると、従業員を着の身着のままで追い出していたようだが、エリーゼがわずかな金と子爵に黙って紹介状を書き、追い出された従業員の再就職先の斡旋もしていたと。
まだ成人する前から、エリーゼは家族の尻拭いに奔走し、周りの人々が少しでも幸せになれるようにと、懸命に動いていたそうだ。
その動きは微々たるモノだったかも知れないが、周りの人々の大きな希望だったと侍女長や執事長は語った。
彼女の行動や、思考はとても素晴らしく、貧しくても懸命に生きる『ラウトゥーリオ』そのものだった。
『ラウトゥーリオの丘』はみんなに懸命に生きて欲しいと願いを込めて書いていたと侍女長は言っていたが、あの物語は自分を奮い立たせる為に書いていたのかもしれない。
彼女の本当の姿を知る度に、愛しさと、自分の愚かしさを目の当たりにして、後悔ばかり募る。
「孤児院を見に行くのはどうだろうか?」
彼女が喜ぶ事をしたい。
その一心で提案してみた。
「孤児院ですか…」
「お手数ですが、先生にも同行していただき、馬車の中で構わない。彼女に子供達の声を聞かせてあげたい。異変があれば、すぐに帰ります。どうですか?」
「先生、私どもからもお願いします」
侍女長と執筆長も頭を下げた。
我々の真剣な顔に、医者は断り切れず、了承してくれた。
「異変があれば、すぐに取り止めます。この判断が成功であることを、皆で祈りましょう」
孤児院に行くのは、医師と俺の都合を考え、一週間後になった。
彼女の心を取り戻したい。
あの笑顔をもう一度みたい。
自分には向けられないであろう、あの笑顔を彼女を愛する人々に返したい。
どうか、治療への道標として、成功して欲しいと彼女がいる部屋の扉前で願った。
その日の夜、ミリアリアが脱走したと連絡があった。
俺の準備したクレープを半分ほど食べて、エリーゼの口は動かなくなった。
もう要らないのだと判断し、皿を下げようとした侍女長は、エリーゼの顔を見て驚いていた。
「お嬢様?!」
エリーゼは泣いていた。
さらに、手を動かして、クレープに触れた。
「だっ、誰か!お医者様を!」
侍女長は声を張り上げ叫んだ。
急ぎ医者を手配し、診察をしてもらった。特に体の異常はないことから、クレープの起因する『何か』に対して反応したのではないかとの見解になった。
状況から見て、悪い反応ではないと考えられた。
「彼女の思い出の場所や人に会えば、症状は良くなるのだろうか?」
俺の執務室に移動し、医者にすがる気持ちで尋ねた。
エリーゼは他のメイドに任せ、侍女長と執事長も一緒だ。
「一概には言えません」
「というと?」
「何がトリガーになるのかわからないからです」
医者は難しい顔をした。
「今の奥様はとても不安定です。些細なことで体調に異常が出ます。成功すれば、症状は改善するかもしれません。ですが、判断を誤れば、奥様の体は耐えられないかもしれません」
三人で顔を見合わせた。
「あの、お嬢様はよく孤児院に行って、子供達の世話をしていたようなんです。帰宅されるときは、とても嬉しそうな顔をされてました」
侍女長は当時のエリーゼの様子を話し出した。
週に一度、朝から夕方まで孤児院で何か手伝いをしていたようだ。
「マイクが名前を書けるようになった」
「パックは計算の天才よ!」
「子供達の肌着が少なくなってきたから、古いシーツやタオルが合ったら持ってきてもらえないかしら。無理はしなくて大丈夫よ。出来る範囲で何かしたいの」
侍女長の話を聞いて、愛しさと痛みで胸がいっぱいになった。
貴族としては裕福ではないが、それは子爵夫人やミリアリアが新しい物を次々と買うからであって、自分だけでも節約したり、二人が要らなくなったものを中古店に売ったりして、領地に還元したり、従業員の記念日にプレゼントを贈ったりしていたようだ。
また、子爵は金銭が足りなくなると、従業員を着の身着のままで追い出していたようだが、エリーゼがわずかな金と子爵に黙って紹介状を書き、追い出された従業員の再就職先の斡旋もしていたと。
まだ成人する前から、エリーゼは家族の尻拭いに奔走し、周りの人々が少しでも幸せになれるようにと、懸命に動いていたそうだ。
その動きは微々たるモノだったかも知れないが、周りの人々の大きな希望だったと侍女長や執事長は語った。
彼女の行動や、思考はとても素晴らしく、貧しくても懸命に生きる『ラウトゥーリオ』そのものだった。
『ラウトゥーリオの丘』はみんなに懸命に生きて欲しいと願いを込めて書いていたと侍女長は言っていたが、あの物語は自分を奮い立たせる為に書いていたのかもしれない。
彼女の本当の姿を知る度に、愛しさと、自分の愚かしさを目の当たりにして、後悔ばかり募る。
「孤児院を見に行くのはどうだろうか?」
彼女が喜ぶ事をしたい。
その一心で提案してみた。
「孤児院ですか…」
「お手数ですが、先生にも同行していただき、馬車の中で構わない。彼女に子供達の声を聞かせてあげたい。異変があれば、すぐに帰ります。どうですか?」
「先生、私どもからもお願いします」
侍女長と執筆長も頭を下げた。
我々の真剣な顔に、医者は断り切れず、了承してくれた。
「異変があれば、すぐに取り止めます。この判断が成功であることを、皆で祈りましょう」
孤児院に行くのは、医師と俺の都合を考え、一週間後になった。
彼女の心を取り戻したい。
あの笑顔をもう一度みたい。
自分には向けられないであろう、あの笑顔を彼女を愛する人々に返したい。
どうか、治療への道標として、成功して欲しいと彼女がいる部屋の扉前で願った。
その日の夜、ミリアリアが脱走したと連絡があった。
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