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突然グレアムから手紙が来た。
「今まで交流を持たずに来たが、ずっとこのままというわけにはいくまい。
今週の土曜日の午後2時、セント・ステファン通りにあるキャフェイ『アラバスタ』のオープンテラスで待っていてくれ。
席はオレの名前で予約してある」
二人の間に交流があれば、この手紙が偽物だということにカトリーヌも気づいただろう。
しかし誕生日カードのやり取りすらしてこなかったカトリーヌはグレアムの筆跡を知らなかった。
迎えた土曜日の午後、気が進まないけれども断るわけにもいかないカトリーヌは指定された場所に出向いた。
約束の時間から30分を過ぎてもグレアムは現れない。
なにか用事ができたのか、単に気が変わったのか、はたまた約束自体を忘れてしまったのか。
もう少しだけ待って、来なかったら帰ろう。
カトリーヌはむしろグレアムが現れないことに安堵していたが、万が一自分が帰った後でグレアムが来たりしたら、きっと遅れて来たことは棚にあげて怒り狂って面倒な事になるのだろうな、とそっちの方を心配していた。
『そろそろ帰ってもいいよね』
そう思って帰り支度をしようとした時、グレアムが歩いて来るのが見えた。
腕にはご令嬢がしがみついている。
カトリーヌにいつも嫌味を言ってくるご令嬢達の一人だ。
少し離れた場所でグレアムとご令嬢は立ち止まった。
ご令嬢はカトリーヌを見てニヤッと笑った。
続いて彼女の視線の先を追ったグレアムとカトリーヌの目が合った。
次の瞬間カトリーヌは逃げるように店を後にした。
グレアムが女の子を連れていたことがショックだったのではなく、ここまでして嫌がらせをする執念が怖かったのだ。
グレアムは他のご令嬢と腕を組んで歩いている姿をカトリーヌに見られたことに狼狽した。
ただでさえ関係修復に苦慮しているのに、更に心象を悪化させてしまった。
それなのに、
「ねぇ、グレアム様。
見ました?あの顔」
ご令嬢に言われて思い浮かぶ。
カトリーヌの驚いたような、傷ついたような表情が。
いつも自分には感情を見せない、人形のようなカトリーヌの心に引っ掻き傷をつけることができたような気がした。
カトリーヌが友達に微笑みかけるのを苦々しい気持ちで馬車の中から盗み見ていたグレアムは、やっとカトリーヌの心を自分に向けることができたような気がして、歪んだ喜びを感じていた。
そしてそれ以後、下校時間を狙ってわざとカトリーヌの目に入る場所で他のご令嬢とイチャついたり、これ見よがしにデートに誘ったりを繰り返した。
カトリーヌが嫉妬すればいいと思った。
自分を思ってジリジリと眠れない夜を過ごせばいいと思った。
だけどカトリーヌは、
『私を相手にするつもりはないけど、金蔓は手放さないって言いたいのかしら?
最低ね』
そんな風にしか思っていなかった。
「明日は弁当持って来なくていいからな!」
昨日ヒースがそう言った。
???と思いつつ言われた通りにキャサリンと連れだって手ぶらで裏庭に行くと、ヒースが石を運んで来てなにやら作業をしている。
「何してんの?」
「待ってろ、旨いもん食わしてやるから」
そう言って何をするかと思えば火を起こし、木箱から肉を取り出して焼き始めた。
唖然とするカトリーヌとキャサリンの前でヒースは
「これはロングスマンス産の岩塩だぞォ~」
と言いながらご機嫌で塩を振っている。
「それ、うちの商会の商品」
なんだよぉ~、お前ん家のかよ~、いつものお馴染みの味かよ~
と笑っているうちに良い匂いが漂ってくる。
いい感じに焼けた肉を切り分けて、せーの、で食べるとジュワっと肉汁が染みだして口いっぱいに広がった。
「うわ~美味し~い」
「そうだろ?いつもご馳走になってばかりだからな、お前らにこれを食べさせてやりたかったんだ」
すると良い匂いに誘われて、歴史のヴィッラーニ先生がやって来た。
「なんだお前ら良いモン食ってんなあ」
「食います?」
「パンもありますよ」
ウマイウマイとバーベキュー宜しくみんなでワイワイやっていると、統計学のグラフ先生が、
「お前ら何をやっとるんじゃー!!
