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二十話 伯爵家では3(エドワード視点)
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「エド」
「マリー……」
王宮の食堂で昼食を食べていると、マリアンヌが隣に座り、話しかけてきた。
マリアンヌ・ベルジュ(22)
母上の実家、ベルジュ公爵家の令嬢で、俺の従姉であり、幼い頃から交流のある幼馴染みだ。
学年は俺より一つ年上で、勤めている財務局の先輩でもある。
薄紫の髪色と瞳が美しく、学院にいるときは男子生徒から何度も告白されていたそうだが、彼女のお眼鏡にかなう者がおらず、現在も婚約者がいない状態だ。
本人は仕事が好きだし、煩わしい男性との交際が面倒だから、婚約者はまだ必要ないとぼやいていた。
「何かあった?仕事で計算ミスをしてたし、書類はばら撒いちゃってたし、今日は変だよ?」
「昨日も机で寝てたから、疲れが取れてないだけだ」
「えっ!?また仕事しながら寝落ちしたの?!そういうのやめなよ、体に悪いよ」
「……」
そんなのは言われなくてもわかっている。
だが、仕事をしていないと自分を保てないのだ。仕方がないだろう。
「なんだ~、まだ元嫁に未練でもあるのか?」
唐突に反対側の席に、無遠慮に座ってきた男がいた。同僚のアルツォーネだ。
アルツォーネ・サフランド(21)
トレトン伯爵家の三男で、学院時代からの悪友である。先日結婚して、サフランド男爵を継承した。結婚相手は同じクラスに通っていた女性で、物静かな人だ。
がさつで騒がしいアルツォーネが何度も口説いて、ようやく結婚できたのだった。
「そんなわけないだろう」
「だよな!結婚してすぐに浮気されるなんて、信じらんねーよ。まぁ、女は他にも居るんだから、落ち込むなって。あっ、クレアはダメだかんな。変な目で見んなよ。話しかけるのも止めろよ」
「はいはい。お前の奥さんに会う機会はないから、安心してのろけとけ」
「のっ、のろけって、おまっ、恥ずかしいだろ!まぁ、クレアは可愛いし、優しいし、仕事に行くときは恥ずかしそうに抱き締めてくれるし。くっ、あの赤面しながら『いってらっしゃい』って言われたら、そのままベッドに戻りたく――」
「サフランド君」
一人暴走するアルツォーネに、隣のマリアンヌが厳しい声を出した。
「無神経よ。やめなさい」
「すみません……。ごめんな、別に悪気があったわけじゃないんだ」
「わかってるよ。新婚なんだから、それくらい構わないさ」
「本当、いいヤツだな。エド」
「お前の無神経は今に始まったことじゃないだろ」
「ひどっ!」
同僚と気のおけない会話をするが、とても楽しむ心の余裕がない。
「ねぇ、本当に大丈夫?何かあったなら教えてよ。力になるし、相談にものるわよ」
「そうだぜ」
この二人には、リリーシアを全ての店に入れないようにしてもらうことに協力してもらったし、彼女の浮気の証拠集めにも尽力してもらった。
彼らになら……。
「リリーシアから異議申立てを申請された」
「えっ!?」
「マジ?!」
「今朝、王宮から連絡が来た」
二人はとても驚いている。
「弁護人は?元嫁に協力する弁護士なんかいないだろう。実家の男爵家は関与しないって念書書かせたって言ってたし」
「弁護人は『ソフィア・フィート』と言うらしい。軽く調べただけだが、平民街で活躍している探偵兼弁護士だ」
「平民街!なんだ、驚いて損したよ。きっと駆け出しのバカだな。貴族相手の仕事を安請け合いしたんだろ。この浮気騒動は弁護士にとって負け戦、自分の経歴に傷をつけるもんだ。まともな弁護士は引き受けないからな」
そうだろうな。
凄腕弁護士と言われるエルヴィス・リーガル公爵も、リリーシアの弁護は断ったと聞いた。
「届いた通知書には何て書いてあったの?」
「何って……婚姻無効申請に異議申立申請がなされたことと、貴族間異議申立審議会を要請されているから、都合の良い日を連絡してくれって内容だった」
仰々しい言い回しだったが、要約するとそんな内容だった。
