「俺の子じゃない」と言われました

ともどーも

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十八話 伯爵家では1(エドワード視点)

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 真夜中。
 静かな部屋に、ペンを走らせる音だけが響く。
 頭の中は書類に記載される工事の費用や、領地で生産しているワインに使用する葡萄の収穫量など、数字でいっぱいにする。
 仕事に忙殺される。
 いや、仕事で忙殺しようとしている。

 余計なことは考えたくない。
 誰かの笑顔を思い浮かべてはいけない。
 誰かの声を探してはいけない。
 誰かの匂いを追いかけてはいけない。
 もう、俺には関係ない。

 関係ない。
 関係ない。
 関係ない──はずだ。

 数字で頭をいっぱいにする。
 もう寝ないと明日の仕事に差し支えるな。
 そう思うのに、寝室に足を向けることが億劫で仕方ない。

 コンコン。
 ドアをノックする音がした。
「入れ」
「失礼いたします」
 イモージェンが飲み物を持ってきたようだ。
 ただ、使用人の制服の胸元を、大きくはだけさせている。彼女の目的が見え透いて不快になる。

「眠れないのでしょ?」
 ドアを閉めると、くだけた物言いで話し掛けてきた。幼馴染みの気安さを感じる。
「根をつめると、また体を壊すわよ」
「休んでいた分の仕事が滞っているんだ。それに、体は大丈夫だ。問題ない」
「そう言って倒れたんじゃない」

 あいつを追い出してから、不甲斐なくも体調を崩して倒れてしまった。精神的なものからくる心労だと医師に言われた。
 
 なんとも腹立たしい……。
 くそっ!
 思い出したくもない。

「構うな」
 手にもっている書類に集中し、雑念を追い払う。
 
 あいつとは別れる。
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 男の騎士人生は終わりだ。

 ざまぁみろ。

 この国でまともな仕事につけると思うなよ。
 ジワジワと追い詰めて、追い詰めて、めちゃくちゃにしてやる。楽に殺してなどやるものか。

 その男はもう終わりだ。
 一緒にいれば、沈んで行くだけだ。
 早く切り離して、自分の過ちを呪えばいい。
 許して欲しいと頭を下げろ。
 愛しているのは俺だけだと――。

 バキッ!!
 手に持っていたペンを折ってしまった。

 くそっ!
 これで何本目だ。

「エドっ!大丈夫?!怪我してない?」
 イモージェンが慌てて駆け寄ってきた。
 俺の手からペンを離し、傷がないか確認している。いや、確認しているようで、別の含みをもつ触り方だ。
 不快だ。

「大丈夫だ」
 乱暴に手を引き抜く。

「疲れているんでしょ?早く休んだ方がいいわ」
 一瞬驚いた顔をしたが、女の顔で迫ってくる。
「眠れないのなら慰めるわよ。あの時みたいに」
「やめろ!」
 イモージェンがねっとりと手に触れてきたので、俺はその手を跳ね退けた。

 あの時……。

 子供が生まれる三か月前に、俺はイモージェンと間違いをおこした。
 俺は……見たんだ。
 彼女があの男とキスしているところを。

 この執務室の窓から、息抜きしようと窓を見ていた。彼女が侍女を連れて庭でピクニックをすると聞いていたからだ。
 玄関ホールで会ったとき、俺が贈ったワンピースを着ていた。小さな花の刺繍が散りばめられた物で、彼女に似合うと俺が選んだ特注の服だ。
 
『エド。素敵な服をありがとう!似合ってるかしら?』
 照れて少し頬を赤らめる姿が愛しかった。
『とても綺麗だ』
『ありがとう!』
 満面の笑みを見るだけで、俺の胸はドキドキと高鳴った。それほど彼女に似合っていた。

 だから……遠くに居ても彼女だとわかった。

 黒髪の男と抱き合っていた。
 そして、自ら男の首に腕をまわし、口づけを――。

 俺は仕事を放り出して彼女が居た場所に向かったが、そこに二人は居なかった。代わりにネックレスを拾った。
 銀の棒に、小さなグリーンダイヤモンドがふんだんに使われていた。
 あとから知ったが、それはペアアクセサリーという、町で流行りのネックレスだった。二つを並べるとグリーンのハートマークになる代物だ。
 色のついたダイヤモンドは貴重で、一介の騎士が買える物ではない。

 彼女が買い与えたものだ。

 執事のモーリスに彼女のために割いている予算の帳簿を持ってこさせると、ネックレスの購入履歴が記載されていた。
 そして、彼女の専属侍女イモージェンに彼女の今までの行動を聞くと……渋ったが、彼女が護衛騎士の一人、オーウェン・シャンドリーとただならぬ仲だと話した。
 しかも、護衛騎士に任命してから、彼女が男に度々迫っていたなんて。