煙が出とるからなんだと思った。
火事になったらどうするんじゃあ!!」
『融通が利かない』でお馴染みのグラフ先生に連行されゾロゾロと廊下を進んで校長室の前に並ばされる一行。
「もうほとんど食べ終わってて良かったね」
「すっごい美味しかったよね」
今から叱られるのに皆コソコソ話をして楽しそうにしている。
ヴィッラーニ先生も加わってクスクスと悪戯小僧のようだ。
「今度、庭園の池で鯉釣って焼きましょうか?」
「それやったら確実に退学だぞ」
まるで反省していない面々。
生徒と並んで先生も一緒にお説教をくらう。
「ヴィッラーニ君。君は一体を何やってるんだ」
「面目ない」
校長先生は、
「皆が羨ましがってそこら中でバーベキューしたら収拾がつかんだろう」
という的外れな注意をして、反省文を提出するという約束で解放してくれた。
ヴィッラーニ先生も書くらしい。
「ここは一つ格調高い文章でお手本を示してくださいよ~」
「じゃ、『ウガリット法典』のパロディでいくか?」
などとキャサリンとヴィッラーニ先生は二人にしか分からない話で盛り上がっていた。
バーベキューの話は校舎を越えスペリオールクラスの生徒の間にも広まった。
いつの間にか話に尾鰭がついて、
「山で仕留めた猪を焼いて食べたらしい」
という話にまでなっていた。
「流石は成り上がり。
下品なことをなさるのね。
やっぱりグレアム様には相応しくないですわね~」
ご令嬢達の悪口に愛想笑いで頷きながら、グレアムはカトリーヌが自分に関係ないところで楽しくやっていることが面白くなかった。
「今まで交流を持たずに来たが、ずっとこのままというわけにはいくまい。
今週の土曜日の午後2時、セント・ステファン通りにあるキャフェイ『アラバスタ』のオープンテラスで待っていてくれ。
席はオレの名前で予約してある」
二人の間に交流があれば、この手紙が偽物だということにカトリーヌも気づいただろう。
しかし誕生日カードのやり取りすらしてこなかったカトリーヌはグレアムの筆跡を知らなかった。
迎えた土曜日の午後、気が進まないけれども断るわけにもいかないカトリーヌは指定された場所に出向いた。
約束の時間から30分を過ぎてもグレアムは現れない。
なにか用事ができたのか、単に気が変わったのか、はたまた約束自体を忘れてしまったのか。
もう少しだけ待って、来なかったら帰ろう。
カトリーヌはむしろグレアムが現れないことに安堵していたが、万が一自分が帰った後でグレアムが来たりしたら、きっと遅れて来たことは棚にあげて怒り狂って面倒な事になるのだろうな、とそっちの方を心配していた。
『そろそろ帰ってもいいよね』
そう思って帰り支度をしようとした時、グレアムが歩いて来るのが見えた。
腕にはご令嬢がしがみついている。
カトリーヌにいつも嫌味を言ってくるご令嬢達の一人だ。
少し離れた場所でグレアムとご令嬢は立ち止まった。
ご令嬢はカトリーヌを見てニヤッと笑った。
続いて彼女の視線の先を追ったグレアムとカトリーヌの目が合った。
次の瞬間カトリーヌは逃げるように店を後にした。
グレアムが女の子を連れていたことがショックだったのではなく、ここまでして嫌がらせをする執念が怖かったのだ。
グレアムは他のご令嬢と腕を組んで歩いている姿をカトリーヌに見られたことに狼狽した。
ただでさえ関係修復に苦慮しているのに、更に心象を悪化させてしまった。
それなのに、
「ねぇ、グレアム様。
見ました?あの顔」
ご令嬢に言われて思い浮かぶ。
カトリーヌの驚いたような、傷ついたような表情が。
いつも自分には感情を見せない、人形のようなカトリーヌの心に引っ掻き傷をつけることができたような気がした。
カトリーヌが友達に微笑みかけるのを苦々しい気持ちで馬車の中から盗み見ていたグレアムは、やっとカトリーヌの心を自分に向けることができたような気がして、歪んだ喜びを感じていた。
そしてそれ以後、下校時間を狙ってわざとカトリーヌの目に入る場所で他のご令嬢とイチャついたり、これ見よがしにデートに誘ったりを繰り返した。
カトリーヌが嫉妬すればいいと思った。
自分を思ってジリジリと眠れない夜を過ごせばいいと思った。
だけどカトリーヌは、
『私を相手にするつもりはないけど、金蔓は手放さないって言いたいのかしら?