「相手はどんな反論証拠を提出してきたの?」
「証拠……。とくにそんな文言はなかったな」
「ふ~ん……。ただ申請を出したってことね」
「やっぱり、たいした弁護士じゃないな。普通はこっちが出した証拠に対して反論証拠を出すものなのに。これじゃ、話し合いにもならないな」
「たしか弁護士を代理人にすれば、本人が来なくてもよかったような……。あっ、伯爵家お抱えの弁護士って居たわよね?」
「居るんだが、離婚問題は苦手らしくてな。だから、離婚専門の弁護士を探してる段階だ」
「それなら、良い弁護士を紹介するわ。うちの弁護士の後輩で、何度か離婚関係の裁判を勝訴しているって聞いてるわ」
「おぉ~、さすがベルジュ先輩」
「後で弁護士に連絡しておくわね。エドが帰宅したくらいに伺うように調整しましょう。あぁ、それから、相手方が出した申請書に証拠品も付与されてるか、前もって確認してから伺うようにした方が話が早いから、弁護依頼書を手配するから後でサインをしてね」
「あぁ、ありがとう。助かるよ」
マリアンヌは頭の回転が早くて、行動力もある。彼女の夫になる男はきっと楽だろうな。
「仕事のできる奥さんって良いよな~。一緒にいて楽だもん。エド、先輩と結婚したら良いんじゃないか?この問題が解決しても、家がゴタゴタして建て直すのに骨が折れるぞ。先輩ならエドを支えられるし、事情もわかってるし、気心も知れてるし、あのうるさい姑とも仲が良い。言うことなしじゃん。それに、俺、前から二人は似合ってると思ってたんだよな」
「はぁ?何言ってるんだよ。マリーに迷惑だろ」
「変な冗談やめなさいよ。不謹慎よ。エドは浮気問題でそれどころじゃないわ。慰めたいのはわかるけど、時と場所を考えなさい」
「あれ?ベルジュ先輩、顔が赤いですよ」
「サフランド君~」
マリアンヌが顔を赤くして、アルツォーネを睨んだ。「おっと、仕事が残ってたんだ。じゃ、お先に~」とからかうようにアルツォーネは席を立ち去っていった。
「本当、無神経よね。しかも逃げ足が早いし」
「そうだな」
「あとでこってりしぼってやるわ」
「ふっ、ほどほどにな」
「やっと笑った」
「え?」
突然の言葉に驚いた。
「一人で抱え込まないで。エドの悪い癖よ。辛いときは、周りの人を頼っていいのよ。私たち、幼馴染みでしょ。頼ってよ」
マリアンヌは優しく俺の肩に触れた。
「ありがとう。この礼は必ず」
「当然でしょ。高級ワインとチーズ、素敵なディナーに招待してくれないと、カエルを顔にひっ付けるわよ」
「っ!」
幼い頃、彼女と遊んでいるときカエルが顔に飛びかかり、驚いて泣いたことを思い出した。たかだかカエルに涙を流したことを、今だに笑い話でからかってくるのだ。
「ふふふ、冗談よ。だけど、落ち着いたらゆっくり食事でもしましょう」
「あぁ」
◇◇◇
「ベルジュ公爵家から紹介いただきました。弁護士のベクター・マドラスと申します。お気軽にベクターとお呼びください」
小太りではあるが、愛嬌のある男性だ。
マドラス伯爵家の三男で、四十は越えていたと記憶している。
「宮内国政機関に提出された反論証拠は、夫人の日記でした。相手の主張は護衛騎士オーウェン・シャンドリーと浮気していないということです。夫人の毎日書いていた日記に、オーウェン・シャンドリーの名前は出ていないこと、問題の七月十三日は友人のお茶会に最後まで参加していたと主張してます」
ベクター弁護士は執務室の来客用ソファーに座り、リリーシアが提出した反論証拠について話した。
「友人のお茶会?」
確かに、リリーシアが妊娠後、一度だけ茶会に参加していたな。それが七月十三日だったとは知らなかった。
一般的な茶会は十四時から十七時だ。
女性にとって茶会は戦場だと聞く。朝早くからお風呂やマッサージなどを行い、最大限の美を飾らなければならない。
きっと茶会ギリギリまで準備していたのではないだろうか?
また、我が家のディナーの時間は十九時。結婚当初は残業しないでまっすぐ帰っていたので、俺は十八時くらいに帰宅していた。そして、彼女が毎日出迎えてくれたのを覚えている。
……ん?
