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第一章
第三九話 クリス vs ビクトリア
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ニヤリと悪い顔をしたビクトリアが突然、穂積を抱き寄せる。
「ホヅミ。褒めてやろう。よくぞ生き残ったな。よ~しよしよし」
頭をグワシグワシと乱暴に撫でる。少し、乱暴に過ぎる。これではまるで某ムツ〇ロウさんだ。
「ビクトリアさん……なんですコレ? 俺は猛獣じゃありませんよ?」
「何を言っている。男はみんな猛獣みたいなものだ。服従させるには力と度量を見せつければよい。その際このように可愛がってやると更によく懐く」
「…………いやぁ~、それはどうかな~?」
「ん~? どうだ? 服従したくなってきただろう? ホレホレ」
「…………猛獣になっちゃおっかなぁ~」
じゃれ合う男女に、競り合う女女が気づく。
「リア姉~!」
「船長……!」
激しい火花を散らしていた真紅と碧がキョロっと金色の瞳を見据えた。
「はん! 負け乳牛と負け白鼠がモーモーチューチューと五月蠅いぞ」
「「この貧乳!」」
地雷を踏み抜かれて、ビクトリアの額に青筋が浮かぶ。
「き、貴様ら~。言ってはならんことを!」
「ゼクシィにはちゃんと実があるもの!」
「ボクには……たっぷり時があります!」
「実も時も! 今この場で! もぎ取ってくれる!」
女たちの三つ巴の争いが始まった。
穂積にはただ成り行きを見守ることしかできない。
「……ナニコレ?」
**********
「あのー。そろそろ、いいですか~?」
ゼクシィ、クリス、ビクトリア。三つ巴の争いはとりあえずの終結を見た。
ビクトリアが膂力にものを言わせて二人を屈服させた形だ。魔力に訴えなかったのは『レギオン』というハンデを抱えるクリスを慮って、というより貧乳をバカにされたことに対する意地のようなものが窺えた。
魔力と胸には何か関係があるのだろうか。
最後は諍いの原因など忘れられてキャットファイトに成り果て、ただ、そこに一匹の獅子が紛れ込んでいただけだ。
世紀末覇者のように敗者を睥睨するビクトリア。
「ふぅー、ふぅー。カカっ! わかったか貴様ら……格の違いが!」
何故か処置モードのゼクシィ。
「くっ! なんという力だ!」
泣いちゃったクリス。
「ひっ、ひっ、ひぐぅ。うぇ~。ホジュミしゃ~ん……」
「クリス! 貴様ぁ~、オレに挑んでおいてその体たらくか! 男に泣きつくとは情けない。そうやって一生、男に媚を売って生きていくつもりかぁ!」
「ひぐっう~。うぇ~。ホヅミ、ホジュミしゃーん……」
泣き止まないクリスに苛々が増していくビクトリア。大人気なし。
クリスも敵わないことなど分かっているのに、無謀な勝負を挑んで返り討ち。可愛げなし。
「そうかそうか。そんなにホヅミにおんぶに抱っこでいたいのか。ならば望み通りにしてくれる! オレはお前のような奴隷などいらん! 二束三文で叩き売ってやる!」
「うわ~ん。売りゃにゃいでぇ~。ほじゅみしゃ~ん……」
「男に媚びるお前は性奴隷が似合いだ! そうだ、ホヅミにくれてやる! もっとも、ホヅミが奴隷を欲しがるとも思えんから、受け取り拒否されるのが落ちだろうがな!」
「――……ぐへ……」
クリスがピタリと泣き止んだ。
「船長……? ホントですか……?」
「あぁ~ん?」
「船長……? ホヅミさんにボクを売ってくれるんですよね……?」
「…………」
「船長……? 船長に二言は無いですよね……?」
「貴様……まさか……」
嘘泣きだった。ビクトリアを苛つかせて穂積の名前を連呼すれば、こうなるのではないかとクリスは読んでいたのだ。
「貴様~。オレを嵌めたのか~」
「クリス。……なんて恐ろしい子」
クリスの狡猾さにビクトリアが苦虫を噛み潰したように悔しがり、ゼクシィが戦慄している。
「ホヅミさん……。これでボクは晴れてホヅミさんの奴隷です……。しっかりお世話させていただきますので……可愛がってください……」
じっとりとした視線で穂積を見つめるクリス。