 ショックだった……。
 
 すぐに彼女と話し合おうとしたが、悪事がバレてお腹の子を流産したら一大事だと、モーリスとイモージェンに止められた。
 彼女が嫁いですぐオーウェン・シャンドリーと関係を持っていたのなら、腹の子が俺の子供じゃない場合だってある。
 問い詰めたい。
 感情任せに彼女を責めたい気持ちが大きかった。
 だが、遠目で見ただけの俺の目撃証言やイモージェンの証言だけでは、見間違い。イモージェンの勘違い。もしくはイモージェンが嘘を言っているとシラを切られる場合もある。
 話すなら、ちゃんとした証拠。揺るぎない証拠を押さえてから話さないといけないと、二人に説得された。
 話し合うにはまず証拠集めからと、その場は感情を抑えたが、抑えきれるものではなかった。

 俺は荒れた。
 普段はしない深酒をしたのだった。

 朝、目が覚めると、執務室の隣にある簡易ベッドにイモージェンと裸で寝ていた。
 俺は酔った勢いと傷心で、イモージェンを手荒く抱いてしまったらしい。

『エド、気にしないで。私、ずっと貴方が好きだったの。はじめてを貴方に捧げられて、とても嬉しかったわ』
『……』
『あの女を気にしてるの?エドは優しすぎるわ。あの女も他の男と楽しんでるのよ。エドだけ我慢するなんて不公平でしょ?それに、ずっと我慢していたんでしょ?昨日言ってたじゃない。初夜からずっと拒否されてるって。可哀想なエド。私なら喜んで貴方に抱かれるのに、御高くとまって嫌な女ね。貴方は悪くない。あの女が悪いの。貴方を傷付けるあの女が全部悪いのよ』

 それは甘い免罪符として、俺の中に染み込んだ。『俺は悪くない』『俺を裏切ったリリーシアが悪い』そう自分に言い聞かせた。
 全てリリーシアが招いたことなんだと……。
 その後イモージェンに再度関係を迫られたが、罪悪感が勝ってベッドから逃げ出した。イモージェンとはそれっきり関係は持っていない。
 それなのに、イモージェンは俺の子を身籠ったと告げてきた。
 記憶がないため、避妊したかどうかがわからない。覚えていない。だから俺の子じゃないと突き放すことができない。

 まあ、また検査員を呼んで親子鑑定を依頼すればハッキリする。その結果を踏まえて、今後のことを考えればいいだろう。

「エド」
「……いい加減にしてくれ」
 イライラした口調で言うと、イモージェンは軽く唇を噛んだ。その表情を見ると、さらに気分が萎えた。俺は本当に彼女を抱いたのか疑問に思うほどだ。

「……ごめんなさい、しつこかったわね。エドの体が心配で、ついしつこくしてしまったわ」
「すまないが、あと少しで仕事が片付くんだ。集中したいから出ていってくれ」
「……わかったわ。ホットミルク、冷めないうちに飲んでね」
 執務机の端に置かれたホットミルクを妙に気にして、イモージェンは部屋を出た。

「はぁ……」
 バレバレの小細工に辟易する。
 胸ポケットから特殊な試験紙を取り出す。
 どういう仕組みかは知らないが、薬物を感知すると色が変わるものだ。
 毒性があるものは黒色に。
 睡眠効果のあるものは水色に。
 媚薬などの興奮材は赤色になる。
 案の定、赤色になった。
 予想通りすぎて、驚きもなかった。
 
「はぁ……」
 重いため息が出る。

 面倒だ。

 一時の感情で手を出してしまったのは申し訳なかったが、イモージェンのことはなんとも思っていない。
 
 腹の子が俺の子供と証明されたなら、子供は養子に迎え彼女を乳母として雇うが、妻にするつもりはない。 
 子爵家は現在経済難で没落一歩手前だ。
 イモージェンを妻にするメリットはない。

 おそらく、イモージェンも気がついている。
 だから媚薬を仕込んで、体で籠絡しようと考えたのだろう。
 浅はかだ。
 
 あぁ……。
 何もかも色褪せて、無意味に、無価値になっていく。
 目を閉じると暗闇に浮かぶ君。

 リリーシア……――。


 鳥の鳴く声がする。
 気がつくと、執務机に突っ伏して寝ていた。 
「旦那様!大変です!王宮から連絡が来ました!」
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