何かおかしい。
「ずさんな反論証拠で笑ってしまいましたよ」
「ずさん?」
「反論証拠として日記を提出する場合、裏付け証拠も提出するのが普通です。だが、それもない。念のためお茶会を開催した邸宅に話を伺いに行ったら『ローゼンタール伯爵夫人は挨拶だけして帰った』と言っていましたよ。それから、先程夫人の専属侍女から話を聞いたら、『気心の知れた友人だけだから、そこまで気合いを入れて準備しなくても良い』と指示されたと。そして、昼前に屋敷を出たとも言っています。まったく、まともな証拠を準備しないで異議申立申請を出すとは、素人かと思いましたよ」
彼は笑いながら紅茶を飲んだ。
「審議会を開いても、話にならないでしょう。わざわざ嫌な思いをすることはありませんので、代理人として私だけ参加致します。ローゼンタール様は屋敷でゆっくりとお待ちください」
「いや、私も審議会に参加します」
ベクター弁護士は驚いたのか、飲み物が喉につっかえてむせた。
「失礼しました。え~、率直に申しますが、時間の無駄かと。この程度の証拠ではこちらの主張を覆すことは不可能です。大方、情に訴えて婚姻無効を撤回してほしいと言ってくるだけですよ」
「それならそれで良いんです。彼女が心から謝ってくれるのなら、私も考える余地はあります」
「考える余地とは?」
「関係を再構築する余地です」
「っ!!婚姻無効を取り下げるおつもりですか?」
彼は驚いて立ち上がった。
しばらく俺の目を見ていたが、失礼な態度をとっていると気が付き、「失礼しました」とソファーに腰をおろし、頭を下げた。
「もちろん、ただで許すわけではありません」
「では、どうなさるおつもりですか?」
「それは――」
俺の考えを聞くと、ベクター弁護士は何か考えを巡らせるように押し黙った。そして「わかりました」となんとも言えない顔をした。
彼は俺のスケジュールを確認し、貴族間異議申立審議会の日時候補を書面にした。
詳しいことは明日話し合うと言うことで、ベクター弁護士は帰っていった。
「ん?」
執務室から、馬車に向かうベクター弁護士が見えた。
モーリスに見送りを命じたが、母上とイモージェン、先日副騎士団長になったジョイも一緒に彼を見送っている。
四人は楽しく談笑しているようだ。母上が初対面の人間と、あんなに笑い合う姿を見たことがない。
なんなんだ?
「マリー……」
王宮の食堂で昼食を食べていると、マリアンヌが隣に座り、話しかけてきた。
マリアンヌ・ベルジュ(22)
母上の実家、ベルジュ公爵家の令嬢で、俺の従姉であり、幼い頃から交流のある幼馴染みだ。
学年は俺より一つ年上で、勤めている財務局の先輩でもある。
薄紫の髪色と瞳が美しく、学院にいるときは男子生徒から何度も告白されていたそうだが、彼女のお眼鏡にかなう者がおらず、現在も婚約者がいない状態だ。
本人は仕事が好きだし、煩わしい男性との交際が面倒だから、婚約者はまだ必要ないとぼやいていた。
「何かあった?仕事で計算ミスをしてたし、書類はばら撒いちゃってたし、今日は変だよ?」
「昨日も机で寝てたから、疲れが取れてないだけだ」
「えっ!?また仕事しながら寝落ちしたの?!そういうのやめなよ、体に悪いよ」
「……」
そんなのは言われなくてもわかっている。
だが、仕事をしていないと自分を保てないのだ。仕方がないだろう。
「なんだ~、まだ元嫁に未練でもあるのか?」
唐突に反対側の席に、無遠慮に座ってきた男がいた。同僚のアルツォーネだ。
アルツォーネ・サフランド(21)
トレトン伯爵家の三男で、学院時代からの悪友である。先日結婚して、サフランド男爵を継承した。結婚相手は同じクラスに通っていた女性で、物静かな人だ。
がさつで騒がしいアルツォーネが何度も口説いて、ようやく結婚できたのだった。
「そんなわけないだろう」
「だよな!結婚してすぐに浮気されるなんて、信じらんねーよ。まぁ、女は他にも居るんだから、落ち込むなって。あっ、クレアはダメだかんな。変な目で見んなよ。話しかけるのも止めろよ」
「はいはい。お前の奥さんに会う機会はないから、安心してのろけとけ」
「のっ、のろけって、おまっ、恥ずかしいだろ!まぁ、クレアは可愛いし、優しいし、仕事に行くときは恥ずかしそうに抱き締めてくれるし。くっ、あの赤面しながら『いってらっしゃい』って言われたら、そのままベッドに戻りたく――」
