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三章 地下迷宮

16話 這いずる者

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 生存者か?
 一瞬助けを求める者ではなかろうかとの思いがよぎったが、すぐに否定した。
 とても生きているようには見えなかったからだ。

 焼けただれた手足からは、ところどころ骨がでる。
 皮膚のそげ落ちたホホからは、黄ばんだ歯と黒ずんだ歯茎をのぞかせる。
 死んでいるのは明らかだった。

 ズリズリズリズリ。
 マズイ。
 這いずる音はいくえにも重なり、つぎつぎと新たな屍が姿を現す。
 一体何匹いるのであろうか? 巨大なヘドロの隙間を埋めるように、生ける屍は次から次へと暗闇から姿を現してくる。

 ビュボッ。 
 ヘドロの化け物が液体を飛ばした。
 それは湧いてくる屍に気を取られている私の鼻先をかすめていった。

 危なかった。
 さすがに数が多すぎる。
 これだけの化け物にいっせいに襲われたらかわしきれないかもしれない。

 ――そのとき、わたしの思いが伝わったのか、化け物共が一斉に緑の液体を噴出してきた。

「ボエエェー」

 ヘドロの化け物は体内から、生ける屍は喉を震わせながらヘドロを吐き出す。
 私はとっさに飛びのくと、壁に沿って走り出す。
 そろそろなんとかしないとな。
 ヘドロをまき散らす音が響く中、標的を定める。
 狙うは壁との間、最も端に位置するヘドロの化け物。その横をすり抜けながら剣で叩く。

 ビタン、という大きな音と共にヘドロの一部がはじけ飛んだ。
 散らばったヘドロは後ろにいた生ける屍を緑に染める。

 効果なしか。
 ヘドロの化け物は体の一部を失っても、まるで意に返す様子はなく、再び液体を飛ばしてくるのだ。
 
 ならばこれは?
 こんどは剣の腹で叩くようにヘドロの化け物をすくった。
 緑のヘドロは大きく飛び散り、その身を半分に減らす。

 何かが見えた!
 えぐられた切り口から透明な物体が顔を覗かせたのだ。
 それはたまごの黄身のような球体で、すぐさまヘドロの中へ身を沈めると、逃げるように奥深くへと潜っていった。

 あれが本体か。
 剣による追撃をかけようとする。が、背後から飛んできたヘドロにさまたげられる。
 次々と飛来してくる新たなヘドロ。深追いは避けていったん距離をとる。

 難儀だな。
 だが、まあやってやれないことはないだろう。
 わたしはさらに飛んできたヘドロをかわすと、走りながら剣をふるった。

 ベチャリ。
 ヘドロは大きく四散。その中には透明の球体もある。
 透明の球体はいちばん近くのヘドロにもぐりこもうとする。

 逃がすか!
 ナイフを投擲。逃げようとする球体の真ん中をとらえた。
 塊だったヘドロは力をなくしたように、床にうすく伸びていった。

 やはりあれが弱点。
 では、そろそろご退場願うか。
 剣をふるい、ヘドロをまき散らせていく。透明の球体が姿をみせる。
 それを剣で切り裂き、靴底で踏み潰す。

 そうしてヘドロのバケモノをあらかた蹴散らすと、こんどは生ける屍に狙いを定めた。
 さてコイツはどう倒すか。

 まず、手足を切り飛ばした。
 切り口から緑のヘドロがドロリと流れる。しかし、屍は痛がる様子も動きを止めることもない。口からヘドロを飛ばしながら這いよってくる。

 どうしたものか……
 とりあえず切るしかないか。
 三体の屍の胴体を剣で切断した。しかし、屍は半身となっても平気な顔で襲ってくる。

 ダメか。
 ――いや、待てよ。屍の動きに気になるところがある。
 上半身だけ動いているもの、下半身だけ動いているものとバラバラなのだ。
 しかも、どちらか一方だけ。切り分かれた上下とも動いているものはいない。

 なるほど。そういうことか。
 動いている上半身の屍をさらに斬る。
 手を切り落とし、首をはねる。
 するとはねた首の切れ目から、透明の球体が顔をのぞかせた。

 やはり同じ生き物か。
 ならばやることも同じだな。
 屍を切り裂き透明の球体を探す。
 なかなかの重労働だ。頭部にあったり太ももにあったりと球体はさまざまなところに潜んでいた。
 

「ふう。ちと疲れたな」

 動くものはなにもなくなっていた。
 周囲にはヘドロと腐敗した人の屍が散らばっている。

 ツンと酸っぱい匂いが鼻につく。
 これは酸の匂いだ。あのヘドロは酸で獲物を溶かすのであろう。
 生ける屍はこの部屋に入り込んだ人間の成れの果てだったのかもしれない。
 ヘドロに捕まり、じわじわと溶かされたのだ。

 死んでまで働かされるとは気の毒なことだ。
 たしかに墓は必要なさそうだったな。

 周囲を見回す。
 あの屍がジェム目当てにやってきた者ならば荷物ぐらい持っていたはずだ。
 戦利品としていただいていこうか。
 そう思い部屋をくまなく探してみたが、武器のひとつもなかった。
 クソッ、タダ働きか。
 期待していたジェムすらない。ただ、ひっそりと壁に張りつく真っ黒なドアノブを見つけただけだった。

 ジェムを残さないバケモノもいるのか。
 ただドブさらいしただけとは泣けてくる。
 
 ドアノブに手をかける。
 何の抵抗もなく扉は開き、通路が顔をだす。どうやら元の場所に戻ってきたようだ。

 今日はもう帰ろう。
 体に付着した緑のヘドロに目を向けると、鼻をつく悪臭に顔をしかめながら出口に向かって進むのであった。
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