最低ね』
そんな風にしか思っていなかった。
「明日は弁当持って来なくていいからな!」
昨日ヒースがそう言った。
???と思いつつ言われた通りにキャサリンと連れだって手ぶらで裏庭に行くと、ヒースが石を運んで来てなにやら作業をしている。
「何してんの?」
「待ってろ、旨いもん食わしてやるから」
そう言って何をするかと思えば火を起こし、木箱から肉を取り出して焼き始めた。
唖然とするカトリーヌとキャサリンの前でヒースは
「これはロングスマンス産の岩塩だぞォ~」
と言いながらご機嫌で塩を振っている。
「それ、うちの商会の商品」
なんだよぉ~、お前ん家のかよ~、いつものお馴染みの味かよ~
と笑っているうちに良い匂いが漂ってくる。
いい感じに焼けた肉を切り分けて、せーの、で食べるとジュワっと肉汁が染みだして口いっぱいに広がった。
「うわ~美味し~い」
「そうだろ?いつもご馳走になってばかりだからな、お前らにこれを食べさせてやりたかったんだ」
すると良い匂いに誘われて、歴史のヴィッラーニ先生がやって来た。
「なんだお前ら良いモン食ってんなあ」
「食います?」
「パンもありますよ」
ウマイウマイとバーベキュー宜しくみんなでワイワイやっていると、統計学のグラフ先生が、
「お前ら何をやっとるんじゃー!!
煙が出とるからなんだと思った。
火事になったらどうするんじゃあ!!」
『融通が利かない』でお馴染みのグラフ先生に連行されゾロゾロと廊下を進んで校長室の前に並ばされる一行。
「もうほとんど食べ終わってて良かったね」
「すっごい美味しかったよね」
今から叱られるのに皆コソコソ話をして楽しそうにしている。
ヴィッラーニ先生も加わってクスクスと悪戯小僧のようだ。
「今度、庭園の池で鯉釣って焼きましょうか?」
「それやったら確実に退学だぞ」
まるで反省していない面々。
生徒と並んで先生も一緒にお説教をくらう。
「ヴィッラーニ君。君は一体を何やってるんだ」
「面目ない」
校長先生は、
「皆が羨ましがってそこら中でバーベキューしたら収拾がつかんだろう」
という的外れな注意をして、反省文を提出するという約束で解放してくれた。
ヴィッラーニ先生も書くらしい。
「ここは一つ格調高い文章でお手本を示してくださいよ~」
「じゃ、『ウガリット法典』のパロディでいくか?」
などとキャサリンとヴィッラーニ先生は二人にしか分からない話で盛り上がっていた。
バーベキューの話は校舎を越えスペリオールクラスの生徒の間にも広まった。
いつの間にか話に尾鰭がついて、
「山で仕留めた猪を焼いて食べたらしい」
という話にまでなっていた。
「流石は成り上がり。
下品なことをなさるのね。
やっぱりグレアム様には相応しくないですわね~」
ご令嬢達の悪口に愛想笑いで頷きながら、グレアムはカトリーヌが自分に関係ないところで楽しくやっていることが面白くなかった。
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