「サフランド君」
一人暴走するアルツォーネに、隣のマリアンヌが厳しい声を出した。
「無神経よ。やめなさい」
「すみません……。ごめんな、別に悪気があったわけじゃないんだ」
「わかってるよ。新婚なんだから、それくらい構わないさ」
「本当、いいヤツだな。エド」
「お前の無神経は今に始まったことじゃないだろ」
「ひどっ!」
同僚と気のおけない会話をするが、とても楽しむ心の余裕がない。
「ねぇ、本当に大丈夫?何かあったなら教えてよ。力になるし、相談にものるわよ」
「そうだぜ」
この二人には、リリーシアを全ての店に入れないようにしてもらうことに協力してもらったし、彼女の浮気の証拠集めにも尽力してもらった。
彼らになら……。
「リリーシアから異議申立てを申請された」
「えっ!?」
「マジ?!」
「今朝、王宮から連絡が来た」
二人はとても驚いている。
「弁護人は?元嫁に協力する弁護士なんかいないだろう。実家の男爵家は関与しないって念書書かせたって言ってたし」
「弁護人は『ソフィア・フィート』と言うらしい。軽く調べただけだが、平民街で活躍している探偵兼弁護士だ」
「平民街!なんだ、驚いて損したよ。きっと駆け出しのバカだな。貴族相手の仕事を安請け合いしたんだろ。この浮気騒動は弁護士にとって負け戦、自分の経歴に傷をつけるもんだ。まともな弁護士は引き受けないからな」
そうだろうな。
凄腕弁護士と言われるエルヴィス・リーガル公爵も、リリーシアの弁護は断ったと聞いた。
「届いた通知書には何て書いてあったの?」
「何って……婚姻無効申請に異議申立申請がなされたことと、貴族間異議申立審議会を要請されているから、都合の良い日を連絡してくれって内容だった」
仰々しい言い回しだったが、要約するとそんな内容だった。
「相手はどんな反論証拠を提出してきたの?」
「証拠……。とくにそんな文言はなかったな」
「ふ~ん……。ただ申請を出したってことね」
「やっぱり、たいした弁護士じゃないな。普通はこっちが出した証拠に対して反論証拠を出すものなのに。これじゃ、話し合いにもならないな」
「たしか弁護士を代理人にすれば、本人が来なくてもよかったような……。あっ、伯爵家お抱えの弁護士って居たわよね?」
「居るんだが、離婚問題は苦手らしくてな。だから、離婚専門の弁護士を探してる段階だ」
「それなら、良い弁護士を紹介するわ。うちの弁護士の後輩で、何度か離婚関係の裁判を勝訴しているって聞いてるわ」
「おぉ~、さすがベルジュ先輩」
「後で弁護士に連絡しておくわね。エドが帰宅したくらいに伺うように調整しましょう。あぁ、それから、相手方が出した申請書に証拠品も付与されてるか、前もって確認してから伺うようにした方が話が早いから、弁護依頼書を手配するから後でサインをしてね」
「あぁ、ありがとう。助かるよ」
マリアンヌは頭の回転が早くて、行動力もある。彼女の夫になる男はきっと楽だろうな。
「仕事のできる奥さんって良いよな~。一緒にいて楽だもん。エド、先輩と結婚したら良いんじゃないか?この問題が解決しても、家がゴタゴタして建て直すのに骨が折れるぞ。先輩ならエドを支えられるし、事情もわかってるし、気心も知れてるし、あのうるさい姑とも仲が良い。言うことなしじゃん。それに、俺、前から二人は似合ってると思ってたんだよな」
「はぁ?何言ってるんだよ。マリーに迷惑だろ」
「変な冗談やめなさいよ。不謹慎よ。エドは浮気問題でそれどころじゃないわ。慰めたいのはわかるけど、時と場所を考えなさい」
「あれ?ベルジュ先輩、顔が赤いですよ」
「サフランド君~」
マリアンヌが顔を赤くして、アルツォーネを睨んだ。「おっと、仕事が残ってたんだ。じゃ、お先に~」とからかうようにアルツォーネは席を立ち去っていった。
「本当、無神経よね。しかも逃げ足が早いし」
「そうだな」
「あとでこってりしぼってやるわ」
「ふっ、ほどほどにな」
「やっと笑った」
「え?」
突然の言葉に驚いた。
「一人で抱え込まないで。エドの悪い癖よ。辛いときは、周りの人を頼っていいのよ。私たち、幼馴染みでしょ。頼ってよ」
