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1話 別れ
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ブォォォォ!
船の汽笛が辺りに木霊する。
空は快晴。船出にはちょうど良い天候である。
船に乗車するため、人々の列に並んでいると
「シャティー!」
と、男性に呼び止められた。
「マッケンジー侯爵令息様。お久しぶりでございます」
彼は大きな肩を珍しく上下させ、息も絶え絶えだったが、金色の瞳は困惑と悲しみを称えていた。
お母様の遺言と言う形でノーランド様との婚約は白紙撤回されることになった。
「お母様を死に駆り立てたこの婚約を維持することは出来ない」とお父様を説得し、侯爵様も慰謝料の請求はせず、逆に御悔やみ料として多額のお金を渡してきた。
しかし、婚約白紙撤回であっても、私は令嬢として『傷物』になってしまった。この国では良縁に恵まれないだろう。良くてお父様と同じような年の方の後妻になれるくらいだ。
私を憐れに思った侯爵様が、隣国カルヴァン王国のご親戚に連絡を取ってくださり、その方が私の後ろ楯になり、カルヴァン城の侍女として雇ってもらえる事となった。
本来であれば、お母様の喪が開けた一年後に隣国に行くのが筋だが、先方からの要請もあり、貴族学園卒業の翌日に旅立つ事が決まった。
ノーランド様に婚約白紙撤回の件を伝えるのは私が国を出てからのはずなのに、どうして情報が漏れなのかしら…。
「どうしてここがお分かりに?」
「殿下に聞いた」
あぁ…。
恐らく私が屋敷を出た後、私達の婚約白紙申込書を城に提出しに行くときにでも、殿下に見つかり、慌てた殿下が彼に伝えたのだろう。
殿下と彼は幼馴染みで親友だ。
私も何度かお会いしたが、気さくな方だったと記憶している。
「何故なんだ」
「…お母様の遺言です」
「亡くなった伯爵夫人には悪いが、君がその遺言に従わなければいけない道理は無いはずだ。それに、その遺言だって君を心配するあまりの言葉だろう?これから生涯をかけて君を守るから、天国にいらっしゃる伯爵夫人が安心出来るように尽くすから、考え直してくれないか?」
私達の身長差は約40センチほどあるため、彼は跪き目線を合わせてくる。
金色の瞳が私をまっすぐ捕らえて離さない。彼の優しい目も好きだが、まっすぐ射抜く様な目を見るたびにドキドキして、鼓動が抑えられない。
思わず泣きそうになる。
頷きたい。
彼と離れたくない。
幼い頃から、彼と共に歩む未来を、幸せを夢見ていた。
彼を愛してる。
だからこそ、私は彼から離れることを決意したのだ。
「…申し訳ありません。出来ません」
「何故だ!」
彼の口調に必死さを感じる。
「…疲れました」
彼を傷つけたくない。でも、生半可な言葉じゃ彼は納得しないだろう。
「お母様に認められる様に必死に頑張ってきました。でも、認められなかった。これから死ぬまで、亡霊に付きまとわれ、神経を磨り減らす。もううんざりなんです!」
泣いてはいけないのに、涙が止まらない。
「貴方に恋い焦がれたのも、お母様に反対されて、燃え上がっただけです。お母様が居なくなってみたら、貴方への愛は失くなりました」
「嘘だ!!」
彼に腕を捕まれた。
焦っているのだろう、力が強すぎて思わず顔を歪めてしまう。
「二人で夫人に認められるように、頑張ってきたじゃないか…。俺を愛してると言ったじゃないか…」
懇願してくる彼が可哀想。
傷つけてごめんなさい。
「もう愛していません」
血を吐きそうな言葉を紡ぐ。
彼の顔が絶望の色に染まっていく。そして、腕を掴む力が緩んだ。
私に思いを残さないで。
私を憎んで下さい!
「貴方の大きな体が嫌いです。いつも見上げていて、首が疲れるんです」
貴方の大きな体に抱き締められると、温もりが伝わってきて大好きでした。
「貴方の趣味も嫌いです。動物臭くて、近くに寄って欲しくありませんでした」
小動物を優しげに抱き上げる姿が好きです。臭いなんて思ったこともなかった。日だまりのような、干し草の匂いが大好きでした。
「あと、手がガサガサで嫌いです」
剣の鍛練を怠らず、剣ダコを作っては潰し、貴方の努力した結果だと知っています。手を触るとき、とてもドキドキしました。
彼の手が腕から離れた。
うつむき、口を固く結んでいる。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
どうか私を恨んで下さい。
憎んで下さい。
私への思いは捨てて下さい。
「さようなら」
私は自分の荷物を手に取り、足早に人混みに紛れた。
彼は微動だにせず、ずっとそのままだった。
ブォォォォ!
