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11話 最初の一歩
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~ リューベック視点 ~
約束の一週間がたった。
あの日の夜に連絡を受けた『ミリアリア脱走事件』はまだ解決していない。
どうやら、数人いる看守の一人を誑かして、脱走に成功したようだ。
今懸命に捜索しているが、町に潜伏しているようで、なかなか足取りが掴めないと捜索責任者から連絡をもらっている。
ミリアリアの目的として『国外逃亡』『告発者への復讐』『元婚約者への接触』が考えられた為、俺の周りの警護も増員されていた。
本当なら、ミリアリアが捕まるまで大人しくしておくのが良策だろうが、エリーゼの回復を第一に考えたら、延期することはできなかった。
医師と侍女長、そしてエリーゼで馬車に乗り込む。
車椅子でも乗ることが出来る最新式の馬車だ。
俺は目立たないように、執事の格好をして業者の隣に座った。
本来なら俺は留守番するか、別の馬車で追随するのがセオリーだが、エリーゼに変化があるのか、最悪の事態にならないか見守りたい一心で、変装してついて行くことになった。
馬車はゆっくりと進み、町並みを感嘆深い気持ちで眺めた。
思い返すと、エリーゼと王都を散策したことはなかった。
ローベンシュタイン子爵の領地に視察旅行をしたくらいだ。
あとは手紙のやり取りのみで結婚式まで過ごしたな。
彼女が元気になったら、一緒に散策したい。
今流行りのカフェや、インテリアショップ、雑貨屋、ブティック。いろいろな所に連れていってあげたい。
いや、正気を取り戻したら、きっと離縁を言ってくるはずだ…。
こんな馬鹿で愚かな男と散策などしないだろう。
一人考えては落ち込む。
そんなことをしていたら、孤児院にたどり着いた。
「お嬢様、孤児院に着きましたよ」
侍女長が優しい声で語りかけるが、エリーゼは反応しなかった。
見てるのか見てないのかわからない表情で、呆然と窓の外を見ていた。
時期早々だったのだろうか…。
落ち込む俺たちを他所に、子供達が木の下に集まり出した。
そこは、よくリゼが立っていた場所だ。
「よ~し、みんな集まったな」
年長者のマイクがみんなを座らせる。
「リゼ先生じゃないから、俺は新しい事を教えることは出来ない。でも、リゼ先生が書いてくれた物語は読むことができる。今度リゼ先生が来たら、俺だけじゃなくて、みんなが読めたら、きっと喜ぶぞ。みんな、リゼ先生の喜ぶ顔がみたいか?」
「「は~い!」」
子供達の明るい声が響く。
懐かしい光景だ。
「よし、では枝か石を持って地面に書いていけよ。まずリゼ先生!」
子供達が一斉に書き出した。
わからない子には、わかる子が字を教えている。
「次、ラウトゥーリオの丘」
「懸命に生きれば」
「必ず」
「幸せになれる」
マイクの号令で、子供達が各々書いて行く。
マイクは教師になったら、きっと良い先生になるだろう。
微笑ましく見ていると、不意にエリーゼの腕が動いた。
窓を触り、涙を流していた。
「お嬢様!」
「落ち着きなさい。脈は問題ないですから、悪い兆候ではないです。しばらく様子をみましょう。奥様も落ち着いて来たご様子ですし」
エリーゼの涙は止まり、ただ子供達を目に撮していた。
どれくらいそうしていただろう。
子供達は勉強を止めて、各々遊びに夢中になっていた。
「そろそろ帰りましょう。あまり長いすると奥様の体が心配です」
医者にそう言われ、渋々馬車を移動させた。
確かに、始めは反応があり、期待が膨らんだが、その後は特に変化はなく、ただ子供達の様子を見ているだけだった。
「お嬢様。よかったですね、子供達は皆、元気そうでしたね」
