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54 だから俺は哲也くんが大好き。

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(顔、ちかっ!)

 いきなり哲也くんが顔を寄せてきたので、俺の体温がいっきに上がった。それはもうバフンと湯気が立ちあがりそうなほどに。耳が熱い。きっと顔だって真っ赤になってるんだろう。
(は、恥ずかしいっ)

「だ、だって、……氏家くんがはじめに来たときに俺がちゃんと出ていれば、氏家くんはなんども俺のとこに来なくてすんだのに。俺、元気だよ? なのに俺が……会いたくないとか、云ったから……ほんとうに、ごめんっ」

 しどろもどろの俺の話を、哲也くんは最後までじっと聞いてくれていた。でもそれは『じっと聞いて』というよりも『じ~っと見つめて』って感じで、俺が話しおわっても哲也くんはなんの返事もしてくれない。

「? あ、あの……、氏家くんは、なにか俺に用事があったんじゃ……?」

 ちょと俺のこと見すぎじゃないのっ⁉ でっ? なんなの? 話があったのはそっちでしょっ? ちがうの⁉ 俺にお礼を云うんでしょ? はやくお礼を云ってバイバイしてよ。それとも俺もう帰っていいのっ⁉ ああん、はやくなんとか云ってよぉ。

 俺がこんなにも焦れているのに、哲也くんはなかなか口を開かない。思い切って彼を見てみると哲也くんは険しい面持ちだ。

「……氏家くん?」
 もしかしてお礼云々うんぬんとかではなくて、もっとむずかしい話だったんだろうかと不安が増す。

 まさか美濃に卒業式に参加させるように頼まれた? それとも竹中たちのことでなにか云いたいことがあったりするの? 俺のこと男らしくないとか、意気地なしとか非難しに来たの? 俺、哲也くんに「オトコのくせに」って説教されたりするの? 哲也くん、俺に怒ってんの? 

 でも、さっき俺ににこって笑ってくれた。それに毎回お土産にはプリンくれるし、今日なんてブランド店の高級プリンだし。そんなことないはず……。
(――まさか)

 俺はギクリとして青ざめた。
 まさかまさかまさか、なんかバレてたりする⁉ 俺が病院で哲也くんにしてきたあんなことやこんなことがっ! でもでもでも、美濃黙っていてやるって云ってたし――。

(うぇんっ。わかんないよ。哲也くんなんかしゃべって)

 いよいよ沈黙に我慢できず、俺がふたたび俯くと、
「ずっとお見舞いに来てくれていたんだって?」
 耳もとに囁やくようにして話かけられた。
 
「ひゃっ⁉」
(近い近い近―いっ!)
「藤守くんがまとめてくれたノート、使わせてもらってたよ。すごく助かった。とても感謝してるんだ。ありがとう。だからこれは貰っておいて? ね?」

 哲也くんにお菓子の袋を膝のうえに置かれて、それだけでまた心臓が跳ね上がった。俺って本当に恋してるんだよな、哲也くんに。ドキドキがとまらないよ。
 
「センターも二次もいい感じだった」
 うまく声が出せず、こくんと頷いた。

 俺のやっていたこと、本当に哲也くんの役にたった? それともこれは社交辞令? でも、うれしい。こんなふうに云ってもらえてよかった。
 哲也くんってやっぱりやさしいんだよ。だから俺は哲也くんのことを好きになっちゃったんだもん。

「合格してたら、藤守くんのお陰だね」
 俺はそんなことないよって意味で、ちいさく首を横に振った。

 でもこんないいひとともうこれで最後なんだ。お別れなんだ。哲也くんとこのさき二度と交わることのない別の人生を歩んでいくんだと思うと、鼻の奥がつぅんとしてくる。
(俺、哲也くんよりも好きなひと見つけられるのかな?)
 すごく悲しくなってきた。でも俺は無理して笑顔をつくって云ったんだ。
 
「……氏家くん、頭いいから。あんなの無くたってきっと合格してるよ」って。
 するとそこでいきなり紙袋に添えていた俺の手のうえに、哲也くんの手が重ねられてきた。俺は心臓が口から飛び出そうなほど驚いた。ドッヒャ――ッだ。

「う、氏家くん⁉」
 なんだこの手は⁉ 次の恋への支障がでてしまうじゃないかっ、と慌てふためく俺に、
「もし合格してたら、お祝いしてくれる?」
と、哲也くんは首を傾げながら訊いてきた。

「へ⁉」
「まぁ、落ちたら落ちたらでいいし……」
「えぇっ⁉」
(どゆこと⁉)

 のけ反る俺にお構いなしに、哲也くんは俺の顔を覗きこんでくる。
(うわぁっ、だから近いんだってっ!)
「ねぇ? もし落ちてたら俺のこと慰めてくれる?」
「は、はいぃっ⁉」
(ギャーッ! 俺の手を握ってニコッと微笑むなぁ~っ!)

 俺が目を白黒させていると、哲也くんは握っていた俺の左手を放して、身体からだを引いて離れてくれた。そして居住まいを正すとひとつ咳をする。

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