失われた都市ジャンタール ―出口のない街―

ウツロ

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二章 伝説の都市

7話 宿屋

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 いったん建物から出て、裏手にある馬小屋に向かう。
 ロバをあずけるのだ。馬小屋には馬房と呼ばれる一頭ずつ分けて入れるしきりがあり、奥には飼い葉も積まれていた。
 他に動物の姿は無い。
 入口にちかい房にロバをつなぐと、近くにある井戸から新鮮な水を汲む。そして、飼い葉を桶に入れた。

 桶に頭を突っ込み、むしゃむしゃと食べるロバ。その首筋を撫ぜながら表情をみる。
 特に緊張した様子はない。
 ある意味、わたしより肝が据わっているのか。このような状況の中、実に頼もしい。

 今後のことを考える。
 街中を探索するにあたり野営道具は必要ない。ならばロバを預ける所が必要となってくるか。
 この宿がそうなってくれればいいが、さて……


 相棒のロバに一時の別れを告げると、ロビーへと戻って来る。相変わらず人影はなく、老婆が揺らす椅子の音だけが響いている。

 鍵を持って二階へと向かう。
 それにしても静かだ。
 階段を踏みしめるたび聞こえる、ミシミシという音が、やけに大きく耳に届く。

 十、十一、十二……ちょうど三十の段差をのぼりきると、廊下へと辿り着いた。
 ここより上はない。二階建てなのだろう。外観から目測した高さとも一致する。

 真っ直ぐ続く廊下を進む。左右の壁には重厚な木の扉が等間隔で並び、それぞれ真鍮と思われるプレートが打ち付けられている。
 プレートには数字が並ぶ。201、202、203……
 やがて鍵に刻まれた216と同じ数字を見つけた。

 鍵穴に鍵を差し込み、左に回す。
 カチリという音。

 扉を押すと、やや抵抗があったが大きく開いた。
 と同時に湿った空気が横を吹き抜けていく。

 
 部屋の中は綺麗に片付いていた。
 備品も少なく、家具は服をかけるクローゼットとベッドのみ。シ-ツは比較的清潔で寝心地も良さそうだ。

 手早く部屋の中の安全を確認するとベッドに腰掛ける。やっと一息つけそうだ。
 明日から本格的に街を探索することになる。ふ~と息を吐きベットに横になると、すぐに眠りに落ちていった。



 トントン。

 なにかの音で目を覚ます。扉をノックする音だろうか?
 どの程度寝ていたであろう。体感では、あまり時間は経っていないと思うのだが。
 
 トントン。

 ふたたび音がする。
 やはりノックの音。
 しかし、「誰だ?」と問いかけてみるも返事はない。
 宿のものか? ならば、ずいぶんと愛想がないが、さて……
 音をたてぬよう扉へと近づき、耳を澄ます。気配は感じられない。

 そっと扉を開けてみる。
 ――誰もいなかった。
 扉の前はもちろん、廊下にも。
 コイツは単なるイタズラではなさそうだ。警戒すべきだろう。
 剣をベッドに立てかけ、もう一度横になる。

 トントン。

 きた。
 ふたたび誰かが扉をたたく。
 つぎは姿を見てやろうと素早くベッドから降りる。

 ――が、その瞬間! 何者かに足をつかまれた!!
 見るとベッドの下から青白い手が伸び、私を中へと引きずり込もうと引っぱっていた。
 凄い力だ。腕の太さからは考えられないほどの怪力。

 フン。誰かは知らんが、キサマとベッドの下でイチャつくつもりはない。
 すぐさま剣を振るう。
 スパリと切断された腕は、奥へと引っ込んでいった。つかんだままの手を残して。

 ベッドの下を覗く。
 が、誰もいない。
 どうなっているんだ? この手の持ち主は何処へ消えた?
 自身の足へと視線を移す。
 すると確かにわたしの足をつかんでいた手も、いつの間にか消えていた。

 何とも奇妙な。この宿に泊まったのは失敗だったかも知れない。
 わたしはしばらく扉とベッドの下を注視することにした。


 あれから数時間、何事も起こっていない。
 警戒すると現れず、油断したとき牙をむく。
 こういうのは何と言ったかな。たしか戦場での格言かくげんで似たようなものがあったはず。
 まあよい。次出てきたら仕留めてやろう、そう思いベッドに横になった。

 トントン。
 きた。もう逃がさない。
 かたわらに置いてあった剣に手を伸ばす……が、ない。
 おかしい。たしかにここに置いていたハズ。

 周りを見回すと壁ぎわに剣が立てかけてあった。
 私の剣だ。なぜあんなところに。

 トントン。

 何てしつこい野郎だ。バラバラに切り刻んで肥料にしてくれる!
 剣を取りに行こうと、ベッドの右へ降りる……と見せかけて反対側へと身をひるがえした。


 ガシリと足をつかまれる、今度は両足だ。切り飛ばした手は元通りになっているのか、両手でしっかりとつかんできた。
 小癪な。

 ベッドをつかみ、ひっくり返す。
 木製のベッドは勢いよく回転して横倒しとなる。

 ご対面だ。
 と思ったが、そこには体などなく、二本の青白い腕だけがあった。

 骸骨の次は動く腕か。
 懐からナイフを取り出すと、わたしの足にすがりつく青白い手に突き刺した。

 一本、二本。
 床へと縫いつけられた腕は、まるでトカゲのしっぽのようにのたうちまわると、やがて煙となって消えていった。

 トントン。

 しくこくドアを叩く音。
 壁ぎわの剣をとり、勢いよくドアを開ける。
 ……やはり誰もいない。

 ドアをしっかりと施錠し、ベッドを元に戻す。
 そしてもう一度ベッドに横たわる。剣は握りしめたままだ。

 トントン。

 またノックの音。ベッドから足を下ろすと同時に剣を振るう。
 私の足を掴もうとした腕が真っ二つになった。
 すかさずベッドの下を覗き込む。やはりいな……

 ――いた!!
 
 腕をさすりながら、上目遣いでこちらを凝視する女がいた。
 目は血走り、床につくほど舌は長い。
 その口は耳まで裂け、鋭い牙がネットリとした糸を引く。
 目が合うと、女は大口を開けこちらに襲い掛かってきた。

「ギャー」

 眉間に剣を突き刺してやった。
 耳をつんざくような悲鳴を立てた女は、ドロリと体が溶けていき、青い宝石だけを残して消えた。

 倒したという事だろうか?
 これでぐっすり眠る事が出来るか? いや、やめておこう。この宿は不可解な点が多すぎる。
 荷物をまとめて部屋から出る事にした。
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