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偉人は野菜と出会う

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 あれが例のセドリック商店とやらか。
 言ったら悪いが貧相な見た目だの。
 ぎりぎり商店通りには入ってるが、端の端もいいところだ。こんな店に『レジェンド野菜』なるものがあるのだろうか。

「おいっ……あの人……」
「あっ、ほんとだ。アルノート様じゃん」
「生ける伝説が……あの店に何しに?」

 いかん。
 もう人目に付き始めたか。
 と言っても隠すつもりもないが。
 変装が下手なのか、隠したところでいつもばれる。だが、店を見に来るなら変装も必要だったかもしれん。
 何かある、と思わせてしまうか。
 まあ、すでに遅かったが……

「いらっしゃいませ!」

 快活な娘が対応に出てきた。
 あか抜けておらん純朴そうな店員だ。わしのことは知らない様子だ。ルネリタの報告では店は最近できたということだから、田舎の出かもしれない。
 驚くのはその肌のハリ。
 みずみずしいという言葉以外に浮かばないその肌がとても印象的だ。

「あぁ、すまんが『レジェンド野菜』というものを見せてほしい」
「はいっ! お客さん、運がいいですねっ! さっき入荷したばっかりなんですよ! こちらがそれになります」

 片手を向けた先に、トマト、キュウリ、ダイコンが数個ずつ置いてあった。
 狭い店先の大半を使ってアピールしている。だがスペースを取る理由が分かった。
 
 ――大きすぎる。しかも値段が高いっ! こんなものが売れたというのか。

「本当にこれが『レジェンド野菜』なのかの?」
「間違いありません。とっても……ううん……おかしいくらい美味しいですよ! おじいさん、初めてですよね? でしたらこちらの試食はいかがですか? あっ、食べるときはこの藁の間でお願いしますね」

 手を引かれて店の端に積んであった藁の上に案内される。前と後ろに藁を置く位置で食べろと促された。
 よく分からないまま、娘が切り分けられたトマトを小皿に乗せて渡してきた。
 フォークも出されたが断る。この場では手づかみの方が早い。

「やはり、わしが来て正解だった」
「え?」
「おっと、すまんの。こっちの話だ。気にせんとってくれ」

 もしもルネリタが来ていたら、嫌な顔をして断っていただろう。これだからトマト嫌いはいざという時ダメだの。
 さあ、噂の気絶野菜……戴こうかの。
 トマト一切れを、口に放り込んだ。

「――ぐぅおっ!?」

 何かが口の中に広がった。
 飲み物? 肉汁? いや、違う。なんだこれは?
 爆発的な甘味と恐ろしいほどのうま味が広がる。慌てて飲み込んだ。
 口の中に無くなったはずなのに、今度は目の前が明滅する。サイクロプスの一撃をくらって星を見た時のようだ。
 がくんと膝の力が抜けた。
 視界が白く変わり、ぐるりと視点が上を向く。

 ――いかんっ! 伝説の名にかけて、倒れるわけにはっ!

 しょうもない意地が、わしの意識を何とか繋ぎ止めた。
 膝はついてしまったが、無様に人前で、ましてや若い娘の前で醜態をさらすことは防げた。
 それだけは断じてならん。
 ぎりぎり面目は保てたか。
 だが――

「おじいさん……すごいっ! レジェンド野菜を試食して倒れなかった人を初めて見ましたっ!」

 やはり……前後に用意された藁はそのためだったか。
 笑いっぱなしの両ひざになんとか喝を入れた。魔王城四天王の一人を前にしても揺れなかった膝がなんたることだ。
 まさか、トマト一切れに揺らがされることになるとは。
 弟子が近くにいなくて本当に良かった。ルネリタに見られてなどいたらえらいことだ。

「な、なんのこれしき……だが、確かにうまい。いや……うますぎるの」

 恐ろしい物を見る目で、店先に並んだトマト、キュウリ、ダイコンを順に眺めた。
 まるで悪魔の野菜。
 わしには分かる。
 この感覚は特級のマナ回復薬を連続で何本も飲んだ感覚に近い。激闘の中でそういった場面はたまに訪れる。
 吐き気とともに、急速なマナの回復に体が意識を手離そうとする現象がある。
 まさにそれだ。
 だが、この野菜は吐き気の代わりにうま味をこれでもかと与えてくる。

「恐ろしい野菜だ……」
「あっ、ですよね? おじいさんも思います? 私も美味しすぎてたまに怖くなる時があります。でも中毒にはならないんですよねー」
「何度か食べておるのか?」
「はいっ! 毎回幸せすぎてっ! うふ」

 娘が満面の笑顔を見せた。
 この子は分かっておらんじゃろう。
 この野菜のすごさを。マナ急速回復、異常なうま味と甘味。
 その上これは……

「マナ保有量の最大値が上がったの」
「……えっ?」

 マナの操作に長けた熟練の魔法使いが感じる体の変化。もう成長は止まったと思い込んでいたマナ量がわずかに増えた。
 ギルドの鑑定石で計測すれば確実に上昇しているはず。

「し、信じられん。こんな……この世のものとは思えない作物を作り出すとは……」
「おじいさん、大げさだなぁ。この世のものとは思えないなんて……ちゃんとこの世にあるでしょ? で、どうします?」
「……どうします、とは?」
「え? レジェンド野菜買いますかってことですけど? もし買わないなら、後ろに待っている人に代わってあげてもらっていいですか? みんな楽しみにしてくれてるんで」

 驚いて自分の後ろを見た。
 いつの間にか人の列ができている。
 年寄りも、若人も、中年の女性も。男女問わず今か今かと待っている。その手には小さなサインがいくつも書かれた紙を持っている。
 全員がこの野菜を求めて並んでいるのだ。

「ト、トマトを三つくれるかの?」
「……すみません。『レジェンド野菜』は一人一つなんです」
「そうか……じゃあ一つで」
「ありがとうございます! でも、おじいさん本当に運がいいですよ。数以上のお客さんが並んじゃったら、その場で優先権を持つ人だけに買ってもらうことになるんです」

 そう言った娘が、トマトを包んで渡してきた。
 ずしっと重みを感じる。

「残念ながら『レジェンド野菜』は不定期入荷なので、もし優先権が欲しいなら『おひさま野菜』を買ってくださいね。味は落ちますけど、うちの田舎で作ってるんです! では、またのお越しを!」

 結構な大金を支払い、店を後にした。
 値段はもうどうでも良かった。
 ただ――

「…………店に出荷した者が何者か、監視がいるの。あとはこのトマトの研究が必要か……あまりに危険。もしもレジェンド野菜をモンスターに食べさせているようなことがあれば……」

 わしはよだれと戦いながら必死に考えをまとめた。
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