愛しい人へ~愛しているから私を捨てて下さい~

ともどーも

文字の大きさ
3 / 15

2話 再開

しおりを挟む
 祖国を離れて5年がたった。

 私も20歳になり、現在は第三王女メリダ様の専属侍女を勤めている。
 メリダ様は8歳なのに、とても落ち着いていて、物腰が柔らかくて使用人達にも優しい。もちろん人前では適切な距離を持って対応しているが、二人っきりになると、まるで妹のように甘えてくるのが可愛くて仕方がない。
 ストレートに伸ばされたハニーピンクの御髪や、サファイアブルーを嵌め込んだような美しく大きな瞳は、天使や女神様の様に神々しい。

 今は勉学の間の休憩時間だ。
 メリダ様の好きなアップルティーで疲れを癒していただこうと、机に差し出した。
「ありがとう。うん、美味しい。そういえば、シャティーの祖国はどんな所なの?」
「そうですね…。とても緑豊な所もありますが、魔道具や車の生産も盛んな国ですね」
 祖国ヴィラン王国に居た頃は、お父様と侯爵様の共同事業が何なのか教えてもらえなかったが、最近になってようやく形になり、教えて貰うことが出来た。
 お父様達は『魔動車(まどうしゃ)』という馬を使わずに、魔法力を原動力にした乗り物を作っていたそうだ。

 お母様が亡くなり、自暴自棄になっていたお父様を侯爵様が支えて下さったそうだ。魔動車を立派な物にし、天国のお母様にまで、この偉業を伝わらせようと躍起になったと手紙に書いてあった。
 側で支えてあげられなかったのが心残りではあったが、お父様も元気に過ごしていると手紙には書いてあったので、一先ず心配はしないでいる。

「帰りたいとは思わないの?国に恋人が居るのでしょ?」
 城で働いていると、それなりにお付き合いの申し込みがある。他国に恋人が居ると言えば大抵の方は引き下がってくれるので、断りの常套句として使っている。

 婚約白紙された傷物令嬢でも、他国では関係無いのだ。もちろん、私の後ろ楯がディディエ侯爵家だからと言うのもある。
 ディディエ侯爵夫人はマッケンジー侯爵様の妹だ。
 
「メリダ様のお世話が楽しくて、しばらく帰る予定はありませんよ」
「まぁ、私のせいなの?それなら責任を取って、一生貴女の側を離れないわ。恋人が迎えに来ても離してあげないんだから」
 コロコロ笑う笑顔はとても可愛らしい。
 メリダ様の笑顔にいつも救われる。
 もし彼女が他国に嫁がれる日が来たら、私も一緒に行くと決めている。
 生涯誰かと一緒になることはない。
 私の心にはあの方がずっといる。
 きっと、憎まれ、恨まれている。
 もしもまた会える日が来ても、あの頃のように優しい目を見ることは出来ないだろう。
 これは自分が望んだ事だ。
 後悔はない。
 でも、ふとした瞬間に思い出しては、彼が幸せでありますようにと願わずにはいられなかった。
 
 今日も空は快晴。
 王城は平和な時を刻んでいた。



×××



 あの平和な時間を堪能していた次の日、事態は急展開を迎えた。

 視察でヴィラン王国に行っていた第一王子様が、王太子の婚約者で公爵令嬢のレティーナ様を酔った勢いで襲ったそうだ。未遂ですんだが、怒った王太子様が第一王子を手打ちにして殺害してしまったと報告が入った。
 平和だったのが一変、カルヴァン王国とヴィラン王国の戦争に発展してしまった。

 カルヴァン王国はそれほど大きな国ではなく、軍事力もヴィラン王国に比べれば微々たるものだった。
 戦争に発展してから半年で、カルヴァンの城は攻め落とされることになった。



×××



「メリダ様!お早く!!」
 城に攻め入られるとき、私はメリダ様を連れて、秘密の脱出道を必死に歩いていた。
 持てるだけの宝石に金貨をバックに積めて、メリダ様には申し訳ないが、町娘の質素な服に身を包んでもらった。私も似たような町娘の格好をし、3人の護衛騎士を連れてひた歩いた。
「シャティー。ごめんなさい、足が…」
 履き慣れない靴のせいで、メリダ様は足を痛めてしまったようだ。
「気付かず申し訳ありません。私の背にお乗り下さい」
「それでは貴女が疲れてしまうわ。少し休めば痛みも引くはずよ。少し休みましょう。ねっ」
 気丈に振る舞われているが、彼女は8歳の女の子だ。体は小刻みに震えていた。
「必ず私がお守りします。大丈夫です。メリダ様の為にいつも鍛えてましたから、メリダ様の体重など鳥の羽のように軽いですわ」
 彼女を胸に抱く。
 小さな肩が震えるのに胸が傷んだ。
 必ず守ると心に誓う。
「さぁ、背に乗って下さい。少しでも遠くに逃げますよ」

 脱出道の出口が見えて来た。
 確か城下町の外れにある礼拝堂に繋がっているはずだ。
 護衛の騎士が辺りを警戒しながら外に続く扉を開けた。
「誰もいない」
 騎士の合図で恐る恐る外の扉を開けた。
 静まり返る辺りが不気味に思えた。
 そう、静かすぎる。

「馬を調達してきます。ここから動かないで下さい」
 騎士が私達の近くを離れようとした瞬間、草影に隠れていた兵士が一斉に飛び出してきた。
「待ち伏せされた?!」
「くっ、姫を守れ!」
 騎士達が兵士達と剣を付き合わせる。
 多勢に無勢、こちらを取り囲む程の人数対私と護衛を合わせても4人しかいない。
 戦うのは得策ではない。

「剣を引きなさい!私はシャティアナ・ベンズブロー。魔動車を開発したベンズブロー伯爵の娘です。同じ祖国の者を殺すのがヴィラン王国のやり方ですか!」
 辺りに動揺が走るのがわかった。
 逃げられないのなら、せめて待遇よく捕まるしかない。
 お父様の名前を使うのは気が引けるが、この場では仕方がない。
「私達は抵抗しません。指揮者の所に連れていってください。みんな、剣を捨てなさい」
 私の言葉に騎士達は剣を捨てた。
「シャティー…」
 不安そうな声が背中から聞こえたので、優しい声色を心がけた。
「大丈夫です。私がお守りします」

「ずいぶん勇ましくなったじゃないか。シャティアナ・ベンズブロー伯爵令嬢」
 兵士達が道を開ける。
 そこから現れたのはーーー
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

貴方の知る私はもういない

藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」 ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。 表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。 ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

処理中です...