侍女長はそっとエリーゼの手に手を重ね、優しい声色で語りかけた。
エリーゼの手が軽く動いた事に、侍女長は嬉しそうに涙を流した。
部屋にこもるのではなく、少しづつエリーゼを外出させようと決めた。
×××
屋敷に戻り、医者と今後の事を話し合った。
侍女長と執事長も同席している
。
エリーゼの症状は、初期に比べれば格段によくなっていると言われたが、まだ余談を許さない状況でもあると。
今回の外出は概ね成功だったと思われる。侍女長の言葉にエリーゼが反応したのが良い例だ。
「先生。これからどうして行けば良いですか?また、このような機会を設けていけば、エリーゼは回復しますか?」
医者は難しい顔をした。
「おそらく、奥様の中で大きな葛藤が芽生えていると考えられます」
「葛藤…ですか?」
侍女長が呟いた。
「このままではいけないと思う一方で、このままでいたい気持ちがせめぎ合い、前に進めない。そんな状態ですね」
三人で顔を見合わせる。
「それは、何かキッカケがあれば前に進める。そう言うことですか?」
執事長が問いかけた。
医者は目を伏せた。
「断言はできません。ですが、可能性はあります」
沈黙。
「先生」
俺は声を出した。
「私がエリーゼに会うことは出来ますか?」
「旦那様?!」
侍女長の非難めいた声がするが、俺はまっすぐ医者を見た。
沈黙。
「彼女の心を壊したのは私です。それなのに、私は彼女に謝罪の言葉も伝えていない。彼女に謝りたいんです…」
俺の言葉に、一同は沈黙した。
自分でもわかっているさ。
これは彼女の為じゃない、自分の為だってことくらい…。
罪悪感を薄ませたい、そんな気持ちがないわけじゃない。
でも、謝りたいんだ。
誠心誠意、彼女に謝りたい。
医者がため息をついた。
「わかりました。ですが、いきなり謝られても、奥様の負担になるでしょうから、少しづつ謝罪の意を伝えていきましょう」
「というと?」
「まずは手紙や花束のメッセージカードなどからです」
約束の一週間がたった。
あの日の夜に連絡を受けた『ミリアリア脱走事件』はまだ解決していない。
どうやら、数人いる看守の一人を誑かして、脱走に成功したようだ。
今懸命に捜索しているが、町に潜伏しているようで、なかなか足取りが掴めないと捜索責任者から連絡をもらっている。
ミリアリアの目的として『国外逃亡』『告発者への復讐』『元婚約者への接触』が考えられた為、俺の周りの警護も増員されていた。
本当なら、ミリアリアが捕まるまで大人しくしておくのが良策だろうが、エリーゼの回復を第一に考えたら、延期することはできなかった。
医師と侍女長、そしてエリーゼで馬車に乗り込む。
車椅子でも乗ることが出来る最新式の馬車だ。
俺は目立たないように、執事の格好をして業者の隣に座った。
本来なら俺は留守番するか、別の馬車で追随するのがセオリーだが、エリーゼに変化があるのか、最悪の事態にならないか見守りたい一心で、変装してついて行くことになった。
馬車はゆっくりと進み、町並みを感嘆深い気持ちで眺めた。
思い返すと、エリーゼと王都を散策したことはなかった。
ローベンシュタイン子爵の領地に視察旅行をしたくらいだ。
あとは手紙のやり取りのみで結婚式まで過ごしたな。
彼女が元気になったら、一緒に散策したい。
今流行りのカフェや、インテリアショップ、雑貨屋、ブティック。いろいろな所に連れていってあげたい。
いや、正気を取り戻したら、きっと離縁を言ってくるはずだ…。
こんな馬鹿で愚かな男と散策などしないだろう。
一人考えては落ち込む。
そんなことをしていたら、孤児院にたどり着いた。
「お嬢様、孤児院に着きましたよ」
侍女長が優しい声で語りかけるが、エリーゼは反応しなかった。
見てるのか見てないのかわからない表情で、呆然と窓の外を見ていた。
