「俺の子じゃない」と言われました

ともどーも

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十九話 伯爵家では2(エドワード視点)

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 執事のモーリスが慌てて執務室にやって来た。
 王宮からの連絡……。
 それは――。

「貴族間異議申立協議会の申請がなされたとの知らせです!」
「……そうか」
「だっ、旦那様?」
「何だ?」
「何故笑って……」
 モーリスの言葉を聞いて、俺は口元を触った。
 俺は笑っていた。

 世界に色が戻るようだ。
 彼女が別れることを拒否した。
 これが笑わずにいられるだろうか。

「審議会に向けて準備する。法律に詳しい者を呼べ」
「はっ、はい!」
 モーリスが慌ただしく出ていた。
 普段の彼では想像もできないくらいの慌てぶりだ。不謹慎だが、面白く思ってしまう。

「クククッ……」

 彼女はどんな弁明をするのだろう。
 潔く謝って、許しを願うだろうか。
 それとも浮気はしていないと、悪足掻きするだろうか。

 どちらでもいいか。
 結果は変わらない。

 謝ってくるのなら、相応の罰を与えて拾ってやる。ガキは孤児院に捨てさせて、男は王都から、いや、この国に居られないようにしてやろう。
 浮気をしていないと悪足掻きするなら、諦めるまで追い詰めるまでだ。
 泣いて、すがって、己の過ちを後悔して、俺の愛を、慈悲を乞えよ。

 リリーシア。


 ◇◇◇


「エドワード!」
 無遠慮に私室のドアを開けたのは母上だった。
 親子とはいえ、非常識な行為に眉をひそめる。
 仕事に行くため着替え終わっていたから良いものの、タイミングを間違えれば素肌を晒すことになる。成人した男が母親に裸を見られるのはいい気がしない。

 イザベラ・ローゼンタール前伯爵夫人。
 白髪混じりの茶髪をゆるい三つ編みでまとめている。つり目ぎみの緑色の瞳をしているため、気難しい印象の女性だ。
 ベルジュ公爵家の次女として生まれ、何不自由ない人生を送ってきているからか、選民意識が強く下位の貴族を軽視している。そして、平民のことは汚い存在と蔑視している。 
 生物学的には母親だが、俺はこの人が苦手だ。

 俺の顔は父上によく似ている。
 言ってはなんだが、造形はかなり整っており、学院時代はもちろん、職場や社交界でも女性から秋波を向けられる。
 だが、体調や体力、体つきは父上に遠く及ばない。昔から風邪を引きやすく、剣術の稽古で激しく動くと次の日は具合が悪くなってしまう。
 剣の素振りを頑張っても、筋肉が付きにくく、すぐに体力の限界を迎えてしまう。
 
『男のくせに情けない』
『気概が足りないのです』
『甘えるのではありません』

 母上から何度罵声を浴びせられ、風邪を拗らせたか……。
 父上は王国最強の騎士と称されたほど、体格も剣技も抜き出ていた。俺も父上の跡を継ぎ、立派な騎士になることを期待されていたが、体質がそれを許さなかった。 
 父上は俺に剣術の稽古は酷だと、幼少時に判断し、剣術の代わりに弓術や兵法を教えてくれた。俺にはそちらが性に合い、父上との時間はとても楽しいものだった。

 だが、母上はそれを認めなかった。
 無理矢理、外部から剣術の先生を俺につけ、稽古を強要したのだ。それに対して、父上が止めるように言うがヒステリーを起こして話にならなかった。
 
