失われた都市ジャンタール ―出口のない街―

ウツロ

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三章 地下迷宮

19話 治療の効果

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 少女の話によると、多くの者が怪物退治に従事しているそうだ。
 外から来た者、ジャンタールで生まれた者、いずれにおいても。
 この街の施設では、生活物資や武器防具、食糧、建築資材にいたるまでなんでも手に入る。ジェムと引き換えに。
 そのジェムを稼ぐために地下へと潜る。
 このあたりは何度か聞いた通りだ。

 問題はその物資を生み出している者だ。
 作物ならば育てる者、道具ならばそれをつくる者がいる。
 だが、そういったことについて聞いても彼女はキョトンとするばかりなのだ。

 ここではジェムさえ支払えば完成品がでてくる。修理の概念はあっても作る育てるなどとは考えもしないのだろう。
 そう暮らしてきたのなら当然の結果であるが、スッキリしないものがある。

「では、怪物と戦えない者はどうするんだい?」

 幼い者、年老いた者、体に不自由のある者、ひとにはさまざまな形がある。
 今は戦えたとしても、ケガを負い戦えぬようになったりもする。
 むしろ人は戦えない期間のほうが長いのではないか。

 対する少女の答えは

「う~ん、よくわかんない」

 そうか。うん、そうだな。
 ちょっと聞き方が漠然としていたようだ。もう少し噛み砕いていくか。

 そうして得られた情報は、戦えないものは数少ない施設で働き賃金を得る、親や主従関係などといった誰かの庇護下にはいる、孤児院のようなものにやっかいになるだった。
 ふ~む、われらの暮らしと大きく変わるわけではないか。
 だが、かたよりがいちじるしい。
 ほとんどの者が、地下へと戦いにおもむき、傷ついたらここで癒し、また戦うといったサイクルを強いられているのだ。
 なんともいびつな世界だな。私が言うのもなんだが。

 まあ、いいさ。
 ここに長居するつもりもない。変わった街に観光にきたと思えばいい。
 飽きれば帰ればいいさ。アシューテをみつけて宝もいただいてな。


 そうこうしているうちに治療が終わったようだ。
 白いひつぎを満たしていた液体が勢いよく引いていく。どこかに排水口があるのだろう。
 やがて液体が完全に引くと、少年の口と鼻を覆っていた管がスルスルと引っ込んでいった。

 少年をみる。
 胸は規則正しく上下に動いており、生きていることは明らかだ。
 顔色も良い。腹の傷も綺麗さっぱり消えている。
 まさかこんな短時間で完璧に治るとは。さらに血色けっしょくから考えても失った血まで補っている節がある。
 すさまじいな。不思議を通り越して感心する。
 だが、同時にいやな気分にもさせられる。
 死ぬまで戦えと強要されているようなものだからな……

「じゃあこれで」

 背後で少女の声が聞こえた。アシスタントなる仕事も終わりなのだろう。
 振り返って礼を言うと、少女は軽く微笑んで去っていった。

 さて、次は眠れる森の王子様かな?
 ひつぎを覆う透明の板がゆっくりと開いていく。
 中から聞こえるのは少年の寝息。気持ちよさそうに眠っている。
 のんきなもんだ。さっ、起きていろいろと話を聞かせてもらおうか。

「おはよう」

 耳もとでささやく。
 少年はビクリと体を震わせると、飛び起きた。それから、せわしなく左右を確認する。
 目は覚めたかな? 王子様。
 すぐに私の存在に気が付いたのだろう、目が合うと少年の動きが止まった。
 その瞳に映し出されたのは困惑だ。それがやがて怯えの色に変わるまで、さほど時間は要しなかった。
 下唇をキュッと噛む少年。さぞ頭の中は思考が渦巻いているだろう。なぜ自分だけ殺されなかったのか? これから自分はどのような目に合うのだろうか? 俯いたまま一点を見つめる少年に、ここが何処か分かるかと尋ねる。
 彼はぎこちなく首を縦に振ると、また動かなくなった。

 少年から感じるのは不安と恐怖。怒りや復讐心はいまのところ見えない。使えるか?
 替えの上着を投げてやる。私のものだ。少年の着ていた服は血でベットリと汚れてしまった。
 ついて来いと顎でうながすと、少年は上着を羽織りおとなしくついてくるのだった。


 壁にもたれて少年を見る。身長は私の胸あたりで、髪は黒。年齢は十代前半だろうか、うつむいてこちらとは目を合わさない。その視線の先は私の剣か? 