時期早々だったのだろうか…。
落ち込む俺たちを他所に、子供達が木の下に集まり出した。
そこは、よくリゼが立っていた場所だ。
「よ~し、みんな集まったな」
年長者のマイクがみんなを座らせる。
「リゼ先生じゃないから、俺は新しい事を教えることは出来ない。でも、リゼ先生が書いてくれた物語は読むことができる。今度リゼ先生が来たら、俺だけじゃなくて、みんなが読めたら、きっと喜ぶぞ。みんな、リゼ先生の喜ぶ顔がみたいか?」
「「は~い!」」
子供達の明るい声が響く。
懐かしい光景だ。
「よし、では枝か石を持って地面に書いていけよ。まずリゼ先生!」
子供達が一斉に書き出した。
わからない子には、わかる子が字を教えている。
「次、ラウトゥーリオの丘」
「懸命に生きれば」
「必ず」
「幸せになれる」
マイクの号令で、子供達が各々書いて行く。
マイクは教師になったら、きっと良い先生になるだろう。
微笑ましく見ていると、不意にエリーゼの腕が動いた。
窓を触り、涙を流していた。
「お嬢様!」
「落ち着きなさい。脈は問題ないですから、悪い兆候ではないです。しばらく様子をみましょう。奥様も落ち着いて来たご様子ですし」
エリーゼの涙は止まり、ただ子供達を目に撮していた。
どれくらいそうしていただろう。
子供達は勉強を止めて、各々遊びに夢中になっていた。
「そろそろ帰りましょう。あまり長いすると奥様の体が心配です」
医者にそう言われ、渋々馬車を移動させた。
確かに、始めは反応があり、期待が膨らんだが、その後は特に変化はなく、ただ子供達の様子を見ているだけだった。
「お嬢様。よかったですね、子供達は皆、元気そうでしたね」
侍女長はそっとエリーゼの手に手を重ね、優しい声色で語りかけた。
エリーゼの手が軽く動いた事に、侍女長は嬉しそうに涙を流した。
部屋にこもるのではなく、少しづつエリーゼを外出させようと決めた。
×××
屋敷に戻り、医者と今後の事を話し合った。
侍女長と執事長も同席している
。
エリーゼの症状は、初期に比べれば格段によくなっていると言われたが、まだ余談を許さない状況でもあると。
今回の外出は概ね成功だったと思われる。侍女長の言葉にエリーゼが反応したのが良い例だ。
「先生。これからどうして行けば良いですか?また、このような機会を設けていけば、エリーゼは回復しますか?」
医者は難しい顔をした。
「おそらく、奥様の中で大きな葛藤が芽生えていると考えられます」
「葛藤…ですか?」
侍女長が呟いた。
「このままではいけないと思う一方で、このままでいたい気持ちがせめぎ合い、前に進めない。そんな状態ですね」
三人で顔を見合わせる。
「それは、何かキッカケがあれば前に進める。そう言うことですか?」
執事長が問いかけた。
医者は目を伏せた。
「断言はできません。ですが、可能性はあります」
沈黙。
「先生」
俺は声を出した。
「私がエリーゼに会うことは出来ますか?」
「旦那様?!」
侍女長の非難めいた声がするが、俺はまっすぐ医者を見た。
沈黙。
「彼女の心を壊したのは私です。それなのに、私は彼女に謝罪の言葉も伝えていない。彼女に謝りたいんです…」
俺の言葉に、一同は沈黙した。
自分でもわかっているさ。
これは彼女の為じゃない、自分の為だってことくらい…。
罪悪感を薄ませたい、そんな気持ちがないわけじゃない。
でも、謝りたいんだ。
誠心誠意、彼女に謝りたい。
医者がため息をついた。
「わかりました。ですが、いきなり謝られても、奥様の負担になるでしょうから、少しづつ謝罪の意を伝えていきましょう」
「というと?」
「まずは手紙や花束のメッセージカードなどからです」
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