穂積はスンとした顔でお断りする。
「……奴隷は……いらない」
「――っ! そ、そんな……!」
ビクトリアが正しい。穂積はクリスに奴隷から脱却してもらいたいだけなので、むしろ奴隷根性が染みついていることを問題視していた。
クリスの周到さは見上げたものだ。何事にも積極的になったのも喜ばしい。しかし、クリスは前提を見誤ったのだ。
まだまだ、穂積を理解していなかったことに気が付いたクリスに絶望感が押し寄せる。
「思ったとおりの受け取り拒否だ~。クリス。誰に売られたい? 条件のいい物件を探してやるぞ?」
ここぞとばかりにビクトリアが畳み掛ける。
「せ、船長……。ちょっとした冗談……です……」
「ん~? 聞こえんなぁ~?」
「ご、ごめんなさい……」
「なんだ? オレの奴隷で居たいのか?」
「いいえ……。ボクはホヅミさんの奴隷になりたかっただけ……。奴隷自体は嫌です……」
クリスのぶっちゃけが止まらない。一体どうしたのか。今までの悲壮感がまるで無い。
「カカっ! ――だったら、さっさと稼いで奴隷から抜け出してみせろ」
「はい……。言われるまでもありません……。欲しいものが手に入らないのは……嫌です……!」
要するにクリスは奴隷の立場を利用して、あわよくば穂積をゲットしてやろうとしただけなのだ。まったくもって逞ましい限りである。
身体中の色素と一緒に、か弱さや健気さといった大切なアイデンティティも抜け落ちてしまったかのよう。自らの持ち合わせている美点に気付かないという点では、図らずもゼクシィと同じだった。
「ビクトリアさん。クリス君も奴隷は嫌みたいですし、例の件を説明しても?」
「それはいいがな……。ホヅミ、一つ問題が発生した。下手をすると思惑が崩れる」
「何かマズいことでも? どの辺がダメそうですか?」
「クリスの存在が帝国にバレると、面倒な事になる。タンクの穴を塞いだ一件だ。アレは伝説級の古代魔法に片足を突っ込むに等しい」
なるほど。海水を真水に変えるだけの魔法が、実は何でも造れるチート魔法だと分かれば絶対に手に入れようとするだろう。
「クリス君の待遇が良くなったりは?」
「せんな。多分、情報部辺りにいろいろ弄られるだけだ」
帝国情報部。神聖ムーア帝国皇帝直属の組織だが、公安のような国家の正義を担う者たちではないらしい。乗組員に聞いた話では悪い噂が絶えず、実態の掴めない暴力団やマフィアに毛が生えたような連中だと想像していた。
「うわー。わかりました。んじゃ、宣伝は控えめに。普通に珍しい塩として売るのは?」
「そのくらいなら問題あるまい」
「特許や商標はどうしますか? 下手に取りに行くと藪蛇になりそうですが……」
「控えた方がいいだろうな。塩結晶自体は、多少、話題になるかもしれんが、出処を隠すくらいはできる」
「了解です。変な近道は諦めて、普通に地道にいきましょう」
あれだけ力説していたプランを簡単にボツにする穂積に、ビクトリアは怪訝な顔をする。
「なぁ。お前さんの思惑が潰れたんだぞ? なんで平静で却下できる?」
「あれはビクトリアさんをその気にさせる為に大風呂敷を広げただけです。本気でそんな大それた事ができるとは思ってませんから」
「は!? 本気じゃなかったって?」
「そりゃあ、そうです。元からクリス君を矢面に立たせる気も、祭り上げるつもりもありませんでした」
「……ニホン人は皆そうなのか? 何が本当なのか分からん。あの時は確かに本気に聞こえたぞ」
「さぁ、どうなんでしょうね? あの時は自分でも勢い余って、という感じでしょうか……」
確かに日本人に対する外国人の評価はそうだったかもしれない。和を重んじ、ずっと朗らかに謙って商談を進めて、最後に核心を持ってくるから分かりにくい、とは聞いたことがある。
「厄介な民族だな。この上なく遠回しで面倒臭い」
「あはは。できるだけ角を立てたく無いんですよ」
ビクトリアは曖昧な穂積に呆れながらも目を細めて黒目を見据える。あの時に見た覚悟が偽りとも思えなかった。
「だが、それでも『レギオン』の闇を相手に引く気はないんだろ?」
「俺に大したことが出来るとは思えません。俺でも出来ることで、すべきことがあれば……」