「……俺をどうするんだ」

 少年は口を開いた。だが、その声はとても小さく弱弱よわよわしい。

「どうするかって? それを今から決める」
「襲ったのは悪かった、言う事を聞くから拷問はしないでくれ」

 ふん、拷問か。そんなことをして何になる。

「詫び料は必ず払う。でも待って欲しい。今はその……金がないんだ」

 ふたたびうつむく少年。それで許されるとは思っていないのだろう。
 まあ、そうだろうな。わたしは来たばかりだがそんな甘い世界ではないと容易に想像できる。

 しかし……金か。悪くない提案だ。
 奴隷だって自由を得るため自身を買う。そうさな……。

「ちょっと手伝ってもらいたいことがある」

 その言葉に少年はツバを飲んだ。どうも良からぬ想像しているようだ。

「私は人を探している。だが、ここにきて日が浅い。案内役が必要だ。むろん働きに応じた賃金を払おう。負債はそこから引かせてもらう」

 私はアシューテを見つけねばならない。
 敵を倒すだけなら少年など必要ない。しかし、人探しにはその土地に詳しいものがいる。
 まさにこの少年はうってつけではないか。

 だが、少年は押し黙ったままだ。
 その表情をみるに明らかに疑っている。その程度で済むはずがないと。

「負債金額は……そうだな、お前たちが持っていた荷物、あれをすべて売り払ったのと同額としよう。あれらはすべて置いてきた。お前を運ぶためにな」

 この言葉を聞いて少年の表情が変わった。
 あらためて考えたのだ。荷物を捨ててまでおのれを助けた意味を。
 こちらを殺して荷を奪おうとしたのだ。荷と命、どちらが重要か言うまでもないだろう。
 恩を感じる……とまではいかないだろうが、目安にはなる。
 負債が完了すれば晴れて自由の身。
 わかりやすくていいじゃないか。
 しょうじき負債金などどうでもよいのだ。少年にとってわかりやすい指標であればな。

「途中で逃げたら?」

 少年は尋ねる。
 いちおう聞いたってとこだろうか。ほんとうに逃げる気なら、わざわざ口にしたりしないだろうしな。
 ならば私も答えておこうか。

「私のナイフよりはやく動けると思うのならいつでも」

 だが、これは本心だ。
 裏切るやつは何度でも裏切る。負債があればなおのこと。
 殺すことにためらいはない。

「わかった」

 けっきょく少年は提案を飲んだ。というよりおのれの利になる選択をしたといったところか。
 地下に潜って金を稼ぐには彼一人では無理だ。
 射撃の腕は確かでも、単発式のクロスボウでは複数の敵に対処できないからな。
 彼の仲間は死んだ。となると他の者と仲間を組むしかない。

 だが、これも難しいのではないか?
 さきに殺した者どもは、二十代か三十代といった雰囲気であった。
 普通は歳の近い者で集まるものだ。一人だけ若いとなると、雑用など便利にこき使われる場合が多い。
 誰もすきこのんでそのような状況に身をおかぬであろう。それを行うのは、そうせざるを得ない時なのだ。



――――――


 宿に戻り少年と向かい合わせで食事をとる。
 私が地下から持ち帰ったのは、自分の持ち物、倒した者全てのジェム、一番状態の良かったクロスボウとありったけの矢。そして少年の物と思わしきカバンだ。
 クロスボウとカバンを少年に渡すと、たいそう驚いていた。まさか武器を渡されるとは思っていなかったのであろう。
 さらに驚いていたのはお前も何か食えとジェムを渡した時だ。奢られるとは考えていなかったのか。
 まさか一文無しの子供の前で、一人だけ食事をとるわけにもいくまい。

 今、少年はカバンの中に入っていた自分の服を着て、シチューを口に運んでいる。
 ほどこしなど受けん! などと面倒くさいことにならなくてよかった。まあ当たり前か、プライドで腹は膨れんからな。

 食べながら聞いた話では、少年の名前はアッシュ。十四歳。
 この街で生まれ、両親はすでに死んでいる。一緒にいた者達だが、最近仲間に入れてもらったらしい。だが、私の予想通り待遇は悪かったようだ。

「あいつら魔物より不慣れなよそ者を狙うんだ」

 たしかに。襲ってきた感じではそんな印象だったな。
 ここのバケモノどもは強く賢い。不慣れな人間を襲い日銭をかせいだほうが効率的ってことだろう。
 そのようなやからはどこに行ったっているもんだ。

 アッシュの口ぶりではイヤイヤやらされていた感じだが、まあ、それも生きるため。否定はすまい。

「物資はどこかで買い取ってくれるのか?」

 アッシュにたずねる。
 奪うからにはどこかで買い取ってくれるはず。
 たぶん、営業時間外とやらで入れなかったとこだろうと思うが。

「うん。武器、防具に限らず何でもジェムに変える事が出来るよ。手数料取られるけど」

 売るではなく、変える? 微妙な表現の違いが気になった。
 物の売買も特殊なのかもしれない。明日は実際に買い物に行ってみるとしよう。

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