失われた都市ジャンタール ―出口のない街―

ウツロ

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一章 未知なる都市を目指して

2話 城塞都市ティナーガ

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 気が付けば、いつの間にやら酒場の喧騒けんそうもおさまっており、こちらを注視する幾多の視線を感じる。
 皆、酒のさかなを感じ取ったのであろうか、それとも己に火の粉が降りかかるのを警戒したのか、いずれにせよこちらの挙動に関心をよせているのは間違いない。

 私は何事も無かったかのように、女の足が乗った椅子にドスンと腰をおろした。
 だが、女は素早く足を引っ込めたであろう、そこには既に女の足は無く、伝わってきたのは硬い木の感触のみであった。

「……あんた耳がねえのか? それとも女だからって甘くみてんのかい?」

 目を細め威嚇してくる女を無視し、店員にエールと、なるべく速く提供できそうな料理を頼む。

「チッ」

 すると全く相手にされていない事に自尊心を傷つけられたのか、舌打ちした女の手が腰の剣に伸びるのが感じられた。
 だが、私は女の方を見る事なく、騒ぎを起こして追い出されるとお互い困るんじゃないかと告げる。

「……」

 女は言葉を発さない。かわりに椅子の背へと、もたれる僅かな音が聞こえた。
 女も街の混雑は把握しており、問題を起こして酒場のみならず宿を追い出される可能性を考えたのであろう。結局フンと鼻を鳴らしてエールをあおるだけであった。


 やがて静まり返った酒場も喧騒を取り戻し、突き刺さる野次馬の視線もなくなる。
 みな、興味を失ったのだろう。私は運ばれた料理を食べながら追加でエールを二杯頼むと、そのひとつを女に渡してやった。

「口説いてんのかい? あたしも安く見られたもんだね」

 いまだ憎まれ口を叩いてくる女に世間話を振ってみるも反応はかんばしくない。
 それもそうだろう、彼女にとって私は得体の知れない男。それも相席を断ったにも関わらず、図々しく座り込んだ相手だ。警戒こそすれ、愛想よく振舞う理由などあるわけがない。

 そうして静かな食事も終わり、さっさとどこかへ行けとの気配をかもし出す女に、ふとジャンタールの話題をふってみた。

「チッ、やっぱりあんたもその口かい。この街はいまじゃ宝目当てのゴロツキで、ごった返しているよ。だが、みな正確な場所が分からず行ったり来たりさ。あんたもせいぜい駆けずり回って泥だらけになるといいさ」

 やはりかと、女の話に納得する。
 予想通りアシューテの手紙が、この街に活気を生んでいるのは間違いない。
 手紙には座標が記されていた。ジャンタールへと続く道のありかだ。
 しかし、その座標をみな知らぬということは、不確かな噂だけが飛び交っているのだろうな。
 手紙を持つ者は、おおまかな情報だけを売り、一足早くジャンタールへと向かう。そして、みなが右往左往しているうちに、宝をひとりじめにする。そんなところか。

 まあ、そう簡単に済むような代物しろものではないと思うがね。
 私はフトコロよりアシューテの手紙を取り出すと、泥遊びは皆に譲るさと言い、女の目の前で手紙をヒラヒラなびかせた。

「そいつは!!」

 そう言うと女は、私から手紙をひったくり、食い入るようにみつめるのだった。

 その後、女からこの街の状況の他に、名はシャナであること、自身も失われた都市ジャンタールの噂を聞きつけてここまで来たことを聞くと、手紙を返してもらう。
 それからコップに残ったエールを喉に流し込み、酒場を出るべく席を立った。

「ねえ、その手紙、本物かい?」
 
 背中ごしに語りかけてくるシャナに、友人の筆跡ぐらいは分かるさと答え、出口へと歩き出す。

「友人? ……あんた、まさか! 壊し屋パリト!!」

 その呼び名は好きじゃない。わたしは彼女の言葉を無視すると、今度こそ酒場を後にするのだった。


 すっかりと暗くなってしまった夜道を歩く。
 さて、シャナは手紙の情報をどうするだろうか?
 当然、座標はしっかりと記憶しているだろう。他者へと売るか? それとも分け前を考えて隠匿いんとくするか?
 私としては前者が有り難い。

 おそらくアシューテは私だけではなく、多くの者を呼び込みたいのだろう。
 理由は座標だ。私のみに知らせたいのなら暗号にすればいい。
 それをせぬということは、そういうことなのだ。

 アシューテは強い。そして自立心が高い。他者に助けを求めるなどといった行動は、知るかぎり初めてだ。
 そんな彼女がなりふり構わぬとは、一体どれほど困難な状況なのか。

 そのとき、不意に背後に近づく気配を感じた。
 数は一人……か? 尾行では無さそうだ。隠す気などまるで感じられない大きな気配であった。
 だが、用心のため剣に手をかける。しかし――
 