『貴方は立派な騎士になるのです!誰にも負けない、強くて、美しい騎士に。誰もが貴方を讃え、敬う素晴らしい存在に!泣き言など言わずに、少しでも立派な騎士になろうと努力しなさい。わたくしの子が失敗作になることは許しません!』
『やめないか!エドワードは君の人形じゃない。この子にはこの子の生き方がある。親が強制するべきではない。我々はこの子と向き合い、この子の持つ才能を理解し、実現できるよう守り導くのが努めだ』
『だから、剣術の先生を準備しているのではありませんか!』
『エドワードは体が弱いんだ。無理に剣を習う必要はない。この子は文官として王国を支え――』
『あの女の子供に剣術を教えているではありませんか!わたくしが知らないとでも?』
『……今話すことではない』
『貴方はこの失敗作を捨てて、わたくしを捨てて、あの女を、あの子供をとるのよ。そんなこと、許しませんから!!』
『やめないか!』
『わたくしを殺そうとしたって無駄よ!この屋敷の使用人は全て、ベルジュ公爵家から来た者達なのだから。貴方がわたくしを殺そうとしたら、全て公にして、貴方も、あの女も、あの子供も、全員を道連れにしてやるわ!わたくしは本気よ!』
『落ち着け、子供の前で!』
『全部貴方が悪いのよ!!』
 泣きながら走り去る母上を覚えている。
 あとから知ったが、父上は没落した貴族令嬢と子供を作り、密かに囲っていたそうだ。

「あの女、異議申立をしてきたそうじゃない!小生意気ね」
 母上はリリーシアを嫌っている。
 婚約、結婚にも大反対だった。
 彼女の髪色が金髪であること。下位の男爵家であること。彼女の母親が元平民なのが気に入らないらしい。
 おそらく、父上が囲っていた女性が金髪の女性だったのではないかと思っている。下位の男爵が嫌だというのも、平民の母親が嫌だというのも、結局は父上が愛した女性の面影をリリーシアに重ねていたのだろう。

 本当、いい迷惑だ。
 
 母上にリリーシアを紹介したのが、学院を卒業して、正式に伯爵位を拝命した後だったから、強引に結婚に持ち込めたが、そうでなければ、どうなっていたことか……。

「母上。仕事の邪魔なので退室してください。それから、これは私と彼女の問題です。口を出さないでいただきたい」
「何を言っているの!これは伯爵家の問題よ。わたくしは許しませんわ。ふしだらなあの女がこの屋敷に戻って来ようとは、神経を疑いますわ。まぁ、男爵家風情の頭の足りない女の思考は、わたくしには理解できませんけど。エドワード。貴方は騎士になれなかったのだから、もっと頭を使いなさい。あの女の口車に乗るなど愚行は犯さないで。離婚が成立したら、より高位の家の令嬢と再婚してもらいます」
「何を言っているのやら……。離婚も、伴侶も、全て自分で決めます。貴女の指図は受けない」
「そういって、馬鹿で、ふしだらで、不道徳な汚らわしい淫売女に引っ掛かったのです。貴方に女を見る目はないわ。大人しくわたくしの言うことを聞きなさい!」
「異性を見る目がないのは、貴女譲りですね」
「っ!!」
 母上は目を大きく開いた。
 怒鳴るかと思ったが、不敵に笑い出した。
「フフフ。そうよね、貴方はナイジェル様の子だから、一度間違えないと正しい道を選べなかったのね。ナイジェル様の時も、目を覚まさせるために女の家を没落させたわね。今度もわたくしが目を覚まさせてあげるわ。大丈夫よ、全てわたくしに任せなさい。フフフ。ハハハハハ!」
 そういって、母上は部屋から出ていった。
 ナイジェルとは、亡くなった父上の名前だ。
 俺が12歳の時に、馬車の事故で亡くなった。王国最強と言われた父上だったが、土砂崩れに巻き込まれ、数十メートル下の崖に落ちれば、いとも容易く亡くなったそうだ。遺体は損傷が激しく、子供の俺には見せられないと言われ、棺越しで見送ったのだった。

 母上は父上の目を覚まさせるために、相手の家を没落させたと、武勇伝のように告白した。
 没落した令嬢……それは父上が囲っていた愛人のことか?もしかして、母上は愛し合っていた父上とその女性を引き裂いて、無理矢理結婚したってことなのか?
 なんて最低な……。

『今度もわたくしが目を覚まさせてあげるわ』
 不意に先程の言葉が脳裏に浮かんだ。
 リリーシアに何かするつもりなのか?
 俺の胸に、言い知れぬ不安がよぎった。
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