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しおりを挟む12月のとある夜。
「はいはー……っんだよ、お前かよ‼︎」
チャイムが鳴って玄関の扉を勢いよく開けた長岡は、そこに立っていた遥へ明らかにガッカリした表情をして大きく舌打ちをした。
そしていつもなんだかんだで家に上げてくれるのに今日はすぐに扉を閉めてしまう。
今夜も泊まろうと思って来た遥は
「ちょっと、入れてよぉ、直樹!」
とアパートの廊下で大声を出す。
「馬鹿、騒ぐんじゃねぇよ、……あーもう…入れ、一旦入れ、」
「なに、誰か待ってたの?」
「うるせぇな…」
荷物を下ろす遥をキッと睨み、長岡はキョロキョロと辺りを見回して扉を閉めた。
「ったくよぉ、何か予告してから来いよ、俺にだって予定があんだよ…」
綺麗に掃除された部屋、ほんのり香るシトラス系のフレグランス、そしてそわそわする男…遥はパッと閃く。
「まさか、クリスマスを前に…彼女できたの⁉︎」
「ちが…いや、…………・・…が、来んだよ…」
「え、なに?」
家主は眉間にシワを拵えて忌々しそうにしかし恥ずかしそうに、
「デリちゃんが、これから来んだよっ‼︎」
と遥へ言い放った。
「でり…でりへる?え、ここに来るの?」
「デリバリーなんだからそうだろ、おら、帰れよ…」
『♪~』
「げっ⁉︎」
長岡が遥を玄関へ押し戻そうとしたその時チャイムが鳴り、慌ててドアスコープを覗いた男は遥のブーツを掴んで本人に持たせ、
「お前、ここに隠れてろ」
と居住スペースのクローゼットへと入らせる。
「出てきたら殺すからな」
ここはワンルームでリビングもベッドルームも一続き、トイレとバスルームはこれから使うので遥を隠せなかった。ベランダという手もあるが12月の寒空で凍死されては寝覚が悪い…まぁそれは冗談にしても長岡なりに気を遣った結果である。
入れ違いで遥を返してもいいがデリヘルのハシゴをしたように思われるのも嫌だし、恋人が居るのに女を呼ぶという倫理観に欠けた人間だと思われたくない。長岡の小さなプライドは咄嗟の判断を上手くやってのけた。
「え、なお、き…」
遥が真っ暗なクローゼットの中で困惑していると玄関が開く音がして、挨拶して金額など確認する女性の声が聴こえてくる。
声は次第に近付いて来てクローゼットの真ん前のベッドへ、扉の隙間から目を凝らすと服を脱がし合うシルエットがぼんやりと見えた。
「(どうしよ…デリヘルって…何すんだろ…エッチ、始めちゃうのかな…)」
中腰から床へ座ってブーツを置き、遥はスマートフォンで『デリヘル 何する』とインターネット検索にかける。
「(………エッチな、サービス……おちんちんを、気持ちよくする……エッチは無し、法律で禁止……あ、エッチはしないんだ…)」
その情報サイトによると『部屋に着いたらまず風呂に入るのが普通』、と書いてある。ならばその隙に外に出ればいいか、と遥は安心した。
「(なんか…気分悪い…)」
親しき仲でも他人との行為を覗きたくはない。しかし恋愛感情とは違うが一番親しい異性だと認識している長岡が他の女性に好きにされるのは…なんだか嫉妬してしまう。
「(言えばいつでもおフェラしてあげるのに…しかも無料でさ…)」
彼女において長岡は良き同期で同僚でソフレ、勝手知ったるこの部屋だって我が物顔で使うほどに慣れ親しんだ仲である。
「(…ポッと出のデリちゃんに…気持ち良くしてもらえるのかな…)」
張り合うのはお門違いなのだが、それなりの経験をしてきている遥は長岡が他の女性に対してどのような態度をとるのか…見てみたいという興味もあった。
彼は遥にはひと言目には「馬鹿」、ふた言目には「嫌だよ」、酒が入ってようやく体を触ってくれて「可愛い」と褒めてくれるという塩対応っぷりである。しかし自分から望んで来てもらっているのだからこの度は相当に欲しているのだろう。どれほどに相手を愛しむのか、そしてどれほどに男らしく果てるのか…遥は生唾をゴクリと呑み込んだ。
そうしている間にも2人は風呂場へと歩いて向かい、クローゼットの背中側からユニットバスの壁を打つシャワーの音が聞こえてくる。
クローゼットの扉を動かせば風呂場に聞こえるか?そうっと開けたとして玄関に行くまでに鉢合わせたらどうしよう。
遥がぐるんぐるんと脳を働かせている間にシャワーの音が止んで長岡の低い声がベース音のように漏れ聞こえて来た。合いの手のように挟んで聞こえるのは高い女性の声、裸でこれほどに話が弾むものなのか、よほど慣れた仲なのか、それは私よりも魅力的なのか。
遥はゆっくりクローゼットの折れ戸を開き、2センチ程の隙間に自身の化粧ポーチを挟んで覗き穴を確保する。
インターネットによると行われるのはキスや手コキやフェラチオ、そして素股まで…ここに居ろと言ったからには長岡も覚悟してるのではないか。遥は都合よく解釈して、中にあったジャンパーを着てフードの紐を絞り目元だけ出してステルス性を上げた。
そのまま待っていると風呂からタオルを巻いた2人が出てきて、長岡はコロンとベッドへと寝かされる。
そしてタオルをはだけた女性は彼の上へ馬乗りになり、まずキスをした。
「(……彼氏の浮気現場見てるみたい…複雑…)」
長岡は遥にされている時のようにされるがままで、その口に舌が出入りし始めてもあまり見た目の興奮度は変わってないように見える。
しかし
「あ、ええ感じやね、ナオキくん」
と女性が彼の股間の張りを讃えると、長岡は
「へへ、気持ちいいから。リンちゃん」
と嬉しそうに女性の名を呼んで応えた。
「(名前で…呼び合う仲?そういうものなの?打ち合わせとかしたのかな…)」
リンと呼ばれた女性は唇を頬・耳・首筋から鎖骨までちゅっちゅと押して、乳首を舐め始めると長岡は遥が聞いたことのない甘い声で
「あッ♡」
と喘ぐ。
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