「ちょっと待ちなよ、女を一人で帰そうってのかい?」

 振り返るとシャナが荷物をまとめて追いかけて来ていた。どうやら一緒に行きたいようだ。

「一人より二人の方が安心だろ? この辺りは詳しいんだ、案内してやるよ」

 こちらの返事を待つ気はさらさらないらしく、私の腕を取りスタスタ歩き出す。

 ふふ、これで野宿はまぬがれたな。
 私のことをていよく用心棒がわりにしようと考えているかもしれないが、まあいい。美女との旅は大歓迎だ。
 退屈な長い夜も、これで短く感じるだろう。



――――――



 朝、柔らかな日差しと共に目覚めると、シャナのこちらを覗き込む顔が真近にあった。

「起きたのかい、これでも飲みなよ」

 シーツを体に巻き付けたままコップを差し出す彼女。ふわりと、こうばしい香りが鼻をかすめる。
 珈琲か。旅をするには、ずいぶんと洒落たものを持ち歩いているのだな。
 コップを受け取ると、中に入った暖かい液体で喉を潤した。

 空になったコップを傾けながら、しばし彼女を観察する。
 スラリと伸びた手足から見える、いくつもの古傷に目がいく。
 それなりの修羅場を潜り抜けている証だろうか。

「鑑賞時間はもう終わり」

 そう言うと、シャナは体に巻き付けたシーツを外し、バサリと私の頭に被せてきた。
 もう少し見ていたかったが……残念だ。


 シャナと二人で街を歩く。
 道の端に立ち並ぶ露天からは、行きかう人々を呼び止める声が聞こえる。
 食料を売っているのだ。地面に敷いた布の上には無数の籠があり、穀物、乾物、果物の小山を形成している。

 以前と比べ、ずいぶんと活気に満ちている。
 積み上げられた果物を指差し、もっと安くならないかと訴える男。嫌なら他所へ行けとばかりに、手の平をヒラヒラと振る店主。皆が少しでも多く利益を得ようと交渉を繰り広げている。

 そんな店先の一つでシャナは足止めると、商品を吟味し始めた。


「もう少しなんとかならない?」

 容赦なく値下げを要求するシャナ。
 対する店主は首を横に振り、応じる素振りはない。
 このやり取りは何度目だろうか。何度店主が突っぱねようと、シャナは量を変え品を変え食い下がる。
 結局困り顔の店主は、助けを求めるような視線をこちらに投げかけてきた。

 そんな顔されてもな……
 私が手を広げて肩をすくめると、とうとう店主は首を縦に振るのだった。
 商談成立だ。
 シャナは小さく喜びの声を上げると、振り返り得意げな笑顔を見せた。
 私はそんな彼女に親指を立てる。
 誰だって美人には弱いものだ。彼女のおかげて安く取引が出来た事に、心の中で感謝した。




 ロバに荷物を乗せて乾いた大地を進む。ティナーガの街を出て三時間といったところか。
 平坦であった街道は、徐々に緩やかな登り道となり、やがて険しい山岳地帯へと変貌した。
 手紙に書かれた座標まではまだ遠い。日をまたぐのは確実だろう。

「本当にこんなとこに、都市なんてあるのかねぇ?」

 そんなシャナの話に相槌を打ちながら、懐の投げナイフへと手を伸ばした。
 姿は見えぬが、不穏な気配を感じたからだ。
 
 どこだ?

 ――あの岩陰か。
 歩く速度を落とすと、地面に落ちている石を蹴り飛ばした。

 カツン。

 飛翔した石は落下し、乾いた音をたてる。

 すると、前方の岩陰から三人の男が勢いよく飛び出して来た。
 やはりか。素早くナイフを投擲すると、先頭の男の喉へと突き刺さった。
 走り寄る間もなく崩れ落ちる男。それに足を取られ後ろの二人も転倒する。

「ヒュ~、やるね」

 シャナも気配に気づいていたのであろう、すでに剣を抜いており、口笛を鳴らすと倒れ込む男達に駆け寄っていった。
 



「コイツら酒場で見かけた奴だよ」

 三人の死体を調べてみたが、目ぼしい物は持ってなかった。
 ただの強盗か? ――いや、ちがうな。手紙を狙っていたのだろう。

 ジャンタールへ行きたい。だが、場所が分からない。
 ならば、とるべき方法は三つ。
 知っているものに聞くか、奪うか、あるいは――

 後ろを振り返ると遠くに人影が見えた。

 ――ああやって後をつけるかだ。

「どうすんだい? あいつら」

 シャナが彼ら人影を指さす。

「別にほっとくさ、競争じゃないんだ。邪魔さえしなけりゃかまわんさ」

 そう言って死体から荷物にならない程度の金目の物をうばうと、ジャンタールに向けて歩きだした。
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