マリアンヌは優しく俺の肩に触れた。
「ありがとう。この礼は必ず」
「当然でしょ。高級ワインとチーズ、素敵なディナーに招待してくれないと、カエルを顔にひっ付けるわよ」
「っ!」
幼い頃、彼女と遊んでいるときカエルが顔に飛びかかり、驚いて泣いたことを思い出した。たかだかカエルに涙を流したことを、今だに笑い話でからかってくるのだ。
「ふふふ、冗談よ。だけど、落ち着いたらゆっくり食事でもしましょう」
「あぁ」
◇◇◇
「ベルジュ公爵家から紹介いただきました。弁護士のベクター・マドラスと申します。お気軽にベクターとお呼びください」
小太りではあるが、愛嬌のある男性だ。
マドラス伯爵家の三男で、四十は越えていたと記憶している。
「宮内国政機関に提出された反論証拠は、夫人の日記でした。相手の主張は護衛騎士オーウェン・シャンドリーと浮気していないということです。夫人の毎日書いていた日記に、オーウェン・シャンドリーの名前は出ていないこと、問題の七月十三日は友人のお茶会に最後まで参加していたと主張してます」
ベクター弁護士は執務室の来客用ソファーに座り、リリーシアが提出した反論証拠について話した。
「友人のお茶会?」
確かに、リリーシアが妊娠後、一度だけ茶会に参加していたな。それが七月十三日だったとは知らなかった。
一般的な茶会は十四時から十七時だ。
女性にとって茶会は戦場だと聞く。朝早くからお風呂やマッサージなどを行い、最大限の美を飾らなければならない。
きっと茶会ギリギリまで準備していたのではないだろうか?
また、我が家のディナーの時間は十九時。結婚当初は残業しないでまっすぐ帰っていたので、俺は十八時くらいに帰宅していた。そして、彼女が毎日出迎えてくれたのを覚えている。
……ん?
何かおかしい。
「ずさんな反論証拠で笑ってしまいましたよ」
「ずさん?」
「反論証拠として日記を提出する場合、裏付け証拠も提出するのが普通です。だが、それもない。念のためお茶会を開催した邸宅に話を伺いに行ったら『ローゼンタール伯爵夫人は挨拶だけして帰った』と言っていましたよ。それから、先程夫人の専属侍女から話を聞いたら、『気心の知れた友人だけだから、そこまで気合いを入れて準備しなくても良い』と指示されたと。そして、昼前に屋敷を出たとも言っています。まったく、まともな証拠を準備しないで異議申立申請を出すとは、素人かと思いましたよ」
彼は笑いながら紅茶を飲んだ。
「審議会を開いても、話にならないでしょう。わざわざ嫌な思いをすることはありませんので、代理人として私だけ参加致します。ローゼンタール様は屋敷でゆっくりとお待ちください」
「いや、私も審議会に参加します」
ベクター弁護士は驚いたのか、飲み物が喉につっかえてむせた。
「失礼しました。え~、率直に申しますが、時間の無駄かと。この程度の証拠ではこちらの主張を覆すことは不可能です。大方、情に訴えて婚姻無効を撤回してほしいと言ってくるだけですよ」
「それならそれで良いんです。彼女が心から謝ってくれるのなら、私も考える余地はあります」
「考える余地とは?」
「関係を再構築する余地です」
「っ!!婚姻無効を取り下げるおつもりですか?」
彼は驚いて立ち上がった。
しばらく俺の目を見ていたが、失礼な態度をとっていると気が付き、「失礼しました」とソファーに腰をおろし、頭を下げた。
「もちろん、ただで許すわけではありません」
「では、どうなさるおつもりですか?」
「それは――」
俺の考えを聞くと、ベクター弁護士は何か考えを巡らせるように押し黙った。そして「わかりました」となんとも言えない顔をした。
彼は俺のスケジュールを確認し、貴族間異議申立審議会の日時候補を書面にした。
詳しいことは明日話し合うと言うことで、ベクター弁護士は帰っていった。
「ん?」
執務室から、馬車に向かうベクター弁護士が見えた。
モーリスに見送りを命じたが、母上とイモージェン、先日副騎士団長になったジョイも一緒に彼を見送っている。
四人は楽しく談笑しているようだ。母上が初対面の人間と、あんなに笑い合う姿を見たことがない。
なんなんだ?
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