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しおりを挟む「イリス様、大変です!ラドヤード様がこちらに向かっているらしいです!」
「・・・ラドヤードって誰?」
「ラドヤード・ウェスペル子爵令息様ですよ。イリス様の旦那様ですよ」
「・・・あ~、私って結婚してたんだっけ。
す~っかり忘れてたわ~」
「ははは、そうですよね~」
「で、誰情報?」
「侍従のチェンバレンさんのところに手紙が届いたんですって!2、3日中には到着するだろうって」
「へ~。旦那の訪問を侍従経由で知らされる妻。妻には手紙の一通も無し!!」
「いっそ清々しいですね」
「まあ、そんな生活ももうすぐ終わりよ」
「長かったですね。4年ですよ、4年。
乙女の貴重な4年」
イリス・ルーチェンス伯爵令嬢がラドヤード・ウェスペル子爵令息に嫁いだのはイリス12才、ラドヤード20才の春だった。
ルーチェンス伯爵家は由緒正しい名家であるが、詐欺にあって多額の借金を背負ってしまった。
それを肩代わりしたのがウェスペル子爵だった。
その際子爵が望んだのが、嫡男ラドヤードとルーチェンス家の長女イリスの結婚だった。
腐っても鯛。
遠く王家につらなる名門ルーチェンス家との繋がりは成り上がり子爵ウェスペル家にとっては魅力的なものだったようだ。
迷惑したのは息子のラドヤード。
なにが悲しくて12才のガキを娶らにゃならんのだ。
相当抵抗したらしいのだが、決定は覆らず令息は憤懣やる方なしの表情を隠そうともせず、形だけの結婚式を終えると同時にド田舎の領地に新妻を押し込めた。
それから4年。
度々様子を見に来てくれた兄は、来るたびにイリスが家の存続の為の犠牲になったことを謝り、
「必ず借金を返済してこの結婚を無効にしてみせる」
そう涙ながらに誓ってくれたのだが、とうとう
「完済したぞ!今から法的手続きにはいる」
という一報を受け、腹心の友、メイドのアニスと手を取り合って喜んだのが二週間ほど前のことだった。
「やっと、この田舎からもおさらばですね」
「そうね、でも案外気に入ってもいたんだけどね」
決して生活に困窮するほど虐げられていたわけではないが、普通の食事に普通の衣類、大した娯楽もない田舎生活で唯一の楽しみは定期購読で月一回送られてくる大衆ゴシップ雑誌。
都会の令嬢が楽しむようなお洒落な店があるわけでなし、贅沢なドレスが着れるわけでもない。
まあお洒落したところで行く所がないのだが。
とにかくヒマ。
そんな中でやることと言えば、雑草の中からキレイな花を見つけて交配させて変わり種をつくったり、接ぎ木をして一本の木に数種類の花を咲かせたり、そんな遊びだけだった。
そんなわけで今日も二人で庶民と変わらないシンプルなワンピースを着て、土手のスカンポを齧りながらブラブラ歩いていたところ、少し離れた場所に馬車が停まって中から男性が小走りで出てくるのが見えた。
男性は立ち止まってゴソゴソしている。
「イリス様、立ちションですよ、立ちション!」
「え~、どれどれ嘘、ホントだ~」
イリスとアニスがくすくすしながら見ていると、ブルッと身体を震わせた男が衣服を整えて馬車に戻ろうとして視線に気づいたのだろうか、こっちに振り返った。
そして一瞬動きを止めて二人を見ると近づいて来た。
男は顔を赤らめてイリスに話かけてきた。
「ああ、美しい女性よ。
貴女は一体 誰なのですか?」
ゲゲゲっ、間違いない。
4年前に結婚式で会って以来だが、この顔はラドヤード・ウェスペル。
2~3日中って、もう着いてるじゃん!
目を合わせないように俯いたイリスの態度が奥ゆかしいものだと勘違いしたラドヤードは目の前にいるのが長年放置してきた妻だとは全く気づいていなかった。
貧相な12才のガキは光輝く16才の美少女へと変貌を遂げていたのだ。
「貴女はどちらのお家のご令嬢でしょう?
よろしければ馬車でお送り致しましょうか?」
『・・・どちらのって・・・オメエの嫁だよ』
「いえいえ、そんな滅相もないです 」
イリスはアニスの手を掴んで土手の草むらを駆け降りた。
背後から、あっ、ちょっと、という声が聞こえたが無視。
勝手知ったる獣道を走って近回りして屋敷の部屋にたどり着いた。
イリスとアニスは
「あの顔見た~?」
とゲラゲラ笑った。
ひとしきり笑ってからアニスが真剣な顔をした。
「ピンチです。イリス様」
「?」
「ラドヤード様はイリス様に一目惚れしたように見えました。
今夜にでも夕食の席でイリス様と再会し、土手のスカンポ嬢がご自分の妻だったことを知ったらどうなると思いますか?」
「どうなるの?」
「いままで放置してきたことを棚に上げて、子作りです!!」
「子作り?!」
「今夜から早速ですっ!」
「嫌よ、絶対イヤ!!」
どうなるイリス?どうするイリス。
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