出向の合図だ。
甲板に出る勇気はなく、用意された部屋のベッドに突っ伏し、枕を濡らした。
船の汽笛が辺りに木霊する。
空は快晴。船出にはちょうど良い天候である。
船に乗車するため、人々の列に並んでいると
「シャティー!」
と、男性に呼び止められた。
「マッケンジー侯爵令息様。お久しぶりでございます」
彼は大きな肩を珍しく上下させ、息も絶え絶えだったが、金色の瞳は困惑と悲しみを称えていた。
お母様の遺言と言う形でノーランド様との婚約は白紙撤回されることになった。
「お母様を死に駆り立てたこの婚約を維持することは出来ない」とお父様を説得し、侯爵様も慰謝料の請求はせず、逆に御悔やみ料として多額のお金を渡してきた。
しかし、婚約白紙撤回であっても、私は令嬢として『傷物』になってしまった。この国では良縁に恵まれないだろう。良くてお父様と同じような年の方の後妻になれるくらいだ。
私を憐れに思った侯爵様が、隣国カルヴァン王国のご親戚に連絡を取ってくださり、その方が私の後ろ楯になり、カルヴァン城の侍女として雇ってもらえる事となった。
本来であれば、お母様の喪が開けた一年後に隣国に行くのが筋だが、先方からの要請もあり、貴族学園卒業の翌日に旅立つ事が決まった。
ノーランド様に婚約白紙撤回の件を伝えるのは私が国を出てからのはずなのに、どうして情報が漏れなのかしら…。
「どうしてここがお分かりに?」
「殿下に聞いた」
あぁ…。
恐らく私が屋敷を出た後、私達の婚約白紙申込書を城に提出しに行くときにでも、殿下に見つかり、慌てた殿下が彼に伝えたのだろう。
殿下と彼は幼馴染みで親友だ。
私も何度かお会いしたが、気さくな方だったと記憶している。
「何故なんだ」
「…お母様の遺言です」
「亡くなった伯爵夫人には悪いが、君がその遺言に従わなければいけない道理は無いはずだ。それに、その遺言だって君を心配するあまりの言葉だろう?これから生涯をかけて君を守るから、天国にいらっしゃる伯爵夫人が安心出来るように尽くすから、考え直してくれないか?」
私達の身長差は約40センチほどあるため、彼は跪き目線を合わせてくる。
金色の瞳が私をまっすぐ捕らえて離さない。彼の優しい目も好きだが、まっすぐ射抜く様な目を見るたびにドキドキして、鼓動が抑えられない。
思わず泣きそうになる。
頷きたい。
彼と離れたくない。
幼い頃から、彼と共に歩む未来を、幸せを夢見ていた。
彼を愛してる。
だからこそ、私は彼から離れることを決意したのだ。
「…申し訳ありません。出来ません」
「何故だ!」
彼の口調に必死さを感じる。
「…疲れました」
彼を傷つけたくない。でも、生半可な言葉じゃ彼は納得しないだろう。
「お母様に認められる様に必死に頑張ってきました。でも、認められなかった。これから死ぬまで、亡霊に付きまとわれ、神経を磨り減らす。もううんざりなんです!」
泣いてはいけないのに、涙が止まらない。
「貴方に恋い焦がれたのも、お母様に反対されて、燃え上がっただけです。お母様が居なくなってみたら、貴方への愛は失くなりました」
「嘘だ!!」
彼に腕を捕まれた。
焦っているのだろう、力が強すぎて思わず顔を歪めてしまう。
「二人で夫人に認められるように、頑張ってきたじゃないか…。俺を愛してると言ったじゃないか…」
懇願してくる彼が可哀想。
傷つけてごめんなさい。
「もう愛していません」
血を吐きそうな言葉を紡ぐ。
彼の顔が絶望の色に染まっていく。そして、腕を掴む力が緩んだ。
私に思いを残さないで。
私を憎んで下さい!
「貴方の大きな体が嫌いです。いつも見上げていて、首が疲れるんです」
貴方の大きな体に抱き締められると、温もりが伝わってきて大好きでした。
「貴方の趣味も嫌いです。動物臭くて、近くに寄って欲しくありませんでした」
小動物を優しげに抱き上げる姿が好きです。臭いなんて思ったこともなかった。日だまりのような、干し草の匂いが大好きでした。
「あと、手がガサガサで嫌いです」
剣の鍛練を怠らず、剣ダコを作っては潰し、貴方の努力した結果だと知っています。手を触るとき、とてもドキドキしました。
彼の手が腕から離れた。
うつむき、口を固く結んでいる。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
どうか私を恨んで下さい。
憎んで下さい。
私への思いは捨てて下さい。
「さようなら」
私は自分の荷物を手に取り、足早に人混みに紛れた。
彼は微動だにせず、ずっとそのままだった。
ブォォォォ!
出向の合図だ。
甲板に出る勇気はなく、用意された部屋のベッドに突っ伏し、枕を濡らした。
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