失われた都市ジャンタール ―出口のない街―

ウツロ

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三章 地下迷宮

21話 立方体の正体

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 カゴに入った白い立方体をつまみ上げる。
 大きさはオレンジ一個にも満たず、滑らかな紙のようなもので包まれている。
 匂いを嗅ぐ。……シチューだ。シチュー味のビスケットか?

「アニキ、開けちゃ駄目だよ。そいつはお湯を注ぐとシチューになるんだ。それ一個で一食分だよ」

 何をワケの分からない事を。湯を加えるだけでシチューになる……のか?
 まあ後で確かめれば良い。だが事実だとすると宿で提供されている食事も全てコレなのか?
 いや、違うか。食材があり調理器具もある。
 ならば作っていると考えるべきだ。でなければだれも食堂をつかったりはしない。

 しかし、この食材は何処から出て来たのだろうか。製造している場所は?
 ……待てよ。先程ランタンなど買った道具も、四角い突起物を押す事で出てきたのではないか?
 単に出て来た品物に利益を上乗せして販売しているだけ。これならば価格が安定しているのも、供給が途絶える事が無いのにも説明がつく。

 では一体誰が、どうやって作っているのかだが……
 思考の渦に飲み込まれた私は、差し出してくるアッシュの手に、次々とジェムを乗せていく。
 見る見るうちにアッシュが持つカゴがいっぱいになっていく。
 ずいぶん沢山買うものだ、日持ちするのであろうか。

 ――ここで私は急に我に返り、懐をまさぐった。
 さきほど渡したジェムが最後だったのであろう、ジェムをためていた内ボケットには何も残っていなかった。


――――――


「アニキ、今日の宿どうする? 金もう残ってないんだろ? 俺も一銭もねえぜ」

 アッシュと二人で広場の床に座り、見つめ合う。
 いまは携帯食の試食会だ。
 我らの間には携帯用の簡易のコンロがあり、鍋の水が徐々にお湯へと変化しつつある。

「問題ない。宿賃ならもう払っている」

 とはいえ今日だけだ。文無しなのはかわらない。

「なあ、ここジャンタールでは野宿は厳禁だぜ。夜は地下からバケモノどもが這い出してくるからな」

 そうだな。全身目玉だらけの老婆や、目の見えない筋肉男たちとイチャつくのは御免だしな。

 背後からドボボボという水の音が聞こえる。
 振り向けば、宙に浮いた水瓶から、とめどなく水が溢れている。

 水、食料はしばらく大丈夫。
 やはり宿が最優先か。ロバもあずけなくてはならないしな。

 そうこうしている内に、お湯が沸いたようだ。
 アッシュは慣れた手つきで包みを剥がし、立方体をカップに入れた。お湯を注ぐとホワンとシチューの良い香りが漂ってくる。

「一応ただで泊まれるとこあんだけど、あそこあんま行きたくないんだよな」

 器の中身をスプーンでグルグル回しながらアッシュは言う。

「アニキ、地下迷宮入るかい? 昨日の今日で疲れてっかもしんないけど」
「そうだな……」

 ほんとうは地上をもっと見て回るつもりであった。
 しかし、そうも言ってられない。金に余裕がないと人は選択をあやまる。

「はいこれ」

 アッシュが薄く切ったパンを手わたしてくれた。
 先ほど買った携帯食のひとつだ。シチューにひたして口へとはこぶ。

 旨い。
 宿で食べたシチューと遜色ない。大きな具は入っていないが、味は絶品だ。そしてパンがフワフワだ。焼きたてなのか、ほのかに温かい気もする。
 ……不思議だ。

 こうして試食をかねた昼食を終えると、スプーンと食器を洗い、水筒に水を満タンにそそぐ。
 水路からはすくわない。水瓶から溢れでる水をそそぐ。
 なぜなら辺りの水路には、どこから出て来たのか数人の女達が服をジャブジャブと洗っていたからだ。
 それだけではない。目線に入れないようにしていたが、小汚いオッサンが水路に浸したタオルで体をゴシゴシ洗っている姿もあった。

 私の複雑な表情に気が付いたのであろう、アッシュが口を開く。

「この辺はマシだぜ。ちゃんと生計立ててる奴ばかりだからな。奥の貧民区には結構な数の人間が住んでるぜ。ジェムが無くても生きていけない事はないんだ。皆が皆、戦える訳じゃないし。まあ、あんな生活俺は二度とごめんだけどな」

 ここはジェムを中心に回っている。一度流れから外れると戻るのは容易ではないのだろう。
 私もしっかり稼ぐ必要があるか。

「行こうぜ、道案内は任せてくれ」

 そう言って親指を立てるアッシュ。私はうなずくと、背負い袋を担ぎ墓地へ向かった。

『CEMETERY』と書かれた扉を開く。
 以前来てから僅か半日しか経っていないのにも関わらず、ずいぶん様変わりしたような印象を受ける。
 霧だ。霧が無いのだ。
 墓石を包み隠すように立ち込めていた霧はその姿を消し、人の姿もいくつか見かける。
 なるほど。これが昼と夜か。

 やがて地下へと通ずる階段が見えてきた。
 私は剣を、アッシュはクロスボウを構え、下へとおりて行った。


 階段の先には誰もおらず、真っ直ぐな通路がただ前方に伸びるのみである。
 しばらく進むと右に分岐する道が見えてきた。

 昨日はここでアッシュ達に襲われたな。そう思い辺ながら見渡すが、彼らの持っていた武器や荷物はもちろん、死体すら綺麗さっぱりなくなっていた。
 荷物は誰かが持って行ったのだろう。
 そして死体は、魔物に食われたか、動き出して這いずり回っているか。

「迷宮全体がおおきな墓か」
「え?」

 私のつぶやきにアッシュが反応する。
 
「ひとりごとだ、気にするな。それよりこの分かれ道だが、どちらにいけばいい?」

 前回は右に曲がったが、まだ見ていない部分もある。
 心情としてはそちらをしっかりと確認しておきたいが。

「ああ、そうか。アニキ、そっちは行き止まりしかねえぜ。とくに右奥の部屋に入っちまったら生きて出られねえよ」

 なんと! 右はすべて行き止まりか。
 なるほど、これで合点がてんがいった(納得できた)。
 右の道を選んだ瞬間に初心者が確定してしまうワケだ。
 しかも、霧が出る夜中にウロウロする者。そいつは狙われるな。

 昨日、アッシュたちが大した確認をせず襲ってきたのもそういう理由があればこそ。
 出口が一つしか無いのであれば、強者も通るわけではある。だが、右を選択したものはすべからず不慣れだということか。

 しかし、右奥の部屋とはヘドロの化け物がわんさかいたところだな。
 確かにあそこに入ってしまえば、生きて出るのは難しかろう。

 納得しつつ分かれ道を真っ直ぐ進んでいく。
 途中何か所か分岐部に行き当たったが、アッシュの先導に従い進むべき方向を選んでいった。


 地下に潜って数時間経った。いまだ化け物の姿は見えない。
 この迷宮に潜るのは我々だけではない。すでに倒されてしまったか。

 アッシュは歩きながら素早く地図を描いていく。
 その手には迷いがない。この辺りの道は頭に入っているからかもしれないが、なかなかに有能だ。
 これだけでも、助けた甲斐があったというものだ。

 長く真っ直ぐ続く通路はやがて、いくつもドアノブが付いている突き当りへと行き着いた。

「ここが稼ぎ場だよ。でも、あまり人が来ない場所だから注意してくれ」

 アッシュの言葉に頷くと、一番手前のノブを捻った。
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