「……そうか。まぁ、好きにやるといい。オレに出来る範囲で協力はしてやる」
「ありがとうございます。なら、塩結晶の卸先を世話してくれませんか?」
「それならパッサーだな。あいつなら上手くやるだろう。クリスはどうする? なんなら、本当にお前さんに譲渡しても構わんぞ?」
「どうするかは、クリス君が既に決めました」
誇らしい気持ちでクリスを見つめる。強い瞳をビクトリアに向ける幼くも逞しい少女がいた。
「ボクは……頑張って塩結晶を造ります……。それでお金を稼いで……いつか……自分を買い戻します……」
二人の会話を理解した訳ではないだろうが、クリスは自らはっきりと告げた。
(クリス君。ホントに強くなったな)
「カカっ! その意気や良し! ガンガン造れ! じゃんじゃん売ってやる!」
「はい……!」
それから穂積とビクトリアはクリスに塩結晶の販売計画と注意事項について説明をした。
大きな結晶には高い付加価値が期待できること。
クリスの特殊な精製魔法は帝国から狙われる可能性があること。
クリスを帝国から守るために妥協した多くのこと。
その製法は本来ならば法的に守らなければならないこと。
パッサーに協力を仰いで出処を隠して売ること。
難しい内容だったが、クリスは所々で質問を挟みつつ飲み込んでいった。
「難しいかったけど……なんとなく分かりました……。ホヅミさん……。船長……。ありがとうございます……」
「クリス! この計画が為れば、お前さんは己の才覚で奴隷から抜け出した唯一の『レギオン』被害者、否、トティアス初の人間となる! これが世に与える影響は大きい! 覚悟を持って成し遂げろ!」
「はい……!」
「帳簿は本船のものとは別にする。まずはパッサーに雛形を作らせるから勝手に学んで、いずれは自分で管理して決算報告を上げてこい」
「わかんないけど……、がんばります……!」
(え!? 十三歳の子供に簿記やらせるって? 俺でも出来る自信ないよ? トティアス語は書けないから、どっちにしろ無理だけど)
「クリス君……。がんばって。簿記は手伝えません」
穂積がクリスに追い抜かれることは確実となった。
「ホヅミ。褒めてやろう。よくぞ生き残ったな。よ~しよしよし」
頭をグワシグワシと乱暴に撫でる。少し、乱暴に過ぎる。これではまるで某ムツ〇ロウさんだ。
「ビクトリアさん……なんですコレ? 俺は猛獣じゃありませんよ?」
「何を言っている。男はみんな猛獣みたいなものだ。服従させるには力と度量を見せつければよい。その際このように可愛がってやると更によく懐く」
「…………いやぁ~、それはどうかな~?」
「ん~? どうだ? 服従したくなってきただろう? ホレホレ」
「…………猛獣になっちゃおっかなぁ~」
じゃれ合う男女に、競り合う女女が気づく。
「リア姉~!」
「船長……!」
激しい火花を散らしていた真紅と碧がキョロっと金色の瞳を見据えた。
「はん! 負け乳牛と負け白鼠がモーモーチューチューと五月蠅いぞ」
「「この貧乳!」」
地雷を踏み抜かれて、ビクトリアの額に青筋が浮かぶ。
「き、貴様ら~。言ってはならんことを!」
「ゼクシィにはちゃんと実があるもの!」
「ボクには……たっぷり時があります!」
「実も時も! 今この場で! もぎ取ってくれる!」
女たちの三つ巴の争いが始まった。
穂積にはただ成り行きを見守ることしかできない。
「……ナニコレ?」
**********
「あのー。そろそろ、いいですか~?」
ゼクシィ、クリス、ビクトリア。三つ巴の争いはとりあえずの終結を見た。
ビクトリアが膂力にものを言わせて二人を屈服させた形だ。魔力に訴えなかったのは『レギオン』というハンデを抱えるクリスを慮って、というより貧乳をバカにされたことに対する意地のようなものが窺えた。
魔力と胸には何か関係があるのだろうか。
最後は諍いの原因など忘れられてキャットファイトに成り果て、ただ、そこに一匹の獅子が紛れ込んでいただけだ。
世紀末覇者のように敗者を睥睨するビクトリア。
「ふぅー、ふぅー。カカっ! わかったか貴様ら……格の違いが!」
何故か処置モードのゼクシィ。
「くっ! なんという力だ!」
泣いちゃったクリス。
「ひっ、ひっ、ひぐぅ。うぇ~。ホジュミしゃ~ん……」
「クリス! 貴様ぁ~、オレに挑んでおいてその体たらくか! 男に泣きつくとは情けない。そうやって一生、男に媚を売って生きていくつもりかぁ!」
「ひぐっう~。うぇ~。ホヅミ、ホジュミしゃーん……」
泣き止まないクリスに苛々が増していくビクトリア。大人気なし。
クリスも敵わないことなど分かっているのに、無謀な勝負を挑んで返り討ち。可愛げなし。
「そうかそうか。そんなにホヅミにおんぶに抱っこでいたいのか。ならば望み通りにしてくれる! オレはお前のような奴隷などいらん! 二束三文で叩き売ってやる!」
「うわ~ん。売りゃにゃいでぇ~。ほじゅみしゃ~ん……」
「男に媚びるお前は性奴隷が似合いだ! そうだ、ホヅミにくれてやる! もっとも、ホヅミが奴隷を欲しがるとも思えんから、受け取り拒否されるのが落ちだろうがな!」
「――……ぐへ……」
クリスがピタリと泣き止んだ。
「船長……? ホントですか……?」
「あぁ~ん?」
「船長……? ホヅミさんにボクを売ってくれるんですよね……?」
「…………」
「船長……? 船長に二言は無いですよね……?」
「貴様……まさか……」
嘘泣きだった。ビクトリアを苛つかせて穂積の名前を連呼すれば、こうなるのではないかとクリスは読んでいたのだ。
「貴様~。オレを嵌めたのか~」
「クリス。……なんて恐ろしい子」
クリスの狡猾さにビクトリアが苦虫を噛み潰したように悔しがり、ゼクシィが戦慄している。
「ホヅミさん……。これでボクは晴れてホヅミさんの奴隷です……。しっかりお世話させていただきますので……可愛がってください……」
じっとりとした視線で穂積を見つめるクリス。
穂積はスンとした顔でお断りする。
「……奴隷は……いらない」
「――っ! そ、そんな……!」
ビクトリアが正しい。穂積はクリスに奴隷から脱却してもらいたいだけなので、むしろ奴隷根性が染みついていることを問題視していた。
クリスの周到さは見上げたものだ。何事にも積極的になったのも喜ばしい。しかし、クリスは前提を見誤ったのだ。
まだまだ、穂積を理解していなかったことに気が付いたクリスに絶望感が押し寄せる。
「思ったとおりの受け取り拒否だ~。クリス。誰に売られたい? 条件のいい物件を探してやるぞ?」
ここぞとばかりにビクトリアが畳み掛ける。
「せ、船長……。ちょっとした冗談……です……」
「ん~? 聞こえんなぁ~?」
「ご、ごめんなさい……」
「なんだ? オレの奴隷で居たいのか?」
「いいえ……。ボクはホヅミさんの奴隷になりたかっただけ……。奴隷自体は嫌です……」
クリスのぶっちゃけが止まらない。一体どうしたのか。今までの悲壮感がまるで無い。
「カカっ! ――だったら、さっさと稼いで奴隷から抜け出してみせろ」
「はい……。言われるまでもありません……。欲しいものが手に入らないのは……嫌です……!」
要するにクリスは奴隷の立場を利用して、あわよくば穂積をゲットしてやろうとしただけなのだ。まったくもって逞ましい限りである。
身体中の色素と一緒に、か弱さや健気さといった大切なアイデンティティも抜け落ちてしまったかのよう。自らの持ち合わせている美点に気付かないという点では、図らずもゼクシィと同じだった。
「ビクトリアさん。クリス君も奴隷は嫌みたいですし、例の件を説明しても?」
「それはいいがな……。ホヅミ、一つ問題が発生した。下手をすると思惑が崩れる」
「何かマズいことでも? どの辺がダメそうですか?」
「クリスの存在が帝国にバレると、面倒な事になる。タンクの穴を塞いだ一件だ。アレは伝説級の古代魔法に片足を突っ込むに等しい」
なるほど。海水を真水に変えるだけの魔法が、実は何でも造れるチート魔法だと分かれば絶対に手に入れようとするだろう。
「クリス君の待遇が良くなったりは?」
「せんな。多分、情報部辺りにいろいろ弄られるだけだ」
帝国情報部。神聖ムーア帝国皇帝直属の組織だが、公安のような国家の正義を担う者たちではないらしい。乗組員に聞いた話では悪い噂が絶えず、実態の掴めない暴力団やマフィアに毛が生えたような連中だと想像していた。
「うわー。わかりました。んじゃ、宣伝は控えめに。普通に珍しい塩として売るのは?」
「そのくらいなら問題あるまい」
「特許や商標はどうしますか? 下手に取りに行くと藪蛇になりそうですが……」
「控えた方がいいだろうな。塩結晶自体は、多少、話題になるかもしれんが、出処を隠すくらいはできる」
「了解です。変な近道は諦めて、普通に地道にいきましょう」
あれだけ力説していたプランを簡単にボツにする穂積に、ビクトリアは怪訝な顔をする。
「なぁ。お前さんの思惑が潰れたんだぞ? なんで平静で却下できる?」
「あれはビクトリアさんをその気にさせる為に大風呂敷を広げただけです。本気でそんな大それた事ができるとは思ってませんから」
「は!? 本気じゃなかったって?」
「そりゃあ、そうです。元からクリス君を矢面に立たせる気も、祭り上げるつもりもありませんでした」
「……ニホン人は皆そうなのか? 何が本当なのか分からん。あの時は確かに本気に聞こえたぞ」
「さぁ、どうなんでしょうね? あの時は自分でも勢い余って、という感じでしょうか……」
確かに日本人に対する外国人の評価はそうだったかもしれない。和を重んじ、ずっと朗らかに謙って商談を進めて、最後に核心を持ってくるから分かりにくい、とは聞いたことがある。
「厄介な民族だな。この上なく遠回しで面倒臭い」
「あはは。できるだけ角を立てたく無いんですよ」
ビクトリアは曖昧な穂積に呆れながらも目を細めて黒目を見据える。あの時に見た覚悟が偽りとも思えなかった。
「だが、それでも『レギオン』の闇を相手に引く気はないんだろ?」
「俺に大したことが出来るとは思えません。俺でも出来ることで、すべきことがあれば……」
「……そうか。まぁ、好きにやるといい。オレに出来る範囲で協力はしてやる」
「ありがとうございます。なら、塩結晶の卸先を世話してくれませんか?」
「それならパッサーだな。あいつなら上手くやるだろう。クリスはどうする? なんなら、本当にお前さんに譲渡しても構わんぞ?」
「どうするかは、クリス君が既に決めました」
誇らしい気持ちでクリスを見つめる。強い瞳をビクトリアに向ける幼くも逞しい少女がいた。
「ボクは……頑張って塩結晶を造ります……。それでお金を稼いで……いつか……自分を買い戻します……」
二人の会話を理解した訳ではないだろうが、クリスは自らはっきりと告げた。
(クリス君。ホントに強くなったな)
「カカっ! その意気や良し! ガンガン造れ! じゃんじゃん売ってやる!」
「はい……!」
それから穂積とビクトリアはクリスに塩結晶の販売計画と注意事項について説明をした。
大きな結晶には高い付加価値が期待できること。
クリスの特殊な精製魔法は帝国から狙われる可能性があること。
クリスを帝国から守るために妥協した多くのこと。
その製法は本来ならば法的に守らなければならないこと。
パッサーに協力を仰いで出処を隠して売ること。
難しい内容だったが、クリスは所々で質問を挟みつつ飲み込んでいった。
「難しいかったけど……なんとなく分かりました……。ホヅミさん……。船長……。ありがとうございます……」
「クリス! この計画が為れば、お前さんは己の才覚で奴隷から抜け出した唯一の『レギオン』被害者、否、トティアス初の人間となる! これが世に与える影響は大きい! 覚悟を持って成し遂げろ!」
「はい……!」
「帳簿は本船のものとは別にする。まずはパッサーに雛形を作らせるから勝手に学んで、いずれは自分で管理して決算報告を上げてこい」
「わかんないけど……、がんばります……!」
(え!? 十三歳の子供に簿記やらせるって? 俺でも出来る自信ないよ? トティアス語は書けないから、どっちにしろ無理だけど)
「クリス君……。がんばって。簿記は手伝えません」
穂積がクリスに追い抜かれることは確実となった。
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